憧憬の狭間に

💜遊んでたら大雨でびしょ濡れになったベルガー兄弟が一緒にお風呂に入る話
💜ガイツ20歳、ギース10歳(ぐらいを想定)の過去編
💜両片思いのガイギス、偲び愛

 ドォン――

 頭上に広がった黒い雲から雷鳴が響くと同時に、激しい雨が降り注ぐ。

「うわっ!最悪だ……!ギース、館に戻るぞ!」
「あ、まってよ兄ちゃん……置いてかないでっ!」
 裏の林で野鳥捕りに興じていた年の離れた兄弟は、慌てて帰路につく。
 砂利道を白く叩きつける突然の豪雨の中、やっとの思いで辿り着いた商会館の大扉が軋んだ音を立てて開かれた。
「くそっ……こんな土砂降りになるなんて聞いてねーぜ」
 紫の髪から雨水を滴らせながらガイツが呟く。兄の後を追って息を切らすギースも、同じく全身をびしょびしょに濡らしていた。
 敷き詰められた絨毯に大小の濡れた足跡が点々と続く。
「はぁ……はぁ……、っくしょん!」
 小さな体がくしゃみをするのと同時に、メイドが大判のタオルを手に大慌てで駆け寄る。
「まあまあ! 若様もお坊ちゃまもこんなに濡れて…! これで早くお身体を……」
「ああ……オレは後でいいから、先にギースを拭いてやってくれよ」
「あら、お坊っちゃま方! 丁度良かったわ!」
「あ? 何がだよ?」
 廊下の奥から顔を出した女中頭が濡れ鼠となった二人を見るなり、声を弾ませてやって来た。
「本日は幸いにも湯浴みの準備ができておりまして……。さ、あちらの……お客様用の浴室へどうぞ」
「……客用の? どういうことだ?」
「実は、旦那様がお取引先のご友人をお招きになると聞いていたのですが……この嵐で予定を取り止めなさったようで」
「へえ……なるほどな、良いタイミングじゃねーか。よしギース、俺と一緒に離れに行くぞ」
「…う…うん」
 そう言って無造作に差し出した手をギースが小さく握り返す。さっきまでは共に元気に遊び回っていたのに、今は意気消沈して細い肩を震わせている。突然の雨で消耗したのか? それとも――雷が怖かったのか。
「ギース?……どうした……?」
 冷えきった細い指の感触。ガイツが大きな掌で包み込むようにその小さな手を握ると、安心したのか、ギースはようやく安堵の吐息を漏らす。
「置いてかないでよう……兄ちゃん……」
「ん? ああ、悪い悪い」
 急な悪天候より、ガイツが真っ先に駆け出して行ってしまったのが心細かったらしい。身を寄せながらも膨れるギースを宥めながら、手を引いて歩いてやる。
 弟とは年齢差を超えてしょっちゅう遊ぶ仲ではあるが、こうして直に触れ合うのは久方ぶりだった。

 館の東翼にある客間の一角。この島の火山から切り出した岩石で築かれた風呂場の扉を開けると、湯気とともに柔らかな薔薇の香りが漂う。いかにも金持ちの客受けしそうな空間と化した脱衣場には似つかわしくない粗暴さで、ガイツは濡れた衣服を脱ぎ捨てる。
「……っ」
 その背中に刻まれた彫刻のような筋肉を見て、ギースはごくりと唾を飲んだ。普段から兄との体格差は感じていたものの、改めて見ると規格外だった。こちらを振り返る厚い胸板から続く腹筋は、綺麗に割れている。
「早く脱げよ……寒いだろ」
 振り返りながら促す兄の目は鋭いながらも優しげな光を湛えていて、胸の奥が小さく疼く。
 素直にずぶ濡れのケープを肩から落とし麻のチュニックや下衣も下ろすと、己の小さな裸身が露になった。
「……ッ」
 前に立つ兄の視線を感じて、思わず顔を伏せる。昔は兄と、父も含めて三人で喜んで風呂に入っていたが、この歳になると自然とそういう機会も少なくなっていたせいか、妙に落ちつかない。
「ったく……まだ照れる歳じゃねえだろ? ほら」
 呆れたように笑いながら手を引かれ湯船へ導かれる。日焼けした逞しい腕に引かれる自分のか細い腕が目に入った。
(兄ちゃん……俺のこと……まだちっさい子供扱いしてんのかな……そりゃ、そうだけどさ……)
 今や立派な青年の兄、ガイツの気性や荒っぽい素行は商会の中に留まらず、行く先々の港で有名だ。普段はそんな逞しい兄の庇護下に置かれる弟――の特権を余すことなく享受できる現状に、周りに対する優越感めいたものすらある。
 けれど一方で、自分もこの兄の弟として――ベルガーの豪商の血族に相応しい目で見られるように振る舞いたい願望もある。その為にはまず、この甘ったれた態度を改めなければ……。
 相反する感情に戸惑いつつも、ギースは浴室へ足を踏み入れた。よく磨かれた石の床はヒヤリと冷たくも、温かい湯気に包まれると忽ち体温が戻ってくる。
「あっつ……お、来てみろよギース」
 言われるままに湯船に近付くと、そこには透き通った薔薇色の湯が張られていた。
「わぁ……赤い色のお湯だ!」
 思わず子供っぽく感嘆の声を上げ、バシャンと浴槽に半身を入れてしまい、そこではっと我に返る。ギースは恥ずかしげに口元を抑えながら、ガイツの方を振り返った。
「あっ……兄ちゃんも入ろ……」
「俺は先に流してからな」
 まるで全てお見通しなのか、簡潔に返事をするガイツの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
(あう………)
 並々と張られた湯船からガイツが湯を掬って、勢いよく肩に掛ける。その姿にすら余裕を感じて、ギースはちゃぷんと鼻先まで湯に沈み込んだ。

 かけ湯を終えたガイツの大きな体躯が伸び上がり湯船を揺らす。壁の大岩に隠れるように身を寄せていたギースの横へ当然のように近づく兄の裸体を、ギースは湯気越しに再認識することになる。
(うわ……兄ちゃん……本当にデカい……)
 十歳にしては少し未成熟な自身と比べ、二十歳になるガイツの身体は完成された雄のそれだ。割れた腹筋の下、股間の茂みに垂れ下がる長大な肉竿が目に入ってギースの顔が熱くなる。
(そう言えば俺……昔兄ちゃんがトイレしてる時にじーっと見てたことあったな……)
 一瞬脳裏を過る恥ずべき記憶を慌てて振り払い、平静を装う。
「……はあ……やっぱ熱ぃけど気持ちいいな」
「うん……」
 弟の逡巡を知ってか知らずか、ガイツは平然と語り出す。
「いつもの風呂もいいけどよぉ……たまにはこっちのでっけえ風呂もいいな」
「兄ちゃん、もう出ていい……?」
「あ? バカ、まだ入ったとこだろ!?……お前が風邪でもひいたらオレが面倒だ、親父にドヤされる」
 だからしっかり身体の芯まで温めとけ、と言いながら、大きな手でギースの丸い頭をぽんぽんと叩く。
「あーもう! 子供扱いすんなっ!俺だって……」
 言いかけた瞬間、湯面が波打ち身体同士が近づく。
「……へっ?」
 突然の密着感に心臓が跳ね上がる。見上げるとガイツの紫の瞳がじっとギースを見据えていた。それは暗い海の夜を思わせる色彩だったが、瞳の奥には確かな情が宿っている。
(あ、あれ……? こんな近くに……兄ちゃん?)
 至近距離で兄の視線に包まれる、その落ち着かないようでどこか安堵を覚えるむず痒い感情に翻弄されていると、不意に兄が言った。
「おい……肩まで浸かれよ……そうしねーと温まんねえ」
「わ……分かってるよ! もう!」
 反抗的な言葉とは裏腹に、素直に従ってしまう。長い髪ごと顎の先まで沈めると、熱い湯が全身に沁みわたるようだった。
「……ふぅ……」
 溜息が洩れてしまうほどに心地良い。無意識にガイツの体へ視線を送ると、筋張った太腿に乗っかる太い陰茎と出会う。
「…………」
 また思わず凝視してしまう自分に気づき、慌てて視線を逸らす。
(ダメだって俺……なんで……見て……)
 困惑するギースに対して、ガイツは何も言わずにただ静かに湯に身を委ねながら、弟の反応を伺っていた。

「なあギース」
「なに……?」
「さっきからどうした? 急に拗ねたり、かと思えばオレの方見てる癖に、目ェ合わせねぇし……何考えてんだ?」
「別に……なんでも……ないよ」
 嘘だということは容易に分かるほどの辿々しさだった。どうやら何か考え込んでるらしいが、あまり追及しても逆効果だろう。そう判断したガイツは敢えてそれ以上は言わず、黙って待つことにした。
 しばらくの静寂のあと、ギースが再び口を開いた。
「……なんかさ」
「ん?」
「俺って兄ちゃんから見て……小さい?」
「ああ? たりめーだろ」
 突然の質問にガイツは怪訝な顔をするが、すぐその意図に思い当たったようだった。
「お前まだ十だろうが。心配しなくてもこれからでかくなるだろ」
「そっか……そうかな」
 納得したようなそうでないような表情を見せるギースを見てガイツは静かに笑みを深める。
 久しぶりの男同士の裸の付き合いで、余りにも身体的な差異があるのに気付き不安を感じたのかもしれない。ただでさえ長い髪にくりくりした瞳で、未だに少女と見紛われる容姿なのだ。
 十を越えて、ギースもそろそろ身体的な成熟についてあれこれ悩み出す時期なのだろうと考えた時、ふと脳裏をよぎるものがあった。
(だがよぉ……こんな可愛い弟がこの先どうなっちまうのかねえ……今のうちに……堪能しとかねえとな)
 ギースは気付いていない。ガイツとて、兄としての立場を隠れ蓑にしながら、最愛の弟を隙有らば愛でる――その特権を存分に享受していることを。
 湯面に揺蕩う髪、まだ男らしさとは程遠い、丸みを帯びた小さな肢体。微かに触れる柔らかな肌の感触は、このままずっと抱き寄せていたい程に心地好い。
「ねえ兄ちゃん……」
「………うん?」
「兄ちゃんが俺のことやたら心配したり、可愛がってくれるのはさ………弟じゃなくて妹みたいに思ってるから……なの?」
「はあ!?」
 ギースから出た予期せぬ言葉に思わず声が裏返る。それまで呑気に構えていた頭が混乱するほど驚愕した。
「いや!そんなわけあるか!男だろ?お前!」
「でもさ……兄ちゃんってさ……いつも優しいしさ……俺のこと、たまに壊れ物みたいに大事に扱うじゃん……」
「はあぁ?!」
 思わず天井を見上げてしまう。どうやら兄として…いや、それを越えて漏れ出していた過剰な庇護欲(かわいがり)が弟にとっては複雑な思いを与えていたらしいことを、今更ながらに自覚する。
「っ……ならその長ぇ髪ぐらい切れよ……」
「やだよ、これは伸ばすって決めてるの!」
「何だよそれ、そのナリでいっちょ前の男に見ろってか? 無茶言うなって……」
 そう毒づきながらも、ガイツの心中には靄が広がっていた。今まで無意識にギースに対して抱いていた認識の事実に、向き合わざるを得なくなった。
(そうか……オレ…言われてみれば……こいつをいつも弟っつうか、女の子扱いして見てたのかもな……)
 つい本音が口をつき狼狽えるガイツに、ギースは追い討ちをかける。
「じゃあやっぱり兄ちゃん、俺を女だって思ってんの!? 俺だって小さいけどさぁ、ちゃんとチンチンついてるし!兄ちゃんの遊びに付き合ってやってるし!街じゃけっこうモテるんだぞ!」
「おい、生意気だな……ったくガキの癖に、何色気付いてんだ」
「兄ちゃんだって最近ずーーっと鏡の前で髪いじってんじゃん!俺、知ってんだぞ」
「ヘッ、まだ髪の手入れも服の支度も、全部メイド任せのやつに言われたくはねぇよ」
 ガイツの反論に、むぅぅ……と顔をしかめているギースの顔が面白くて吹き出してしまう。そうやってたわいもない戯れ言を言い合いながら、内心ほっとしていた。
 少なくとも、弟はガイツの言動や、向ける視線に込めた真の意味をまだ理解していないようだった。

「はぁ……もう出る……」
 小さな声で訴える弟。熱い湯船の中で話し込んで、すっかり身体を火照らせたギースは、傍目にも疲弊している様子だった。
「おう。転ぶなよ……」
 湯から上がろうとする弟の濡れた髪や丸い尻が、薔薇の匂いをさせる艶やかな色香を放っていることに本人は気づいていないだろう。
(……いや、こういうところは本当にあぶねえな……)
 一方のギースは熱を持った身体を制御できず、疲れのせいか眠気まで押し寄せ意識が朦朧としていた。
(あ……髪とかもっと洗ってから出よ……)
 フラフラの身体を引き摺りながらも、洗い場で備え付けの高級な液体石鹸を泡立てて洗髪や身体を洗っていると、いつの間にか兄も横に並んでいた。
「背中、まだ泡残ってんぞ」
「もお、ちゃんと流したって……」
「足りねーって」
 パシャリと桶で頭から湯を浴びせられ、兄の大きな手で背面を撫でられる。熱くて心地好い掌の感触にじっと身を委ねそうになりつつ、また子供扱いされていると感じたギースは立ち上がった。
「もう……いいからっ」
(あー……兄ちゃんてほんと、優しい……うれしい……けど、俺もちゃんと……)
 そんな事を漠然と思いながら出口へ一直線に向かっていると、濡れた石の床で足が滑り――
「わわっ!」
「おい! あぶねえ!」
 扉前でよろけたギースをガイツは慌てて支える。気付けば背中に回った逞しい腕に抱き止められていた。
「あ……ごめ……」
「こら! またお前は……気ィ付けろって!」
 叱咤されたギースはよろめきながらも、オレも出るから、と告げ先を行くガイツに続く。ガラリと開け放った脱衣室の冷たい風が火照った肌を撫で、急激な温度変化に身震いする。
「ほらタオル……自分で拭けるか?」
「うん……」
 ガイツに無造作に投げ渡された柔らかな布を手に取ると、濡れた身体を包み込む。
(ああ……俺、また兄ちゃんに世話焼かれてる……何でいつもこうなんだろ……)
 体を拭いながら、再び兄の姿を目で追ってしまう。ガイツは既に適当に体を拭きながら鏡台へ向かう所だった。
 筋肉質な背中から続く逞しい腰回りからは、やはり雄々しさが伝わってくる。濡れた短髪の隙間から覗く太い首筋は男らしい色気すら纏っていて、その姿にギースは憧れと共に、すっかり魅了されていた。
(……カッコいいなぁ……兄ちゃん)
 メイドが用意していた長い湯上がり着に袖を通し、髪をタオルで巻いた状態でこちらに歩み寄るガイツに対し、ギースの胸は無意識のうちに高鳴っていく。
(ダメだ……またこんな風に見てたら絶対変に思われちゃう……)
 自己嫌悪に陥りながらも視線を泳がせるギースだったが、気づけば目の前まで距離を詰められてしまっていた。
「どうした? 顔赤いぞ? のぼせたのか?」
「なっ!なんでもないよっ!」
 反射的に反論して顔を背ける。胸を打つ心臓の鼓動が激しい。目の前にいるのは兄なのに……そう思っても、ギースはまるで初恋に戸惑う乙女のように口を噤み、頭から被ったタオルにすっぽりとくるまるしか出来なかった。
「そうかぁ……? まあいいや。オレはもう行くぞ」
「えっ!あ……待ってよぉ!」
 足早に進んでゆく兄の背中を、慌てて追いかけるようにギースも続こうとする。
「いや、服着ろ服! おい誰か……」
「ああっ!自分で着る!だから誰も呼ばないで!待っててよぉっ!」
「……たく、メチャクチャだな……」
 呆れたようにガイツは湿り気を帯びた長い前髪をかきあげつつ、脱衣室の籐椅子にどかりと腰を落とした。
 また置いて行かれそうになり慌てて白いバスローブを羽織るギースを、さも可愛らしい生き物を見るように眺めながら。


 寝室の窓からは夏の夜風が忍び込み、麻のカーテンを静かに揺らしていた。
(やっぱり寝てんじゃねーか)
 ガイツが部屋の扉を閉めると、室内が闇色に沈む。サイドテーブルに添えた燭台の蝋燭が一本だけ灯りを保っているが光量は微弱で、薄明かりの中に空の大きなベッドと、その隣で丸い塊を乗せた小さなベッドがぼんやりと浮かび上がっていた。
 離れから戻るなり夕食まで休憩すると言って寝室に引きこもったギースだが、ガイツと遊び通しの一日と、先程の風呂の温もりからかベッドの上に転がるとすぐ寝てしまったようだ。髪も乾ききらぬうちに。
「全く……呑気なもんだ」
 溜め息混じりの声と共に、ギースの長い髪が水気を含んだまま枕の上に扇のように広がっているのが視界に入る。淡い水色の柔らかな寝具に絡まる紫色の長い髪の束は、薄暗い中にも関わらず艶々と光彩を放ち、濡れた毛先を踊らせていた。
 ガイツは黙って丸椅子を引き寄せると、頭に被っていた白いタオルを解きギースの髪にそっと被せる。
「おい……風邪ひくって言っただろうが」
 そう小言をこぼしながらも動作は限りなく優しく、繊細だ。湿った髪房をひと掬いすれば、甘い石鹸と薔薇湯の芳香が鼻孔を擽る。艷やかな髪の糸は細く滑らかで、指先を通る度にしっとりとした感触を伝えていた。
(こいつ……本当に長いな。毎晩この手入れをメイドに任せてんのか)
 同時に不思議な感情も沸き上がる。どうしてこんなに大切そうに扱っているのか。
「……んな、女扱いされたくないなら切ればいいだろ、切れば……」
 独り言を吐きながらも、手際よくタオルを押し当てて水分を吸い取っていく。
 ……思い当たる節が無いこともない。この長く癖のある髪はギースの母親も同じく豊かな長髪だったことの名残か、伸ばしたまま頑なに切ろうとしない。
 例え少女に見られようと、この長い髪は何かしら彼の心の安寧を守っているのだろうとガイツは推察する。

 一通り拭き終えると、今度はサイドテーブルの引き出しから木製の櫛を取り出してくる。いつもはメイドが使っているそれは彼の亡母が使っていた年代物で、柄には銀細工の百合模様が刻まれている高級な代物だった。
「しゃあねえな……ちょっとだけ頑張るか」
 眠っている弟に配慮して小声で呟きながら、ゆっくりとその櫛を通し始める。
 最初こそ絡み合って引っかかる部分もあったが、次第に滑らかに流れていく。艶のある紫紺の長髪が徐々にうねりながら梳(と)かれる光景は、まるで美しい美術作品のようだった。
「……っ」
 ガイツの指が首筋を擽り小さく身じろぎするギース。だが依然として深い眠りの中にいるようで瞼は閉じたまま。その頬はまだ微かに赤みを帯び、健康的な色をしている。
(安心しきった顔してんなぁ……)
 苦笑いしつつも手を止めず続ける。あらかた梳かし終わり、乾き始めた柔らかな頭髪の間に指を差し込むと、温かいギースの体温を感じた。その温もりは心地よい反面、自分の理性を削いでいくようでもあった。
(――可愛いヤツ……)
 そう内心で呟くと同時に胸の中で別の声が囁いた。
(いや、人にどう思われようが自分の心根を貫くのは、男らしいっちゃあらしいか……?)
 そんな認識に至ったガイツだったが、その時すでに身体の内側からは抗いがたい欲求が生まれ始めていた。
(だがよ……この姿はオレの目には、毒だ)
 長い髪を湛えた無防備すぎるあどけない寝顔。そして先程、風呂場で見せた滑らかな白い肌――。
 無垢な姿態は己の理性を試す、媚薬のごとき魔力を持っているのだ。
「ちっ……」
 咄嗟に舌打ちが出る。こんな劣情は弟に対して持ち合わせるべきではない感情だと、流石のガイツも理解していた。ゆえに胸の内に押し留める。決して表層に出す訳にはいかないのだが……。
「……よぉし、こんなもんか……じゃ、賃料でも頂くとするか」
 努めて軽く冗談めかして言い放つ。それは自戒と同時に、自身の心理的な均衡を保つためにも必要な儀式だった。
 櫛を通し終わったギースの長い髪は、流麗な曲線を描いて華奢な肩と枕の間に静かにたゆたっている。その中でも特に美しく揺れる一束を取り上げると――そっと唇を寄せた。
 ひやりとした感触と仄かな薔薇の残香。それ以上のものは何もなかったが、心臓の高鳴りだけはどうしようもなかった。
(これで終わりだ……そう……)
 そう自らに言い聞かせながら髪束を落とし手を引こうとする瞬間だった。
「……にいちゃん……?」
 波間から零れ落ちる水の粒のように澄んだ声に思わず目を見張る。
 僅かに開いた紫水晶のような双眸が、ぼんやりとこちらを見上げているではないか。
「なっ……」
 驚きと動揺で言葉を詰まらせるガイツであったが、咄嗟に平静を装う。
「起こしちまったか? 悪いな……」
「ううん……ごめん……俺…髪……? 乾かしてくれた?」
「ああそうだ。もうこれくらいでいいだろ? ……寝ろよ」
 努めて素っ気なく振る舞うガイツだが、内心は気が気ではなかった。しかし当のギースは、うん、と素直にそのまま目を瞑ると、再び安心したように寝息を立て始めた。
「ふぅ……。ったく……ホント呑気なヤツだぜ……」
 吐息と共に小さく吐き捨てると、今度こそ本当に踵を返しベッドから離れる。

 静まり返った寝室に残されたのは眠るギースと、夜風にそよぐカーテン、微かな薔薇湯の香りだけである。
 弟への愛おしさとその枠組みを越えた感情――それらは等しく己の中で鬩ぎ合っていたが、どうにも抑え込みきれないそれが、先程のようにふとした切っ掛けで溢れてしまうのは事実だ。
 だがそれでも、ガイツは大きな体躯をうち鳴らす心の臓の鼓動を感じながら、誓うように決意する。
(オレのこれは……墓場まで持って行くっきゃねえんだ……)

 ふと廊下から窓の外を見れば、ようやく通り過ぎた雷雲の隙間から覗き込むように、小さな星がきらきらと瞬いていた。


END



兄弟でお風呂♨️再び!今度は思春期ならではの甘酸っぱいギースさんのモヤモヤを添えて…ガイツほんと羨ましいな!代われ!w
ギースさんの髪は何であんなに長いのか。単に船上で切る機会がなくて伸ばしっぱなだけ、でもいいんですけど(身も蓋もない)何かそれっぽく理由をつけて幼少期から長く伸ばしてて周りを魅了しまくってると良いな~~って。
ところで20歳ガイツは日々何してんだというと、父に仕事の手伝いを頼まれた時以外は街や館でブラついて遊んでます(それにギースがくっついてくる感じ) ただのニ○トじゃん…その体たらくでギースに格好いいって思われてるの奇跡じゃん…感

畳む

#ガイギス