浜辺の兄弟

💜烈火開始3年前くらいの頃のガイツ(19歳)×ギース(9歳)、腹違いの兄弟設定有、ほのぼの(…?)
💜ガイツ視点でガイツ→→→ギースな感じですが実際には両想いです


 夕陽が西の海原に沈むころ、砂浜には二つの影が並んでいた。一つは長く、もう一つはその半分ほどの長さしかない。
 十近くも年齢の離れた兄弟が、もう長いこと白砂にしゃがみこみ素手で海辺を漁っていた。

「ほら見ろガイツ兄ちゃん!この巻貝の色、すげー綺麗じゃね?」
 ギースが得意げに掲げる貝は、象牙色の表面に金色に近い黄色の縞模様が螺旋状に走っていた。
 まだ九つの癖に生意気に髪を背中まで伸ばし、馬の尻尾のように結っている――ガイツの腹違いの弟。
 父から買って貰ったばかりの高価な青いケープの裾は、すっかり砂にまみれていた。
「んー、そうかぁ?オレがさっき見つけた蜆貝の方がよく光ってたぜ」
 と、十九歳のガイツは弟に張り合うように言い放つ。
 年嵩の割に我ながら子供染みた態度だが、本当に子供のギースには丁度いいらしい。
 ちぇ、とまた別の砂山を掘り始めるギースとの貝殻比べを始めて小一時間は経過しただろうか。
 濃い紫の硬質な短髪を無造作に撫で付けたガイツの顔には疲れと苛立ちが混ざり始めていたが、腰を低くして弟の探索に付き合う姿はどこか優しげだった。
「もしかしたら海に沈んでた宝石があるかもしれねーぜ?コインとかも!」
 ガイツの気も知らず、砂を探る幼い弟は屈託なく笑った。髪色と同じ鮮やかな紫の瞳が夕焼けに反射し、螺鈿のようにきらきらと輝いている。

「……ったく、オレはもう飽きてきたぜ」
 溜息混じりにガイツは潮が引いた岩礁帯へ向かって歩み出した。足下に寄せては返す波が砂を濡らし、銀の網目模様を描いている。
「次はお前が見たいって言ってた夜光貝でも探そうぜ……確かあっちに洞窟があって――」
 話しかけた瞬間、あっ!と弾んだ声がした。振り返ると、ギースが掌に握りしめたものを見せつけるように走って近づいてくる。
「見て!兄ちゃん!これ……なんか古いコインみたいだけど――」
 小さな手にしかと握られた薄汚れた円盤は、表面に剣と獅子のレリーフが施されていた。細かい文字も彫られているようだが、海水を含んだ泥が溝にこびり付きほとんど読めない。
「ほー、マジだ……こんなコイン見たことねぇ」
 ガイツの好奇心に火がついた。思わず岩に膝をつき小さな手のひらに乗せられたコインを検める。
 弟とほぼ同じ目線になると、ギースの純真な瞳が顔をじっと覗き込んできて、一瞬ドキリとする。
「さっき落ちてた貝殻の側に埋まってた!なあ、何て書いてる!?兄ちゃん、読んでよ!」
 年相応の無邪気な声でせがむギースに、ガイツは不敵な笑みを浮かべる。
「よぉし貸してみろ。ここを……こうやって磨きゃ、きっと――」
 尻のポケットから手拭いを取り出し細かい砂を拭い取ると、表面の彫りが少しだけ浮き上がる。古い字形だが確かにゴールドと印されていた。更に砂を落とせばその錆びたコインに黄金色の輝きが隠れていたことが分かり、ギースの目が爛々と輝いた。
「うわっ!光った!やっぱ本物のコインだ!兄ちゃんスゲー!!」
 喜ぶ弟を見るとガイツの険しげな目が緩み、どんなもんだと自慢気に胸を張る。

 ミスル半島のはるか西方に点在する島で商業を営む父は事業拡大に躍起になり、ガイツが物心つく前から家を空けてばかり。勿論、母は間男ととうの昔に逃げて行った。
 独り残された広い屋敷で従者と過ごす、退屈で平坦な毎日。  
 ――そんな中、五年前に引き取られてきたこの歳離れた弟だけが、ガイツの唯一の清涼剤だった。

「へへ……嬉しいか?」
「もちろん!だって高く売れそうだし…あ、…待てよ、すぐ売らずに俺たちの家宝にした方がいいのか?」
 ガイツと髪や瞳の色以外はあまり似ていない弟ギースは、開拓途中の地である島国によく馴染む少年らしい快活さと同時に、確かな審美眼という名の計算高さを持っていた。頭が良く、父親譲りの商人の才覚が幼い顔に見え隠れしている。
 それが、少しだけ胸をざわつかせる。
「……そーだな」
 ギースはこの金のコインをどうするつもりだろう。エトルリアの宝飾店で真贋を鑑定して貰うか、それとも素直に父に渡して、その価値が分かる者に高く買い取って貰うのか?
 いずれにせよ、十にも満たない子供が拾ったコインに対して値打ちを追求している事実に、紛れもない親父の血を感じる。

「なあガイツ兄ちゃん」
 突然手を引かれ驚いて目をやると、すぐ近くに天使のようなあどけない笑顔があった。
「もっと見つけよう!宝石とか財宝とかさ!そしたら――あっ!」
 言葉の途中で濡れた岩縁に足を滑らせてよろめいたギースを咄嗟に抱き止める。
 華奢な身体から、潮の匂いに混じって花のような石鹸の香りがする。
「……っ危ねぇなまったく!」
「へへ……ごめん……ありがと」
 ガイツの太い腕の中で顔を上げた弟の瞳には、赤い夕陽が映り込んで揺らいでいた。
「兄ちゃんの手、でっかいなぁ……ね、このまま抱っこして?」
 その甘えた声には、子供ならではの純粋な願望が滲んでいる。
「は? 甘えんなよ、歩け歩け」
 即答した。弟の身体を言われるまま強く抱きしめたい衝動を抑え、平らな砂地に立たせる。
 別にそれぐらい承諾してやっても……と兄の顔をした自分は告げているのに、同時に胸の奥で抗い難い劣情が疼いているのを知る。禁じられた感情は、ふとした弾みで表出しかねない。

「ちぇっ!ガイツ兄ちゃんのケチ!筋肉ダルマ!ふんッ!その筋肉、ただの飾りかよ?」
「こらっ!どこでそんな口汚ねぇ言葉覚えやがった!船のヤツらか?!」
 咄嗟に怒りで額に青筋を浮かべ怒鳴るガイツに、さーね、とギースはそっぽを向いた。しかし表情は強かで、どこかガイツの反応を楽しんでいる素振りがある。
「でも兄ちゃんはさ……こうやってずーっと俺に付き合ってくれるから大好きなんだ! 他の大人は……金を出さないと誰も構ってくれねぇもん」
 それは真実だった。父は仕事ばかりで家庭を顧みず、使用人たちとも一線を画していた。
 五歳の時に母を病気で失い、多忙な父親の館に引き取られてきたギースにとっては、ガイツだけが心を許せる唯一無二の存在なのだ。
 奇しくも、孤独な兄と弟は惹かれ合い、その絆は生まれや歳の差を軽々と越え――もはや二人を固く繋いでいた。
「……そうか」
 沈む夕陽を見ながら呟く。
 そんなことは分かっていた。だが、この一線だけは決して越えてはいけないのだ。

 自制の気持ちとは裏腹に、大きな肩幅から落ちる紫色の影と弟の小さな影は重なって、一つになっていた。

「なあ兄ちゃん」
「何だ?」
「もしも……俺が大きくなって船乗りになるって言ったら反対する?」
 唐突な申し出だった。だが不思議と納得もいった。
 この少年は父と同じく、広大な海の世界に出ることに憧れを抱いているのをガイツは知っていた。父に誘われ、二人は幾度も商船での航海を経験していたからだ。……無論、今も立ち寄った商売先の港で暇を潰している最中なのだが。
「お前が……?」
 答えに窮しているとギースは続ける。
「今度父ちゃんがでっかい船買うって言ってたよね? その船、大きくなったら俺にくれって言おうと思ってんの。……それに乗って、俺は兄ちゃんと……一緒に海を巡ってお宝を探すんだ!」
 幼い夢の内容に思わず吹き出しつつ、商人として父の元で働く未来よりも、あくまで兄と共に冒険を選ぼうとする子供らしい選択に少しホッとする。
「ぶっ……お宝って……ギースお前、本当にそれでいいのか?」
「うん!だって、海って広いからさ!ぜったい海賊が隠した宝の地図とかあるし、俺、船に乗るとワクワクするもん!それに――」
 一度言葉を切り、満面の笑みで言った。
「兄ちゃんとずっと一緒にいられるじゃん?」
 その瞬間ガイツの心臓が大きく跳ねた。禁断の欲望が頭をもたげる。
 この可愛い弟をずっと手中に収めていたい。商会から離れる前に奪ってしまいたい――そんな衝動が胸を突き出る勢いで湧き上がってくる。

「……バーカ」

 自分でも驚く程低い声で返す。
 感情が溢れ出す寸前で、胸の奥深くの淵に沈めた。

「ガキが一丁前に何言ってんだ。オレは……もう大人だ。親父やお前とは違う生き方を選ぶに決まってんだろ」
 わざと冷たく言い放つと、ギースはえっ…と驚いて立ち尽くす。その無垢な瞳に陰りが刻まれるのが目に見えた。
 罪悪感が刃のように胸を裂く。
「……っ……、そっか……そうだよね」
 小さな拳を握りしめた弟の目に涙の膜が浮かぶ。だが強がりで誤魔化そうと、慌ててガイツから顔を背けた小さな背中が痛々しい。
「でもっ……大丈夫! 俺一人でも船乗れるし!」
 そう言いながら先程拾ったコインを握り締めると、海へ勢いよく放り投げた。
 パシャン、という小さな水音と共に、黄金色の輝きが夕陽に溶けて消えていく。
「あれ!?何やってんだ!さっきせっかく……」
 慌てる兄の声を背中に浴びながら、ギースは砂浜を駆け上がる。
「別にいいもん! 俺はひとりで、もっとすごいお宝を見つけてやるんだ! だから、あれはもう要らない!」
 その宣言にガイツは絶句した。
 幼い背中がどんどん遠く離れていく。長い紫の一つに結った癖毛が潮風になびくさまが、儚くも美しい。
「……ちくしょう……」
 思わず漏れた呟きは誰にも聞こえなかった。
 胸を引き裂くほどの切なさ。弟への愛情と、禁忌の恋慕が入り混じった感情が激しく渦を巻く。
(いずれ……こうやって離れてっちまうのか?)
 夕焼けに染まる海面を見つめながらガイツは考えた。いつか弟が本当に、帆船の上で自由自在に生きる姿を。そしてそれを遠くから眺めるだけの、何者にも成れない空っぽの自分を。
(ならオレは……あんな風にギースに捨てられちまう前に……いっそ……)

 遠く波の音が響く。父の商船の元へ駆けていったギースの姿は既に見えない。砂浜には二人の足跡だけが残されている。
 薄暗くなった浜辺でふと、我に返った。
「馬鹿野郎……迷子にでもなったらどうすんだ!」
 ガイツは僅かに光る波打ち際に踵を返し、急ぎギースを追った。短い針のような濃紫の髪が浜風に揺れる。
 胸の痛みは募るばかりで何も解決はしていない。だが、明日もまた飽きもせず、海を見たいとせがむギースと共にここへ来るだろう。
 ……何故か?ただひとつの明白な真実があるからだ。

(俺はあいつを愛している)

 その事実を痛い程受け止めながら、しかしあくまで兄弟間の情にすり替える。でなければ耐えられない。

「おい、ギース! 一人で町を歩くな!」
 そう言って小さな背中に簡単に追い付くと、手を引っ張りながらきつく握る。驚いて振り返ったギースの顔は、ガイツを認めると再び屈託のない笑顔を浮かべた。
「へへ……捕まっちゃった」
「おい、遊んでんじゃねーんだぞ?」
 そう言ってガイツも釣られて薄く笑う。
 ギースの小さな手から伝わる温もりを、船に戻るまでのほんの数分間だけ享受する。

 夕陽が完全に海に没する。
 寄り添い歩く二人の姿は夜の闇に溶け、港町の喧騒へと消えて行った。


END



ガイツとギースの生い立ち設定は、何から何まで私の好みを詰め込んでいます…作中で語られてないのを良いことにッ!
五歳差ぐらいでもいいかと思いながらも、背徳感を高めるため十歳差にしたw でもガイツ兄はああ見えて倫理と言う名の防波堤は持ってる男だ、多分。そしてギースの方がそのなけなしの理性をひょいっと飛び越えてきそう。
そんな関係であってくれ~~~(願)
畳む

#ガイギス