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魅惑の弟兎

💜怪しい商人からバニースーツを仕入れたギース
💜烈火と封印の間(中間期)の話→若船長ギース&手伝い中ガイツ
💜👯 弟に煽られてがっついちゃう兄貴♡喘ぎ有

18歳以上ですか?

西方の夏―祭りの記憶

💜ガイツ17歳、ギース7歳の頃の話。
💜夏祭りに行く事になった兄弟だが…?

 盛夏の折、西南の島国ミスルの港町では夏祭りが行われる。地元の領主と商工会が組んで毎年開催されるそれに、ベルガー一家も館の者達と共に祭りを巡るのが慣例行事だった。
 が、今年、父は何やら新しい祭の目玉となる演目の手配を任されたらしく、家人達もそんな父の世話をするため行けないらしい。
「ええ――っ……父ちゃんも、みんな行けないの!?」
 すまんな、と父から事情を聞いたギースは、直ぐさまガイツの方を縋るような目で見つめた。ふーん、とあまり感心無さげの兄は、黙々と夕食に手を付けている。
「じゃ、兄ちゃんと一緒に行く!」
「ああ……あ? 何だって?」
「おお、そうしろギース。兄ちゃんと二人で行ってこい……ガイツ、分かったな」
「へ???」
 と、全くガイツの理解を得ないまま話が進んでいた。

 祭り当日――日が暮れたら出発しようね!とニコニコ顔でギースが言ってきて始めて、ギースと二人で祭りに行く約束になっているのに心当たったガイツだった。
(はぁ…?? んー……まあいいか……暇だしな)

 かくして夕暮れの光が波を茜色に染める頃、二人が暮らす商館の門前で遠くの海を見ながら暇を潰していたガイツは、現れたギースの姿を見るなり目を丸くした。
 いつも肩下まで伸ばしている髪は高く結い上げられ、夏に相応しい藍色の薄衣に身を包み、笑顔でやって来る。どうやら館の前で手を振るメイド長が張り切って着せ付けたらしい……と理解する。
 その短いズボンの裾から伸びる細い脚がいかにも幼く頼りなく見えると同時に、ガイツの視界いっぱいに広がった。
「兄ちゃんお待たせ! どお? 似合う?」
「っ、……あー、涼しそうで良いじゃねーか」
 慌てて視線をさ迷わせるが、地面を見れば素足にサンダル。結わえられた髪にはガラス細工の小さな花簪まで添えられている。夏の風に翻る涼しげな生地は、よく見れば波模様の透かし模様が施され、その絶妙な衣の色が夕陽に照り返して、眩しいほど美しい。
(まずいな……こんな恰好だと……誘拐されるかもしれねーぞ……? 小綺麗でいかにも金持ちのガキだもんな)
 しかしギースはこれから祭りとあって非常に浮かれている。早く行こ!と垂れた袖を揺らしながらガイツの先を行く姿から、自分が周りからどう見えるかなど、まだ全く無頓着らしい。
(何かあったらクッソ面倒じゃねーか……親父め……後で子守りの駄賃せがんでやろ)
 ふう、と一つ息を付きながらも、ガイツの目はギースの腰に巻かれて楽しげに揺れるオーシャングリーンの絞り帯を見ていた。

 港町は祭り囃子の太鼓が鳴り響き、市場の店と店を繋ぐように吊られた沢山の提灯の灯が浜風に揺れていた。幼いギースはそれに気付くと、いよいよ短裾をはためかせて砂利道を駆け出す。
「兄ちゃん!見てみて!すっごく楽しそう!」
「おーおー落ち着けって……。迷子になったらどうすんだよ」
「だって早く行きたいもん!」
「はぁ……ったく……転ぶぞ、前見ろ前」
 ガイツは歩幅を広げながらそれを追う。だがいざ港の入り口にさしかかるとその人波に気圧されたのか、ギースは歩調を落としてガイツの手を握ってくる。そんな弟を見下ろしながら小さな手を握り返すと、ギースは満面の笑みで見上げてきた。
(うおお……やめろ、そんな姿でくっついて……可愛すぎんだろ)
 前年にはなかった弟の夏のビジュアルの破壊力たるや、何を思ってこんな少女に見えかねない髪結いと帯のリボン結びまで施したのか。これでは周囲の視線が否応なく集中するだろ……とガイツは頭を抱えながらも、口角は上がっていた。
「あれやりたい!兄ちゃんもやろうよ!」
 そんなガイツの気もよそに、ギースは祭り仕様と化した市場の屋台の一角を指差した。『大当たり!黄金の宝物』と書かれた幟が揺れる小さな屋台だった。店主らしき髭を蓄えた男が、胡散臭い笑みを浮かべている。
「あんなもんロクな物が当たんねーから止めとけ、……ところで、金持ってきたのか?」
「うん、ほら! 父ちゃんがくれた!」
 そう言ってギースが袂から取り出したのは、よく磨かれた一万ゴールドの価値を持つ金色のコイン。
「ブッ……」
 ガイツは思わず噴き出した。豪商の父がギースを思いやってのことだろうが、たかが辺鄙の町の祭りを回るのにこんな大金をポンと出すとは……。
(ギースの金銭感覚がおかしくなっちまうだろーが!クソ甘ジジイ!)
 ガイツはまたしても父に憤慨していた。
「おいおい! そんな大金落としたら大変だろ?! オレが預かっとくから貸せ!」
「えっ? うん……でも、あれやりたいの! お金あるんだからやれるじゃん!」
「分かった分かった……一回だけな? 他にも屋台あんだし……そっちで適当なモン買った方がマシだ」
「 分かった! よーし! 当てるぞー!」
 嬉しそうに宝の山代わりの砂山に手を突っ込むギース。やがて取り出したのは、白っぽい石ころ一個だった。
「な、言った通りだ」
「……むぅ」
 ギースは期待外れだったのか丸いほっぺたを膨らませていたが、すぐに、次は隣の射的をしたいとせがんできた。
 オモチャの弓矢で並んだ鳥の的を狙うが、当たる気配がない。
「もーっ! ぜんぜん当たらないー!取れないよー!」
「おーおー下手くそ、貸してみろよ」
 代わりに構えた弓は、一発で小さな青い鳥に当たった。
「すごい!兄ちゃん!天才!」
 そう言いながらキラキラした目で誉められれば悪い気はしない。
「フン……当たり前だろ?」
「ねえ、あっちの茶色も当てて! 」
「ああ? どれだよ……」
 気を良くしたガイツはギースが求めるまま、もう二、三羽を狙い落とす。結局、矢が無くなる頃には五つもの景品の駄菓子を弟の腕に抱えさせてしまった。
「えへへ……いっぱい取れたねぇ」
 早速小さなイチゴに砂糖をまぶした飴を口に入れて嬉しそうなギースを、んなの朝飯前だと調子づきながら、ガイツはガイツで弟を甘やかしているのだった。

 その後もボールシューターやヒトデ取りやら、祭りならではの屋台を巡って遊ぶ。ガイツと二人だけの祭りが初めてのギースはケラケラ笑って、本当に楽しそうだ。
「ねえねえ兄ちゃん、次はあっち! あれやりたい!」
「おいギース、そんなはしゃぐなって……」
 短い薄衣の裾をはためかせながら一目散に目当ての屋台へと駆けるギース。ガイツの方を振り返って呼ぶその小さな身体の前に突然、ヌッと大きな体躯が現れる。
「ギース! 危ねぇ!」
「わあっ!」
 前を見ていなかったギースは勢いのままその大男にぶつかってしまった。男はびくともしないが、ギースは弾みで尻餅をつく。
「いてて……あ、ごめんなさい…」
「ガキが……どこに目ェつけてんだ!」
 大柄の男はいかにも粗野な風貌でギースを怒鳴り付ける。ひっ、とギースの小さな肩が竦む。
(おいおい、よりによって…!)
 ガイツは慌ててギースに駆け寄ると、ギースを庇うように男の前に割って入った。
「何だぁてめえ?」
「こいつの兄貴だ。弟が悪さしてすまねーな、…ほら、ギースお前も謝れ」
「兄ちゃん……」
 怖くて涙目になっているギースを安心させるようにギースの肩を抱いてやりながら、ガイツは大男に向き直った。
「チッ……このガキのせいで痛ぇ思いしたじゃねえか! どうしてくれんだァ?」
 大男はヘラヘラと嘲笑を含ませた口調でなおも脅しにかかる。しかしガイツは怯まずに言い返した。
「ったく、威張り散らして……たかが小っせぇガキにぶつかられた位で、でかい男がギャーギャー騒ぐなよ」
「ハァ……? てめえ誰に向かって口利いてやがんだ!」
「ああ? オレはベルガー商会のガイツだ。てめえの小さな脳ミソでも、聞いたことぐれーあんだろ?」
 あまり家の威光の傘を着たくはなかったが、この名を出せばこの辺りに住む大抵の荒くれは態度を一変させることをガイツは知っていた。だがこの男は、どうやら地元のチンピラとは違うようだった。
「ふざけた野郎だぜ。俺ぁ傭兵上がりの渡航者だ。泣く子も黙るイセリアの狂狼、ジャクソン様だぞ?」
 ジャクソンと名乗った色黒の男は益々鼻息荒く凄んだが、ガイツは全く興味無さげに溜め息をつく。
「あーあー、狼だか何だか知らねーが……ほらよ、泥をつけた服の詫びだ」
 ガイツは懐から小袋を取り出して男に投げ渡した。ジャクソンはそれを受け取って中を確認すると、フンと笑った。
「……こいつはよく分かってるじゃねぇか。だがよぉ、まだ足りねえな? そっちのガキからは何かねえのか? ああ?」
「ひっ……」
 そう言ってガイツの脇で震えているギースにガンをくれる男に、ガイツはいよいよ怒りを覚える。
「金ならくれてやる。だが……うちの大事な弟にこれ以上ちょっかい掛けんなら……」
 ガイツの射殺すような険しい目付きに気づいたジャクソンは驚いて肩をすくめた。ガイツは拳を突き出すと、その男の手の中に今度は銀貨数枚を落とし込んだ。
「そら…これで充分だろ? さっさと消えな」
「へっ、生意気なガキめ……覚えてろよ」
 捨て台詞を残し、大男は足早に立ち去った。

「兄ちゃん……ごめんね……」
 ガイツの太い腕にすがりながら涙を浮かべるギースの頭を、ポンポンと叩く。
「気にすんな。何でもねーさ、あんなヤツ。それよりケガはないか?」
「うん……平気……」
 意気消沈して眉を八の字にした弟を慰めようと、再び頭を撫でてやる。それでもギースはしばらく男の去った方を気にしていた。ガイツはわざとその視界を遮るように立ち、濃紫の瞳をギースの真正面に合わせる。
「ったく……。祭りってのはな、さっきの奴みてえな下らねーのも沢山集まって来るんだ。もう俺から不用意に離れんなよ、ギース」
「うん……分かった」
 そう言うとギースはガイツの服の裾をぎゅっとつかんでくる。土がついてしまった弟の衣をきれいに払ってやり、頭をもう一度ポンと叩く。そしてまだ少し怯えの色を隠せない弟の手をとりながら、ガイツは言った。
「ギース。まだやりてえもんあるんだろ? もう少しだけ遊ぶぞ?」
「うん……あれ……あのぬいぐるみ欲しい! 一番上に吊ってある!カニの!」
「ったく……しょうがねえな」
 そう言ってガイツはギースの手をしっかり握ったまま、次の屋台に向かうのだった。

 夜も更けてきて祭りも佳境に近づき、港の人出も多くなっていたことから、出店から少し離れた浜辺に二人は移動していた。空にぽかりと浮かんだ丸い月明かりのおかげか、今宵は随分と明るい夜だった。
「兄ちゃん……もう祭りおしまい?」
「ああ?……多分まだまだやるだろ? 屋台も賑わってるしな」
「あ、兄ちゃん、あれ見て!」
「ん……? どうした?」
 ギースが指し示したのは夜の海をゆく大船の影。見紛うことなき親父の船だ。
「父ちゃんだ!…あれ? でも何で海に……」
 疑問に応えるよう、船は広い海原の真ん中に進むと、ドン、と爆発音が響いた。船の位置を知らせるための信号弾が出す発破音だ。しかしその空に向いた大砲の先に、次の瞬間、再びの爆発音と共に夜空に明るい火花が散りばめられる。
「わぁっ…!! 綺麗!!」
「おお? 何だこれ、すげえな」
  バァン、バン、と波を揺らすほどの勢いで船から打ち上がる火薬の描き出す光の軌跡に、それに気付いた港の人々の歓声が乗る。父が言っていた祭りの新たな演目とは、この事だったのだ。
 細かな奇跡を丸く描く光は、まるで夜空に浮かぶ大輪の花のようだった。赤やオレンジ、白く輝く光に兄弟の顔が明々と照らされる。二人は無言で寄り添いながら、しばらくその輝きに魅入っていた。


「すごかったねぇ……」
「ああ、親父が手配したんだろうが……すげー良かった」
「そうなの!? 父ちゃん、すごいねぇ」
 ――今宵の父の仕事に対して素直にそう思えたことが、少しだけ悔しかった。
 弾の打ち上げを終え、そろそろと港に戻る船影を見ながら自らも帰路に付こうとするガイツの背後を、ギースは慌てて追ってくる。
「帰るの? もっと遊びたいよぉ…」
 そう言うなりガイツにギュッと抱き付いてくる。振り返れば腕に押し付けられた小さな頭の下に、いつもは見えないうなじが露になり、細い首にかかった後れ毛に目を奪われつつ…。まだまだ小さな子供なのだと思い知らされる。
「ハッ……でもよ、そろそろガキは寝る時間だぜ? じいやもねえやも心配する頃だ」
「ん……でもぉ…」
 腕に縋って駄々をこねるギースの瞳は、案の定ウトウトと閉まりかけていた。放っておけばすぐにでも寝てしまいそうな姿に思わず苦笑する。
「ったくしょうがねえなぁ……」
 そう言いながらも内心満更でも無い自分が居る事に気付いた。
「また来年な」
「………うん」
 自分の背丈の半分程しかない小さな弟をひょいとおぶると、再び歩き出す。ギースもそれを受け入れたようで、兄の広い背に身を委ねる。
(まぁ今日は特別だしな……甘やかしとくか)
 背中で段々と重みを増す小さな身体から伝わる熱が愛らしい。程なくして、ギースはすうすうと寝息を立て始めた。
「兄ちゃん……だいすき……」
 微かな寝言が生ぬるい夜風に乗って耳を擽り、クク、とガイツは喉の奥で笑った。
(ああ。……オレもだよ、ギース)
 久しぶりに感じる"楽しかった"という充足感。暗い道に浮かぶのは先程の火花の残穢と、それよりも輝くギースの楽しげな顔。
 祭りの喧騒を遠くにやりながら、ガイツは穏やかな波のような足取りで、ゆっくりと館へ帰って行った。


END


夏祭りのベルガー兄弟、チンピラを添えて…(添えるな)
小さいギースくんに着付けているのは甚平のような浴衣のような。良いところの坊っちゃんですからね、そりゃメイド長も気合いが入りますわ!(なおガイツが同行するので危険性は考慮しないものとする)
親父ィが打ち上げてた船の信号弾は、後世の花火の元になったらしいよ。既にエルファイアーとかの魔法がある世界だけどさあ、浪漫があっていいよね🎆

畳む

#ガイギス

孤島の湯治

💜航海中、名もなき孤島の洞窟で偶然温泉を見つけたガイツ(45歳)とギース(35歳)※封印後色々あって再会した世界線
💜いちゃラブ温泉H話♨️ ♡汚喘ぎ有
💜このお風呂話を先に読むとより深いかも #ガイギス
18歳以上ですか?

憧憬の狭間に

💜遊んでたら大雨でびしょ濡れになったベルガー兄弟が一緒にお風呂に入る話
💜ガイツ20歳、ギース10歳(ぐらいを想定)の過去編
💜両片思いのガイギス、偲び愛

 ドォン――

 頭上に広がった黒い雲から雷鳴が響くと同時に、激しい雨が降り注ぐ。

「うわっ!最悪だ……!ギース、館に戻るぞ!」
「あ、まってよ兄ちゃん……置いてかないでっ!」
 裏の林で野鳥捕りに興じていた年の離れた兄弟は、慌てて帰路につく。
 砂利道を白く叩きつける突然の豪雨の中、やっとの思いで辿り着いた商会館の大扉が軋んだ音を立てて開かれた。
「くそっ……こんな土砂降りになるなんて聞いてねーぜ」
 紫の髪から雨水を滴らせながらガイツが呟く。兄の後を追って息を切らすギースも、同じく全身をびしょびしょに濡らしていた。
 敷き詰められた絨毯に大小の濡れた足跡が点々と続く。
「はぁ……はぁ……、っくしょん!」
 小さな体がくしゃみをするのと同時に、メイドが大判のタオルを手に大慌てで駆け寄る。
「まあまあ! 若様もお坊ちゃまもこんなに濡れて…! これで早くお身体を……」
「ああ……オレは後でいいから、先にギースを拭いてやってくれよ」
「あら、お坊っちゃま方! 丁度良かったわ!」
「あ? 何がだよ?」
 廊下の奥から顔を出した女中頭が濡れ鼠となった二人を見るなり、声を弾ませてやって来た。
「本日は幸いにも湯浴みの準備ができておりまして……。さ、あちらの……お客様用の浴室へどうぞ」
「……客用の? どういうことだ?」
「実は、旦那様がお取引先のご友人をお招きになると聞いていたのですが……この嵐で予定を取り止めなさったようで」
「へえ……なるほどな、良いタイミングじゃねーか。よしギース、俺と一緒に離れに行くぞ」
「…う…うん」
 そう言って無造作に差し出した手をギースが小さく握り返す。さっきまでは共に元気に遊び回っていたのに、今は意気消沈して細い肩を震わせている。突然の雨で消耗したのか? それとも――雷が怖かったのか。
「ギース?……どうした……?」
 冷えきった細い指の感触。ガイツが大きな掌で包み込むようにその小さな手を握ると、安心したのか、ギースはようやく安堵の吐息を漏らす。
「置いてかないでよう……兄ちゃん……」
「ん? ああ、悪い悪い」
 急な悪天候より、ガイツが真っ先に駆け出して行ってしまったのが心細かったらしい。身を寄せながらも膨れるギースを宥めながら、手を引いて歩いてやる。
 弟とは年齢差を超えてしょっちゅう遊ぶ仲ではあるが、こうして直に触れ合うのは久方ぶりだった。

 館の東翼にある客間の一角。この島の火山から切り出した岩石で築かれた風呂場の扉を開けると、湯気とともに柔らかな薔薇の香りが漂う。いかにも金持ちの客受けしそうな空間と化した脱衣場には似つかわしくない粗暴さで、ガイツは濡れた衣服を脱ぎ捨てる。
「……っ」
 その背中に刻まれた彫刻のような筋肉を見て、ギースはごくりと唾を飲んだ。普段から兄との体格差は感じていたものの、改めて見ると規格外だった。こちらを振り返る厚い胸板から続く腹筋は、綺麗に割れている。
「早く脱げよ……寒いだろ」
 振り返りながら促す兄の目は鋭いながらも優しげな光を湛えていて、胸の奥が小さく疼く。
 素直にずぶ濡れのケープを肩から落とし麻のチュニックや下衣も下ろすと、己の小さな裸身が露になった。
「……ッ」
 前に立つ兄の視線を感じて、思わず顔を伏せる。昔は兄と、父も含めて三人で喜んで風呂に入っていたが、この歳になると自然とそういう機会も少なくなっていたせいか、妙に落ちつかない。
「ったく……まだ照れる歳じゃねえだろ? ほら」
 呆れたように笑いながら手を引かれ湯船へ導かれる。日焼けした逞しい腕に引かれる自分のか細い腕が目に入った。
(兄ちゃん……俺のこと……まだちっさい子供扱いしてんのかな……そりゃ、そうだけどさ……)
 今や立派な青年の兄、ガイツの気性や荒っぽい素行は商会の中に留まらず、行く先々の港で有名だ。普段はそんな逞しい兄の庇護下に置かれる弟――の特権を余すことなく享受できる現状に、周りに対する優越感めいたものすらある。
 けれど一方で、自分もこの兄の弟として――ベルガーの豪商の血族に相応しい目で見られるように振る舞いたい願望もある。その為にはまず、この甘ったれた態度を改めなければ……。
 相反する感情に戸惑いつつも、ギースは浴室へ足を踏み入れた。よく磨かれた石の床はヒヤリと冷たくも、温かい湯気に包まれると忽ち体温が戻ってくる。
「あっつ……お、来てみろよギース」
 言われるままに湯船に近付くと、そこには透き通った薔薇色の湯が張られていた。
「わぁ……赤い色のお湯だ!」
 思わず子供っぽく感嘆の声を上げ、バシャンと浴槽に半身を入れてしまい、そこではっと我に返る。ギースは恥ずかしげに口元を抑えながら、ガイツの方を振り返った。
「あっ……兄ちゃんも入ろ……」
「俺は先に流してからな」
 まるで全てお見通しなのか、簡潔に返事をするガイツの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
(あう………)
 並々と張られた湯船からガイツが湯を掬って、勢いよく肩に掛ける。その姿にすら余裕を感じて、ギースはちゃぷんと鼻先まで湯に沈み込んだ。

 かけ湯を終えたガイツの大きな体躯が伸び上がり湯船を揺らす。壁の大岩に隠れるように身を寄せていたギースの横へ当然のように近づく兄の裸体を、ギースは湯気越しに再認識することになる。
(うわ……兄ちゃん……本当にデカい……)
 十歳にしては少し未成熟な自身と比べ、二十歳になるガイツの身体は完成された雄のそれだ。割れた腹筋の下、股間の茂みに垂れ下がる長大な肉竿が目に入ってギースの顔が熱くなる。
(そう言えば俺……昔兄ちゃんがトイレしてる時にじーっと見てたことあったな……)
 一瞬脳裏を過る恥ずべき記憶を慌てて振り払い、平静を装う。
「……はあ……やっぱ熱ぃけど気持ちいいな」
「うん……」
 弟の逡巡を知ってか知らずか、ガイツは平然と語り出す。
「いつもの風呂もいいけどよぉ……たまにはこっちのでっけえ風呂もいいな」
「兄ちゃん、もう出ていい……?」
「あ? バカ、まだ入ったとこだろ!?……お前が風邪でもひいたらオレが面倒だ、親父にドヤされる」
 だからしっかり身体の芯まで温めとけ、と言いながら、大きな手でギースの丸い頭をぽんぽんと叩く。
「あーもう! 子供扱いすんなっ!俺だって……」
 言いかけた瞬間、湯面が波打ち身体同士が近づく。
「……へっ?」
 突然の密着感に心臓が跳ね上がる。見上げるとガイツの紫の瞳がじっとギースを見据えていた。それは暗い海の夜を思わせる色彩だったが、瞳の奥には確かな情が宿っている。
(あ、あれ……? こんな近くに……兄ちゃん?)
 至近距離で兄の視線に包まれる、その落ち着かないようでどこか安堵を覚えるむず痒い感情に翻弄されていると、不意に兄が言った。
「おい……肩まで浸かれよ……そうしねーと温まんねえ」
「わ……分かってるよ! もう!」
 反抗的な言葉とは裏腹に、素直に従ってしまう。長い髪ごと顎の先まで沈めると、熱い湯が全身に沁みわたるようだった。
「……ふぅ……」
 溜息が洩れてしまうほどに心地良い。無意識にガイツの体へ視線を送ると、筋張った太腿に乗っかる太い陰茎と出会う。
「…………」
 また思わず凝視してしまう自分に気づき、慌てて視線を逸らす。
(ダメだって俺……なんで……見て……)
 困惑するギースに対して、ガイツは何も言わずにただ静かに湯に身を委ねながら、弟の反応を伺っていた。

「なあギース」
「なに……?」
「さっきからどうした? 急に拗ねたり、かと思えばオレの方見てる癖に、目ェ合わせねぇし……何考えてんだ?」
「別に……なんでも……ないよ」
 嘘だということは容易に分かるほどの辿々しさだった。どうやら何か考え込んでるらしいが、あまり追及しても逆効果だろう。そう判断したガイツは敢えてそれ以上は言わず、黙って待つことにした。
 しばらくの静寂のあと、ギースが再び口を開いた。
「……なんかさ」
「ん?」
「俺って兄ちゃんから見て……小さい?」
「ああ? たりめーだろ」
 突然の質問にガイツは怪訝な顔をするが、すぐその意図に思い当たったようだった。
「お前まだ十だろうが。心配しなくてもこれからでかくなるだろ」
「そっか……そうかな」
 納得したようなそうでないような表情を見せるギースを見てガイツは静かに笑みを深める。
 久しぶりの男同士の裸の付き合いで、余りにも身体的な差異があるのに気付き不安を感じたのかもしれない。ただでさえ長い髪にくりくりした瞳で、未だに少女と見紛われる容姿なのだ。
 十を越えて、ギースもそろそろ身体的な成熟についてあれこれ悩み出す時期なのだろうと考えた時、ふと脳裏をよぎるものがあった。
(だがよぉ……こんな可愛い弟がこの先どうなっちまうのかねえ……今のうちに……堪能しとかねえとな)
 ギースは気付いていない。ガイツとて、兄としての立場を隠れ蓑にしながら、最愛の弟を隙有らば愛でる――その特権を存分に享受していることを。
 湯面に揺蕩う髪、まだ男らしさとは程遠い、丸みを帯びた小さな肢体。微かに触れる柔らかな肌の感触は、このままずっと抱き寄せていたい程に心地好い。
「ねえ兄ちゃん……」
「………うん?」
「兄ちゃんが俺のことやたら心配したり、可愛がってくれるのはさ………弟じゃなくて妹みたいに思ってるから……なの?」
「はあ!?」
 ギースから出た予期せぬ言葉に思わず声が裏返る。それまで呑気に構えていた頭が混乱するほど驚愕した。
「いや!そんなわけあるか!男だろ?お前!」
「でもさ……兄ちゃんってさ……いつも優しいしさ……俺のこと、たまに壊れ物みたいに大事に扱うじゃん……」
「はあぁ?!」
 思わず天井を見上げてしまう。どうやら兄として…いや、それを越えて漏れ出していた過剰な庇護欲(かわいがり)が弟にとっては複雑な思いを与えていたらしいことを、今更ながらに自覚する。
「っ……ならその長ぇ髪ぐらい切れよ……」
「やだよ、これは伸ばすって決めてるの!」
「何だよそれ、そのナリでいっちょ前の男に見ろってか? 無茶言うなって……」
 そう毒づきながらも、ガイツの心中には靄が広がっていた。今まで無意識にギースに対して抱いていた認識の事実に、向き合わざるを得なくなった。
(そうか……オレ…言われてみれば……こいつをいつも弟っつうか、女の子扱いして見てたのかもな……)
 つい本音が口をつき狼狽えるガイツに、ギースは追い討ちをかける。
「じゃあやっぱり兄ちゃん、俺を女だって思ってんの!? 俺だって小さいけどさぁ、ちゃんとチンチンついてるし!兄ちゃんの遊びに付き合ってやってるし!街じゃけっこうモテるんだぞ!」
「おい、生意気だな……ったくガキの癖に、何色気付いてんだ」
「兄ちゃんだって最近ずーーっと鏡の前で髪いじってんじゃん!俺、知ってんだぞ」
「ヘッ、まだ髪の手入れも服の支度も、全部メイド任せのやつに言われたくはねぇよ」
 ガイツの反論に、むぅぅ……と顔をしかめているギースの顔が面白くて吹き出してしまう。そうやってたわいもない戯れ言を言い合いながら、内心ほっとしていた。
 少なくとも、弟はガイツの言動や、向ける視線に込めた真の意味をまだ理解していないようだった。

「はぁ……もう出る……」
 小さな声で訴える弟。熱い湯船の中で話し込んで、すっかり身体を火照らせたギースは、傍目にも疲弊している様子だった。
「おう。転ぶなよ……」
 湯から上がろうとする弟の濡れた髪や丸い尻が、薔薇の匂いをさせる艶やかな色香を放っていることに本人は気づいていないだろう。
(……いや、こういうところは本当にあぶねえな……)
 一方のギースは熱を持った身体を制御できず、疲れのせいか眠気まで押し寄せ意識が朦朧としていた。
(あ……髪とかもっと洗ってから出よ……)
 フラフラの身体を引き摺りながらも、洗い場で備え付けの高級な液体石鹸を泡立てて洗髪や身体を洗っていると、いつの間にか兄も横に並んでいた。
「背中、まだ泡残ってんぞ」
「もお、ちゃんと流したって……」
「足りねーって」
 パシャリと桶で頭から湯を浴びせられ、兄の大きな手で背面を撫でられる。熱くて心地好い掌の感触にじっと身を委ねそうになりつつ、また子供扱いされていると感じたギースは立ち上がった。
「もう……いいからっ」
(あー……兄ちゃんてほんと、優しい……うれしい……けど、俺もちゃんと……)
 そんな事を漠然と思いながら出口へ一直線に向かっていると、濡れた石の床で足が滑り――
「わわっ!」
「おい! あぶねえ!」
 扉前でよろけたギースをガイツは慌てて支える。気付けば背中に回った逞しい腕に抱き止められていた。
「あ……ごめ……」
「こら! またお前は……気ィ付けろって!」
 叱咤されたギースはよろめきながらも、オレも出るから、と告げ先を行くガイツに続く。ガラリと開け放った脱衣室の冷たい風が火照った肌を撫で、急激な温度変化に身震いする。
「ほらタオル……自分で拭けるか?」
「うん……」
 ガイツに無造作に投げ渡された柔らかな布を手に取ると、濡れた身体を包み込む。
(ああ……俺、また兄ちゃんに世話焼かれてる……何でいつもこうなんだろ……)
 体を拭いながら、再び兄の姿を目で追ってしまう。ガイツは既に適当に体を拭きながら鏡台へ向かう所だった。
 筋肉質な背中から続く逞しい腰回りからは、やはり雄々しさが伝わってくる。濡れた短髪の隙間から覗く太い首筋は男らしい色気すら纏っていて、その姿にギースは憧れと共に、すっかり魅了されていた。
(……カッコいいなぁ……兄ちゃん)
 メイドが用意していた長い湯上がり着に袖を通し、髪をタオルで巻いた状態でこちらに歩み寄るガイツに対し、ギースの胸は無意識のうちに高鳴っていく。
(ダメだ……またこんな風に見てたら絶対変に思われちゃう……)
 自己嫌悪に陥りながらも視線を泳がせるギースだったが、気づけば目の前まで距離を詰められてしまっていた。
「どうした? 顔赤いぞ? のぼせたのか?」
「なっ!なんでもないよっ!」
 反射的に反論して顔を背ける。胸を打つ心臓の鼓動が激しい。目の前にいるのは兄なのに……そう思っても、ギースはまるで初恋に戸惑う乙女のように口を噤み、頭から被ったタオルにすっぽりとくるまるしか出来なかった。
「そうかぁ……? まあいいや。オレはもう行くぞ」
「えっ!あ……待ってよぉ!」
 足早に進んでゆく兄の背中を、慌てて追いかけるようにギースも続こうとする。
「いや、服着ろ服! おい誰か……」
「ああっ!自分で着る!だから誰も呼ばないで!待っててよぉっ!」
「……たく、メチャクチャだな……」
 呆れたようにガイツは湿り気を帯びた長い前髪をかきあげつつ、脱衣室の籐椅子にどかりと腰を落とした。
 また置いて行かれそうになり慌てて白いバスローブを羽織るギースを、さも可愛らしい生き物を見るように眺めながら。


 寝室の窓からは夏の夜風が忍び込み、麻のカーテンを静かに揺らしていた。
(やっぱり寝てんじゃねーか)
 ガイツが部屋の扉を閉めると、室内が闇色に沈む。サイドテーブルに添えた燭台の蝋燭が一本だけ灯りを保っているが光量は微弱で、薄明かりの中に空の大きなベッドと、その隣で丸い塊を乗せた小さなベッドがぼんやりと浮かび上がっていた。
 離れから戻るなり夕食まで休憩すると言って寝室に引きこもったギースだが、ガイツと遊び通しの一日と、先程の風呂の温もりからかベッドの上に転がるとすぐ寝てしまったようだ。髪も乾ききらぬうちに。
「全く……呑気なもんだ」
 溜め息混じりの声と共に、ギースの長い髪が水気を含んだまま枕の上に扇のように広がっているのが視界に入る。淡い水色の柔らかな寝具に絡まる紫色の長い髪の束は、薄暗い中にも関わらず艶々と光彩を放ち、濡れた毛先を踊らせていた。
 ガイツは黙って丸椅子を引き寄せると、頭に被っていた白いタオルを解きギースの髪にそっと被せる。
「おい……風邪ひくって言っただろうが」
 そう小言をこぼしながらも動作は限りなく優しく、繊細だ。湿った髪房をひと掬いすれば、甘い石鹸と薔薇湯の芳香が鼻孔を擽る。艷やかな髪の糸は細く滑らかで、指先を通る度にしっとりとした感触を伝えていた。
(こいつ……本当に長いな。毎晩この手入れをメイドに任せてんのか)
 同時に不思議な感情も沸き上がる。どうしてこんなに大切そうに扱っているのか。
「……んな、女扱いされたくないなら切ればいいだろ、切れば……」
 独り言を吐きながらも、手際よくタオルを押し当てて水分を吸い取っていく。
 ……思い当たる節が無いこともない。この長く癖のある髪はギースの母親も同じく豊かな長髪だったことの名残か、伸ばしたまま頑なに切ろうとしない。
 例え少女に見られようと、この長い髪は何かしら彼の心の安寧を守っているのだろうとガイツは推察する。

 一通り拭き終えると、今度はサイドテーブルの引き出しから木製の櫛を取り出してくる。いつもはメイドが使っているそれは彼の亡母が使っていた年代物で、柄には銀細工の百合模様が刻まれている高級な代物だった。
「しゃあねえな……ちょっとだけ頑張るか」
 眠っている弟に配慮して小声で呟きながら、ゆっくりとその櫛を通し始める。
 最初こそ絡み合って引っかかる部分もあったが、次第に滑らかに流れていく。艶のある紫紺の長髪が徐々にうねりながら梳(と)かれる光景は、まるで美しい美術作品のようだった。
「……っ」
 ガイツの指が首筋を擽り小さく身じろぎするギース。だが依然として深い眠りの中にいるようで瞼は閉じたまま。その頬はまだ微かに赤みを帯び、健康的な色をしている。
(安心しきった顔してんなぁ……)
 苦笑いしつつも手を止めず続ける。あらかた梳かし終わり、乾き始めた柔らかな頭髪の間に指を差し込むと、温かいギースの体温を感じた。その温もりは心地よい反面、自分の理性を削いでいくようでもあった。
(――可愛いヤツ……)
 そう内心で呟くと同時に胸の中で別の声が囁いた。
(いや、人にどう思われようが自分の心根を貫くのは、男らしいっちゃあらしいか……?)
 そんな認識に至ったガイツだったが、その時すでに身体の内側からは抗いがたい欲求が生まれ始めていた。
(だがよ……この姿はオレの目には、毒だ)
 長い髪を湛えた無防備すぎるあどけない寝顔。そして先程、風呂場で見せた滑らかな白い肌――。
 無垢な姿態は己の理性を試す、媚薬のごとき魔力を持っているのだ。
「ちっ……」
 咄嗟に舌打ちが出る。こんな劣情は弟に対して持ち合わせるべきではない感情だと、流石のガイツも理解していた。ゆえに胸の内に押し留める。決して表層に出す訳にはいかないのだが……。
「……よぉし、こんなもんか……じゃ、賃料でも頂くとするか」
 努めて軽く冗談めかして言い放つ。それは自戒と同時に、自身の心理的な均衡を保つためにも必要な儀式だった。
 櫛を通し終わったギースの長い髪は、流麗な曲線を描いて華奢な肩と枕の間に静かにたゆたっている。その中でも特に美しく揺れる一束を取り上げると――そっと唇を寄せた。
 ひやりとした感触と仄かな薔薇の残香。それ以上のものは何もなかったが、心臓の高鳴りだけはどうしようもなかった。
(これで終わりだ……そう……)
 そう自らに言い聞かせながら髪束を落とし手を引こうとする瞬間だった。
「……にいちゃん……?」
 波間から零れ落ちる水の粒のように澄んだ声に思わず目を見張る。
 僅かに開いた紫水晶のような双眸が、ぼんやりとこちらを見上げているではないか。
「なっ……」
 驚きと動揺で言葉を詰まらせるガイツであったが、咄嗟に平静を装う。
「起こしちまったか? 悪いな……」
「ううん……ごめん……俺…髪……? 乾かしてくれた?」
「ああそうだ。もうこれくらいでいいだろ? ……寝ろよ」
 努めて素っ気なく振る舞うガイツだが、内心は気が気ではなかった。しかし当のギースは、うん、と素直にそのまま目を瞑ると、再び安心したように寝息を立て始めた。
「ふぅ……。ったく……ホント呑気なヤツだぜ……」
 吐息と共に小さく吐き捨てると、今度こそ本当に踵を返しベッドから離れる。

 静まり返った寝室に残されたのは眠るギースと、夜風にそよぐカーテン、微かな薔薇湯の香りだけである。
 弟への愛おしさとその枠組みを越えた感情――それらは等しく己の中で鬩ぎ合っていたが、どうにも抑え込みきれないそれが、先程のようにふとした切っ掛けで溢れてしまうのは事実だ。
 だがそれでも、ガイツは大きな体躯をうち鳴らす心の臓の鼓動を感じながら、誓うように決意する。
(オレのこれは……墓場まで持って行くっきゃねえんだ……)

 ふと廊下から窓の外を見れば、ようやく通り過ぎた雷雲の隙間から覗き込むように、小さな星がきらきらと瞬いていた。


END



兄弟でお風呂♨️再び!今度は思春期ならではの甘酸っぱいギースさんのモヤモヤを添えて…ガイツほんと羨ましいな!代われ!w
ギースさんの髪は何であんなに長いのか。単に船上で切る機会がなくて伸ばしっぱなだけ、でもいいんですけど(身も蓋もない)何かそれっぽく理由をつけて幼少期から長く伸ばしてて周りを魅了しまくってると良いな~~って。
ところで20歳ガイツは日々何してんだというと、父に仕事の手伝いを頼まれた時以外は街や館でブラついて遊んでます(それにギースがくっついてくる感じ) ただのニ○トじゃん…その体たらくでギースに格好いいって思われてるの奇跡じゃん…感

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#ガイギス

蜜月を往く船

💜この続きのガイツ×ギース
💜封印開始より10年前、ベルガー商会を継いだ船長ギースをこっそり裏で支える(?)ことにしたガイツ
💜後半エロ特化、♡喘ぎ、オホ喘ぎ等
18歳以上ですか?

Ocean ripples②

💜ガイツ×ギース過去編、その2⇒前作はこちら
💜ガイツ(15歳)とギース(5歳) ※異母兄弟設定
💜一緒に星を見たり街に出たりしながら、もだもだするガイツの話

 それからの日々は目まぐるしく過ぎていった。
 幼いギースの手前、少し普段の態度を改めたガイツは日がな家庭教師による勉学や武術の稽古に追われ、しかし、夜には必ずギースと子供部屋で絵本を広げて、眠くなるまで物語を読み聞かせるのが日課となっていた。
 二人はすっかり仲良くなり、誰もが羨む兄弟仲に、下人達も胸を撫で下ろしていた。

「兄ちゃん……外の星がきれい!見て見て!」
 ある晩のこと。小さな窓辺から空を見上げるギースが兄を呼ぶ。その後ろからガイツは身を屈め、そっと寄り添った。
「おう……見事な天の川だな」
 銀河系から届く光の粒子が波のようにうねり、夜空を彩っている。ガイツの大きな手は、無意識にギースの肩へ回っていた。
「ふふっ……兄ちゃんの手……あったかいね」
 その一言にガイツはハッとする。自分の手がギースの肩を包み込んでいることに気付き慌てて手を離そうとしたが、ギースはすかさずガイツの袖を掴んだ。
「つーかまえたっ! ね、この前の星のお話の本、読もうよ!」
「おいおい、またあの話か? ねえやにしてもらえ、俺はもう飽きたから別の……」
「やだ、兄ちゃんがいいの!」
「ったく……」
 ギースは普段は素直で、女中達や家のものを困らせる事はなかったが、ことにガイツの前だけは甘える素振りを見せていた。
 父親は夜遅くにしか帰らず、側にいる肉親はガイツだけ。まだ五歳の子供であれば当然の反応だった。

『むかしむかし、毎日せっせと働く親孝行な舟乗りの男と、それを空から見つめる美しい姫がいました……』

 親の約束に背いた男は天女である姫との愛に溺れ、仕事もせずに堕落した生活を送る。その結果、ついに天女の父神の怒りにふれ、二人は引き裂かれた。しかし、一年にたった一度だけ、空に輝く星が彼らを繋ぐ天の川となった時……男の舟の上で二人は会うことを許される――

「兄ちゃん、おひめさまがかわいそうだよ……」
「ん……自業自得じゃねーの……年に一回、会えるだけマシだろ」
 真面目な舟乗りの男は親を蔑ろにし、好きになった天女と結ばれたことで罰を受けた。人間、愛欲にかまけず勤勉であれ、という教訓を伝えているのだろうか。
(何か……妙にやるせねえ話だな)
 男の行動が自業自得だと評しながら、自身の感情に素直になって生きるのはそんなに悪いことなのか……?と、疑念が頭をもたげる。
「今ごろ、お空の上でぎゅーってしてるのかな?」
「ヘッ、そうかもな」
 窓辺から覗く長い長い天の川。年に一度のその星波の到来を男は待ちわび、必死で舟を漕いで天の姫の元へ赴くと、限られた時間の中で愛しあう――。
(そんなの……オレならごめんだぜ)
 もう十分だとばかりに、勢いよく本を閉じる。ふと視線を感じて顔を上げると、ギースと目が合った。その瞳には明らかな寂しさが込められているように思えた。
「兄ちゃん……ねえ、兄ちゃん……僕と一緒にご本読むの嫌い?」
 その一言に心臓が大きく跳ねた。
「ば……バカ言うなよ!お前は大切な弟だかんな!ほら次は何だ? 星だろうが何だろうが読んでやるから持ってこいよ!」
 慌てて否定するとギースの安堵したような微笑みが返ってくる。
(マズい……最近マジメに勉強やってたから昼に遊べてねーし……寂しがらせたかもな)
 心の底から反省の念を抱きつつも、それを押し殺すようにして一つ息を吐き、不適な笑みを作る。部屋の隅でそのやり取りを見ていたメイドがくすくすと笑う声がする。
「ほんと、坊っちゃん達は仲がお宜しくて」
「ふ、ふん……勘違いすんな、お前がオレの弟ってだけだからな……」
「えへへ、じゃあ僕、ガイツ兄ちゃんの弟で良かったぁ」
 どこまでも素直に喜び、微笑む弟にガイツはまた牙を抜かれた心地になる。
(ったく…甘え上手な奴だぜ)
 そうしてギースと絨毯を敷き詰めた広い部屋で何冊もの絵本や童話を広げ、読みながら話をするうち、すっかり夜が更けていた。
 古びた柱時計が八つの鐘を鳴らす。
「さ、ガキはそろそろ寝る時間だぞ」
「兄ちゃんも一緒に寝ようよ!」
「はあ? 勘弁しろよ、俺は……」
 この後館をこっそり抜け出し、勉強漬けの日々の鬱憤を晴らすべく夜の港町に繰り出そうとしていたとは、この純粋無垢の塊のような存在に言ってはならないと察する。口を噤んだガイツの大きな手を、ギースが引っぱる。
「だってお部屋に一人じゃ怖いもん……」
「そこのねえやに寝かしつけてもらえよ」
「やぁん…兄ちゃんがいいの」
 駄々をこねる弟の目は少し眠そうだ。若いメイドがあとはお任せを、と声をかけてくるが、小さな手を引き剥がすのが惜しい気がした。
「しゃーねぇ、特別にオレがベッドに運んでやるよ」
 そう言ってギースを抱えて立ち上がる。メイドには部屋の片付けを任せ、奥の寝室へ向かった。
 ギース坊っちゃまのお召し替えを…と夜着を手にじいやが飛んでくる。ガイツは胸の中のギースを自分のベッドの隣に新しく据えられた小さな寝台に下ろして、後は任せたとばかりに去ろうとする。
「やぁ…兄ちゃん……一緒にいてぇ…」
 ギースの声に振り向くと着替え途中の肌が露になっていた。白く幼い胸元に思わずドキリとし、目を背けてしまう。それを哀しげに見詰める紫の瞳。
「ガイツ様、ギース坊ちゃまがお寂しゅうございますよ」
「オレは……用があるから先に寝てろ……後で戻ってくるし。じゃあな」
 一瞥もせず足早に寝室を後にする。背後から小さな嗚咽が聞こえた気がした。
「兄ちゃん……行かないでぇ……」

 扉を閉めた瞬間、激しい自己嫌悪が襲う。
(一体なんなんだ……?)
 少し前から胸を締め付ける謎の感情。それは甘くも苦くもありガイツを蝕んだ。
 どうして弟を前にするとこんなにも狼狽してしまうのか?
 自問するうちに、ひとつ思い当たることがあった。
 十歳を過ぎた頃からたびたび館を抜け出し、港町で遊んだり船乗りに交じったりしていたガイツが、その時に酒場で聞いた生々しい話題――粗野な男達のしたり顔が頭をよぎった。

『お前も男なら、そろそろ覚えるべきだぜ』
『いい店紹介してやるよ……小柄で細くて可愛い女がたくさんいるぜ、ベルガーの御曹司相手なら大サービス間違いなしだ』

 その時は、そんな所に行く必要があるのは、女にまともに相手にされないゴロツキだけだと、内心蔑んだが……
「今度……ちょっと覗きに行ってみるか……」
 ガイツとて女の経験がないわけではなかったが、胸の内に湧きあがる男の欲望に愕然とする。
 考えただけで恐ろしかった。ギースが、例えばさっきの着替え途中……あの子供特有の無邪気さで、一緒に寝よう?とでも言いながら裸で抱きついてきたら?
 もし本当にそんなことが起こったなら、自分がどのような行動に出るか想像に難くない。あの細い腕を掴みシーツに押し付けてしまえば、あとは……
(ダメだ、考えるな!!)
 パァン!と両の手で己の頬を打つ。しかし、否認しても消えない鬱屈した妄想は心に重くのしかかる。
 それを振り払うよう、ガイツは愛馬に跨がると館から港町に続く荒道を下った。
 馴染みの酒場で酒をひっかけ二店ほどハシゴし、館のギースが眠る横に戻ったのは夜半過ぎだった。

「……ただいま」
 扉を軋ませないよう慎重に開けながら、酒臭い息交じりに小さな声で囁く。もちろん、自分のベッドの隣ではギースがすやすやと寝息を立てている。片手に下げた仄かなランプで照らしたギースの顔は、よく見れば頬に涙の跡が薄く残っていた。それを、優しく指先で拭ってやる。
 その寝顔は天使のように愛らしくて――しかし同時にとても魅惑的にも思えた。
 欲望を堪えきれず、ガイツはギースの寝顔に自分の赤い顔を近付けていく。だがやはり踏ん切りがつかない。じっと寝顔を眺めながら唇を噛む。小さな弟の細い首筋からはあの芳しい香りが漂ってくる。
(くそ……こんなガキ相手に……!!)
 理性が歯止めをかけるものの、下半身が疼いて仕方がなかった。だが、ガイツは手にしたランプの灯を吹き消すと、くるりとそっぽを向いて自分のベッドに倒れるように伏した。結局何もできないままガイツは枕を抱え、悶々とした夜を過ごすことになる。

 だが――翌朝になると、ガイツはいつも通りの酒による頭痛で軋むこめかみを押さえながら覚醒する。隣には空になった小さな寝台。サイドテーブルの水差しを直で呷って、寝室を後にする。
「兄ちゃん!おはよー!」
 先に起きていたギースの眩しい笑顔に迎えられると、昨夜の葛藤なんて忘れそうになってしまうくらいだ。
「ああ……おはよ……よく眠れたか?」
 寝不足気味の重たい瞼をこすりながら応える。するとギースは嬉しそうに頷いたあと、はにかむような表情を浮かべた。
「あのね……兄ちゃん」
「なんだ?」
「昨日の夜……僕眠くて兄ちゃんにお帰りって言えなくて、ごめんね……」
「何だそれ、別に気にすんな」
 短く返すと少し申し訳なさそうな顔をする。健気にも自分を待とうとしていたらしい。それがまた罪悪感を煽った。
「朝飯は? 一緒に食いに行くか」
「うん!」


---


 朝食後、メイドに歯を磨いてもらっているギースが横に立つガイツに尋ねる。
「にいひゃん……きょう、なにするの?」
「んーー……別に決まってねーけどな……」
 窓から射し込む朝陽がメイドの膝に半身を預ける弟の紫髪を黄金色に染め上げる。その美しさに一瞬見とれてしまいそうになるも、咳払いをして誤魔化す。
「そーだな……馬にでも乗るか?」
「うま? んっと……、僕乗ったことないけど……」
「ならちょうどいい機会だ、オレの愛馬に乗せてやる、ついて来いよ」
「うん!」
 ガイツは庭の端の厩舎へと向かうと、馴染みの栗毛の馬を厩番から引き受けた。
「こいつはサザナミってんだ。デカくて大人しいけど、ちょい臆病でな……」
 初めて至近距離で馬を目にしたのか、ギースは圧倒されたように目を丸くしている。その瞳を見詰めながら、馬はブルン、と鼻息を鳴らした。
「どうどう……弟の前で暴れたら承知しねえぜ」
「えへへ……よろしくね!サザナミ!」
 ギースはそっと手を伸ばすと、サザナミがその小さい手に鼻を擦り付けた。どうやら、ギースのような小さな子どもに対してはサザナミも怖がらずに居られるらしい。案外早く打ち解けそうだ。
「ほら……オレが手綱を引いてやるから乗ってみな、ギース」
「うん……」
 ガイツはひょいと片手でギースを引き上げ、鞍に跨らせてやる。軽い体重のギースは若い牡馬の上で難なく持ち上がり、そのまま歩き出すが問題は無さそうだ。
「大丈夫か? 怖いか?」
「ううん、全然平気!面白い!」
 鞍に揺られる楽しげな声がする。
「危ねーからしっかり掴まってろよ」
「うん! 兄ちゃん、ありがと」
 馬上で無邪気に微笑むギースの姿。長い髪が風に靡き、なかなか様になっている。庭園の柵を一周すると、今度は自分も馬の背に上がり、ギースを前に抱く。
「よし、じゃあ館の周りをぐるっと回るか」
「わーい! やったあ♪」
「落ちるなよ、前の鞍をしっかり握ってろ」
「うん!」
 そうして手綱をとり馬を駆る。……が、ギースの小さな尻と自らの股間が密着する感触に、少し興奮してしまっていた。
(うっ、ヤバ……落ち着け……)
 必死になって前方の景色を眺め冷静さを取り戻そうとするも、その柔らかさやギースの髪の香りに鼓動は激しくなるばかりであった。
(あぁ……またか……)
 ギースはただの年の離れた弟。そう思って接していても、どうしても身体の中が熱くなってくるのだ……特にこうして触れあっていると尚更だ。
 本来ならこのまま海辺まで駆けて浜辺を巡るつもりだったが、この調子では身が持たない。厩に戻るとギースに伝える。
「ええっ、もっと乗ってたいよぉ」
「んー、今日はもういいや……番頭にエサやりでもさせてもらえよ、コイツすげぇ食うから」
「え? やりたいっ!」
 適当にギースの気を反らし、ガイツは深く息をつくのだった。

 午後になりブラブラと館内の廊下を歩いていると、昼寝から目覚めたらしいギースの姿を見つけた。どうやら自分を探していたらしく、こちらを見るなり駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!父ちゃんが兄ちゃんと一緒に、商人の人の所に行くって」
「は?……そんな話聞いてないぞ?」
「ねえねえ、僕も行きたい!」
 無邪気な要求を受け入れるかどうか迷っているところへ髭面の父がやってくる。
「おうここに居たか二人とも……今日取引に行く商人はリキアのフェレから来てるんだ。面白い出物もあるかもしれねえから一緒に行こうぜ」
「フェレ……行ったことあったか?」
「はは……久しく行ってねえな。南国ならではの品が多いが、リキア名産のフルーツを使った焼き菓子とかがあるかもしれん」
 父はギースの肩に手を置くと同意を求めた。
「な? ギースも兄ちゃんと一緒がいいよな?」
「うん!」
 即答されてしまい苦笑いするしかない。親父としては商人との商材駆け引きの様子をガイツに直に見せたいのだろうが……また親父の図々しい値引き交渉に付き合わされると思うと億劫になる。
 こうして三人で港町へと繰り出すことになった。

 館から馬車で半刻程走ると、そこはミスル半島一の規模を誇る港町の市場だった。
 波止場には大小様々な船舶が停泊していて、夕暮れに差し掛かる今、活気づいている様子が見て取れた。市場には海産物は当然ながら、エレブ諸国各地から船で集められた多種多様な商品が所狭しと並んでいる。
「うわぁ……すごいね!」
「そうだな、ここらじゃ一番でかい市場だ。半分は親父の船で運んできてんじゃねえか?」
「ああ、その通りだ」
 父も満足げに頷いている。
「よしお前ら……俺について来いよ? ガイツ、ギースの手を離すんじゃねえぞ」
「はぁい……兄ちゃん……早く行こっ」
 小さな手を繋ぐと自然と歩調が緩やかになる。ギースはキョロキョロと辺りを見渡しながら、興奮したように言った。
「僕……こんなにいっぱいお店見たの初めてだよ」
「ははっ……本当か?」
「うん!」
 長いビロードの黒コートを靡かせ先頭を歩く父と、同じくらい体格の良い若い男に手を引かれるお坊ちゃん然とした愛らしいギース。その姿に、店先の商人や行き交う人々は羨望の眼差しを送っている。そんな注目を集めている事に気付きつつも、弟の手を引いて歩く。

 市場の中程まで進むと、目的の商人が営む小さな店にたどり着く。入口に設置された看板を見ると、リキア産の品物の商品名がずらりと書かれていた。
「父ちゃん……あの赤いお魚、おっきくて美味しそう」
「おお、そうだな。だが俺等商人は安く買わないとな。よく見定めねーといけねえぞ」
「はぁい」
 素直に答えたギースは店の天井に吊られた色とりどりの魚を指差す。
「ねぇねぇあれは?」
「あれか? あれは色を塗った作りモンさ、流石に食えねえぞ」
 そんなやり取りをしながら店先の乾物や干物を見定める。そのまま店内に移動し、ギースが好みそうな果物やフェレ名物の瓶詰めの乾燥果実と焼き菓子を遅れてやって来た従者に言い付け買い込んでいく。
 気付けば父は店の裏にあるらしい倉庫に入って行った。そこで店主の商人と会話し商談を始めるようだった。
「兄ちゃあん……僕喉乾いた……」
「ああ……仕方ねえな……ほれ水だ」
 懐から革袋を取り出し口に先を突っ込むと、すぐに飲み干す。
「ぷはーっ……おいしい……」
「飲み過ぎるとトイレが近くなるぞ?」
「えへへ……大丈夫だよぉ」
 歩いて疲れたのか、ガイツの足にじゃれつきながらもたれかかったギースの頭を撫でる。柔らかい髪の感触が気持ちいい。しばらくすると、取引が終わったのか父が戻ってきた。
「ガイツ……ギース……そろそろ帰るぞ」
「はーい!」
「行くぞギース」
 手を繋いで歩き出す。すると突然ギースが立ち止まった。
「兄ちゃん……あのおっきな建物、何?」
「ん? ああ……あれは劇場だ」
「劇場?」
「旅芸人が歌ったり踊ったりする所だ。ギースも母ちゃんが踊り子だったなら知ってるだろ?」
「そうなの?! 兄ちゃん……僕行きたぁい!」
 無邪気な要求に思わず吹き出してしまう。しかしそういうワガママなところも可愛いと思ってしまう自分がいた。
「ダメだギース。今日は親父の相手をしなきゃいけねえ」
「えぇーっ……」
「それに今日は時間も遅いしな……また今度来たときに連れてってやるから」
「やったぁ!約束だよ?」
 ギースの手を引き再び歩き出した。しかし父とはここでお別れのようで、港に停泊したベルガー商会の大型船に上がった親父は甲板から声を張り上げる。
「ガイツ!ギースをよろしくな!じゃあな!」
 手を振る勝手な父を見送り、使用人と共に馬車に乗り込むと館へと戻った。

「兄ちゃん……眠い……」
「オレもな……結構歩かされたし……もう寝るか……」
「うん……兄ちゃん……おやすみ」
「おやすみ……」
 ギースと共に寝室のベッドで、ごろりと横になる。昨日の夜更かしのせいもあり、すぐに眠気が押し寄せてきた。
 瞼を閉じた暗闇の中、ギースの小さな声が聞こえてくる。
「兄ちゃん……いつ劇場に連れてってくれるの?」
「ん……お前がもっと大きくなったらな」
「?……それって……いつ……?」
「ったく……別に行ってやらんとは言ってねえだろ? もう寝ろって……」
「むぅ……はぁい……」
 それきり寝室は静かになる。月明かりと、僅かに遠く聞こえる穏やかな波の音。
(約束したはいいがあの劇場の内容は……ギースにはもっと先の話だな……)
 あれは貴族や上流階級の者が集うような、お上品な劇場ではない。客の声に応じ、殆ど裸になって踊る男や女が集う大衆劇場――仲間とバカ騒ぎしながら、酒を呑み食らい、気儘に楽しむ……そんな陳腐な世界に、この弟といつか一緒に足を踏み入れる日が来るのだろうか?
 その頃には、この蟠る弟への感情も割りきって、あれは一時の気の迷いだったなどと、笑い話にしながら――
 そんな下らないことを考えつつ、何時しか眠りに誘(いざな)われていた。


続く



サザナミ号🐴の下りいるかぁ?と思いつつ、タイトルにしたので入れておきました。ベタだけど。お坊ちゃん育ちには欠かせない馬!
七夕伝説はまさにガイツの教訓としてピッタリでは?と思った次第です。書いてる途中にもう一つ七夕に関するガイギス小話を思い付いたんだけど、時間切れなのでお披露目はまた来年。
さて、いよいよギースに対して悶々が止まらない若ガイツ、書くの楽しいなw まだ清い関係ですよ、まだ😎(時間の問題

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#ガイギス  

Ocean ripples➀

💜ガイツ×ギース過去話、出会い編
💜ガイツ(15歳)の元に連れてこられたギース(5歳)※異母兄弟設定※オリキャラ(二人の父)登場有
💜遊んだりお風呂入ったりのほのぼの話です

 ガイツは退屈そうに広間の肘掛けに凭れ、高い天井を見ていた。
(あー、だりぃ……)
 鋭い紫紺の瞳が細められる。十五歳ながら既に父譲りの逞しい体躯を持つ彼は、周りが『ベルガーの旦那』と畏敬を込めて呼ぶ父親と共に、商船に乗る事も少なくはない。しかし、父の商売のやり方を知れば知るほどその生業に嫌気を覚え――お陰で、ガイツのここ最近のミスル半島西端の豪邸暮らしは荒れていた。 
 今日も朝から家庭教師による航海学をサボって港町に繰り出そうとしたところを、「大事な話がある」と父に呼び出されただけで、内心苛立っていた。
(じじいに隠し子がいるっつーのは知ってたけどよ……何で今更、オレがそんなガキと会わなきゃなんねーんだ)
 なんでも、父は商売中に立ち寄った開発途上の半島の酒場で出会った若い女を囲い、正妻であるガイツの母親が音信不通なのを良いことに、その女に子まで産ませていた。が、妾の女は持病持ちで、一昨日息をひきとったらしい。
 顔も見たことがないその女との間に出来た幼子を、親父が引き取ることにしたのだ。ガイツとは腹違いの弟ということになる。
 名は……確かギースと言っていた。
「ケッ、良い歳してよくやるぜ、色ボケじじいがよ……」
「ガイツ坊っちゃま、旦那様にそのような事は…」
 茶を注ぎに来た年老いた下男にうるせえ!と一蹴し、ローテーブルに足を乗せてふんぞり返るガイツに、部屋の隅に控える下人達までが萎縮する。我ながら愚かしい態度であったが、苛立ちはつのるばかりだった。
 ――その時。

「待たせたなガイツ。こいつが前に言ってたお前の弟、ギースだ。今日から一緒に暮らすぞ」

 低い声と共にベルガー商会を率いる父ゴルドが現れる。その後ろには、小さな人影が隠れていた。
 メイド長に手を引かれながらおずおずと歩み出たのは――五歳のギースだった。

 ガイツよりも明るい紫紺の長い髪が、開け放たれた大扉から吹き込む浜風に靡く。裾をフリルで飾った薄桃色のブラウスから覗く白磁のような肌。大きな紫水晶のような瞳は初めての場所に不安げに瞬きながらも、ガイツを見つけると好奇心旺盛に見上げてきた。
「……こいつが親父の隠し子? ギースって…女の子だったのか?」
 思わず口走るとゴルドが鼻を鳴らした。
「馬鹿者。しっかり見ろ。ギース・ベルガーはれっきとした男子だ」
 そう言われても納得がいかない。スカートのように広がった長いブラウスの丈感も相まって、その姿はまるで昔読んだ絵本に出てくる妖精のように可憐だった。
(……は? 意味分かんねー……これのどこが弟……)
 しかしギース自身はガイツの不躾な視線を気にするどころか、「ガイツお兄ちゃん……?」と立ち上がったガイツに対してはにかむような笑顔を向けてくるではないか。
「そうだギース、 挨拶できるか?」
 ゴルドが促すとギースは少しもじもじしながらも、ガイツの正面にとことこと歩み出た。
「はじめまして、ギースです……えっと、これからよろしくお願いします」
 子猫のような高い声。ぺこりとお辞儀する仕草が愛らしすぎて、ガイツは思わず息をのんだ。
「あっ………、ああ……よろしく、俺はガイツだ」
 ぶっきらぼうに言いながらもその視線は自然と小さな弟へ吸い寄せられる。ギースの少し波打つ癖毛の髪はさらさらと肩から流れ落ち、襟元から覗く鎖骨のラインは少女と見紛うほど華奢だった。
(………。親父がこいつを引き取るって決めたのも無理ねえな……)
 あまりにもか弱い存在を前に納得する一方、父への反抗心や戸惑いは消えない。だがギースの方はまるで警戒心を知らない様子で、ガイツに近付いた。
「えへへ…兄ちゃんって……呼んでもいい?」
 上目遣いで見上げてくる。その無邪気な笑顔に、ガイツは毒気を抜かれてしまった。
「ああ……構わねえぞ」
 何故か胸がざわつく。ガイツは年上の威厳を見せつけるべく椅子に座り直すと、無造作に肘をつき視線を反らす。
「おい、ガイツ!なんだその態度は!俺が館を開けてる間、しっかり弟の面倒をみてやるんだぞ!」
 ガイツの不遜な態度を見咎めた父がどやしながら、ギースの細い手を取った。
「こんなに可愛いギースに、何かあったらただじゃ済まさんからな」
「へっ……分かった分かった」
 どうやら親父はギースに対してかなりご執心らしい。ここ数年、父に反発し素行の悪さが目立つようになった自分への当て付けだろうか。返事をしたものの子守りなど面倒でしかないし、まして父の期待通りに動いてやるのも癪だった。しかし……目の前で自分を真っ直ぐに見詰めるギースには関係のない話だ。
 よく見れば幼いながらも凛とした顔立ちや、それでいて無垢な純真さ。そして光の加減で紫にも青にも光るギースの清んだ瞳を見ると、無性に守ってやりたくなる衝動が湧き上がる。
「……じゃ、適当に館を案内してやるよ」
 そう提案するとギースはぱあっと顔を輝かせた。
「うん!兄ちゃん、連れてって!」
 無邪気な笑顔に、ガイツは釣られて微笑んでしまう。胸の奥がじんわりと温かくなった。
「よしっ、 行くか」
 小さなお供を伴い、ガイツは歩き出す。
(ま、他にやることもねぇし……こんな可愛い弟なら、少しは楽しめるかもな)
 退屈な館暮らしに舞い降りた天使のような存在に、あれだけ不機嫌の塊だったガイツはすっかり絆されてしまっていた。


「兄ちゃん!あれ何?」
「あれは爺さんの漁具だ。昔は家業が漁師だったらしいからな」
「あの大きな網も?」
 そんな些細な会話を交わしながら、重厚な毛織物の敷かれた大理石の廊下を歩く。ギースは好奇心が強く、ガイツに何でも訊いてきた。説明を受けて知識をどんどん吸収しつつ、時折見せる聡明さにガイツは内心舌を巻く。
(こいつ……きっと頭いいんだろうな)
 同時に、多忙な親父がなぜこの弟をわざわざ自分の館に引き取ったのかという意図を察し、一抹の寂しさも感じる。勿論ギースの父として責任を果たす為であるのだろうが、あの狡猾なじじいのこと、親父のやり方に反発する自分の代わりとなるよう、ギースを商会の跡継ぎ候補として一から育てようと考えているに違いなかった。
 そして実際に自分より優秀であるなら、親父は迷わずこの弟に家督を譲るだろう。世の道理より何より、利を追求する親父らしかった。
「兄ちゃん?」
「ん?ああ……何でもねえよ」
 心配そうに首を傾げるギースの頭を、くしゃりと軽く撫でてやる。

 広い館を一通り巡り陽が落ち始めた頃、中庭から外へ出た二人は屋敷の離れに続く階段を登っていた。
「兄ちゃん……高いの、怖いよ……」
 ゴツゴツした石階段の上でギースの小さな体が震えている。眼下には港町と大海原が広がるが、海風が強く、屋根の天辺に据えた風見鶏がキーキーと軋みながら回っていた。
「大丈夫だ。オレが居るだろ? 上ってこい」
 励ますように段上から手を伸ばして引き上げてやる。腰に手を回すと、その細い感触に改めて驚かされた。
(本当にちっこいな……背丈はオレの半分もねえんじゃないか?)
 改めて歳の離れた弟の姿を見つめる。館内では見せなかった不安気な顔。海辺の酒場街で母を亡くした幼い子が、いくら父の元とは言え、知らない家に貰われてきたばかりなのだ。
「兄ちゃん……」
 不意にギースが顔を上げた。淡い紫の瞳が潤んでいる。
「僕さ……父ちゃんと会ってもあんまり一緒に遊んだ記憶無いんだ……母ちゃんは天国に行っちゃったし……。ガイツ兄ちゃんは、僕とずっと一緒にいてくれる?」

 そう問われ、どくりと心臓が高鳴る。

「あ、当たり前だろ。オレたち血が繋がってるんだぜ?」
「くすん……ほんと?」
 ギースの大きな双眸からついに涙が溢れ落ちる。ガイツは慌ててそれを腰に下げた手巾で拭った。
「ホントだよ!だから泣くな!」
「ん……わかったぁ……」
 大声で叫んだガイツに、心底安堵したようにギースはしがみついた。その温もりと甘い香りに、ガイツはふと胸の奥から何かが込み上げてくるような感覚を覚える。
(なんだ……これ……?)
 小さな弟を抱き留める腕が自然と強まる。それは自分に縋る弟を年長者として優しくあやすという、そんな理性的な類いの物ではなく――本能がそうさせていた。
「兄ちゃん……?」
「ああ……悪い。ちょっと寒くねえかと思ってさ」
 慌てて誤魔化すとギースは不思議そうにしながらも、にっこりと笑った。
「あったかいよ!兄ちゃん、もっと抱っこして!」
 そう言うとギースは小さな手でガイツの服の裾をしっかりと握り締め、仔犬のように纏わりついてきた。上目遣いに頬擦りするその仕草が妙に艶かしく映り、ガイツは咄嗟に視線を反らす。
(い……一体何を考えてんだオレは……!? 相手はまだ子供、しかも弟だぞ……?)
 自問しても答えが出ない。ただ、確かにこれまで感じたことのない熱が胸の中に灯っていた。
「………。しゃーねえなぁ……」
 小さなギースの体躯を肩上に抱き上げながらも、未知の感情に戸惑うばかりであった。

 離れから元の大広間へ戻る途中、ガイツは手を繋いで歩く弟に声をかける。
「どうだギース……ここでオレらと暮らしていけそうか?」
「うん!僕……兄ちゃんのこと大好き!」
 その純粋な言葉に嬉しくなり、つい頬が緩む。
(兄として……しばらくこいつを守ってやるのが俺の役目、か……)
 仕事一筋の父。失われた母。かつての自分と同じように、広い館に一人ぽつんと残されるだろうギースに、あんな退屈で無味な暮らしを味わわせたくはない。この弟と共に、いくらでも遊んでやろう――そう決めた瞬間だった。

---

 次の日。長閑な昼下がりの中庭には春の陽が降り注ぎ、武骨な石造りの小道は鮮やかな花の影が揺れていた。
 ベルガー家の庭師によって手入れされた花壇に囲まれた芝生の庭で、ギースが紫の瞳に空の青を輝かせながら駆け回っている。
 何してんだ?と先ほど勉強部屋から抜け出してきたガイツが聞くと、小石集めや虫探しに興じているようだ。
「ふーん……はしゃいでんなぁ……」
 石のベンチに腰掛けたガイツの目の前で、弟は小さな噴水の縁に置かれた小石を拾い集めたり、蝶々を追ったりと忙しい。まだ五歳の子供にとっては外界全てが遊び場なのだろう。
「兄ちゃん見て見て! この石……光ってる!」
 ギースが差し出した丸い石は陽光を反射して銀色に煌めいていた。その無邪気な笑顔を見ていると、昨日までの父に対する鬱屈した感情が霧散していくようだ。
(まったく……単純なヤツ)
 自嘲気味に溜息をつくが、同時に胸がじんわりと温かくなる。この安らぎは何なのだろう?
 しばらくそれを感じながらギースを目で追う。しかし半刻も経たない内に、ガイツは春の日差しに眠気を感じてうとうとと頭を揺らしていた。
「ねぇねぇ……兄ちゃん……」
 いつの間にかギースが足元にまとわりついていた。首を傾げて見上げる仕草は小型犬のようで庇護欲をかき立てる。
「なんだ?」
「僕ね……ヒミツの特技があるんだ」
 唐突な告白にガイツは眉をひそめる。
「秘密? 何だよそれ」
「えへへ……教えないっ」
 勿体ぶる弟に苛立ちが湧く。
「教えろよ。生意気だな……」
 乱暴に長い髪をかき回すとギースはキャッキャと笑いながら逃げ出す。
「教えてあげる〜! でも僕に勝負で勝ったらね〜!」
 芝生を走りながら挑発する姿に、思わず口角が上がった。
(よし……乗ってやるか)

「おー、いいぜ? じゃあ何で勝負するんだ?」
 尋ねるとギースは得意げに胸を張った。
「何回ぐるぐる回っても、僕は目が回らないんだ!」
「はあ? そんなの簡単に真似できるだろ」
 疑わしげな視線を送るが、当のギースは自信満々だ。
「えへへ〜! 見てて兄ちゃん!」
 突如としてギースはその場で弾むように回転を始め、紫色の細い髪束が弧を描く。一回転……二回転……二十を超えたあたりで目を覆う。
(おいおい……嘘だろ……)
 それでもまだ平然と回っている姿に驚きを禁じ得ない。
「ほらね〜! 全然平気!」
 三十回転目でピタリと止まり、屈託なく笑う弟にガイツは半ば感心した。
「……やってみるか」
 同じ場所に立ち爪先を軸に地面を蹴る。一回転……二回転……十を越えた辺りで視界ごと回り出す感覚が襲ってきた。
(くそ……やっぱり無理か)
 だがギースの期待に満ちた瞳を見ると途中で投げ出せない。年上の意地を見せ三十五回転まで辿り着いたところで足元がおぼつかなくなる。
「はぁ……はぁ……」
 荒い息遣いを抑えながらなんとか停止したものの、頭がクラクラする。
「兄ちゃん凄い〜! 僕より多く回った!」
 無邪気に喜ぶギースだったがその時異変が起きた。
「うわっ」
 視界が歪み地面が傾く。平衡感覚を失ってよろけたガイツは、そのまま芝生にドサッと尻餅をついた。
「ってえ…!」
「兄ちゃん大丈夫!?」
 駆け寄る弟の声。心配そうな顔でこちらを丸い瞳が覗き込む。
(うわ、情けねーとこ見られちまった)
 ふう、とまだぐるぐる回っている世界をいなすように頭を降り、何とか揺れを抑える。こんなに前後不覚になったのは、父に初めて商船に乗せてもらった時以来だった。
「はあ~~…完敗だ。すげえな、お前」
「えへ…でも兄ちゃんも凄かったよ!」
「それがお前の秘密の特技ってか?」
「うん!」
 座り込みながらも返事をするガイツに安心したのか、ギースはガイツの目の前でまたくるりと回り、手を広げてステップを踏む。
「母ちゃんの真似!母ちゃん、踊り子だったから」
「ほー……そっか」
 父からギースの母親の生業まで教えられていなかったガイツは、色々と腑に落ちた心地だった。踊り子だったというなら、ギースの五歳にしてこの美しさで華麗なターンを決め、輝くような笑顔をこちらに向けるのはきっと母譲りなのだろう。何度回っても平衡感覚を保てるのは荒海を物ともしない父譲りだろうか。将来船に乗るなら欠かせない才能だ。
「おう、上手い上手い。もっと回ってみな」
「はーい! くるくる~♪くるくる~♪」
 ガイツの前で得意げなギースは本当に楽しそうだった。
(ほんっと飽きねえなぁ……ま、そろそろオレも良いとこ見せてやるか……)
 そんな考えが浮かび、踊るギースに声をかける。
「じゃ、俺の特技も見せてやるよ、そーらっ」
「わっ!兄ちゃんっ?!」
 ギースをひょいと抱えて宙に放り、落ちる前にキャッチしてやる。
「あはっ♪ すごい!高いっ!」
「どーだ俺の腕力、お前なんか軽々だぜ」
 何度か繰り返す度にギースがきゃっきゃとはしゃぐ声。最後に一際大きく上に投げ、落ちてきた身体を抱えたまま芝生スレスレまで下ろしてやる。
「きゃあっ!あははっ!すごいっ!兄ちゃん、もう一回してぇ♪」
 芝生にごろんと寝転んだ弟の長い髪が花びらのように広がる。汗が光る額を見せてガイツに両手を伸ばし、抱きついてくる姿に心臓が跳ねる。
(うお……これは……)
 腕のなかに飛び込んできた弟の身体。その小さな肢体は温かくて、まるで小動物のようだ。今度は腕に抱いたまま揺らしてやる。
「んー…どうすっかな…」
 波のように揺らしてやるだけで、弟はくすくすと笑みを浮かべていた。刺繍が入った衿飾りがふわふわと揺れる。昔ガイツが着ていたらしい白のブラウスにサスペンダー付きの紺色の半ズボン。初めて会った時の薄ピンクの妖精のようなフリルブラウスも可愛かったが、今日の服はいかにも育ちのよいお坊ちゃんという雰囲気に、長い髪が中性的な魅力を引き立てている。
「その服、オレのお下がりだけどよぉ、よく似合ってんな」
「ありがと」
 照れたような顔もまた可愛い。この姿をどうしてくれようか…と少しの逡巡後、ひょいと肩に乗せた。
「もう一回、館周りの探検に行くか」
「うん!わあっ、高~い♪」
(これじゃ親父と変わんねえ……見せびらかしたくなるわけだ)
 芝生の庭に続くレンガの小道を歩きながら少しため息をつく。ギースの白いふくらはぎをしっかり支えながら、ガイツは庭園の世話をする下男や通りかかる下働きの者へこれ見よがしにギースを見せ歩いた。これが俺の弟で……勝手に触れるなと言わんばかりに。

 広いレンガ造りの館の周りを一周しかけた頃、門の前がにわかに騒がしくなった。どうやら親父が帰ってきたらしい。
 長身の父は馬車から降りるとすぐにガイツとギースの姿を見つけ、駆け寄ってくる。
「おお!ギー坊!ガイツも、ただいま」
「父ちゃん!おかえりなさい!」
「兄貴に肩車してもらってたのか? ガイツ、お前も良いところあるじゃねえか、さ、俺も抱いてやろう」
 そう言ってゴルドはガイツの肩からギースをふんだくるように抱えて行ってしまう。ガイツは不満げな顔をその背中に送るが、流石に仕事帰りの父には何も言えない。
「おかえり……早かったんだな」
「ああ、たまにはな。ギースの顔も明るい内に見たいし……おお、庭で沢山遊んでたのか?」
 そう言ってゴルドはギースの身体にくっついたままだった芝生を払う。
「せっかくだ、父ちゃんと一緒に風呂に入るか、ギース!」
「うん!入るぅ!」
 へぇ……とその提案を聞き流すガイツ。ギースが嬉しそうな声を上げるのを聞いて笑う父の親バカぶりに、これ以上は付き合ってられないとばかりに踵を返そうとする。
「あれ? 兄ちゃんは…?」
「お、ガイツもどうだ、久しぶりに家族水入らずといこうじゃねえか、なあ?」
 ポン、と親父の手がガイツの肩に当てられる。一足遅かったようだ。
「風呂ねぇ……ま、いーけど」
 捕まったガイツは渋々父とギースの後ろをついていく。

 巨大な岩がいくつも並び、床には滑らかなタイルが敷き詰められた、まるで屋内にありながら洞窟のような様相を再現した浴場には、熱めの湯が湛えられていた。脱衣場で三人並んで服を脱ぐ。
「ほれギース、洗ってやるぞ」
「えへへ……ありがと父ちゃん」
「礼を言うならガイツにもな。一緒に遊んでくれたんだろ?」
「うん!兄ちゃん、いっぱい遊んでくれたんだよ!」
 ギースの無邪気な答えに照れ臭さを隠すため、ガイツはそっぽを向く。ギースに向けられる好意が素直に嬉しい反面、父が帰ってからは自分だけのものではなくなってしまったような妬ましさを感じていた。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、泡をまとったギースの小さな手がガイツの広い背中を撫でてきて、兄ちゃんも洗ってあげるね、と無邪気に滑り出す。先ほどギースと遊んでいた時の感触が蘇り心臓が早鐘を打つ。思わず振り返ると小さな裸身を間近で見詰めてしまいそうになり、慌てて視線を外す。
「いや、いいって……」
「ハハハ、いい兄貴分だな、ガイツよぉ」
 そんな二人の様子に父は笑いながら、従者が用意していた大きな桶に入った湯をかけ流す。立ち上がると広い湯船へ先に入り、それを見たギースも続いて飛び込む。
「わっ、熱いよぉ」
「そうかそうか、ガイツ、ちょっと水を桶に汲んで入れてやんな」
「何でオレが……」
 身体を洗い終えたガイツは父の言葉に反発するも、ギースの為と思ってそれに従う。
「どうだ? ちっとはぬるんだか?」
「うん、まだちょっと熱いけど、大丈夫だよぉ」
 そんな父とギースの様子を、ガイツは頭を洗いながら湯船の外から眺めていた。湯気で霞む視界のなかでも二人の姿はハッキリ見える。
 同じ色の紫の髪と瞳。目尻を下げ大きく口を開けて笑うギースの表情は、機嫌の良い時の親父そのものだった。
(こうして見ると親子なんだな)
 親父と比べて、目鼻立ちは幼い頃蒸発してしまった母に似るガイツにとっては少し妬ける気持ちがあったが、それ以上に血を分けた弟への想いが募るばかりだった。
 湯船の片隅に身を沈めたガイツは、目を閉じて大きく息を吐き出し自分を落ち着かせようとする。この胸の奥にあるモヤモヤは一体何なのだろうかと考えつつ、再び目を開けた瞬間、視界の隅に小さな背中を見つけた。
「ガイツ兄ちゃん?」
 振り向いたギースが不思議そうにこちらを見上げている。慌てて取り繕うように笑い返したが、心臓はまだ激しく高鳴っていた。
「あー……悪い。ボーっとしてた……」
「大丈夫?」
「ハハッ、どうせ夜中まで出歩いて寝不足なんだろ?」
「そんなんじゃねーよ」
 日頃の素行を知っているとばかりに話す父にぶっきらぼうに答える。おまえもギースくらいの頃はよぉ…と昔を懐かしむ素振りをするゴルド。
「うるせえな、オレとギースじゃ歳が離れ過ぎだろ、比べんなって」
「はは…それもそうだ、ギー坊は俺達と比べてまだ肌も白いし、天使みてえな愛らしさだからな……全く、将来が楽しみだ」
 そう言ってギースの頭を撫でるゴルドは、母親の分まで大事にしてやらねえと…と小さく呟く。
「へっ……あんまり可愛がって甘やかすと、オレみたいになっちまうかもな」
「僕、兄ちゃんみたいになるの?やったあ」
 皮肉を込めたつもりが、ギースの無邪気さに親父がハハハッと笑いを響かせる。
「おう、なれなれ!二人とも父ちゃんみてえにでっかい男になるんだ!」
 と、二人の子らの背中を叩く。その口ぶりから、ギースに妾の女の面影を求めて引き取った訳では無いことが伺え少しホッとする。
(いやいや……何で安心してんだ?オレ?)
「ああ、仲良くしてるお前たちを見てたら商売の疲れが吹っ飛ぶぜ」
 ゴルドはそう言って湯船に身を預けて鼻唄を歌い出した。

「父ちゃ……もう、熱いよぉ」
 ふと見るとギースの顔が真っ赤だった。肌もピンクに上気している。
「おう、兄ちゃんと先に上がりな……ガイツ、転ばんように見てやってくれ」
「へーへー」
 生返事をしつつ目はしっかりとギースに向ける。ぷりんとした小さな尻の間に見えるのは弟を弟たらしめるもの……幼い性器の形だった。パシャ、パシャと水飛沫を落としながら脱衣場に向かって覚束ない足取りで歩くギースを後ろから追い、籠から引っ張り出したバスタオルで包んでやる。
「あ、兄ちゃ……」
「拭いてやるからじっとしてろ」
 分厚いタオルで頭を覆って長い髪から落ちる雫を吸わせる。そこから順番に下へ……。されるがままのギースの身体の前面が、ガイツの目下に無防備に曝される。
(うわ、ちっちゃ……)
 股にぴこん、と生えている男の象徴はまるで玩具の人形に付いているもののように可愛らしいサイズで、ギースは子どもなのだから当然なのだが、思わずじっと見てしまう。頭を拭かれるギースは性器を見られているのに気付いていない。むしろガイツにされるがまま、身を委ねていた。
(いや、小さくても…本当に弟だったな)
 肩と背中、腕、腰、と順番にタオルを当てながら、足を拭く時その先端をガイツの指が掠める。が、ギースから特に反応はない。その一瞬の柔らかさと言ったら……。ガイツの方がドギマギしてしまっていた。
 やがて上がってきた父にギースを任せ、役目を終えたとばかりにそっぽを向く。それでも、目に浮かぶのはギースの上気した白い肌だった。

(何考えてんだオレは)
 風呂から上がり豪華な夕食を囲む。嬉しそうに食べ進めるギースの姿を眺めつつ、ワイングラスを傾けるゴルドの笑顔は眩しいばかりである。だがそんな親子の幸せそうな様子に、対抗意識のようなものを抱いてしまう自分に気付く。
「ガイツ? まだ食べるか?」
「いや……もう十分だ」
 ギースに微笑み掛ける父を見ていると、嫉妬や独占欲といった負の感情が胸の中に渦巻く。その感情の赴くまま、フォークを突き刺した肉塊を口に放り込んだ。
「へへ……お肉もお魚も、おいしいねぇ」
「そうだな、いっぱい食べて父ちゃんや兄ちゃんみたいにでっかくなるんだぞ」
「うん!」
 二人の会話を背後に聞きつつ食堂を出る。
 扉を開ければ冷たい夜の空気が流れ込んだ。

「うぅん……ふーっ……」
 廊下に出て伸びをすると、同時に疲れがドッと押し寄せる。
 子供部屋として長年あてがわれている部屋の奥に続く寝室の扉を開ける。灯りの落とされた室内には誰もいない。当然のことなのに何故か寂しさを感じる。
(ギースのことばかり考えちまってる……オレは……アイツをどうしたいんだ)
 ベッドの上で仰向けになり天井を見つめる。そこには窓から差し込む月明かりだけがあった。
「はぁ……」
 深く溜息をつき目を瞑る。瞼の裏に浮かぶのはやはりギースの弾けるような笑顔だった。
 その時、不意にノックの音が聞こえる。
「誰だ?」
「兄ちゃん、僕だけど……いい?」
「ああ」
 ドア越しに聞こえた声で一発で分かる。ギースに付き添うじいやが扉を開けると、ガイツは手招きして弟を迎え入れた。
「どーした?」
「兄ちゃんにおやすみって言おうと思って……」
「それでわざわざ抜けてきたのか? 親父が寂しがるぜ」
 そう揶揄うように言えば、ギースはあっけらかんと答える。
「えへ……僕…兄ちゃんと離れたくなくって……」
 何気ない言葉だった。しかしその後追いにも似た甘えを見せるギースにますます愛情が募る。
「ったく……ガキだな……」
「あっ!」
 言うなり、寝台に引っ張り上げられたギースは兄に抱きしめられていた。驚きつつも、されるがままの弟は嬉しそうに笑う。
「わあっ……兄ちゃんのベッド広ーい!」
「そうか? お前がちっこいからそう感じるだけだろ」
「へへへ……兄ちゃんは、お山みたいだね♪」
 無邪気に笑うギースに、自然と笑みが零れてしまう。お互いの体温が伝わる感触に安心感を覚え、このまま眠りにつこうとするがどうしても一点が気になってしまう。
(こいつ……なんでこんなにいい匂いなんだ?)
 先ほどの風呂場での一幕もあり、どうしても意識してしまう。五歳の子供に色欲を催すなどあってはならないと思いながらも本能には逆らえない。そう……どうしてもギースの身体に触れたくなってしまったのだ。
 だがそれ以上は許されないことだと分かっているだけに、余計に悩む。
「ねえ兄ちゃん……あのね」
「ん?」
「今日ね……いっぱい遊んで……抱っこしてくれてありがとう……楽しかったぁ……」
 その素直な言葉に、むしろもっと喜ばせてやりたいという感情が沸き上がってくる。
「おう、まあな」
「兄ちゃん、明日もお庭で一緒に遊んでくれる?」
「おー……いいぜ」
「やったあ!」
 喜ぶギースの小さな背中を撫でながら、その暖かい身体の感触を堪能する。まるで湯たんぽのようだ。
「んじゃ……もう寝るぞ……」
「うん……おやすみなさい」
「おう……」
 短い挨拶を交わし瞼を閉じる。しばらく沈黙が続いた後ギースの寝息が聞こえてきたので目を開けると、安らかに眠る寝顔が見えた。
(まったく……可愛い顔してんな……)
 絹糸のように柔らかなギースの髪を指で梳きながら、ガイツも眠りにつく。
 その年の離れた兄弟の穏やかな様子を、従者と共にこっそりと寝室の扉の隙間から認めた父は目を細め、優しく見守っていた。


続く



私的設定てんこ盛り過ぎるガイツとギースの幼少期!父の名前は二人の名前から頭文字にGがつくだろうと思って、金持ち→Goldからゴルドです(安直)
初めてベルガー邸に連れてこられたギースが着てたのは、亡き母親の服をリメイクしたチュニックブラウス🥹形見として父が仕立てさせた品でぇ…別に普段からあからさまにヒラヒラの服を着せられていたわけではない!のだ!
反抗期ガイツがチョロすぎるんだけど、それはまあ原作の性格に忠実なんで…胸の中のモヤモヤ、それはね、初恋って言うんだよ(ニチャァ
この調子で色んな日常を妄想していきます

畳む

#ガイギス  

狂乱に寄せる・改

 💜この本 とは別の世界線のガイツ×ギース、こちらの話の後に読むと感慨深いと思われます
💜封印開始より10年前、商会を継いだばかりのギースにこっそり会いに来たガイツだったが…
💜後半エロ特化、♡喘ぎ、オホ喘ぎ等
#ガイギス
18歳以上ですか?

追憶に刻む

こちらの本 に収録のモブ×ランス🔞描写を抜いたアレン×ランスSSです
◆封印開始から2年前、フェレ家に仕える以前の主と逢瀬を重ねるランスだが…。
◆後半アレン×ランスというよりアレン+ランスの話
 夜の帳が主君の寝室を静寂で包むころ、ランスは手にした燭台の灯りを頼りに室内へ足を踏み入れた。
 主であるこの土地の領主は寝台に腰掛けており、その表情には普段の厳格さとは異なる柔らかなものが浮かんでいる。

「ああ……よく来てくれた」
 低く落ち着いた声がランスの鼓膜を揺らす。
 主の瞳には深い慈愛が宿っており、これまで幾度となくランスが見たその優しい眼差しに、彼は安堵と少しの緊張を感じていた。
「はい……ご用命とあらば」
 ランスは礼儀正しく一礼すると、主の許可を待つように部屋の片隅に立ち尽くした。
「こちらへ来なさい」
 主の声に導かれるまま主の待つ寝台へ近づく。彼が傍らに跪くと、主はそっとランスの頬に手を添えた。年を刻んだ指先は温かく、その体温がランスの緊張を解きほぐしていく。
「今日はおまえを正式な騎士として叙した祝いだ」
「ありがとうございます……ひとえに主様のご薫陶の賜物にございます」
 ランスの言葉に偽りはない。若くして騎士に叙されたのは、主である領主の庇護によるものだ。ランスの両親も同じ領主に仕えし騎士であったが、共に戦に散り、彼は幼くして孤児となった。
 戦禍で両親を失った孤独な少年にとって、この主家こそが唯一の心の拠り所だった。
「だがな」
 主はランスの手を取り、ゆっくりと指を絡めた。
「私はお前をただの臣下である以上に……大切に想ってきたのだよ」
 その言葉にランスの胸が高鳴った。主の想いは幼少期から育成者の域を超えていることを薄々感じていたが、こうして明確に告げられると動揺を隠せなかった。
「私がずっと……我慢していた理由がわかるか?」
 主の声には微かな焦りと熱が籠もっている。ランスは俯き加減に答えた。
「従騎士の身でしたので……」
「それだけではない」
「……!」
 主はランスを引き寄せるとそっと抱きしめた。胸元に顔を埋める形となり、成熟した男の香りが鼻腔を満たす。温もりと鼓動がランスの心拍をさらに速めさせた。
「お前が成人し、正式な騎士となった今こそ……我が想いを遂げさせてほしい」
 囁きながら主はランスの背筋をなぞるように撫で下ろす。その手つきは巧みで、官能的な刺激を伴っていた。ランスの全身が粟立つように反応し、無意識に吐息が漏れてしまう。
「は……い……、私で……良ければ」
 ランスは震える声で承諾した。幼い頃から憧れ慕ってきた存在からの求めに否応なく応じてしまうのは、ランスにとって当然だった。騎士としての忠誠心と恋慕の情念が複雑に絡み合いながらも、それを受け入れる覚悟はこうして閨に呼ばれた時点で決めていた。

 主は嬉しそうに微笑み、さらに強くランスを抱きしめる。それからゆっくりと身体を離すと顎先を持ち上げた。
 年齢を感じさせる乾いた唇が近づく中で、ランスは自然と目を瞑る。
 触れ合う二つの唇はすぐに柔らかく湿り気を帯び、互いの体温が伝わるにつれ甘美な感覚を生む。何度か啄むような口付けを交わした後、主の舌先が唇の隙間を優しく割り開く。 それに応えるかのようにランスも拙いながら必死で舌を絡め始めた。
「んっ……ふぅ……」
 蝋燭の僅かな灯が揺れる部屋に甘美な喘ぎが零れ落ちる。
 ランスの頬が紅潮していく様を見下ろしながら、主は彼の、朝露に濡れた新緑のように艶のある緑の髪へ愛おしそうに指を通した。
 口付けを交わしながら主は器用にランスの首元から胸元へ手を伸ばすと、前合わせの衣服の鉤を取り去る。露わになった肌は汗ばんでおり、仄暗い照明の中で艶めいていた。

「お前は、美しいな……」
 称賛の言葉を口にする主に感謝と羞恥心が入り混じった感情を抱きつつも、ランスは静かに受け入れた。鍛錬により引き締まった若い肉体には未熟さや瑞々しさを感じさせる部分もあり、それが却って扇情的に映るらしい。
 続いて主も夜着のローブをはだけ下帯姿となった。豊かな白髪と同様に身体全体にも年相応の衰えが見られる一方、布を押し上げる逞しく隆起した男性器だけが例外的に若さを保っており、異彩を放っているようにすら見える。
「本当に……私で、良いのですか……?」
 その姿を認め、改めて主の情欲を実感したランスは全身を強張らせる。急に羞恥から主から顔を背けようとするが、片手で軽々と制止された上で主の寝台へ押し倒される。
「何度も言わせてくれるな?……お前でなければならないんだ」
 主の真摯で激しい想いに触れ、ようやく胸の奥に巣くっていた不安が静まっていくのを感じる。ただ求められているのではない。愛されているのだと知れたことが、何よりも彼の心を満たしていた。

 主に望まれるならば――そう思えたことが、不思議なほど彼の心を穏やかにしていた。



(中略)



 気がつけば朝になっていた。
 目覚めた時には既に身綺麗にされていた為、昨夜のことは夢だったのではないかと錯覚しそうになるくらい現実味がない。
 しかし実際にシーツの上に起こした身体にはひきつったような重い感触が残されていた。思わず、主が身に放った熱を確かめるように薄い腹を撫でる。
 隣では既に起きて身支度を調えている最中の主の姿があり、彼は寝ぼけ眼を瞬かせるランスの姿を見るなり微笑みかけてきた。
「よく眠れたか?」
「は……、はい……」
 ランスはその言葉に少々照れ臭さを感じながらも、素直に返事をした。
 それからランスは主の着替えを手伝うべく立ち上がろうとするが、腰の痛みにふらついてしまう。寝台の横で膝を折って蹲るランスに慌てて駆け寄る主に無理をするなと諫められ、反対に脱がされていた衣服を着せ付けられる。
 己の不甲斐なさに歯噛みするランスに、主は優しくキスを落とした。
「申し訳ありません……」
「いいや、それでいい……こうして愛しいおまえと共に朝を迎えられた幸せを、もう少し堪能させてくれ」
 そう言ってランスを寝台に座らせると、身体を寄せる。昨夜の行為を労わる様に背を撫でる主の手の平の温かさを、ランスはじっと享受していた。


 正式な騎士となった後も、ランスは変わらず主の傍らに仕え続けた。夜ごと交わされる語らいと温もりは、彼の胸を満たす何より大切な時間となっていた。
 それは穏やかで幸福な日々だった――この日々がいつまでも続くものだと、若いランスは疑いもせず信じていたのだ。
 
 しかし、その平穏は長くは続かなかった。
 春の訪れとともに訪れたのは平和ではなく、突如として他国への侵略を開始したベルン王国からの脅威だった。

 ベルンと隣接する領地を持つ伯爵家が、突如として兵を動かし、ランスの主が統べる小さな領地への侵略を開始した。これは単なる偶発的な諍いではなく、古くからの領土争いに火をつけた策略だった。
 ベルンの軍勢が目前に迫る中、伯爵は一刻も早い勢力統合を望んでいた。強国への備えを名目として周辺領地の統合を唱え、しかしその実、伯爵が望んでいたのは辺境最大の勢力となることだった。老領主はその野心を見抜き、最後まで首を縦に振らなかった。
 領土を差し出せば戦は避けられる――しかしその代償として故郷を失う領民が生まれる。主は最後までその選択を拒み続けた。

「直ちに逃げろランス。お前だけでも生き延びよ」
 夜明け前の館で運命を悟った主は密かにランスを呼ぶと、切々と訴えた。過去の戦で子を喪った領主に、後継ぎと呼べる者は居ない。真新しい騎士の鎧に身を包んだランスを前に、まるで息子が蘇ったようだと呟いていた領主の姿が思い起こされる。領主にとってランスは誇りであり、唯一の光だったのだ。
「なりません主様! 主君を見捨て逃げ延びるなど……!」
 ランスは必死に反論した。だが主は毅然として言った。
「お前はまだ若く未来がある。私の遺志を継いでくれ」
 しかしランスの決意は固かった。
「ならば共に逃れます……!主様一人を残して、おめおめと生きられるはずがありません!」

 二人は夜陰に紛れて館を抜け出した。領主館に残された他の古強者の騎士達が時間を稼いでいる間に、何としてもこのリキア諸国を纏めるオスティアまで落ち延び、保護を求める必要があった。
 月のない暗闇の中、馬を走らせるランスの心臓が早鐘を打つ。主を守り抜くという責任が重くのしかかる。
 だが敵の追跡は予想以上に迅速だった。間者により情報が漏れていたのか、森の出口近くでランスたちは十数人の武装した傭兵たちに囲まれた。月光が彼らの刀身を冷たく照らし出す。
「逃げられると困りますなぁ、小領主殿」
 傭兵隊長が下劣な笑みを浮かべながら近づいてきた。



(中略)



 朝焼けの淡い光が小窓から差し込み、埃っぽい兵舎の空気を黄金色に染め上げる。
 ランスは閉じた瞼の裏で眩い朝の光を感じ、現実に引き戻された。頬には乾いた涙の跡がくっきりと残っている。
「……っ」
 呻きながら身体を起こすと、背中の古傷が引き攣れるように疼いた。薄い夜着の下で肉がまだ完全に癒えていないことを示すように疼く。二年前、主を喪ったあの時の傷だ。傷は癒えても記憶は鮮明に残っている。主の最期の微笑み、血に塗れた掌が頬を撫でた感触。
「……また……、あの夢か……」
 掠れた声で呟くと同時に頭痛が襲ってきた。こめかみを押さえながらシーツの上で踞ると、隣の寝台から弾けるような声が飛んだ。
「おいランス!どうした⁈」
 乱暴に布団を跳ね除けて起き上がったのはアレンだった。
 赤毛の髪を短く刈り込んだ精悍な青年で、ランスと同期のフェレ騎士だ。ランスと初対面の時から対抗意識を抱く彼はあらゆる訓練でランスに張り合い、しかしランスも譲る気は毛頭ない。そのうち、領主館の至る所で無遠慮に会話を交わす間柄にまでなっていた。
 だが今は、その屈託のない声がランスの神経を逆撫でする。
「……何でもない」
 短く答えるとアレンは眉を吊り上げた。
「何でもないって顔じゃないだろう。そんな生白い顔して」
「ほうっておいてくれ」
 無感情に言い放つとアレンは黙り込んだ。いつもなら執拗に絡んでくるのに珍しく引く様子にランスは違和感を覚えたが、追求する気力もない。代わりに寝台に膝を抱え座り込んだ。
 指先が震えている。膝頭に額を預けると、硬い骨に頭痛がする頭を押し付ける。
「……ランス」
 暫くしてアレンが近づく気配を感じた。しかし顔を上げる気になれず沈黙していると、隣に腰を下ろす衣擦れの音がした。
「また例の夢か?」
 ランスは答えない。だがその沈黙こそが答えだった。
 二年経ってもなお主の死は生々しく残っている。葬り去ることも忘れることもできない。それはまるで傷口に染み込む毒のように日々を蝕んでいく。
 リキア同盟の旗印となった現主君エリウッドの息子、ロイに立ちはだかる強国ベルンとの戦の激化がそれを加速させていた。
「……このところ毎晩、か?」
「………。」
「……そうか……」
 アレンの声が少し柔らかくなった。普段は豪胆な彼だが、この時ばかりはランスの心情を汲み取っているようだった。

「なぁランス。俺たちは騎士だろう?主の為に命懸けで戦うのが使命だ。どんな時も先陣をきって前に進む……それでも、辛い時は何でも話してくれ」
 ランスは唇を噛んだ。この優しさが逆に苦しい。自分は何も変わっていない。主を守れなかった罪悪感と自責の念で押し潰されそうだというのに。
 アレンのように真っ直ぐ前だけを向いて生きられるならどんなに楽だろう……そう思いながらも言葉にはできない。ただ膝を抱え頭を垂れるしかなかった。
「……無理するな、お前には俺がついてる」
 アレンはそれ以上何も言わず立ち上がったが、ランスはその言葉に目を見開いた。
 かつて主と初めて身体を結んだその翌日――目覚めたときにかけてくれた言葉。
 無理をするな……と優しい声が耳の奥に反響する。
 寝台から離れたアレンは窓際で外を眺め始めた。その背中越しに朝日が射し込む。その眩しさにランスは目を細める。

 この苦しみは自分だけのもので、他人に理解できる筈がないと思っていた――けれど、アレンのような存在がまだこの世界に居るならば、耐えられるのかもしれないと思い直す。
 ほんの僅かだが、心が軽くなった気がした。

 ランスは深く息を吐き出すと、重い足取りで立ち上がった。
「……アレン」
 呼びかけると青年は振り返った。
「ん?」
「すまない……ありがとう」
 ランスは静かに微笑んだ。それはあの暗闇の夜以降、封印していた純粋な感情の表れだった。アレンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みで応える。
「ああ。任せとけって」
 その言葉に勇気づけられたようにランスは窓枠を押し開けた。新鮮な朝の空気が部屋中に広がる。
「顔を洗ってくる」
「おお、俺も行こう」

 外では鳥たちが賑やかに囀り始めていた。その声に負けない位にアレンがランスに喋りかける様子に、騒々しい奴だと赤い頭に揺れる寝癖を見ながら心の中で呟く。
 しかしその声を聞きながら、ランスは誓った。いつか必ずこの傷を乗り越えようと。その日まで、この戦いを生き抜いてみせると。

 自らの傍らには必ず戦友のアレンがいると信じながら――ランスは新たな一日を歩み始めたのであった。


  
END



モブ攻め本って言ってもこんな尊いモブ攻めがあってもいいじゃん!と思いつつ、前半の前の主×ランス話を書いてました。捏造まみれですまない(今更)
中略部分が多くてちょっと薄味になったので前の主に愛されてるランスが見たい方はぜひ本編をどうぞ…🥹
アレン×ランスの昔の本とか早く再掲しろって話なんですけど、全書き直しだからな…しかも昔の私と解釈が違うとこあるし(大問題)
とは言えエリウッド×ランスも捨てがたいし、クルザード×ランスもいいよね(突然の覇者)
畳む

#アレン×ランス

狂瀾に寄せる

こちらの本 に収録のモブ×ギース🔞描写を抜いたガイツ×ギースSSです
◆封印開始から10年前、ガレー船の船員が起こした反乱により捕らえられた若き船長ギース。そこに駆けつけたのは…
◆後半ガイツ×ギース※近親相姦・キスのみ有り

 荒波を白く砕く音。追い風を受けた幌が悠然と船体を震わせる。
 ベルガー商会の旗艦である大きな帆船のマストが夕焼けに染まり、海鳥たちが鳴き交わす中――その異変は起こった。

 ギースは甲板上の柵にもたれかかり、遥か水平線に沈みゆく太陽を眺めていた。紫のゆるくウェーブがかった長い髪が潮風に揺れる。
 不意に、船長室から漏れる父の怒鳴り声が遠くに聞こえる。共に舵を取る親父はまた甲板掃除に手を抜く船員への叱咤に夢中らしいと独りごちた。
 商会の跡継ぎとして育てられたこの青年、ギースは今年で二十歳。
 起業者である父の元で船の商売を志したばかりの青二才だが、西の諸国では稀有な航海知識と商業センスを備えた若き実業家として知られていた。
 父から受け継いだばかりの青い長コートが波飛沫に濡れて光る。

「……こんな穏やかな海が永遠に続けばいいんだがな――」

 その刹那、下甲板から鈍い衝撃音と大きな悲鳴が響いた。反射的に懐剣の柄に手をかけると同時に、船が大きく傾く。足場を失ったギースは甲板に強かに打ちつけられた。
「いっ、て……ったく、いきなり何だってんだ⁉ ……おい、親父っ!」
 舵を握る父に向けて絶叫するが返答はない。続いて聞こえたのは大人数の乱れ歩く足音と怒号だった。船内で突如として暴動が起きたのだ。
 ギースの脳裏をよぎったのは数日前の会合でのやりとり――父が古参の船の従事者達を労働者ではなく〝奴隷〟として扱っているという事実。彼自身がその待遇の実態を初めて知り困惑した時の場面だ。
「まさか……いやそんな……親父が!」
 混乱する間もなく立ち上がると、複数の武装した男たちが甲板に繰り出す姿が見えた。
 武器を手にした彼らは駆け寄るギースを見るなり険しい表情を浮かべる。
「お前ら……!一体何のつもりだ⁉」
「黙ってろ、坊主!」
「俺たちの邪魔をするんじゃねえ!」
「おいっ!待てよっ‼」
 ギースは訳も分からず叫び返すが男達の血走った目を見て悟った。このままでは自分の身が危険だ、と。
「どけえぇッ‼」
 誰かの警告と共に斧が振り下ろされた。
 何とか避けようとしたが刃が左腕を掠め激痛が走る。脂汗が額に滲み、バランスを崩したギースは甲板に再び転がった。
 視界の隅で、男達に連行される血塗れの父の姿が見える。
「親父っ⁉くそっ……」
 意識が遠退く中でギースは己の運命を悟る。甲板の中央で反乱者たちに囲まれる父の姿。尊敬していた面影は消え失せ、代わりに地獄のような呻き声をあげる肉塊へと変貌していた。
「お……親父……!」
 最後に見えたのは真っ赤な血潮を浴びた男たちの狂気的な笑みだった。
 そしてギースの記憶は断絶した。


 次に目覚めたとき――ギースは薄暗い船倉の隅で鎖に繋がれていた。
 年季の入った木箱と錆びた鉄格子に囲まれ、じっとりとした蒸し暑さが肌に絡みつく。
 斬られた腕には包帯が巻かれていたが、倒れた時に激しく甲板に打ったせいか頭が割れそうな程痛む。周囲には生臭い血の匂いと黴臭い空気が漂う。
「起きたか、ギース坊ちゃん」
 野太い声が格子の外から響いた。猿轡を噛まされ声を出せないギースに影が覆い被さる。
 目の前に立つのは太い眉と禿げ上がった頭が印象的な壮年の男――名は知らないが商会に仕える古参の気のいい船乗りだという噂は聞いていた……が、今はまるで別人の如く冷酷な眼差しをしていた。
「ベルガーの親父さんは死んだ。お前は……今は残しておくことにしたがな」
 猿轡を外された途端に咳き込むギースの横で、男がゆっくりと語り始める。
「商会はもう終わった。俺等が新しい時代を作るんだ」
「なん……だよそれ……、親父が……お前らを奴隷扱いしてたからか?」
「ふん。奴隷か。お前は何も知らずに育てられただろうがな。俺たちはずっとベルガー家の贅沢のために来る日も来る日も船を漕ぎ、働き続けたんだぞ?なのに待遇改善どころか……」
 男の声が段々と怒りを孕むにつれて拳が震え始めた。彼の背後に控える他の男達も各々武器を構えながら同様に頷く。
「そもそもお前みたいな若い小僧に商会の跡継ぎを任せるなんざ……これ以上親馬鹿ジジイの戯れ言に付き合ってられるかよ!」
 男の言葉は真実味を帯びていたが、同時にギースの中に不条理な感情を呼び起こした。自分はただ父の下に就いて航海術や商業を学んできただけなのだ。
「……あんた達が親父の船で過酷な働きを強いられていたのは知ってた……だが、俺にはどうすることも出来なかった……それは……悪かったと思っている」
 ギースの胸中に父と大喧嘩の末、数年前に家を去ってしまった兄の姿が宿る。あの時のギースは十歳そこそこの子供だった。
 商会を一代で築き上げた父の権力の元、何も言わず従うしかない。ましてやギースは父が商売先の港町で出会ったという酒場勤めの若い踊り子との間にできた、妾の子の立場だった。
「だが……!俺は親父とは違う!親父に船を任されて、やっとあんた達の待遇を変えられると思っていたのに……‼親父に、お前ら何てことを……」
 ギースの瞳から涙が零れ落ちる。悔しさと怒りが入り混じった叫びを聞き届けるものは誰もいない。
「うるせえ!泣いても無駄だ。お前は憎きベルガーの強欲ジジイの血を引いている……生かすか殺すか、これから話し合って決める」
 男が威嚇する間にも別の船乗りが彼の左腕の傷口を消毒し直す。
「一応血は止まってるがな……安静にしてろ。下手に動かれたら困る」
「………。」

 その後、牢内で過ごす時間がどれくらい経ったのか。窓から差し込む光を見ると丁度夜明け頃だと思われた。
 鎖は両足首と手首に巻かれており、立つことすら難しい状況だった。
 それでもギースは懸命に思考を巡らせる。
(何とかあいつ等を説得しねえと……誰か……俺の話を聞いてくれそうな奴は……)

 ふと視界の端で船室の扉が開く。大勢の足音と共に甲板からのどよめきが伝わってくるようだ。
 ギースが開いた扉から外を見ると、そこには数人の武装した男達と縄に繋がれた者達が引き立てられる様子があった。
 どうやら反乱を起こした船員達とそれ以外の従事者間で意見が食い違い、新たな揉め事が起きたらしい。
「おいっ! 話が違うだろ!」
「うるせえっ! あいつの息の根も止めるべきだ!」
 争う声と共に扉が激しく開閉されると、一人の男が勢いよく転がり込んだ。名はすぐ思い出せないが、筋肉質な壮年の出で立ちから彼もまた長く船員として働いてきたのであろう。
「ギース坊っちゃん……」
 掠れた声で呼びかけるその髭面の男に、ギースは眉を顰めた。
「……あんたは……信じてくれるか?俺を……」
 ギースが拘束された男に語りかけようとしたその時、アイツを出せ!と船室の外から声がかかった。
 数人の浅黒い肌の男が格子を潜ってギースの側にやってくる。男たちは繋いだ鎖を解くとギースを引き起こし、外に出るよう促した。
「……くそ……」
 ギースは渋々男に鎖を引かれて甲板へ出た。おそらくこれから処刑か……それとも。
 待ち受ける運命にせめて一筋の光明が差すことを、願わずにはいられなかった。

 甲板へ出たギースを取り囲む船員達。皆、薄汚い布切れのような着衣に汚れた肌で、それでいて目付きだけがぎらぎらと凶悪に光りながら、風に靡くギースの艶やかな長い髪を見詰めていた。
 商船を乗っ取った彼らは徹底的にベルガー家を支配するつもりなのだ。その証拠としてこれから、跡継ぎであるギースに対して残虐な行為が始まろうとしていた。
「くっ……!」
 殺気立つ男たちの剣幕に、ギースは本能的に後退りするものの後ろ手にがっちりと拘束された鎖を握る男がそれを許さない。
「来たか、そこへ立たせろ」
 首謀者の古参の禿男がギースの姿を認めて指示する。鎖を握る男達によってギースは中央の太いマストに上半身ごと縄で巻かれ、固定された。
「……さて……お前をどうするか、決をとった。これから俺達の言うことをきくんなら、命だけは助けてやる。だが抵抗すればその時は……」
「………。」
 このまま即刻頭をかち割られる事はないようで、少しの安堵がギースの胸中に去来する。同時に男が何を要求してくるか不安がよぎるが、これまでの因縁を断ち切るため、自分が出来る分は叶えてやるしかない。
 とにかく金と、待遇改善を……そう思ったギースに、男は予想外の希望を口にした。
「一先ずお前は俺達の慰み物になってもらう」
「…………はあっ……⁈」
 まさか、と見開いた紫の瞳に、取り囲む男達が次々とにやついた笑みを浮かべ始める。
「ベルガーの御曹司はこの西方じゃ類を見ねえ美丈夫だって評判だからなあ……なあ、ギースお坊ちゃんよ」
「小せえ頃から何度船室で襲ってやろうかと思ったか分かりゃしねえよ」
「ちげえねえ」
 嘲笑する男達に悔しさから唇を噛み締めるギースだったが、ここで諦めるわけにはいかなかった。縛られているとはいえ足を動かすことは可能だ。隙を窺ってこの場から逃れなくては。
 幸いにも首謀者はこちらの目論見に気づいていない様子で、相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。
(よし、来い……近寄ったらタマを蹴り上げて……それから)
「……うわっ⁉」
 しかし突然両足を掴まれたかと思うとそのまま左右に引っ張り上げられる。足枷に繋がっていた鎖の先を両脇にいた男が縄に繋ぎ、引き上げたのだ。
 予期せぬ強引な動作に思わず声を上げてしまう。そしてその声を聞いた他の男達も一斉にこちらへ向かってきた。
「おっと……暴れんなよ?傷モノにしちまうかもしれん」
「ッ……ふざけるなっ!……何で俺がそんな目に遭わなきゃいけねえんだ……‼」
「吼えるな、ガキが」
「まあまあ……今からその生意気なお口で奉仕してもらいますぜ、坊っちゃん」
「っ!」
 ギースの頬を撫でた男の分厚い手に寒気を覚え、思わず顔を背けてしまう。するとその反応が面白いと思ったのか今度は首筋へ指先を這わせ始めた。
 ぞわりとする感覚に全身が震える。
「やめろ……!」
 必死になって抵抗するも両手両足を縄でマストに固定された身体に出来る事など何も無かった。
 胸元に手を掛けられると、白いシャツを紙切れのように破り捨てられてしまう。健康的な色をした胸筋や引き締まった腹が朝日の元に曝された。
「ほおぅ、大した身体だ。あのオヤジが金にうるさかったせいで、俺たちはろくなもん食わせて貰えなかったもんだからな」
「……っく」
「その身体でたっぷりとサービスしてもらおうじゃねえか!」
 腰布を解かれ、ついにズボンを引き下ろされると男達が歓声に沸いた。
 羞恥よりも強い悔しさが胸中に渦を巻く。



(中略)



(俺はもう……ここまでなのか……?)
 ギースが天を仰ぎ、覚悟を決めようとした瞬間――。

「てめえらぁ‼何してやがる‼」

 甲板に船を揺るがす程の怒号が響いた。
「誰だぁ⁉」
 首謀者の男が吠えるや否や、何かが風を切り裂く音がした。刹那、ギースの視界を赤い血飛沫が覆う。鈍い衝撃音と共に首謀者の体躯が傾いた。

 鮮血が舷墻に散る。飛来した巨大な斧が男の喉笛を串刺しにしていたのだ。
「ヒッ‼な、なんだ……?」
 周囲の船員たちがどよめく中、船尾の陰から筋骨隆々とした影が浮かび上がる。
 そこに居たのはギースと同じ髪色をした短髪の男。無造作に撫で付けられた後ろ髪が風に揺れ、彫像のように筋肉が刻まれた逞しい体躯と鼻梁が浮かび上がる。
「兄……貴……?」
 掠れた声で呟くギースに答えることなく、ガイツは船尾板から跳躍した。彼の手には研ぎ澄まされた斧が握られている。
「よくも弟を……‼」
 怒号と共にガイツが駆ける。船員たちが次々と斧を構えるが、彼の動きは疾風のようだった。一人目は喉を掻き切られ声もなく倒れる。二人目は腹部をぱくりと切り裂かれ悶絶する。
「ワアアッ‼……やめろ!助けてくれぇっ‼」
 悲鳴と怒号が渦巻く甲板上で、ガイツの姿だけが異質な空気を湛えていた。険しい切れ長の瞳が怒りの炎を宿し煌めく。まさに荒くれ者の頂点として君臨しているかのようだ。
「ひいいいぃっ!」
 次々と仲間を躯に変えていくガイツの姿に恐怖し、残りの船員達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。中には必死でギースの縄を解き解放しようとする者もいたがガイツがそれを許さない。
「俺の弟から離れろォォ‼」
 彼の怒声と共に投げつけられた斧が逃げ腰の男の背中を貫いた。
 瞬く間に船内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果てていく。

「ぐっ……兄貴、もう……やめてくれ……!」
 マストに拘束されたままのギースは兄の狂気じみた姿に呆然とし、やがて喉を詰まらせながら叫んだ。逃げ惑う者まで切り捨てるようなやり方に心を痛めたのだ。
「……もう充分だ!これ以上はダメだ‼」
 その叫びが響くとガイツがぴたりと足を止めた。怒りで紅くなった目が弟の姿を捉える。
「……ギース」
 一瞬にして場が静まり返る。つい先ほどまで溢れていた血と叫びの混沌が嘘のように霧散する。繋がれたままのギースを食い入るように見つめるガイツ。
「……すまねえ、血が上っちまった」
 低く呟かれたその言葉には押し殺した憤怒と悲しみが入り混じっていた。


 斧の刃から血糊を振り払うと彼はギースへゆっくりと歩み寄る。
「お前がジジイの跡を継いだと港で聞いてな……ちょっくら姿でも拝んでやろうかと思って来たんだが……」
「兄貴……こんな真似をしなくても……俺が自分で何とか出来たかもしれないのに……」
「ふん。そんなザマでよく言うぜ。……いや、商会を捨てた俺が言えることじゃねえが」
 ガイツはそう言いながらもギースを拘束する縄を切ると、乱れた髪を払い、頬に優しく触れた。それは過去の記憶にある、優しかった兄の確かな温もりだった。
「ああ……でも……、来てくれてありがとう……兄貴……」
 戒めを解かれて甲板に膝をつくギースの肩を支えながらガイツは告げる。
「この連中は商会の腐敗の象徴だ。俺も昔、親父の下で扱き使われるこいつらに憐れみを抱いたさ……だが俺が一番大事なのはギース、お前だ。お前の身体を弄んだこの船の奴等は全員……切り捨ててやる!」
「それは駄目だ……」
「なぜだ!なら……どーすんだよ?」
「……俺は……」
 甲板に流れる息絶えた首謀者の赤い血を見ながらギースは決意を固める。父が築いたベルガー商会の名を継ぎ、残った船員達と和解して新たな航路を切り拓くこと――そして、兄と共に未来へ進むことを何より望んでいた。
「俺は親父の跡を継いだ。商会は俺が再生させる。兄貴は……俺と来てくれないのか?また昔みたいに、一緒に海へ……」
「……」
 ガイツはしばらく黙り込んだ後、深く溜め息をついた。そしてギースに自らの上着を着せかけると、囁くように言う。
「俺は……もう二度とここには戻らねえ」
「兄貴っ……!」
 どうして、と目を見開くギースに、ガイツは血に染まった甲板を指し示す。
「俺は結局、親父と同じなんだよ……自分の為なら、人を人とも思わねえ扱いをする。そんな奴がお前の隣に居ちゃならねえんだ」
 兄の言葉に二の句を継げないギースに、ガイツは踵を返す。名残惜しいけどよ、と甲板を軋ませながら去っていく広い背中。
「馬鹿兄貴‼それなら俺は、この商会を世界一にして……俺と一緒に来なかった事を後悔させてやるからなっ……‼」
 叫び声に驚いて振り返ると、ギースは大粒の涙を溢しながら握った拳を震わせていた。
「おう、その意気だぜ」
 思えば十年前、俺は商会を去るからお前が親父の跡を継げ――と告げた時にも、ギースは泣きながら怒りに震えていた。
 ガイツ兄ちゃんのバカ!意気地無し!恩知らず!と、ありとあらゆる罵声を振り掛けられ……そして、そんな弟に俺は何をしただろうか。
「んっ……!」
 顎を上向かせてギースの唇を塞ぐ。あの日と同じ、塩辛い味がした。
 あの時の弟との口づけは初めてで、どちらも舌がうまく絡まず辿々しかったが、今日のそれは激しく口腔を蹂躙した。
「……ふぅっ……んっ……兄貴……!」
 ギースは角度を変えて何度もガイツを求めてくる。息苦しさに顔を背けると、追い縋り舌を捩じ込んでくる。無理やり引き剥がし、宥めるように唇の端を撫でると今度は手の平に舌を這わせてくる始末。
 やめろと叱りつけるとギースは不服そうに口を尖らせる。
「兄貴の……ケチ……」
「バーカ、そんなでかい形姿(なり)で、ガキみてえに甘えんな」
 そう言って乱れた髪を撫でてやるが、弟は目線を合わさず拗ねたように俯くばかり。やれやれと思いつつも可愛い奴だと微笑まずにはいられない。
「今日はお前に逢えて良かった。俺はこれ以上お前を振り回さないようにするから……頑張れよ、ギース」
「……ふん……」
 小さく呟いて頭を下げた後、弟がやっと顔を上げた時には既に精悍な眼差しに戻っていた。先ほどの口づけで濡れた唇が妙に艶っぽい。
「じゃあな」
「……元気でな」
「おう」
 その声を背に受けながらガイツは再び踵を返す。甲板には血塗れの死体が幾つも転がっている。だが今はそれを弔う時間すら惜しい――
 弟の決意を邪魔せぬためにも、一刻も早くこの場を立ち去らなければならなかった。

「……行くか」
 潮風に身を委ね、船べりから水面を見下ろす。すっかり明るくなった海の波が白く揺れる中、ボロボロの小舟に移る。それは出奔後に知り合った海賊が乗り捨てていった舟である。
(まあ……見ててやるよ、この舟が沈んじまうまではな)
 最後に甲板へ一度だけ振り返り、沈黙を守ったまま去ってゆく。

 一方ギースも、その船影が見えなくなってもなお兄の残像を追うように、海上を見つめ続けていた。

――ガイツが再び帰還することは恐らくない。だがもし運命が巡り会うならば……その時こそ――

 風が吹き抜ける甲板の上でギースは誓う。この商船の舵を取り続ける。それが自身と兄の未来を繋ぐ、唯一の方法だと信じながら――。  


  
END



中略部分はここに掲載している以上に長いですwww
ガイツ→→→ギースだと思って助けに入ったらギースの方もめちゃめちゃ兄貴ラブだったという、真正の兄弟丼(船?)BL…最高かよ…。
で、これのガイツがもうちょっと救出に来るのが遅かったパターンかつ、兄弟で最後までがっつり致してるバージョンを当然のように用意してますので😎そのうちUPします。
(このモブ船員に××される話は昔書いた話のリメイクなんですけど、そっちの方が原型に近いんで)
畳む

#ガイギス