Ocean ripples②
💜ガイツ×ギース過去編、その2⇒前作はこちら
💜ガイツ(15歳)とギース(5歳) ※異母兄弟設定
💜一緒に星を見たり街に出たりしながら、もだもだするガイツの話
それからの日々は目まぐるしく過ぎていった。
幼いギースの手前、少し普段の態度を改めたガイツは日がな家庭教師による勉学や武術の稽古に追われ、しかし、夜には必ずギースと子供部屋で絵本を広げて、眠くなるまで物語を読み聞かせるのが日課となっていた。
二人はすっかり仲良くなり、誰もが羨む兄弟仲に、下人達も胸を撫で下ろしていた。
「兄ちゃん……外の星がきれい!見て見て!」
ある晩のこと。小さな窓辺から空を見上げるギースが兄を呼ぶ。その後ろからガイツは身を屈め、そっと寄り添った。
「おう……見事な天の川だな」
銀河系から届く光の粒子が波のようにうねり、夜空を彩っている。ガイツの大きな手は、無意識にギースの肩へ回っていた。
「ふふっ……兄ちゃんの手……あったかいね」
その一言にガイツはハッとする。自分の手がギースの肩を包み込んでいることに気付き慌てて手を離そうとしたが、ギースはすかさずガイツの袖を掴んだ。
「つーかまえたっ! ね、この前の星のお話の本、読もうよ!」
「おいおい、またあの話か? ねえやにしてもらえ、俺はもう飽きたから別の……」
「やだ、兄ちゃんがいいの!」
「ったく……」
ギースは普段は素直で、女中達や家のものを困らせる事はなかったが、ことにガイツの前だけは甘える素振りを見せていた。
父親は夜遅くにしか帰らず、側にいる肉親はガイツだけ。まだ五歳の子供であれば当然の反応だった。
『むかしむかし、毎日せっせと働く親孝行な舟乗りの男と、それを空から見つめる美しい姫がいました……』
親の約束に背いた男は天女である姫との愛に溺れ、仕事もせずに堕落した生活を送る。その結果、ついに天女の父神の怒りにふれ、二人は引き裂かれた。しかし、一年にたった一度だけ、空に輝く星が彼らを繋ぐ天の川となった時……男の舟の上で二人は会うことを許される――
「兄ちゃん、おひめさまがかわいそうだよ……」
「ん……自業自得じゃねーの……年に一回、会えるだけマシだろ」
真面目な舟乗りの男は親を蔑ろにし、好きになった天女と結ばれたことで罰を受けた。人間、愛欲にかまけず勤勉であれ、という教訓を伝えているのだろうか。
(何か……妙にやるせねえ話だな)
男の行動が自業自得だと評しながら、自身の感情に素直になって生きるのはそんなに悪いことなのか……?と、疑念が頭をもたげる。
「今ごろ、お空の上でぎゅーってしてるのかな?」
「ヘッ、そうかもな」
窓辺から覗く長い長い天の川。年に一度のその星波の到来を男は待ちわび、必死で舟を漕いで天の姫の元へ赴くと、限られた時間の中で愛しあう――。
(そんなの……オレならごめんだぜ)
もう十分だとばかりに、勢いよく本を閉じる。ふと視線を感じて顔を上げると、ギースと目が合った。その瞳には明らかな寂しさが込められているように思えた。
「兄ちゃん……ねえ、兄ちゃん……僕と一緒にご本読むの嫌い?」
その一言に心臓が大きく跳ねた。
「ば……バカ言うなよ!お前は大切な弟だかんな!ほら次は何だ? 星だろうが何だろうが読んでやるから持ってこいよ!」
慌てて否定するとギースの安堵したような微笑みが返ってくる。
(マズい……最近マジメに勉強やってたから昼に遊べてねーし……寂しがらせたかもな)
心の底から反省の念を抱きつつも、それを押し殺すようにして一つ息を吐き、不適な笑みを作る。部屋の隅でそのやり取りを見ていたメイドがくすくすと笑う声がする。
「ほんと、坊っちゃん達は仲がお宜しくて」
「ふ、ふん……勘違いすんな、お前がオレの弟ってだけだからな……」
「えへへ、じゃあ僕、ガイツ兄ちゃんの弟で良かったぁ」
どこまでも素直に喜び、微笑む弟にガイツはまた牙を抜かれた心地になる。
(ったく…甘え上手な奴だぜ)
そうしてギースと絨毯を敷き詰めた広い部屋で何冊もの絵本や童話を広げ、読みながら話をするうち、すっかり夜が更けていた。
古びた柱時計が八つの鐘を鳴らす。
「さ、ガキはそろそろ寝る時間だぞ」
「兄ちゃんも一緒に寝ようよ!」
「はあ? 勘弁しろよ、俺は……」
この後館をこっそり抜け出し、勉強漬けの日々の鬱憤を晴らすべく夜の港町に繰り出そうとしていたとは、この純粋無垢の塊のような存在に言ってはならないと察する。口を噤んだガイツの大きな手を、ギースが引っぱる。
「だってお部屋に一人じゃ怖いもん……」
「そこのねえやに寝かしつけてもらえよ」
「やぁん…兄ちゃんがいいの」
駄々をこねる弟の目は少し眠そうだ。若いメイドがあとはお任せを、と声をかけてくるが、小さな手を引き剥がすのが惜しい気がした。
「しゃーねぇ、特別にオレがベッドに運んでやるよ」
そう言ってギースを抱えて立ち上がる。メイドには部屋の片付けを任せ、奥の寝室へ向かった。
ギース坊っちゃまのお召し替えを…と夜着を手にじいやが飛んでくる。ガイツは胸の中のギースを自分のベッドの隣に新しく据えられた小さな寝台に下ろして、後は任せたとばかりに去ろうとする。
「やぁ…兄ちゃん……一緒にいてぇ…」
ギースの声に振り向くと着替え途中の肌が露になっていた。白く幼い胸元に思わずドキリとし、目を背けてしまう。それを哀しげに見詰める紫の瞳。
「ガイツ様、ギース坊ちゃまがお寂しゅうございますよ」
「オレは……用があるから先に寝てろ……後で戻ってくるし。じゃあな」
一瞥もせず足早に寝室を後にする。背後から小さな嗚咽が聞こえた気がした。
「兄ちゃん……行かないでぇ……」
扉を閉めた瞬間、激しい自己嫌悪が襲う。
(一体なんなんだ……?)
少し前から胸を締め付ける謎の感情。それは甘くも苦くもありガイツを蝕んだ。
どうして弟を前にするとこんなにも狼狽してしまうのか?
自問するうちに、ひとつ思い当たることがあった。
十歳を過ぎた頃からたびたび館を抜け出し、港町で遊んだり船乗りに交じったりしていたガイツが、その時に酒場で聞いた生々しい話題――粗野な男達のしたり顔が頭をよぎった。
『お前も男なら、そろそろ覚えるべきだぜ』
『いい店紹介してやるよ……小柄で細くて可愛い女がたくさんいるぜ、ベルガーの御曹司相手なら大サービス間違いなしだ』
その時は、そんな所に行く必要があるのは、女にまともに相手にされないゴロツキだけだと、内心蔑んだが……
「今度……ちょっと覗きに行ってみるか……」
ガイツとて女の経験がないわけではなかったが、胸の内に湧きあがる男の欲望に愕然とする。
考えただけで恐ろしかった。ギースが、例えばさっきの着替え途中……あの子供特有の無邪気さで、一緒に寝よう?とでも言いながら裸で抱きついてきたら?
もし本当にそんなことが起こったなら、自分がどのような行動に出るか想像に難くない。あの細い腕を掴みシーツに押し付けてしまえば、あとは……
(ダメだ、考えるな!!)
パァン!と両の手で己の頬を打つ。しかし、否認しても消えない鬱屈した妄想は心に重くのしかかる。
それを振り払うよう、ガイツは愛馬に跨がると館から港町に続く荒道を下った。
馴染みの酒場で酒をひっかけ二店ほどハシゴし、館のギースが眠る横に戻ったのは夜半過ぎだった。
「……ただいま」
扉を軋ませないよう慎重に開けながら、酒臭い息交じりに小さな声で囁く。もちろん、自分のベッドの隣ではギースがすやすやと寝息を立てている。片手に下げた仄かなランプで照らしたギースの顔は、よく見れば頬に涙の跡が薄く残っていた。それを、優しく指先で拭ってやる。
その寝顔は天使のように愛らしくて――しかし同時にとても魅惑的にも思えた。
欲望を堪えきれず、ガイツはギースの寝顔に自分の赤い顔を近付けていく。だがやはり踏ん切りがつかない。じっと寝顔を眺めながら唇を噛む。小さな弟の細い首筋からはあの芳しい香りが漂ってくる。
(くそ……こんなガキ相手に……!!)
理性が歯止めをかけるものの、下半身が疼いて仕方がなかった。だが、ガイツは手にしたランプの灯を吹き消すと、くるりとそっぽを向いて自分のベッドに倒れるように伏した。結局何もできないままガイツは枕を抱え、悶々とした夜を過ごすことになる。
だが――翌朝になると、ガイツはいつも通りの酒による頭痛で軋むこめかみを押さえながら覚醒する。隣には空になった小さな寝台。サイドテーブルの水差しを直で呷って、寝室を後にする。
「兄ちゃん!おはよー!」
先に起きていたギースの眩しい笑顔に迎えられると、昨夜の葛藤なんて忘れそうになってしまうくらいだ。
「ああ……おはよ……よく眠れたか?」
寝不足気味の重たい瞼をこすりながら応える。するとギースは嬉しそうに頷いたあと、はにかむような表情を浮かべた。
「あのね……兄ちゃん」
「なんだ?」
「昨日の夜……僕眠くて兄ちゃんにお帰りって言えなくて、ごめんね……」
「何だそれ、別に気にすんな」
短く返すと少し申し訳なさそうな顔をする。健気にも自分を待とうとしていたらしい。それがまた罪悪感を煽った。
「朝飯は? 一緒に食いに行くか」
「うん!」
---
朝食後、メイドに歯を磨いてもらっているギースが横に立つガイツに尋ねる。
「にいひゃん……きょう、なにするの?」
「んーー……別に決まってねーけどな……」
窓から射し込む朝陽がメイドの膝に半身を預ける弟の紫髪を黄金色に染め上げる。その美しさに一瞬見とれてしまいそうになるも、咳払いをして誤魔化す。
「そーだな……馬にでも乗るか?」
「うま? んっと……、僕乗ったことないけど……」
「ならちょうどいい機会だ、オレの愛馬に乗せてやる、ついて来いよ」
「うん!」
ガイツは庭の端の厩舎へと向かうと、馴染みの栗毛の馬を厩番から引き受けた。
「こいつはサザナミってんだ。デカくて大人しいけど、ちょい臆病でな……」
初めて至近距離で馬を目にしたのか、ギースは圧倒されたように目を丸くしている。その瞳を見詰めながら、馬はブルン、と鼻息を鳴らした。
「どうどう……弟の前で暴れたら承知しねえぜ」
「えへへ……よろしくね!サザナミ!」
ギースはそっと手を伸ばすと、サザナミがその小さい手に鼻を擦り付けた。どうやら、ギースのような小さな子どもに対してはサザナミも怖がらずに居られるらしい。案外早く打ち解けそうだ。
「ほら……オレが手綱を引いてやるから乗ってみな、ギース」
「うん……」
ガイツはひょいと片手でギースを引き上げ、鞍に跨らせてやる。軽い体重のギースは若い牡馬の上で難なく持ち上がり、そのまま歩き出すが問題は無さそうだ。
「大丈夫か? 怖いか?」
「ううん、全然平気!面白い!」
鞍に揺られる楽しげな声がする。
「危ねーからしっかり掴まってろよ」
「うん! 兄ちゃん、ありがと」
馬上で無邪気に微笑むギースの姿。長い髪が風に靡き、なかなか様になっている。庭園の柵を一周すると、今度は自分も馬の背に上がり、ギースを前に抱く。
「よし、じゃあ館の周りをぐるっと回るか」
「わーい! やったあ♪」
「落ちるなよ、前の鞍をしっかり握ってろ」
「うん!」
そうして手綱をとり馬を駆る。……が、ギースの小さな尻と自らの股間が密着する感触に、少し興奮してしまっていた。
(うっ、ヤバ……落ち着け……)
必死になって前方の景色を眺め冷静さを取り戻そうとするも、その柔らかさやギースの髪の香りに鼓動は激しくなるばかりであった。
(あぁ……またか……)
ギースはただの年の離れた弟。そう思って接していても、どうしても身体の中が熱くなってくるのだ……特にこうして触れあっていると尚更だ。
本来ならこのまま海辺まで駆けて浜辺を巡るつもりだったが、この調子では身が持たない。厩に戻るとギースに伝える。
「ええっ、もっと乗ってたいよぉ」
「んー、今日はもういいや……番頭にエサやりでもさせてもらえよ、コイツすげぇ食うから」
「え? やりたいっ!」
適当にギースの気を反らし、ガイツは深く息をつくのだった。
午後になりブラブラと館内の廊下を歩いていると、昼寝から目覚めたらしいギースの姿を見つけた。どうやら自分を探していたらしく、こちらを見るなり駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!父ちゃんが兄ちゃんと一緒に、商人の人の所に行くって」
「は?……そんな話聞いてないぞ?」
「ねえねえ、僕も行きたい!」
無邪気な要求を受け入れるかどうか迷っているところへ髭面の父がやってくる。
「おうここに居たか二人とも……今日取引に行く商人はリキアのフェレから来てるんだ。面白い出物もあるかもしれねえから一緒に行こうぜ」
「フェレ……行ったことあったか?」
「はは……久しく行ってねえな。南国ならではの品が多いが、リキア名産のフルーツを使った焼き菓子とかがあるかもしれん」
父はギースの肩に手を置くと同意を求めた。
「な? ギースも兄ちゃんと一緒がいいよな?」
「うん!」
即答されてしまい苦笑いするしかない。親父としては商人との商材駆け引きの様子をガイツに直に見せたいのだろうが……また親父の図々しい値引き交渉に付き合わされると思うと億劫になる。
こうして三人で港町へと繰り出すことになった。
館から馬車で半刻程走ると、そこはミスル半島一の規模を誇る港町の市場だった。
波止場には大小様々な船舶が停泊していて、夕暮れに差し掛かる今、活気づいている様子が見て取れた。市場には海産物は当然ながら、エレブ諸国各地から船で集められた多種多様な商品が所狭しと並んでいる。
「うわぁ……すごいね!」
「そうだな、ここらじゃ一番でかい市場だ。半分は親父の船で運んできてんじゃねえか?」
「ああ、その通りだ」
父も満足げに頷いている。
「よしお前ら……俺について来いよ? ガイツ、ギースの手を離すんじゃねえぞ」
「はぁい……兄ちゃん……早く行こっ」
小さな手を繋ぐと自然と歩調が緩やかになる。ギースはキョロキョロと辺りを見渡しながら、興奮したように言った。
「僕……こんなにいっぱいお店見たの初めてだよ」
「ははっ……本当か?」
「うん!」
長いビロードの黒コートを靡かせ先頭を歩く父と、同じくらい体格の良い若い男に手を引かれるお坊ちゃん然とした愛らしいギース。その姿に、店先の商人や行き交う人々は羨望の眼差しを送っている。そんな注目を集めている事に気付きつつも、弟の手を引いて歩く。
市場の中程まで進むと、目的の商人が営む小さな店にたどり着く。入口に設置された看板を見ると、リキア産の品物の商品名がずらりと書かれていた。
「父ちゃん……あの赤いお魚、おっきくて美味しそう」
「おお、そうだな。だが俺等商人は安く買わないとな。よく見定めねーといけねえぞ」
「はぁい」
素直に答えたギースは店の天井に吊られた色とりどりの魚を指差す。
「ねぇねぇあれは?」
「あれか? あれは色を塗った作りモンさ、流石に食えねえぞ」
そんなやり取りをしながら店先の乾物や干物を見定める。そのまま店内に移動し、ギースが好みそうな果物やフェレ名物の瓶詰めの乾燥果実と焼き菓子を遅れてやって来た従者に言い付け買い込んでいく。
気付けば父は店の裏にあるらしい倉庫に入って行った。そこで店主の商人と会話し商談を始めるようだった。
「兄ちゃあん……僕喉乾いた……」
「ああ……仕方ねえな……ほれ水だ」
懐から革袋を取り出し口に先を突っ込むと、すぐに飲み干す。
「ぷはーっ……おいしい……」
「飲み過ぎるとトイレが近くなるぞ?」
「えへへ……大丈夫だよぉ」
歩いて疲れたのか、ガイツの足にじゃれつきながらもたれかかったギースの頭を撫でる。柔らかい髪の感触が気持ちいい。しばらくすると、取引が終わったのか父が戻ってきた。
「ガイツ……ギース……そろそろ帰るぞ」
「はーい!」
「行くぞギース」
手を繋いで歩き出す。すると突然ギースが立ち止まった。
「兄ちゃん……あのおっきな建物、何?」
「ん? ああ……あれは劇場だ」
「劇場?」
「旅芸人が歌ったり踊ったりする所だ。ギースも母ちゃんが踊り子だったなら知ってるだろ?」
「そうなの?! 兄ちゃん……僕行きたぁい!」
無邪気な要求に思わず吹き出してしまう。しかしそういうワガママなところも可愛いと思ってしまう自分がいた。
「ダメだギース。今日は親父の相手をしなきゃいけねえ」
「えぇーっ……」
「それに今日は時間も遅いしな……また今度来たときに連れてってやるから」
「やったぁ!約束だよ?」
ギースの手を引き再び歩き出した。しかし父とはここでお別れのようで、港に停泊したベルガー商会の大型船に上がった親父は甲板から声を張り上げる。
「ガイツ!ギースをよろしくな!じゃあな!」
手を振る勝手な父を見送り、使用人と共に馬車に乗り込むと館へと戻った。
「兄ちゃん……眠い……」
「オレもな……結構歩かされたし……もう寝るか……」
「うん……兄ちゃん……おやすみ」
「おやすみ……」
ギースと共に寝室のベッドで、ごろりと横になる。昨日の夜更かしのせいもあり、すぐに眠気が押し寄せてきた。
瞼を閉じた暗闇の中、ギースの小さな声が聞こえてくる。
「兄ちゃん……いつ劇場に連れてってくれるの?」
「ん……お前がもっと大きくなったらな」
「?……それって……いつ……?」
「ったく……別に行ってやらんとは言ってねえだろ? もう寝ろって……」
「むぅ……はぁい……」
それきり寝室は静かになる。月明かりと、僅かに遠く聞こえる穏やかな波の音。
(約束したはいいがあの劇場の内容は……ギースにはもっと先の話だな……)
あれは貴族や上流階級の者が集うような、お上品な劇場ではない。客の声に応じ、殆ど裸になって踊る男や女が集う大衆劇場――仲間とバカ騒ぎしながら、酒を呑み食らい、気儘に楽しむ……そんな陳腐な世界に、この弟といつか一緒に足を踏み入れる日が来るのだろうか?
その頃には、この蟠る弟への感情も割りきって、あれは一時の気の迷いだったなどと、笑い話にしながら――
そんな下らないことを考えつつ、何時しか眠りに誘(いざな)われていた。
続く
サザナミ号🐴の下りいるかぁ?と思いつつ、タイトルにしたので入れておきました。ベタだけど。お坊ちゃん育ちには欠かせない馬!
七夕伝説はまさにガイツの教訓としてピッタリでは?と思った次第です。書いてる途中にもう一つ七夕に関するガイギス小話を思い付いたんだけど、時間切れなのでお披露目はまた来年。
さて、いよいよギースに対して悶々が止まらない若ガイツ、書くの楽しいなw まだ清い関係ですよ、まだ😎(時間の問題
畳む
#ガイギス
💜ガイツ(15歳)とギース(5歳) ※異母兄弟設定
💜一緒に星を見たり街に出たりしながら、もだもだするガイツの話
それからの日々は目まぐるしく過ぎていった。
幼いギースの手前、少し普段の態度を改めたガイツは日がな家庭教師による勉学や武術の稽古に追われ、しかし、夜には必ずギースと子供部屋で絵本を広げて、眠くなるまで物語を読み聞かせるのが日課となっていた。
二人はすっかり仲良くなり、誰もが羨む兄弟仲に、下人達も胸を撫で下ろしていた。
「兄ちゃん……外の星がきれい!見て見て!」
ある晩のこと。小さな窓辺から空を見上げるギースが兄を呼ぶ。その後ろからガイツは身を屈め、そっと寄り添った。
「おう……見事な天の川だな」
銀河系から届く光の粒子が波のようにうねり、夜空を彩っている。ガイツの大きな手は、無意識にギースの肩へ回っていた。
「ふふっ……兄ちゃんの手……あったかいね」
その一言にガイツはハッとする。自分の手がギースの肩を包み込んでいることに気付き慌てて手を離そうとしたが、ギースはすかさずガイツの袖を掴んだ。
「つーかまえたっ! ね、この前の星のお話の本、読もうよ!」
「おいおい、またあの話か? ねえやにしてもらえ、俺はもう飽きたから別の……」
「やだ、兄ちゃんがいいの!」
「ったく……」
ギースは普段は素直で、女中達や家のものを困らせる事はなかったが、ことにガイツの前だけは甘える素振りを見せていた。
父親は夜遅くにしか帰らず、側にいる肉親はガイツだけ。まだ五歳の子供であれば当然の反応だった。
『むかしむかし、毎日せっせと働く親孝行な舟乗りの男と、それを空から見つめる美しい姫がいました……』
親の約束に背いた男は天女である姫との愛に溺れ、仕事もせずに堕落した生活を送る。その結果、ついに天女の父神の怒りにふれ、二人は引き裂かれた。しかし、一年にたった一度だけ、空に輝く星が彼らを繋ぐ天の川となった時……男の舟の上で二人は会うことを許される――
「兄ちゃん、おひめさまがかわいそうだよ……」
「ん……自業自得じゃねーの……年に一回、会えるだけマシだろ」
真面目な舟乗りの男は親を蔑ろにし、好きになった天女と結ばれたことで罰を受けた。人間、愛欲にかまけず勤勉であれ、という教訓を伝えているのだろうか。
(何か……妙にやるせねえ話だな)
男の行動が自業自得だと評しながら、自身の感情に素直になって生きるのはそんなに悪いことなのか……?と、疑念が頭をもたげる。
「今ごろ、お空の上でぎゅーってしてるのかな?」
「ヘッ、そうかもな」
窓辺から覗く長い長い天の川。年に一度のその星波の到来を男は待ちわび、必死で舟を漕いで天の姫の元へ赴くと、限られた時間の中で愛しあう――。
(そんなの……オレならごめんだぜ)
もう十分だとばかりに、勢いよく本を閉じる。ふと視線を感じて顔を上げると、ギースと目が合った。その瞳には明らかな寂しさが込められているように思えた。
「兄ちゃん……ねえ、兄ちゃん……僕と一緒にご本読むの嫌い?」
その一言に心臓が大きく跳ねた。
「ば……バカ言うなよ!お前は大切な弟だかんな!ほら次は何だ? 星だろうが何だろうが読んでやるから持ってこいよ!」
慌てて否定するとギースの安堵したような微笑みが返ってくる。
(マズい……最近マジメに勉強やってたから昼に遊べてねーし……寂しがらせたかもな)
心の底から反省の念を抱きつつも、それを押し殺すようにして一つ息を吐き、不適な笑みを作る。部屋の隅でそのやり取りを見ていたメイドがくすくすと笑う声がする。
「ほんと、坊っちゃん達は仲がお宜しくて」
「ふ、ふん……勘違いすんな、お前がオレの弟ってだけだからな……」
「えへへ、じゃあ僕、ガイツ兄ちゃんの弟で良かったぁ」
どこまでも素直に喜び、微笑む弟にガイツはまた牙を抜かれた心地になる。
(ったく…甘え上手な奴だぜ)
そうしてギースと絨毯を敷き詰めた広い部屋で何冊もの絵本や童話を広げ、読みながら話をするうち、すっかり夜が更けていた。
古びた柱時計が八つの鐘を鳴らす。
「さ、ガキはそろそろ寝る時間だぞ」
「兄ちゃんも一緒に寝ようよ!」
「はあ? 勘弁しろよ、俺は……」
この後館をこっそり抜け出し、勉強漬けの日々の鬱憤を晴らすべく夜の港町に繰り出そうとしていたとは、この純粋無垢の塊のような存在に言ってはならないと察する。口を噤んだガイツの大きな手を、ギースが引っぱる。
「だってお部屋に一人じゃ怖いもん……」
「そこのねえやに寝かしつけてもらえよ」
「やぁん…兄ちゃんがいいの」
駄々をこねる弟の目は少し眠そうだ。若いメイドがあとはお任せを、と声をかけてくるが、小さな手を引き剥がすのが惜しい気がした。
「しゃーねぇ、特別にオレがベッドに運んでやるよ」
そう言ってギースを抱えて立ち上がる。メイドには部屋の片付けを任せ、奥の寝室へ向かった。
ギース坊っちゃまのお召し替えを…と夜着を手にじいやが飛んでくる。ガイツは胸の中のギースを自分のベッドの隣に新しく据えられた小さな寝台に下ろして、後は任せたとばかりに去ろうとする。
「やぁ…兄ちゃん……一緒にいてぇ…」
ギースの声に振り向くと着替え途中の肌が露になっていた。白く幼い胸元に思わずドキリとし、目を背けてしまう。それを哀しげに見詰める紫の瞳。
「ガイツ様、ギース坊ちゃまがお寂しゅうございますよ」
「オレは……用があるから先に寝てろ……後で戻ってくるし。じゃあな」
一瞥もせず足早に寝室を後にする。背後から小さな嗚咽が聞こえた気がした。
「兄ちゃん……行かないでぇ……」
扉を閉めた瞬間、激しい自己嫌悪が襲う。
(一体なんなんだ……?)
少し前から胸を締め付ける謎の感情。それは甘くも苦くもありガイツを蝕んだ。
どうして弟を前にするとこんなにも狼狽してしまうのか?
自問するうちに、ひとつ思い当たることがあった。
十歳を過ぎた頃からたびたび館を抜け出し、港町で遊んだり船乗りに交じったりしていたガイツが、その時に酒場で聞いた生々しい話題――粗野な男達のしたり顔が頭をよぎった。
『お前も男なら、そろそろ覚えるべきだぜ』
『いい店紹介してやるよ……小柄で細くて可愛い女がたくさんいるぜ、ベルガーの御曹司相手なら大サービス間違いなしだ』
その時は、そんな所に行く必要があるのは、女にまともに相手にされないゴロツキだけだと、内心蔑んだが……
「今度……ちょっと覗きに行ってみるか……」
ガイツとて女の経験がないわけではなかったが、胸の内に湧きあがる男の欲望に愕然とする。
考えただけで恐ろしかった。ギースが、例えばさっきの着替え途中……あの子供特有の無邪気さで、一緒に寝よう?とでも言いながら裸で抱きついてきたら?
もし本当にそんなことが起こったなら、自分がどのような行動に出るか想像に難くない。あの細い腕を掴みシーツに押し付けてしまえば、あとは……
(ダメだ、考えるな!!)
パァン!と両の手で己の頬を打つ。しかし、否認しても消えない鬱屈した妄想は心に重くのしかかる。
それを振り払うよう、ガイツは愛馬に跨がると館から港町に続く荒道を下った。
馴染みの酒場で酒をひっかけ二店ほどハシゴし、館のギースが眠る横に戻ったのは夜半過ぎだった。
「……ただいま」
扉を軋ませないよう慎重に開けながら、酒臭い息交じりに小さな声で囁く。もちろん、自分のベッドの隣ではギースがすやすやと寝息を立てている。片手に下げた仄かなランプで照らしたギースの顔は、よく見れば頬に涙の跡が薄く残っていた。それを、優しく指先で拭ってやる。
その寝顔は天使のように愛らしくて――しかし同時にとても魅惑的にも思えた。
欲望を堪えきれず、ガイツはギースの寝顔に自分の赤い顔を近付けていく。だがやはり踏ん切りがつかない。じっと寝顔を眺めながら唇を噛む。小さな弟の細い首筋からはあの芳しい香りが漂ってくる。
(くそ……こんなガキ相手に……!!)
理性が歯止めをかけるものの、下半身が疼いて仕方がなかった。だが、ガイツは手にしたランプの灯を吹き消すと、くるりとそっぽを向いて自分のベッドに倒れるように伏した。結局何もできないままガイツは枕を抱え、悶々とした夜を過ごすことになる。
だが――翌朝になると、ガイツはいつも通りの酒による頭痛で軋むこめかみを押さえながら覚醒する。隣には空になった小さな寝台。サイドテーブルの水差しを直で呷って、寝室を後にする。
「兄ちゃん!おはよー!」
先に起きていたギースの眩しい笑顔に迎えられると、昨夜の葛藤なんて忘れそうになってしまうくらいだ。
「ああ……おはよ……よく眠れたか?」
寝不足気味の重たい瞼をこすりながら応える。するとギースは嬉しそうに頷いたあと、はにかむような表情を浮かべた。
「あのね……兄ちゃん」
「なんだ?」
「昨日の夜……僕眠くて兄ちゃんにお帰りって言えなくて、ごめんね……」
「何だそれ、別に気にすんな」
短く返すと少し申し訳なさそうな顔をする。健気にも自分を待とうとしていたらしい。それがまた罪悪感を煽った。
「朝飯は? 一緒に食いに行くか」
「うん!」
---
朝食後、メイドに歯を磨いてもらっているギースが横に立つガイツに尋ねる。
「にいひゃん……きょう、なにするの?」
「んーー……別に決まってねーけどな……」
窓から射し込む朝陽がメイドの膝に半身を預ける弟の紫髪を黄金色に染め上げる。その美しさに一瞬見とれてしまいそうになるも、咳払いをして誤魔化す。
「そーだな……馬にでも乗るか?」
「うま? んっと……、僕乗ったことないけど……」
「ならちょうどいい機会だ、オレの愛馬に乗せてやる、ついて来いよ」
「うん!」
ガイツは庭の端の厩舎へと向かうと、馴染みの栗毛の馬を厩番から引き受けた。
「こいつはサザナミってんだ。デカくて大人しいけど、ちょい臆病でな……」
初めて至近距離で馬を目にしたのか、ギースは圧倒されたように目を丸くしている。その瞳を見詰めながら、馬はブルン、と鼻息を鳴らした。
「どうどう……弟の前で暴れたら承知しねえぜ」
「えへへ……よろしくね!サザナミ!」
ギースはそっと手を伸ばすと、サザナミがその小さい手に鼻を擦り付けた。どうやら、ギースのような小さな子どもに対してはサザナミも怖がらずに居られるらしい。案外早く打ち解けそうだ。
「ほら……オレが手綱を引いてやるから乗ってみな、ギース」
「うん……」
ガイツはひょいと片手でギースを引き上げ、鞍に跨らせてやる。軽い体重のギースは若い牡馬の上で難なく持ち上がり、そのまま歩き出すが問題は無さそうだ。
「大丈夫か? 怖いか?」
「ううん、全然平気!面白い!」
鞍に揺られる楽しげな声がする。
「危ねーからしっかり掴まってろよ」
「うん! 兄ちゃん、ありがと」
馬上で無邪気に微笑むギースの姿。長い髪が風に靡き、なかなか様になっている。庭園の柵を一周すると、今度は自分も馬の背に上がり、ギースを前に抱く。
「よし、じゃあ館の周りをぐるっと回るか」
「わーい! やったあ♪」
「落ちるなよ、前の鞍をしっかり握ってろ」
「うん!」
そうして手綱をとり馬を駆る。……が、ギースの小さな尻と自らの股間が密着する感触に、少し興奮してしまっていた。
(うっ、ヤバ……落ち着け……)
必死になって前方の景色を眺め冷静さを取り戻そうとするも、その柔らかさやギースの髪の香りに鼓動は激しくなるばかりであった。
(あぁ……またか……)
ギースはただの年の離れた弟。そう思って接していても、どうしても身体の中が熱くなってくるのだ……特にこうして触れあっていると尚更だ。
本来ならこのまま海辺まで駆けて浜辺を巡るつもりだったが、この調子では身が持たない。厩に戻るとギースに伝える。
「ええっ、もっと乗ってたいよぉ」
「んー、今日はもういいや……番頭にエサやりでもさせてもらえよ、コイツすげぇ食うから」
「え? やりたいっ!」
適当にギースの気を反らし、ガイツは深く息をつくのだった。
午後になりブラブラと館内の廊下を歩いていると、昼寝から目覚めたらしいギースの姿を見つけた。どうやら自分を探していたらしく、こちらを見るなり駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!父ちゃんが兄ちゃんと一緒に、商人の人の所に行くって」
「は?……そんな話聞いてないぞ?」
「ねえねえ、僕も行きたい!」
無邪気な要求を受け入れるかどうか迷っているところへ髭面の父がやってくる。
「おうここに居たか二人とも……今日取引に行く商人はリキアのフェレから来てるんだ。面白い出物もあるかもしれねえから一緒に行こうぜ」
「フェレ……行ったことあったか?」
「はは……久しく行ってねえな。南国ならではの品が多いが、リキア名産のフルーツを使った焼き菓子とかがあるかもしれん」
父はギースの肩に手を置くと同意を求めた。
「な? ギースも兄ちゃんと一緒がいいよな?」
「うん!」
即答されてしまい苦笑いするしかない。親父としては商人との商材駆け引きの様子をガイツに直に見せたいのだろうが……また親父の図々しい値引き交渉に付き合わされると思うと億劫になる。
こうして三人で港町へと繰り出すことになった。
館から馬車で半刻程走ると、そこはミスル半島一の規模を誇る港町の市場だった。
波止場には大小様々な船舶が停泊していて、夕暮れに差し掛かる今、活気づいている様子が見て取れた。市場には海産物は当然ながら、エレブ諸国各地から船で集められた多種多様な商品が所狭しと並んでいる。
「うわぁ……すごいね!」
「そうだな、ここらじゃ一番でかい市場だ。半分は親父の船で運んできてんじゃねえか?」
「ああ、その通りだ」
父も満足げに頷いている。
「よしお前ら……俺について来いよ? ガイツ、ギースの手を離すんじゃねえぞ」
「はぁい……兄ちゃん……早く行こっ」
小さな手を繋ぐと自然と歩調が緩やかになる。ギースはキョロキョロと辺りを見渡しながら、興奮したように言った。
「僕……こんなにいっぱいお店見たの初めてだよ」
「ははっ……本当か?」
「うん!」
長いビロードの黒コートを靡かせ先頭を歩く父と、同じくらい体格の良い若い男に手を引かれるお坊ちゃん然とした愛らしいギース。その姿に、店先の商人や行き交う人々は羨望の眼差しを送っている。そんな注目を集めている事に気付きつつも、弟の手を引いて歩く。
市場の中程まで進むと、目的の商人が営む小さな店にたどり着く。入口に設置された看板を見ると、リキア産の品物の商品名がずらりと書かれていた。
「父ちゃん……あの赤いお魚、おっきくて美味しそう」
「おお、そうだな。だが俺等商人は安く買わないとな。よく見定めねーといけねえぞ」
「はぁい」
素直に答えたギースは店の天井に吊られた色とりどりの魚を指差す。
「ねぇねぇあれは?」
「あれか? あれは色を塗った作りモンさ、流石に食えねえぞ」
そんなやり取りをしながら店先の乾物や干物を見定める。そのまま店内に移動し、ギースが好みそうな果物やフェレ名物の瓶詰めの乾燥果実と焼き菓子を遅れてやって来た従者に言い付け買い込んでいく。
気付けば父は店の裏にあるらしい倉庫に入って行った。そこで店主の商人と会話し商談を始めるようだった。
「兄ちゃあん……僕喉乾いた……」
「ああ……仕方ねえな……ほれ水だ」
懐から革袋を取り出し口に先を突っ込むと、すぐに飲み干す。
「ぷはーっ……おいしい……」
「飲み過ぎるとトイレが近くなるぞ?」
「えへへ……大丈夫だよぉ」
歩いて疲れたのか、ガイツの足にじゃれつきながらもたれかかったギースの頭を撫でる。柔らかい髪の感触が気持ちいい。しばらくすると、取引が終わったのか父が戻ってきた。
「ガイツ……ギース……そろそろ帰るぞ」
「はーい!」
「行くぞギース」
手を繋いで歩き出す。すると突然ギースが立ち止まった。
「兄ちゃん……あのおっきな建物、何?」
「ん? ああ……あれは劇場だ」
「劇場?」
「旅芸人が歌ったり踊ったりする所だ。ギースも母ちゃんが踊り子だったなら知ってるだろ?」
「そうなの?! 兄ちゃん……僕行きたぁい!」
無邪気な要求に思わず吹き出してしまう。しかしそういうワガママなところも可愛いと思ってしまう自分がいた。
「ダメだギース。今日は親父の相手をしなきゃいけねえ」
「えぇーっ……」
「それに今日は時間も遅いしな……また今度来たときに連れてってやるから」
「やったぁ!約束だよ?」
ギースの手を引き再び歩き出した。しかし父とはここでお別れのようで、港に停泊したベルガー商会の大型船に上がった親父は甲板から声を張り上げる。
「ガイツ!ギースをよろしくな!じゃあな!」
手を振る勝手な父を見送り、使用人と共に馬車に乗り込むと館へと戻った。
「兄ちゃん……眠い……」
「オレもな……結構歩かされたし……もう寝るか……」
「うん……兄ちゃん……おやすみ」
「おやすみ……」
ギースと共に寝室のベッドで、ごろりと横になる。昨日の夜更かしのせいもあり、すぐに眠気が押し寄せてきた。
瞼を閉じた暗闇の中、ギースの小さな声が聞こえてくる。
「兄ちゃん……いつ劇場に連れてってくれるの?」
「ん……お前がもっと大きくなったらな」
「?……それって……いつ……?」
「ったく……別に行ってやらんとは言ってねえだろ? もう寝ろって……」
「むぅ……はぁい……」
それきり寝室は静かになる。月明かりと、僅かに遠く聞こえる穏やかな波の音。
(約束したはいいがあの劇場の内容は……ギースにはもっと先の話だな……)
あれは貴族や上流階級の者が集うような、お上品な劇場ではない。客の声に応じ、殆ど裸になって踊る男や女が集う大衆劇場――仲間とバカ騒ぎしながら、酒を呑み食らい、気儘に楽しむ……そんな陳腐な世界に、この弟といつか一緒に足を踏み入れる日が来るのだろうか?
その頃には、この蟠る弟への感情も割りきって、あれは一時の気の迷いだったなどと、笑い話にしながら――
そんな下らないことを考えつつ、何時しか眠りに誘(いざな)われていた。
続く
サザナミ号🐴の下りいるかぁ?と思いつつ、タイトルにしたので入れておきました。ベタだけど。お坊ちゃん育ちには欠かせない馬!
七夕伝説はまさにガイツの教訓としてピッタリでは?と思った次第です。書いてる途中にもう一つ七夕に関するガイギス小話を思い付いたんだけど、時間切れなのでお披露目はまた来年。
さて、いよいよギースに対して悶々が止まらない若ガイツ、書くの楽しいなw まだ清い関係ですよ、まだ😎(時間の問題
畳む
#ガイギス