西方の夏―祭りの記憶

💜ガイツ17歳、ギース7歳の頃の話。
💜夏祭りに行く事になった兄弟だが…?

 盛夏の折、西南の島国ミスルの港町では夏祭りが行われる。地元の領主と商工会が組んで毎年開催されるそれに、ベルガー一家も館の者達と共に祭りを巡るのが慣例行事だった。
 が、今年、父は何やら新しい祭の目玉となる演目の手配を任されたらしく、家人達もそんな父の世話をするため行けないらしい。
「ええ――っ……父ちゃんも、みんな行けないの!?」
 すまんな、と父から事情を聞いたギースは、直ぐさまガイツの方を縋るような目で見つめた。ふーん、とあまり感心無さげの兄は、黙々と夕食に手を付けている。
「じゃ、兄ちゃんと一緒に行く!」
「ああ……あ? 何だって?」
「おお、そうしろギース。兄ちゃんと二人で行ってこい……ガイツ、分かったな」
「へ???」
 と、全くガイツの理解を得ないまま話が進んでいた。

 祭り当日――日が暮れたら出発しようね!とニコニコ顔でギースが言ってきて始めて、ギースと二人で祭りに行く約束になっているのに心当たったガイツだった。
(はぁ…?? んー……まあいいか……暇だしな)

 かくして夕暮れの光が波を茜色に染める頃、二人が暮らす商館の門前で遠くの海を見ながら暇を潰していたガイツは、現れたギースの姿を見るなり目を丸くした。
 いつも肩下まで伸ばしている髪は高く結い上げられ、夏に相応しい藍色の薄衣に身を包み、笑顔でやって来る。どうやら館の前で手を振るメイド長が張り切って着せ付けたらしい……と理解する。
 その短いズボンの裾から伸びる細い脚がいかにも幼く頼りなく見えると同時に、ガイツの視界いっぱいに広がった。
「兄ちゃんお待たせ! どお? 似合う?」
「っ、……あー、涼しそうで良いじゃねーか」
 慌てて視線をさ迷わせるが、地面を見れば素足にサンダル。結わえられた髪にはガラス細工の小さな花簪まで添えられている。夏の風に翻る涼しげな生地は、よく見れば波模様の透かし模様が施され、その絶妙な衣の色が夕陽に照り返して、眩しいほど美しい。
(まずいな……こんな恰好だと……誘拐されるかもしれねーぞ……? 小綺麗でいかにも金持ちのガキだもんな)
 しかしギースはこれから祭りとあって非常に浮かれている。早く行こ!と垂れた袖を揺らしながらガイツの先を行く姿から、自分が周りからどう見えるかなど、まだ全く無頓着らしい。
(何かあったらクッソ面倒じゃねーか……親父め……後で子守りの駄賃せがんでやろ)
 ふう、と一つ息を付きながらも、ガイツの目はギースの腰に巻かれて楽しげに揺れるオーシャングリーンの絞り帯を見ていた。

 港町は祭り囃子の太鼓が鳴り響き、市場の店と店を繋ぐように吊られた沢山の提灯の灯が浜風に揺れていた。幼いギースはそれに気付くと、いよいよ短裾をはためかせて砂利道を駆け出す。
「兄ちゃん!見てみて!すっごく楽しそう!」
「おーおー落ち着けって……。迷子になったらどうすんだよ」
「だって早く行きたいもん!」
「はぁ……ったく……転ぶぞ、前見ろ前」
 ガイツは歩幅を広げながらそれを追う。だがいざ港の入り口にさしかかるとその人波に気圧されたのか、ギースは歩調を落としてガイツの手を握ってくる。そんな弟を見下ろしながら小さな手を握り返すと、ギースは満面の笑みで見上げてきた。
(うおお……やめろ、そんな姿でくっついて……可愛すぎんだろ)
 前年にはなかった弟の夏のビジュアルの破壊力たるや、何を思ってこんな少女に見えかねない髪結いと帯のリボン結びまで施したのか。これでは周囲の視線が否応なく集中するだろ……とガイツは頭を抱えながらも、口角は上がっていた。
「あれやりたい!兄ちゃんもやろうよ!」
 そんなガイツの気もよそに、ギースは祭り仕様と化した市場の屋台の一角を指差した。『大当たり!黄金の宝物』と書かれた幟が揺れる小さな屋台だった。店主らしき髭を蓄えた男が、胡散臭い笑みを浮かべている。
「あんなもんロクな物が当たんねーから止めとけ、……ところで、金持ってきたのか?」
「うん、ほら! 父ちゃんがくれた!」
 そう言ってギースが袂から取り出したのは、よく磨かれた一万ゴールドの価値を持つ金色のコイン。
「ブッ……」
 ガイツは思わず噴き出した。豪商の父がギースを思いやってのことだろうが、たかが辺鄙の町の祭りを回るのにこんな大金をポンと出すとは……。
(ギースの金銭感覚がおかしくなっちまうだろーが!クソ甘ジジイ!)
 ガイツはまたしても父に憤慨していた。
「おいおい! そんな大金落としたら大変だろ?! オレが預かっとくから貸せ!」
「えっ? うん……でも、あれやりたいの! お金あるんだからやれるじゃん!」
「分かった分かった……一回だけな? 他にも屋台あんだし……そっちで適当なモン買った方がマシだ」
「 分かった! よーし! 当てるぞー!」
 嬉しそうに宝の山代わりの砂山に手を突っ込むギース。やがて取り出したのは、白っぽい石ころ一個だった。
「な、言った通りだ」
「……むぅ」
 ギースは期待外れだったのか丸いほっぺたを膨らませていたが、すぐに、次は隣の射的をしたいとせがんできた。
 オモチャの弓矢で並んだ鳥の的を狙うが、当たる気配がない。
「もーっ! ぜんぜん当たらないー!取れないよー!」
「おーおー下手くそ、貸してみろよ」
 代わりに構えた弓は、一発で小さな青い鳥に当たった。
「すごい!兄ちゃん!天才!」
 そう言いながらキラキラした目で誉められれば悪い気はしない。
「フン……当たり前だろ?」
「ねえ、あっちの茶色も当てて! 」
「ああ? どれだよ……」
 気を良くしたガイツはギースが求めるまま、もう二、三羽を狙い落とす。結局、矢が無くなる頃には五つもの景品の駄菓子を弟の腕に抱えさせてしまった。
「えへへ……いっぱい取れたねぇ」
 早速小さなイチゴに砂糖をまぶした飴を口に入れて嬉しそうなギースを、んなの朝飯前だと調子づきながら、ガイツはガイツで弟を甘やかしているのだった。

 その後もボールシューターやヒトデ取りやら、祭りならではの屋台を巡って遊ぶ。ガイツと二人だけの祭りが初めてのギースはケラケラ笑って、本当に楽しそうだ。
「ねえねえ兄ちゃん、次はあっち! あれやりたい!」
「おいギース、そんなはしゃぐなって……」
 短い薄衣の裾をはためかせながら一目散に目当ての屋台へと駆けるギース。ガイツの方を振り返って呼ぶその小さな身体の前に突然、ヌッと大きな体躯が現れる。
「ギース! 危ねぇ!」
「わあっ!」
 前を見ていなかったギースは勢いのままその大男にぶつかってしまった。男はびくともしないが、ギースは弾みで尻餅をつく。
「いてて……あ、ごめんなさい…」
「ガキが……どこに目ェつけてんだ!」
 大柄の男はいかにも粗野な風貌でギースを怒鳴り付ける。ひっ、とギースの小さな肩が竦む。
(おいおい、よりによって…!)
 ガイツは慌ててギースに駆け寄ると、ギースを庇うように男の前に割って入った。
「何だぁてめえ?」
「こいつの兄貴だ。弟が悪さしてすまねーな、…ほら、ギースお前も謝れ」
「兄ちゃん……」
 怖くて涙目になっているギースを安心させるようにギースの肩を抱いてやりながら、ガイツは大男に向き直った。
「チッ……このガキのせいで痛ぇ思いしたじゃねえか! どうしてくれんだァ?」
 大男はヘラヘラと嘲笑を含ませた口調でなおも脅しにかかる。しかしガイツは怯まずに言い返した。
「ったく、威張り散らして……たかが小っせぇガキにぶつかられた位で、でかい男がギャーギャー騒ぐなよ」
「ハァ……? てめえ誰に向かって口利いてやがんだ!」
「ああ? オレはベルガー商会のガイツだ。てめえの小さな脳ミソでも、聞いたことぐれーあんだろ?」
 あまり家の威光の傘を着たくはなかったが、この名を出せばこの辺りに住む大抵の荒くれは態度を一変させることをガイツは知っていた。だがこの男は、どうやら地元のチンピラとは違うようだった。
「ふざけた野郎だぜ。俺ぁ傭兵上がりの渡航者だ。泣く子も黙るイセリアの狂狼、ジャクソン様だぞ?」
 ジャクソンと名乗った色黒の男は益々鼻息荒く凄んだが、ガイツは全く興味無さげに溜め息をつく。
「あーあー、狼だか何だか知らねーが……ほらよ、泥をつけた服の詫びだ」
 ガイツは懐から小袋を取り出して男に投げ渡した。ジャクソンはそれを受け取って中を確認すると、フンと笑った。
「……こいつはよく分かってるじゃねぇか。だがよぉ、まだ足りねえな? そっちのガキからは何かねえのか? ああ?」
「ひっ……」
 そう言ってガイツの脇で震えているギースにガンをくれる男に、ガイツはいよいよ怒りを覚える。
「金ならくれてやる。だが……うちの大事な弟にこれ以上ちょっかい掛けんなら……」
 ガイツの射殺すような険しい目付きに気づいたジャクソンは驚いて肩をすくめた。ガイツは拳を突き出すと、その男の手の中に今度は銀貨数枚を落とし込んだ。
「そら…これで充分だろ? さっさと消えな」
「へっ、生意気なガキめ……覚えてろよ」
 捨て台詞を残し、大男は足早に立ち去った。

「兄ちゃん……ごめんね……」
 ガイツの太い腕にすがりながら涙を浮かべるギースの頭を、ポンポンと叩く。
「気にすんな。何でもねーさ、あんなヤツ。それよりケガはないか?」
「うん……平気……」
 意気消沈して眉を八の字にした弟を慰めようと、再び頭を撫でてやる。それでもギースはしばらく男の去った方を気にしていた。ガイツはわざとその視界を遮るように立ち、濃紫の瞳をギースの真正面に合わせる。
「ったく……。祭りってのはな、さっきの奴みてえな下らねーのも沢山集まって来るんだ。もう俺から不用意に離れんなよ、ギース」
「うん……分かった」
 そう言うとギースはガイツの服の裾をぎゅっとつかんでくる。土がついてしまった弟の衣をきれいに払ってやり、頭をもう一度ポンと叩く。そしてまだ少し怯えの色を隠せない弟の手をとりながら、ガイツは言った。
「ギース。まだやりてえもんあるんだろ? もう少しだけ遊ぶぞ?」
「うん……あれ……あのぬいぐるみ欲しい! 一番上に吊ってある!カニの!」
「ったく……しょうがねえな」
 そう言ってガイツはギースの手をしっかり握ったまま、次の屋台に向かうのだった。

 夜も更けてきて祭りも佳境に近づき、港の人出も多くなっていたことから、出店から少し離れた浜辺に二人は移動していた。空にぽかりと浮かんだ丸い月明かりのおかげか、今宵は随分と明るい夜だった。
「兄ちゃん……もう祭りおしまい?」
「ああ?……多分まだまだやるだろ? 屋台も賑わってるしな」
「あ、兄ちゃん、あれ見て!」
「ん……? どうした?」
 ギースが指し示したのは夜の海をゆく大船の影。見紛うことなき親父の船だ。
「父ちゃんだ!…あれ? でも何で海に……」
 疑問に応えるよう、船は広い海原の真ん中に進むと、ドン、と爆発音が響いた。船の位置を知らせるための信号弾が出す発破音だ。しかしその空に向いた大砲の先に、次の瞬間、再びの爆発音と共に夜空に明るい火花が散りばめられる。
「わぁっ…!! 綺麗!!」
「おお? 何だこれ、すげえな」
  バァン、バン、と波を揺らすほどの勢いで船から打ち上がる火薬の描き出す光の軌跡に、それに気付いた港の人々の歓声が乗る。父が言っていた祭りの新たな演目とは、この事だったのだ。
 細かな奇跡を丸く描く光は、まるで夜空に浮かぶ大輪の花のようだった。赤やオレンジ、白く輝く光に兄弟の顔が明々と照らされる。二人は無言で寄り添いながら、しばらくその輝きに魅入っていた。


「すごかったねぇ……」
「ああ、親父が手配したんだろうが……すげー良かった」
「そうなの!? 父ちゃん、すごいねぇ」
 ――今宵の父の仕事に対して素直にそう思えたことが、少しだけ悔しかった。
 弾の打ち上げを終え、そろそろと港に戻る船影を見ながら自らも帰路に付こうとするガイツの背後を、ギースは慌てて追ってくる。
「帰るの? もっと遊びたいよぉ…」
 そう言うなりガイツにギュッと抱き付いてくる。振り返れば腕に押し付けられた小さな頭の下に、いつもは見えないうなじが露になり、細い首にかかった後れ毛に目を奪われつつ…。まだまだ小さな子供なのだと思い知らされる。
「ハッ……でもよ、そろそろガキは寝る時間だぜ? じいやもねえやも心配する頃だ」
「ん……でもぉ…」
 腕に縋って駄々をこねるギースの瞳は、案の定ウトウトと閉まりかけていた。放っておけばすぐにでも寝てしまいそうな姿に思わず苦笑する。
「ったくしょうがねえなぁ……」
 そう言いながらも内心満更でも無い自分が居る事に気付いた。
「また来年な」
「………うん」
 自分の背丈の半分程しかない小さな弟をひょいとおぶると、再び歩き出す。ギースもそれを受け入れたようで、兄の広い背に身を委ねる。
(まぁ今日は特別だしな……甘やかしとくか)
 背中で段々と重みを増す小さな身体から伝わる熱が愛らしい。程なくして、ギースはすうすうと寝息を立て始めた。
「兄ちゃん……だいすき……」
 微かな寝言が生ぬるい夜風に乗って耳を擽り、クク、とガイツは喉の奥で笑った。
(ああ。……オレもだよ、ギース)
 久しぶりに感じる"楽しかった"という充足感。暗い道に浮かぶのは先程の火花の残穢と、それよりも輝くギースの楽しげな顔。
 祭りの喧騒を遠くにやりながら、ガイツは穏やかな波のような足取りで、ゆっくりと館へ帰って行った。


END


夏祭りのベルガー兄弟、チンピラを添えて…(添えるな)
小さいギースくんに着付けているのは甚平のような浴衣のような。良いところの坊っちゃんですからね、そりゃメイド長も気合いが入りますわ!(なおガイツが同行するので危険性は考慮しないものとする)
親父ィが打ち上げてた船の信号弾は、後世の花火の元になったらしいよ。既にエルファイアーとかの魔法がある世界だけどさあ、浪漫があっていいよね🎆

畳む

#ガイギス