クリエツ同棲シリーズその2

♥️セラ村同棲開始後に二人で迎える朝。軽めの話。

柔らかな朝の光が小さな天窓から差し込み、乱れたベッドのシーツを明るく照らす。クリスは毛布に包まり、眠たげなまぶたを開いた。隣には、窓に向いて座るエッツェルの背中があった。
解いた赤髪を背中に流した彼は片膝を立てて、サイドテーブルの上に置かれた小さな木箱に手を伸ばしている。その細く長い指が優しく箱の蓋を開ける音が微かに響いた。

コトン……

蓋が開くと、銀色に輝く指輪が現れた。エッツェルはそれを手に取ると、右の人差し指へ慎重に滑らせる。指輪の中心に光る水色の石をなぞる親指が、まるで恋人を愛撫するように細やかに動く。

「……アーシェラ」

低い声が部屋に落ちた。風に揺れる蝋燭のような、穏やかでありながらどこか脆い響き。クリスは思わず息を殺した。
彼の眼差しは指輪を通して遠い過去へ向けられていた。窓からの光が彼の横顔を照らして、側面に深い陰影を作り出す。その影の中に、彼自身でも気づかないような哀しみが沈んでいた。
クリスの胸がチクリと痛み、半身にかかった毛布を握り締める。昨夜、この閨の中で二人で交わした熱い吐息、肌の温もり、全てが突然遠ざかるような錯覚に襲われる。
エッツェルが指輪越しに見つめているのは自分ではなく、もう二度と触れられない存在だという事――それは抗えない事実だった。

ふと、気配に気付いたのかエッツェルが振り返った。揺らめく深い紫の瞳が、ベッドに横たわるクリスを捉える。その視線に一瞬で嫉妬に震える心の内まで読まれてしまったようで、クリスの頬がほんのりと紅潮した。
「起きたのか」
エッツェルの声は、指輪に語りかけていた時とは違う、いつもの軽いトーンに戻っていた。
「朝からそんなに熱心に見つめるなよ…さては、昨日の余韻を引きずってるのか?」
皮肉っぽく口角が上がる。しかしクリスは笑えなかった。薄い毛布を掴む指に力が入る。
「……その指輪」
「うん?」
エッツェルはわざとらしく首を傾げた。
「ああ、女房にこうやって毎朝挨拶するのは習慣なんだ。……あいつには毎晩会うこともできないからな」
悪意はない。だが今のクリスにとっては残酷な言葉だった。クリスの喉が詰まる。なぜ、こんなにも苦しいのだろう? 昨夜はあんなに熱く、彼と睦んでいた筈なのに。
エッツェルはふっと短く息を吐くと、ベッドに横たわるクリスにゆっくりと向き直って身体を寄せた。指が白くなる程に握られていた毛布の端に軽く手を添える。
「そんな顔をするな…クリス」
低く柔らかい声が降り注ぐ。
「俺がまた、自らあいつの元へ向かうつもりとでも思ったか?」
「そんなことは…!」
クリスは起き上がろうとしたが、エッツェルの腕が素早く伸びるといきり立つ肩を宥めるように掴んだ。ベッドに押し戻され、シーツが小さく波打つ。
「うん?」
エッツェルは身を屈めると、肩口に鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけていく。
「じゃあなんでそんなに怖い顔をしてるんだ? まるで……あいつにひどく嫉妬してるみたいじゃないか」
挑発的な紫の瞳が鋭く射抜く。図星すぎて、クリスは咄嗟に言葉が出なかった。エッツェルにとって、ただの間男に過ぎない自分の立場に悔しさと、説明できない欲求が混ざり合う。荒ぶる感情さえ整理できないまま、ただ一つ確かな欲望が燃え上がる――。
この目の前の男の心を、その指輪から奪ってしまいたい。今すぐ。
身体が勝手に動いていた。

ガツッ!

クリスの手がエッツェルの後頭部を強く鷲掴むと、そのまま勢いに任せて唇を押しつけた。歯と歯がぶつかる鈍い音。それはキスというより衝突だった。
驚きでわずかに開いたエッツェルの唇の間に、荒々しく舌をねじ込む。唾液が絡まり、湿った音が耳を焦がす。
「んっ……!」
エッツェルがかすかに呻いたが、逃げようとする素振りはなかった。むしろ、クリスの強引な衝動を受け入れるように、徐々に唇の隙間が広がる。呼吸を荒くしたクリスは勢いのままに、エッツェルの口内を貪った。彼の過去を飲み込むように。もう誰のものでもなくさせるために。

数秒が永遠のように過ぎた頃。ようやく唇が離れる。
エッツェルは荒く息を弾ませながら、自分のとった行動に呆然とした様子の青い髪の青年を見下ろした。そして、小さく吹き出す。
「……なんて傲慢な」
エッツェルの指が、濡れて赤くなったクリスの唇をそっと拭った。
「しかも力任せで下手くそだ」
言葉とは裏腹に、声には苦い笑みと、妙な安堵が混じっている。クリスは慌てて言い訳を探したが、何も出てこない。代わりに、恥ずかしさと後悔が一気に押し寄せ、思わずエッツェルから顔を背けた。
「……忘れてください」
掠れた声が震える。
「本当に、すみません、俺っ……」
エッツェルは遮るように、銀の指輪が光る指先でクリスの額を軽く弾いた。
「バカ」
それだけ言うと、再びベッドから立ち上がった。右手を軽く振る。
「顔洗ってくる。お前もそろそろ目を覚ました方がいいぞ。ヤギ小屋に行く時間だろ?」
ドアの向こうへ消えるエッツェルの背中を、クリスはただ黙って見送ることしかできなかった。
彼の唇の感触と甘いハーブの残り香だけが、静かな部屋に残されていた。窓の外では朝日が優しく輝いている。

今日もまた、二人の時間がゆっくりと流れ始めるのだった。


続く


クリエツ同棲シリーズ、身体の関係がデキてからクリスは故アーシェラさんに一層嫉妬しまくればいい。エッツェルはそれを知りつつ、ちょっと楽しんでる節もある?悪い男だ…
この純粋な青年を翻弄する未亡人を落としていこうぜ、クリスよ😏
畳む


#クリエツ

愛すべきモフモフ

♥️ゲームクリア後、セラ村でいちゃついて過ごす二人。エッツェル(居候状態)とはだいぶ気安い雰囲気になったが、まだプロポーズに踏み切れないクリスを試すべく、あの手この手で夜な夜な気を引くエッツェル
♥️頭を空にしてお楽しみください


「エッツェル……!?」
 風呂上がり、寝室へ続く廊下を軋ませながら現れた彼の姿を見て思わず息を呑んだ。胸の前で揺れる赤毛はしっとりと水分を含んで艶やかで、はだけられた黒いローブからは、いつも幾重もの布地に隠されている鎖骨が白く浮かび上がっている。
 しかし――そのローブの形状がいつもと違う。
「なんだその…、猫の? 耳は……」
 俺の疑問に、フードを被ったエッツェルは得意げに胸を張った。
「この前、通りがかりの赤毛の商人から買った品だ。何でも『猫のように良く眠れる魔法』がかかってるらしいぜ」
 嘘だ。俺には分かる。あの目つきは完全に楽しんでるときのそれだ。
「それで?」
 俺は半ば呆れながら近づいた。
「俺に見せびらかしに来たのか?」
「当たり前だ」
 彼は左目の金のモノクルを煜かせながら微笑んだ。
「そのために仕入れたんだからな」
 そう言って突然俺の腕に絡みつく。ネコミミが楽しそうに跳ねて見えた気がした。
「おい……」
「まだ文句言うのか?」
 エッツェルが小首を傾げる。
「お前、好きだろ? こういう、あからさまに可愛い感じの――」
 するりと長い腕が伸ばされ、首に巻き付き――
「待ってくれ!」
 思わず大きな声が出た。確かに嫌いじゃない。むしろ好みかも知れない。だが、俺たちの関係を考えれば……。

「クリス坊や?」と、エッツェルが囁いた。

「俺の魅力には勝てないって顔してるぞ?」
 反論は喉の奥で消えた。だって本当だ。目の前にいるエッツェルが軽く微笑みながら俺を誘うだけで、どんな理性も吹き飛んでしまう。

「……俺の前で一回…、回ってくれないか」

 エッツェルの瞳が満足そうに細められる。彼はゆっくりと回ってその怪しい猫耳ローブの造形を見せてくれた。可愛いだけではない、触り心地の良さそうな柔らかな生地。手の甲が半分隠れるゆったりした袖から見える細い指。腰下までの長さの裾の真ん中には、誘うように揺れる黒い尻尾の飾りがついている。
 それら全て、計算済みなんだろう。

「どうだ?」

 彼が問いかける。
「欲しいか?このローブごと」
「……ああ」
 つい口に出してしまった。次の瞬間、エッツェルは嬉しそうにまた飛びついてきた。フードのネコミミが俺の頬をくすぐる。
「そうそう。素直が一番だ」
 俺はすり寄るエッツェルを無言で抱きしめ返した。おそらく三十路を超えているはずなのに、こんなにも可愛い仕草をする生き物が存在するなんて…。

「だが、一つ条件がある」
「なんだ…?」
「これを脱いだ後も……朝まで付き合ってくれるよな」
 耳元でささやかれた言葉に、体の芯が熱くなるのを感じた。
「…ああ、もちろん」
 そう言って柔らかな布地に触れた瞬間、自分の手が期待で震えているのに気づいた。ローブ越しにエッツェルを包み込むように再び力を入れて抱きしめる。毛並みに沿って細身の身体をゆっくりと撫でていくと、エッツェルは小さく身じろぎした。
「どう…だ?」
「ん、悪くない……」
 言葉とは裏腹に、耳元まで紅潮しているのが見て取れた。
「もっと、強くしていいぞ」
 そう言うエッツェルの声には、普段の余裕がない。言われるままに手のひら全体で背中を包み込むと、薄い生地を通して体温が伝わってきた。
 肩甲骨の辺りから尾てい骨まで、優しく撫で下ろしていく。
「ふっ……」
 小さな吐息が漏れた。その反応に興奮を覚えながらも、指先は止まらない。腰に手を回したところで──
「待て…熱くなってきた」
 突然制止された。動きを止めた俺をよそに、エッツェルはローブの前合わせに手をかけた。するすると、柔らかな生地を肩から落としていく。
「汚したくないからな…」
「あ、エッツェル……」
 目の前のエッツェルを見て息を呑む。ローブが滑り落ちると同時に現れたのは、想像していた以上に魅力的な身体だった。
「どうした? そんなに見つめて」
 エッツェルはくすりと笑いながらも、頬が僅かに赤らんでいる。傷やシミひとつない肌は月明かりに照らされ、まるで絹のように滑らかだった。そして何より目を奪われたのは──
「すごい……な」
 言葉が自然と零れ落ちる。彼の腰から尻へのラインは信じられないほど括れていて、その細い腰と対照的に大きく見える尻が柔らかそうに揺れる。
「触ってみろよ」
 エッツェルが誘うように青い瞳を覗き込む。その瞬間、俺は夢中で下方へと手を伸ばした。指先が触れた瞬間、予想以上の弾力に驚く。
「んっ……」
 小さな喘ぎ声が部屋に響いた。そのまま両手で尻を包み込むように揉みしだく。エッツェルは壁に片手をついて体勢を保ちながらも、腰が微妙に動き始めていた。
「思ったより柔らかい」
「そうか? こう見えて、ちゃんと鍛えてるつもりだがな…そういう肉質なのかも、な」
 エッツェルは軽口を叩きながらも呼吸が荒くなっていた。俺の指がいよいよ尻の谷間に入り込み軽くなぞれば、「あっ」と小さく声が上がる。
「クリス……もう少し上に……」
 促されるままに指を這わせる。尻の割れ目を辿るように上へと移動させると──
「んんっ!」
 エッツェルが背中を大きく反らせた。そこが弱いらしい。窪みを何度も往復させる度に彼の脚が震え始める。
「エッツェル……」
 名前を呼ぶと同時に耳元に唇を寄せる。熱い吐息と共に囁いた。
「もしかして、これだけでイケたり…?」
「馬鹿野郎、するかよ……」
 悪態をつきながらもエッツェルの目は潤んでいた。その姿に欲情が抑えきれなくなる。
「…俺のも、見て欲しい」
 そう言って腰紐を緩めると、既に硬くなっているものが顔を出した。エッツェルは一瞬目を丸くした後、ゆっくりと手を伸ばす。
「ふん……相変わらずデカいな」
 そう言いながらもその手つきは優しかった。根元から先端まで丹念に撫で上げる。
「エッツェルも……準備できてるじゃないか」
 視線を落とすと、何も身につけていないエッツェル自身もしっかりと立ち上がっていた。揺れる赤い肉に触れようと手を伸ばした瞬間──
「あ…待て」
 エッツェルが制止した。何かを思い出したような表情だ。
「忘れてた。ここは寝室じゃなかったな」
 エッツェルは廊下での行為を厭う。しかし今更止められるわけもなく──
「分かった、俺がベッドまで運ぼう」
 クリスがエッツェルの身体を軽々と抱き上げると、エッツェルが驚いて声を上げた。
「おい! 降ろせ! 自分で歩ける!」
「黙っててくれ」
 耳元で囁く。
「――この方が早い」

 ベッドまでの距離は僅か数十歩。
 その間も二人の息遣いは乱れ続けていた。

---

「降ろせって言ったのに……」
 ベッドに横たわったエッツェルが不機嫌そうな声を出す。だが頬はすでに桃色に染まり、紫水晶のような瞳には期待の色が宿っていた。
「文句なら後で……」
 クリスは軽く笑いながらエッツェルの上に覆いかぶさる。解けた赤い髪がシーツに散り広がる様は扇情的で、思わず喉が鳴った。
「なあ、エッツェル」
 耳元で囁くと、擽ったそうに彼の肩が小さく跳ねる。
「今日はいつもより敏感じゃないか?」
「うるさい……」
 否定する声は弱々しく、耳まで赤くなっていた。
「そうか…?」
 俺は確かめるように右手を彼の腰に滑らせる。そこからゆっくりと下腹部へ向かって撫で下ろしていくと──
「っ……!」
 エッツェルが息を呑んだ。腰が弓なりに反り返り、逃げようとするかのように身を捩る。
「やっぱり……」
 さっき指で触れた後孔からぬるついたオイルが染みだしている。柔らかく指先を咥えようとする襞の感触に、確信を得て微笑む。
「クリス……そんなに焦るな……」
 エッツェルが懇願するように呟いた。さっきの強気な態度とは打って変わって、弱々しい声音だ。
「じゃあ教えてくれ。どうすればいい?」
 わざと意地悪く尋ねる。
「俺はどうすればいいと思う?」
「くっ……」
 胸の下でエッツェルが唇を噛みしめた。その表情さえ愛おしく感じる。

「……、分かった。教えてやる」
 突然彼の目が鋭さを取り戻し、俺の首筋に腕を巻き付けた。
「だが覚悟しろよ。今日は俺が主導権を握るからな」
「貴方が? それは楽しみだな」
 口では強気を装いつつも、その手は小刻みに震えていた。それを悟られまいとする姿が妙に愛おしい。
「じゃあ、始めようか」
 俺はニヤリと笑いながら細い足を割り開く。途端に彼の顔色が変わる。
「ちょっ、クリス……待て!」
 抵抗しようとする腕を優しく押さえ込み、狙いを定めた。
「エッツェル……あなたの弱点は知ってる」
 尻の割れ目に指先を沿わせ──
「んあっ!」
 一際高い声が上がる。やはりそこが最大の弱点らしい。
「そこ、……いきなりは……駄目だって」
 消え入りそうな声で訴える彼の姿に嗜虐心が疼く。
「駄目じゃない、だろ? ちゃんと準備出来てるじゃないか」
 さらに深く指を窄まりに押し入れると、彼の全身が痙攣し始めた。
「クリス……お願いだ……もう……」
 涙混じりの懇願に心が痛む一方で、この姿をもっと見たいという欲望が膨らんでいく。
「どうする? まだ続けるか?」
 わざと問いかけながらも、指の動きを止めない。
「や……もう…すぐにイっちまうから…」
 その言葉と同時にエッツェルの内股が激しく痙攣し始めた。彼の限界が近いことを悟る。
「分かった。今楽にしてあげますね」
 俺は素早く彼の中心へ手を伸ばした。が──
「っ…、今日は俺が主導権を握ると、言ったよな?」
 エッツェルが俺の腕を掴み返す。赤い髪が汗で頬に張りつき、紫の瞳が妖しく輝いている。
「ああ」
 俺は素直に身を引いた。
「貴方にそれができるなら」
「生意気な口を……」
 エッツェルが舌打ちしながら俺のズボンの合わせに手をかける。その動作は荒っぽく見えたが、指先はまだ微かに震えていた。
「今日は口でしてやる……。お前みたいな若造には勿体ないぜ?」
 クリスのズボンを下ろしながら、エッツェルの息が荒くなる。顔は真っ赤だ。
「こんな状態でよく強がれますね…」
 俺が微かに笑うとエッツェルは歯を食いしばった。
「うるさい……集中できない」
 彼が慎重に取り出したものを見つめる目には複雑な感情が浮かんでいる。元妻との記憶がちらついたのか、一瞬躊躇いを見せたものの──
「ふん……たっぷり味わうんだな」
 そう呟くと舌を出して先端を舐めた。その姿に背筋がゾクゾクする。普段のクールな彼の様子からは想像できない光景だ。
「上手い……ですね」
 思わず敬語が出てしまう。エッツェルの手つきは意外にも優雅で丁寧だった。指先が滑るように竿を撫でる感触に、俺は堪えきれずに喘いだ。
「当たり前だ」
 彼は自慢げに微笑んだ。
「俺はこういう経験が豊富だからな」
 だがその台詞と裏腹に彼の頬は紅潮しており、時折目が泳ぐ。元妻の影を払拭しようと必死なのかもしれない。俺は思い切って彼の髪を梳いた。
「エッツェルさん……もう十分です」
「何? まだ始めたばかりだぞ」
 抗議する彼の頭を優しく押さえつける。
「貴方の番ですよ」
 エッツェルが顔を上げた瞬間を狙い、上体をシーツに押し倒し、彼の足を開かせる。抵抗しようとした手首を掴むと──
「あっ……」
 予想外だったのか、彼の動きが止まった。
「続きは俺に任せて…」
 そう告げて指を這わせると、エッツェルの体がビクッと跳ねる。普段は自信家な口調の彼が、今は言葉を失い、ただ吐息を漏らすことしかできない。そのギャップが堪らなかった。
「そこはダメだと……」
「大丈夫」
 尻の割れ目に指を差し込むと同時に、俺はエッツェルの耳元に口を寄せた。
「俺も貴方を気持ち良くさせたい」
「クリス…お前……」
 言葉にならない声を飲み込みながらも彼の腰は微かに揺れている。
「エッツェルさん……今夜は俺の全てを受け入れてください」
 そう囁きながら薬指を窄まりに深く沈めていった。エッツェルの内壁は驚くほど熱く、指先が溶けそうになる。
「ん……っ」
 小さく声を上げる彼の姿に興奮が高まる。指先を慎重に進めていくと、ある一点で彼の体がびくりと反った。
「ここですか?」
 確認するまでもなく、素直な彼の反応が答えだった。何度もそこを擦るうちにエッツェルの呼吸が荒くなっていく。
「くっ……やめ……」
 抗議の声は途中で途切れた。二本目の指を滑り込ませると彼の目が見開かれる。
「あっ……待っ……!」
 だが体は正直で、内壁が指を締め付けてくる。ゆっくりと円を描くように動かすと、エッツェルの爪先がシーツを掻いた。
「ん……上手い、……じゃねえか……もっと…」
 強がる声は震えていた。三本目を添えた瞬間、彼の目に涙が浮かぶ。
「エッツェルさん……もう辛そうですよ」
 そう言って一気に突き入れた。指が三本とも根本まで収まる感覚にエッツェルが悲鳴じみた声を上げた。
「んんっ……だめだ……これ以上……」
 内壁が激しく収縮し始め、指が締め付けられる。彼の額に脂汗が滲み、首筋が赤く染まっていた。
「俺に…次はどうされたい?」
 わざと意地悪く囁くと、エッツェルが泣き出しそうな顔で俺を見上げた。
「頼む……クリス……」
 彼の声はほとんど掠れていた。
「もう……挿れてくれ……」
 その、誇り高い年上の恋人が懇願する姿に俺の中の何かが弾けた。
「分かりました……でも、本当にいいんですか?」
 俺の確認にエッツェルは小さく頷いた。その瞳にはかつての元妻への未練はない。ただ俺だけを映した深い紫があった。
「来て……くれ、クリスっ…!」
 最後の言葉を聞き終わる前に俺は彼の中に身を沈めた。  
 互いの荒い息遣いが部屋に満ちていく。
 今夜の支配者は完全に交代した。

---
「あ……くっ……!」
 エッツェルが震える声を上げる。その紫の瞳には涙の膜が張り、頬にも流れ落ちた痕跡があった。
「痛い……ですか?」
 俺の問いかけに彼は首を振る。だが目元は真っ赤に腫れ上がり、明らかに込み上げる感情を訴えている様子だった。
「違う……けど……おまえが、あまりに……良くて……」
 その告白に胸が締め付けられた。想像もつかなかった素直な告白だ。俺は思わず、優しく彼の髪を撫でる。
「無理しないでください。ゆっくり動きます」
「馬鹿にするな……」
 強がりながらもエッツェルの手が俺の背中に爪を立てる。その痛みさえ愛おしく感じた。俺は彼の呼吸に合わせて動きを調整する。若さゆえの暴走を抑えるのは難しいが、彼の反応を見極めながら慎重に進めていく。
「ああっ……!そこっ……!」
 ある角度で腰を進めるとエッツェルの背筋が弓なりに反った。内壁が激しく収縮し始め、俺も限界を感じる。
「エッツェル………もう……」
「いいぞ……俺も……一緒に……」
 お互いに強く抱き合いながら頂に達する。しばしの間、甘い余韻に浸った。

「次は……後ろから……」
 俺の提案にエッツェルはゆっくりと頷いた。さっき絶頂を迎えたばかりの彼の体は汗に濡れ、肌は艶やかに光っている。
 バックに体位を変えようとすると、彼の手が弱々しく俺の袖を掴んだ。
「待て…、少し……休ませてくれ……」
 掠れた声に申し訳なさがこみ上げる。魔道士である彼は俺と違って確かに体力的に限界に近かった。だが、俺の欲求は全く収まる気配を見せない。若い体に宿る無尽蔵の精力が、またも熱を持ち始めていた。
「わかりました。でも……」
 彼の背中に手を這わせると、エッツェルの体がビクッと震える。
「そのあとは、簡単には止まれないかも…」
 警告のような言葉に彼は苦笑した。
「はは…。さすが、若いな……」
 四つん這いになったエッツェルの姿に喉が鳴る。赤い髪がシーツに流れ落ち、細い腰から続く美しい曲線を描く臀部。俺は我慢できずに背中に唇を落とした。
「んっ……」
 小さな声に興奮が高まる。指先で後孔を愛撫すると、既に十分に解れていることがわかる。
「エッツェル………」
「何だ……?」
「俺、まだ全然足りなくて……」
 正直に打ち明けると、彼は小さく笑った。
「わかってる。今夜は…お前の好きなようにしろ…」
 許可を得た瞬間、俺は一気に彼の中に身を沈めた。
「あっ!そんな……急、にっ……!」
 抗議の声と裏腹に、内壁が強く俺を締め付けてくる。エッツェルの秘孔は驚くほど熱く、柔らかく包み込む感覚に意識が飛びそうになる。
「すまない、……止まれない……!」
 罪悪感を感じつつも、腰を前後に動かす。若い体が本能的に求めてしまうのだ。エッツェルの細い腰を掴み、激しく抽送を始める。
「んっ……!はぁ……!クリス……ちょっと……待て……!」
 彼の懇願を聞きながらも速度を緩めることができない。体力の違いから来る加害的な行為への罪悪感と、それでも抑えきれない欲求との板挟みになる。
「あっ!あっ…!もう……無理、……だっ…」
 エッツェルの声がかすれていく。俺も同じタイミングで限界を感じ始めた。
「エッツェル…………好きだ……!」
 思わず口に出てしまった本音に彼が息を呑むのがわかった。内壁が一層強く収縮し──
「俺も……、…好き…っ…」
 消え入りそうな声と同時に、俺と彼は同時に達した。
 俺は全てを注ぎ込みながら、エッツェルの体を強く抱きしめる。

 そこから余韻に浸る間もなく、再び熱を持ち始めた自身を感じて困惑する。果たしてこの無尽蔵の欲望はどこまで続くのだろうか?
  シーツに伏せる彼の首筋に噛みつくようなキスを落としながら、俺は再び、彼を穿ち始めた――

---
 窓から差し込む朝日がエッツェルの赤い髪を金色に染めていた。昨夜の激しい情事からは想像つかないほど静かな寝息を立てている彼を見つめながら、クリスは少し罪悪感を覚えていた。白い肌の至る所に、激しい情事の痕跡が赤く散っている。特に首筋には自分がつけた噛み跡が赤く浮かび上がっていた。
「エッツェル……」
 そっと呼びかけても反応はない。無理もない。限界を告げていた彼をなお抱きながら、何度も何度も柔肉に精を注ぎ込んだ。
(やりすぎた……)
 自戒の念が湧き上がる。いくら好きにしていいと同意を得たとはいえ、彼の体力を考えずに求めてしまった自分を反省していた。

 頭を切り替えるべく、キッチンに向かい、簡単な朝食を用意する。保存していたパンと野菜のスープ。そして温かいミルクを入れたところで寝室に戻ると、エッツェルが起き上がって窓際に佇んでいた。
「おはようございます」
 クリスの声に振り返ったエッツェルの顔には疲労の色がた残っていたが、それでもいつもの薄い笑みが浮かんでいた。
「遅いぞ。…腹が減った」
 そう言いながら腰を庇うようにベッド脇の椅子に座る姿に、クリスは胸が痛んだ。
「すまない…朝食の支度をしていた。それと……昨日は……」
「謝るな」
 エッツェルが手を上げて遮った。
「あんたのせいじゃない。ただ……、次からはもう少し手加減してくれると助かるがな」
「はい……」
 クリスは素直に頷いた。
「体は……大丈夫か?」
「ふん。この程度で倒れるほど柔じゃない」
 そう言いながらもクリスが運んできたスープを一口飲んだ瞬間、顔をしかめる。
「熱っ!冷ましてから持ってこいよ」
「! そんなに熱かったか……?」
 慌てるクリスをエッツェルが呼び止める。
「冗談だ。まあ…味も…うむ…」
「え、あっ」
「……、いつもの鋼の味がする……な」
 エッツェルが小声で呟いた。クリスが慌てて皿の中を覗き込むが、スープは確かに普通の色をしている。だが問題は味だった。
「やっぱり……?……。また失敗してしまったようだ…」
 クリスは項垂れる。何度練習しても料理だけは上達しなかった。どの食材も最終的には「鋼の味」になってしまうのだ。
「まったく……こんなにまずい料理を作る奴は見たことがない」
 エッツェルは吐き捨てるように言いながらも、スプーンを止めることはなかった。一口、また一口と無言で食べ進める。
「あの……無理しなくていいぞ…? 作り直すから」
「黙っていろ」
 エッツェルが言い放つ。
「この程度、食えんほどでもない」
 その台詞にクリスは苦笑した。昨夜のことを思い出し、つい笑みが溢れる。
「なんだ?何がおかしい?」
 鋭い視線を向けるエッツェルにクリスは慌てて弁解する。
「いや、ただ……貴方は本当に強がりだなあと思って」
「強がってなど…、バカ、もう言うな」
 そう言いながらも耳の先がほんのり赤くなっているのをクリスは見逃さなかった。昨夜の情事も含めて、揶揄られたことに照れているのだろう。
「それにしても……これでは軍にいた時と何も変わらんな。あんたが食事担当に当たっていた時の戦々恐々たる隊の面子を思い出す」
 エッツェルが皮肉を交えながらも皿を空にする。鋼の味のするスープを全て飲み干す姿に、クリスは感謝の気持ちでいっぱいになった。
「いつか…ちゃんと美味しいものを作って貴方に食べさせてあげたい」
「フッ、期待しないでおこう」
 ヤギのミルクを呷りながらエッツェルが鼻で笑う。だがその目はどこか優しかった。
「さあ、今日は何をするか…あんたは?」
「俺は、いつも通り畑仕事をしてきます
 クリスが立ち上がると、エッツェルも空の食器を手に続く。
「乳搾りもあるんだろう? 手伝うぞ」
 思いがけない申し出にクリスは目を丸くする。
「え? でも貴方は……その……」
 昨夜の激しい情事を思い出し言葉を濁す。
「ふん。これくらいで休むほど老いぼれていないさ」
 と言いつつもエッツェルは歩き出そうとして小さく呻いた。が、すぐに気を取り直した様子でローブを整え始める。
「…裏山にも行きたいところだしな。新種の野草を探したい」
 彼のポケットから古びたノートが見える。薬草に関する知識を書き留めたものだ。
「そうか。なら俺も山の入り口まで一緒に行こう」

 二人並んで各々の目的地へ向かう道中、エッツェルが突然立ち止まった。
「おい」
 彼が指差す先には珍しい青い花が咲いていた。
「これは『蒼炎草』だ。煎じれば鎮痛剤になる、上等な薬草の素材だぞ」
 嬉々として採取を始めるエッツェルを見て、クリスは微笑む。都会の喧騒を離れて田舎で暮らすこの魔道士の一面は、カダインの研究室に籠っていた頃とさほど変わりない気がした。

 ヤギの世話を終え、畑に赴くとクリスは慣れた手つきで野菜の世話を始める。一方山から降りてきたエッツェルはクリスの姿に気付くと、不器用ながらも土いじりを手伝い始めた。
「水やりは……これでいいのか?」
「ああ。根元に少しずつ撒いてくれ」
 クリスの家に戻った二人は簡単な昼食を取る。それでもやはりクリスの作る料理は鋼の味だったが、エッツェルは何も言わずに食べていた。
「明日は町に行ってくる。市場で香草を売るつもりだ」
「俺も同行する」
「いらん。お前は農作物の世話があるだろう」
「貴方が軒先に干していたハーブ、山盛りになっていたじゃないか。 俺も運んでいくから」
「……好きにしろ」
 ぶっきらぼうに言いながらも、エッツェルの口元は緩んでいた。

 こうして二人の奇妙な共同生活は続いていくのだった。


---

 夜の帳が下りた頃、風呂から上がってきたエッツェルは当然のように例のローブを羽織っていた。湯気で湿った赤い髪が艶やかに光り、その隙間から覗く紫の瞳がクリスを捉える。
「おいクリス、何を呆けている?」
 指摘されて初めて自分の表情に気づいた。エッツェルに対する直接的な欲求がそのまま顔に出てしまっていたのだ。
「す、すまない……ただ」
 クリスは言い訳を探す。
「今日もそのローブなんだな……」
 エッツェルがふんと鼻を鳴らした。
「気に入っているからな。暖かいし、それに……」
 意味ありげな視線を送ってくる。
「お前もやっぱり、これが好きなんだろ?」
 図星を突かれクリスは顔を赤らめた。エッツェルの言う通りだった。見た目もそうだが、あのローブごしにエッツェルに触れた時の柔らかさと温もり…そしてその後の彼との交わりにすっかり魅了されてしまい、思い出すだけで鼓動が速くなる。
「べ、別に……そういうわけでは……」
 咄嗟に取り繕うも、声は震えていた。
「へえ…」
 エッツェルがローブの裾をひらひらさせながら近づいてくる。
「なら……なぜそんなに物欲しげな目で見てくる?」
「そ、それは……」
 言い淀むクリスの前でエッツェルがシーツに腰を下ろす。膝の上でモフモフの黒猫を模した長い尻尾を弄びながら、挑発的な視線を向けてきた。
「遠慮することはないだろう?」
 誘惑と葛藤が交錯する。エッツェルの考えは理解している。寒さを凌ぐため…と言いつつ、クリスの反応を楽しんでいる部分もあるのだろう。だが今日は彼に対して軽はずみな真似をすべきではないという理性が働いていた。
「だが……」
 迷うクリスの手にエッツェルが触れる。暖かい湯上がりの吸い付くような肌触りに思わず息を呑んだ。
「ほら……」
 そのまま引き寄せられるようにクリスの手がローブに伸びる。指先が毛足に触れた瞬間、想像以上の柔らかさに電流が走った。
「あ……」
 知らず知らずのうちに掌全体で感触を味わってしまう。モフモフとした温もりが心地よく、その下にあるエッツェルの肌の存在感に、手が離せなくなった。少しだけ筋肉のついた、張りのある胸を優しく揉み込むように手のひらを動かしてしまう。
「満足か?」
 エッツェルの声に現実に引き戻される。我に返ったクリスは慌てて手を引っ込めた。
「すまない!触って……」
 謝罪するクリスにエッツェルは小さく笑った。
「構わないさ。それより……」
 彼の目が妖しく光る。
「もっと直に、触りたいんじゃないのか?」
 クリスの心臓が早鐘を打つ。誘惑と葛藤の狭間で揺れながらも、徐々に理性の糸が切れそうになっていた。彼の魅力的な罠に絡め取られていくのを感じながら……。
 ベッドサイドのランプが揺れる灯りの中、クリスは真剣な眼差しでエッツェルを見つめていた。
「昨夜は……本当に申し訳なかった」
 突然の率直な謝罪にエッツェルは眉を寄せる。
「何がだ?」
「あなたに……無理をさせてしまった」
 クリスの声には後悔が滲んでいた。魔道士の体力を顧みず暴走した昨夜の行為が脳裏に蘇る。
「若さゆえの過ちだな」
 エッツェルは淡々と続ける。
「気にするな」
 だがクリスは首を振った。
「今夜は……自重します」
「ほう?」
 エッツェルの紫の瞳が興味深そうに細まる。いつものクリスらしくない宣言に違和感を覚えたようだった。
「つまり……挿入はなしということか?」
「はい」
 クリスの決意は固い。若さゆえの欲望に流されてエッツェルの肉体を貪るのはもう嫌だった。だが──
「ならば別の方法もあるだろう?」
 エッツェルが不意に身を乗り出す。赤い髪が肩から滑り落ち、ランプの光に照らされて朱金に輝いた。
「どういう……」
「手だけ使えばいいじゃないか」
 思わず息を呑むクリスにエッツェルは続けた。
「あんた、俺に触れたくて堪らないんだろう?」
 図星を突かれて言葉に詰まる。昨夜あれだけ激しく求め合ったにも関わらず、クリスの体内にはまだ熱が燻っていた。
「でも……それではまたあなたに負担が……」
「馬鹿、この俺がここまで誘ってるんだぜ」
 エッツェルの頬に薄紅が差す。普段の自負心とは裏腹に、自分から誘うことへの恥じらいが透けて見えた。
「恥ずかしいなら……無理に……」
「違う」
 否定と共にエッツェルの手がクリスの腕を掴む。細い指が震えているのを感じた。
「お前が……辛そうだと思ったからだ……」
 その一言に胸が締め付けられる。自らの矜持を捨ててまで気遣ってくれているのだ。
「すみません……俺のために……」
「勘違いするな」
 エッツェルが顔を背ける。
「俺だって……夜になるとあんたが欲しくて堪らなくなるんだよ……」
 その言葉が引き金となった。クリスは自然とエッツェルの手を取り、自身の下腹部へ導く。
「俺も……同じです」
 互いの熱を感じながら、ゆっくりと指を滑らせる。エッツェルの息遣いが徐々に乱れていくのがわかった。


「んっ……くっ……」
 堪えようとする声が漏れるたび、クリスの昂りも増していく。ローブ越しに伝わる体温と潤んだ紫の瞳が眩しかった。
「もっと……強く……」
 エッツェルの懇願に応えて握る力を強めると、
「あぁっ……!」
 我慢できないとばかりに嬌声が夜の静寂を破る。いつも凛としている彼が淫らに乱れる姿は、あまりにも刺激的だった。
「クリス……お前も……」
 逆に指先が滑り込んでくる。敏感な箇所を的確に撫でられ、思わず腰が引けた。
「くっ……!エッツェルさん……上手すぎます……」
「当たり前だ……俺はこういうことには長けてるんだよ……」
 エッツェルの指使いは巧みだった。長年の魔道修行で培われた集中力と観察眼が、この場面でも発揮されているようだ。クリスの反応を見ながら、絶妙な加減で刺激を与えてくる。
「ああっ……!それ……良い……!」
 思わず声が漏れる。昨夜あれだけ激しく求め合ったのに、今夜はまた違う快楽が全身を駆け巡る。エッツェルも同様なのか、次第に声が大きくなっていく。
「んっ……くぅ……!クリス……もっと……早く……」
 彼の指先が震えながらも的確に動く。普段は魔道書を読むために使う細長い指が、今はクリスの最も敏感な部分を愛撫している──その事実だけで頭が沸騰しそうだった。
「エッツェル……本当に、巧みだな……」
 素直な称賛にエッツェルの耳朶が朱に染まる。いつもなら「ふん」と鼻で笑うところなのに、今はただ無言で頷くだけだった。
「んんっ……!ああっ……!」
 突然エッツェルの喘ぎ声が高まる。クリスが少し強くエッツェルのものを握ったことで、彼の限界が近づいているのがわかった。
「すまない……痛かったか?」
「ばか……違う……ちょうどいいんだ……もっと……」
 催促する声はほとんど囁きに近い。同時にエッツェルの指先がクリスの先端をくすぐるように動く。繊細な愛撫に、クリスも声を押し殺せなくなる。
「あっ……エッツェル……俺も……」
「一緒に……イこう……」
 互いの吐息が混ざり合う中、二人は指の動きを加速させる。エッツェルの白い首筋に汗が光り、紫の瞳が涙で潤んでいた。
「あぁっ……!クリス……もう……!」
「俺も……イキそうだ……!」
 指先に伝わる興奮が最高潮に達した瞬間、二人は同時に身を震わせた。
 迸る熱が互いの手を濡らし、荒い息遣いだけが部屋に響く。
「はぁ……はぁ……」
 エッツェルがぐったりとクリスの胸に凭れかかる。赤い髪が顔にかかり、花のような甘い香りが漂ってきた。
「満足したか……?」
 息を切らせながら問いかける声に、クリスは素直に頷いた。
「とても……」
「俺もだ……」
 意外な素直さに驚いていると、エッツェルがニヤリと笑う。
「あんたの手だけで、こんなに感じるとはな」
 その言葉に胸が高鳴る。彼を悦ばせることができた喜びが全身を駆け巡った。
「だが……」
 エッツェルが突然身を起こす。
「一回きりで満足できると思うなよ?」
 不敵な笑みと共に体を寄せてくるエッツェルに、クリスは苦笑した。やはりこの人には敵わない。
「けど…どうやって…」
 そう答えると同時に唇を塞がれる。深く甘いキスの最中、エッツェルの手が再びクリスの下半身へと伸びていった。
「あんたのこれを俺の脚に挟んで、擦る…。素股ってやつだ」
 ベッドの上に座るクリスに、ローブを脱いで素肌を晒したエッツェルが跨がる。ゆるく勃ち始めた肉と肉を密着させると、脚を閉じる。
「エッツェル……挟むだけって……、」
 言いかけて息を呑む。エッツェルがゆっくりと腰を動かし始めると、彼の太ももの内側がクリスの硬くなったものに吸い付くように密着してきた。予想以上の張りと弾力に思わず腰が浮く。
「どうだ……?」
 余裕綽々の笑みを浮かべるエッツェルの紫色の瞳が妖しく光る。騎乗位のような体勢で上下に動くたび、クリスのものは太ももの表面に擦られ、新たな刺激に悶えそうになった。
「くっ……!」
「ふふん……若いな……」
 エッツェルの内腿の柔らかさと張りのある感触に、クリスは思わず押し倒したくなった。
「俺の脚……どうだ?」
 エッツェルが不敵に笑う。その顔を見てクリスの中で何かが弾けた。
「すまない……我慢できない!」
 唐突に反転し、エッツェルをベッドに押し倒す。驚きに目を見開く彼のの両脚を掴み、強引に開かせた。
「おまえ……!」
 抗議の声は途中で途切れる。クリスのものが再び股の間に押し込まれ、素股の状態で激しく前後に動き始めたからだ。
「あっ……!くっ……!」
 エッツェルの声が漏れる。クリスの硬くなったものが太ももの内側を擦り上げるたび、想像以上に鋭い快感が走った。特に会陰から鼠径部あたりまで強く往復されると、まるで挿入されているような錯覚を覚える。
「んっ……!はぁ……!」
 クリスも必死だった。エッツェルの太ももの弾力と熱さに夢中になり、獣のように腰を打ち付ける。接合部からは先程の精液の残滓によるヌチャヌチャという卑猥な音が響き、二人の呼吸が合わさっていく。
「あっ……!クリス……激しすぎる……!」
 抗議する声すら甘く蕩けていた。エッツェルの乳首はツンと勃ち上がり、クリスの動きに合わせて震えている。高まった体は快感に敏感すぎるほど反応し、その姿にクリスはさらに煽られた。
「エッツェル……すごい……気持ちいい……!」
「ああっ……!そこ……もっと……!」
 組み敷いた身体からクリスを求める純粋な欲望だけが露出している。クリスは両手でエッツェルの膝を掴み、さらに激しく腰を動かした。限界が近づいてくる感覚に、喉がカラカラに乾く。
「あ……クリスの……擦れて……!」
 エッツェルの声に合わせるように、二人の動きが一層激しくなる。そして──
「っ……!!」
 クリスが大きく腰を打ち付けた瞬間、白濁液が飛び散った。エッツェルの腹から胸にかけて、熱い液体が滴り落ちていく。まるでエッツェルも達したかのように、彼のものからも白い糸が引いていた。

「はぁ……はぁ……」
 ぐったりと頭を下げたまま、荒い息をつく。部屋には濃厚な雄の匂いが充満していた。エッツェルの白い肌に飛び散った液体がランプの光に照らされ、何とも淫靡な光景を作り出している。
「まったく……遠慮なくぶちまけやがって……」
 恨み節を言いながらも、エッツェルの口元は微笑んでいた。クリスも疲労感と共に奇妙な満足感を覚える。若い体はまだ欲望を秘めているが、今はただこの余韻に浸っていたかった。
「すみません……制御できなくて……」
「別に構わんさ」
 エッツェルがクリスの額に手を当てる。汗ばんだ髪を撫で付ける冷静な指先に、クリスは不思議と安堵した。
「でもな……また……」
「はい。……次の夜はちゃんと…最後まで、貴方を抱きたい」
 素直に頷くクリスにエッツェルは小さく笑う。そして両腕を伸ばし、抱き寄せた。
「さあ……寝ようか……」
 心地よい気だるさを纏う体を寄り添わせながら、二人は眠りにつくのだった。

2026.1.12
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#クリエツ

sleepover 第三話 初夜ハッピーエンド編

イツヤシお泊まり本三部作、完結編。
ゲームクリア後、ノーマルエンドの世界線のイツヤシです。


#イツヤシ  #sleepover
18歳以上ですか?

sleepover 第二話 渋谷でデート編

弥代と原宿デート後、弥代の家に泊まってイチャイチャの流れ
告白まで、セックスなし


「……ここは……?」
目を開けると、そこは暗闇に覆われた神殿――舞台装置が何らかのアクシデントにより停電したのかと、弥代は初めそう思った。だが、暗雲立ち込める頭上には細い稲光が走り、禍々しい冷たい空気が肌を舐めていく感覚に、そこは今まで居た舞台ではないと察知する。
ふと、誰かの悲鳴が聞こえた。舞台の中央に聳える黒い祭壇の方からだ。
「父さん!?」
そこに立つ父の姿を認め、弥代は駆け出す。父がすぐ側に居る、これで大丈夫だと感じた期待は、すぐに懸念に変わる。
「父……さん……?」
高らかにオペラを歌い続ける父の周りをどす黒い靄が包み、純白のはずだったタキシードは墨を落としたように黒く染まっている。その顔にも奇怪な紋様が浮かび……まるで異形の姿となって歌う父の姿に気付いた弥代は、祭壇の階段下で思わず踏みとどまった。
また悲鳴。ふと見上げれば、父の正面には先程まで舞台を鑑賞していた沢山の観客たちが、意思を失った土器色の顔をして立ち並んでいた。その周囲を取り囲むように楽士隊――ではなく、赤黒いローブに身を包んだ異形の者が、不協和音のような音を響かせながら揃って黒い祭壇へ祈りを捧げている。傍目に不気味がすぎる光景に、弥代は言葉を失った。
このままではいけない、父を正気に戻さねば――そう願うも、弥代の思考は想いに反して徐々に黒い靄がかかり、握り締めた手も足も気付けば動かせなくなっていた。
本来ならば、この時父の側へ躊躇なく駆け出した弥代を神竜の姿のチキが救ってくれたのだが――
ああ、そうか……と弥代は色の違う瞳を細めた。
やがて、身動きできないままただ立ち竦んでいる己に気付いたのだろう父が、他の観客達へしていたのと同様に弥代の頭上へ手を翳す。その険しい顔の後ろで、邪悪な笑みを浮かべる老人――ガーネフが、血のように赤い舌をつり上げた口角から覗かせ、何やら興奮気味に呟く。
『これは――素晴らしいパフォーマの輝きだ……これさえあればあのお方の復活も容易い――! さあ、全て吸い尽くせ――』
父さん、と叫ぶ声は父に届かない。父の手から放たれた暗黒の波が目の前を覆うと、身体全体が禍々しい魔道の力によって締め上げられるように軋む。苦しい。怖い。

「嫌だ、父さん――父さん!!」

――また、あの夢か……
闇の帳が未だ落ちたままの部屋で、悲鳴と共に目覚めた弥代は重い溜息を吐いた。
以前、蒼井樹の家で宿泊してから――しばらくの間、弥代は安穏な眠りを得ていた。だが、ミラージュ達を現代に招いた黒幕であるガーネフの存在、依り代である畑中ヤツフサとの対峙以来、己の怒りが、父を喪った悲しみの記憶がそうさせるのだろうか、どす黒い闇の儀式に迷い混む悪夢に、弥代はまた苛まれていた。
宿敵を前に何も出来ないと嘆く弥代の想いを受け、父の魂の輝きは樹が導いた弥代のパフォーマの力によってついに元凶の手から離れ、天へ導かれたというのに……。
未だにこのようなまやかしの過去の夢に魘されている様では父に向ける顔もないと、弥代は汗で額に張り付いた長い前髪を忌々しげにかき上げた。
思考を切り替えるため、眠る前より重くなった身体を起こしてシャワールームへ向かう。脱衣所に着くなり黒い寝間着を脱ぎ捨て、バルブをひねれば、冷水がザァと弥代の身体を覆った。
「………。」
染み渡る水はやがて暖かい湯となって冷え固まった弥代の身を緩めていく。
ふぅと一息つき、背後のバスチェアに崩折れるように座して前を見れば、縦長の全身鏡には眼の周りを暗く窪ませた自らの姿が浮かび出されていた。血の気のない白い肌に、虚ろな瞳を幾筋もの目蓋の皺が縁取り、濡れて束になった長い下睫毛からまるで暴?の如く水滴が流れている。あまり見ていたいと思えない己の無様な姿に、弥代は目を瞑った。
――瞑想は、心を整えるための最高の手段だ――と、記憶の中の父がいつか言っていた。
一切の思考を止めて、ただその場の感覚に身を委ねる。
サァ……と浴室に降り続くシャワーが大理石の床に落ち、排水溝へと向かって流れゆく。湿気の多い湯気に包まれたその空間は、弥代の呼気を幾分か楽にした。暖かなぬるま湯が石床に散らばり、足先を濡らしている。
暖かい……。
ふと、弥代は暖かさの中に樹と過ごした日のことを思い出していた。あの時もこんな風に、樹の家でシャワーを浴びて、暖かい夕餉を馳走になって、共に眠り、そして――。
あの日、樹の手のひらが触れた箇所を思い出すように自らの手でなぞっていく。頭、髪、背中、肩口、そして。
身体の中心に燻るようにじわりとした熱が生まれるのを感じる。弥代はそっと、樹が触れたのと同じように固さを持ち始めた性器へ手を伸ばした。
「ッ………」
血の通ったそこは思いのほか硬く、熱を帯びていた。丸い先端を覆うように優しく握って、括れたところに指を回し掛けて、擦る。
「あ………」
心地良い刺激を感じ、不意に濡れた唇から吐息混じりの声を出して、それが硝子に囲まれた空間に微かに反響する。
勿論、ここは弥代が一人で住んでいる高層マンションの一角で、ここには弥代しかいないことが明白であっても――弥代は、あの時と同じように、声が外へ漏れないように口を手で覆った。
薄目を開けて周りを伺えば、正面の鏡には長い脚を左右に割って自慰にふける姿が写っている。浅ましいと思いながらも、沸き上がる欲求に手は止まらなかった。
「ン、……く………」
弥代は、ひたすらにあの暖かい手の感触を思い出し、その記憶に沿って手を動かし、快楽を追った。だが、どうしても同じ具合にはいかない。あの時はもっと、痺れるような……ただ剣呑な摩擦で得られるだけではない、何かがあった。
睫毛を伏せ、もう一度樹の顔を思い浮かべる。
あの青みがかった団栗瞳が、躊躇いがちにこちらを見詰めている。早まる呼吸、紅潮した頬……。
高ぶった自身がずくりと脈打つ。
出していいよ……と樹の声が聞こえた気がした。
「……ァ………、ッ――――」
ビクッと弥代は背を弓なりに反らすと、熱い白濁液を手の中に放った。二、三大きく身を震わせれば、脚の下の黒い大理石にも白い筋が飛んだ。
ハァ……ハァ……と乱れた呼吸がガラスで囲まれた浴室に幾度か響いていたが、その後の熱の引きは早かった。
こんなに呆気ないものだっただろうかと疑問に思う弥代へ次に襲ってきたのは、強烈な睡魔だった。今なら、何も考えずに眠れるかもしれない。
弥代は汚れた手や下肢を洗い流すと、湯を止め、シャワーブースを後にした。
脱衣所で脱け殻のように落ちたままだったシルクのパジャマを一掴みにしてがさりと洗濯籠へ放り込み、その手で棚上にきっちりと畳まれて置かれているバスタオルですっぽりと身を包む。それから本能の赴くまま寝室へ戻ると、チェアに無造作に架けてあったバスローブへ腕を通し、所々皺が寄った紺のシーツの上に落ちていた黒いナイトキャップを湿った髪の上に被ると、どさりと広いベッドに身を横たえた。
転がっていた枕を手繰り頬を擦り寄せながら、抗えない睡魔に押し潰されるように弥代は眠った。

暗転――

再び弥代が瞳を開けたときは、濃色のカーテンの隙間から白い朝日が仄かにチラついていた。
ぼうっとする頭の中で弥代が思ったのは、もう一度樹と触れ合いたいという衝動に似た感情だった。
蒼井樹を家に呼ぶ。以前別れる時に樹にその意思があることを告げたのを思い出す。あとは体の良い切っ掛けを作れば良いだけだ。が――。
(そうだな……)
さて、どうするかと、まるで幼い子供に返ったような無邪気で純粋な期待を覚えながら、弥代は樹を自室へ招くべくベッドの中で策を練った。



「原宿で食レポの腕を磨きたい?」
弥代からのTOPICに呼ばれ事務所へ向かった樹は、ローソファで足組みをして座る弥代からそう告げられた。
「食レポって……この前のレンチンでもう俺より良い感じに出来るようになってたじゃないか」
「原宿で今話題のメニューがあると聞いた」
「うっ、あ、あれか……」
「知っているのか」
「あ、ああ、まあ」
「ならば話は早い 行くぞ」
「分かったよ」
返答を訊くなり週末にスケジュールを取り付けると、弥代は風のように去っていった。
あのゲテモノメニューに心当たりのある樹は心中穏やかではなかったが、弥代に食レポを開眼させた身としては仕方ないかと、変な責任を感じていた。

そして当日――
人でごった返す昼下がりの原宿駅前、一応スイーツが目当てなのでその時間に合わせ、学校から一旦家に帰って私服に着替えてきた樹が弥代を探す。
周りの人々よりも頭ひとつ背の高いすらっとしたモデル体型の男……居た。
「ヤシロ……そのスーツで行くのか?」
いつもの紫のスーツ姿で佇んでいた弥代と、この原宿の浮かれた原色の景色とのギャップがすごい。
「何かおかしいか?」
「ううん、いや、ここ原宿だし堅いかなって……」
「……そうか」
目的のクレープ屋へ二人は肩を並べて歩き出しつつ、樹の言葉を聴いてふむと顎下に手を当てた弥代は、周囲の店を興味深く見回し始めた。
「少し待っていろ」
「え?」
その中の一つに目星をつけたのか、弥代はストリートファッションを扱う衣料品店に入っていった。言われた通りその店にディスプレイされている奇抜な原宿ウェアを眺めながら待っていると、数分後、全く同じ様な服に身を包んだ弥代が現れて面喰らう。
「ヤシロ!?え、その服」
「これでこの場に相応しいか?」
訊けば、ディスプレイに飾られていたマネキンの衣装をそのまんま上から下まで装飾品に至るまで購入してきたらしい。そう言えば弥代が店を出てくるとき、背後で店員が笑顔で見送っていたな……。
カラフルなネオンカラーのラインが入った黒いブルゾンを羽織り、薄紫から濃紫のグラデーションに染められた麻のシャツの下は、黒のひらひらとした布がアシンメトリーに揺れる長いスカート。ちらりと覗く長い脚にはタイダイ柄のスパッツを履き、足首に銀のアンクレットを輝かせ、靴は黒い鼻緒のビーチサンダル……。
至って普通のジャケットにチノパンの出で立ちの樹の横で、結果として別の意味で物凄く違和感が生まれてしまっているが、当の弥代は満足そうにしている。
「うん……似合ってるよ」
それでも様になってしまうのはさすが一流芸能人の成せる技なのだろうか。
気を取り直して、目的のクレープ・ディアへ再び二人は歩き始めた。

「……何だ?あれは……UFOか」
クレープを食べながら口の中に残り続けるスルメとの格闘をやっと終えると、今度はデミナンバーガー屋の新メニューを目当てに歩く途中、きらびやかな電光と電子音に集まる人だかりに目を向けた弥代がふと立ち止まった。
「ああ、クレーンゲームだよ」
「ゲーム?」
「ゲームセンター、行ったことないのか?」
無い、と云う弥代に、じゃあせっかくだしと樹が店の入り口に並んでいるゲームの筐体前へ誘う。
「あのぶら下がってる爪で中の景品を掴んで取るんだ」
「ほう」
弥代は興味深そうに、じい、と他の客がプレイしている様子を眺めていた。丸い円盤から伸びた三本爪ががっしりと目当てのぬいぐるみを掴み、持ち上げ……たところで、ごろんと元の位置に落下した。
「やってみるか?」
「ふむ」
とりあえずワンクレジットを入れて、弥代にクレーンの操作方法を教える。
「そうそう、その調子」
先程の客と同じく爪は上手く景品を捕えたが、持ち上げるタイミングで同じように真下へ落ちた。
「簡単……ではないな、何かコツがあるのか」
「うーん、しっかり挟めるところを見極めるしかないんじゃないかな」
アドバイスを受け、左右のアクリルケースごしに中を見たりしてチャレンジするも結果は同じ。ややムスっとした顔で弥代は樹を見る。
「お前もやってみろ」
「え? わ、分かった」
選手交代で台の前に立った樹がボタンを押す。ピロピロ…と動くUFO。
「……ここだ!」
パッ、とタイミング良く樹がボタンから手を離すと、グイーンと開いた三本爪が下りていく。その様子を横で食い入るように見つめる弥代。閉じゆく爪は上手くぬいぐるみの胴体の隙間に滑り込み、バランス良く空中に持ち上がる。そして……
ガコン、と大きなぬいぐるみがファンファーレ音と共に穴へ落ちた。
すごーい!といつの間にか樹と弥代の周囲に集まっていたらしき数人のギャラリーから歓声が上がる。ファンファーレを聞き付けたのか、おめでとうございまーす!とゲームセンターの店員も景品を入れるための大きな袋を手にやって来た。
「……なるほど、そこで離すのか……良い手本だった」
「いや、まぐれだよ、まぐれ……ところでこれ……」
取り出し口から出てきた青いリボンを首に巻いたかわいらしい熊のぬいぐるみをどうするか、荷物になってしまったと思いつつ――
「ヤシロ、いる?」
「いいのか」
こういうの、趣味じゃないかもしれないけど……と言いかけ、ビニールのナップサックに入った戦利品の熊を肩にかけて満更でもなさそうな弥代を見て、まあ良いかと樹も微笑んだ。

「はあ、もう結構お腹いっぱいだな……」
あれから目当てのメニューその二、からし納豆ヨーグルトバーガーを食した二人は、口直しと休憩を兼ねて渋谷のセイレーンで野菜と豆のバゲットサンドを齧っていた。最も、弥代は納豆味のハンバーガーに対して満足そうにエクセレントと呟いていたが――
「俺の食レポ、参考になった?まあ、ヤシロは自分で十分満足いきそうなレポできてるみたいだったけど……」
「いや――まだだ」
「は?」
「ここのカフェでも新しいメニューが出ているらしいじゃないか、確かワインケーキ……?」
ああ、あれのことか……と謀らずも考案に一役買った樹が項垂れつつ遠い目をする。
「でもそろそろ夕食の時間だし……どうする」
「俺はまだ納得していない、蒼井樹、このまま俺の家に来い」
「え、弥代の家に!?」
「ああ、テイクアウトして腹が落ち着き次第続きをするぞ」
「い……良いのか?」
「無論だ お前こそ、俺を満足させる食レポが出来るまで今日は帰さんからな」
「はは、またそれか…… 分かった、明日休みだし……受けて立つよ」

カフェの目ぼしいメニューと、ついでにラーメンをテイクアウトした二人は、銀座にあるという弥代宅へ向かった。
道中、樹はTOPICで今日は弥代の家に泊まるということを親に連絡したところ、あっさり承諾を得る。
銀座――と聞いて薄々気付いていたが、高級ブランドと思わしき店が立ち並ぶスタイリッシュな街並みを抜ければ、弥代の行く先には高級タワーマンションが聳え立っていた。
その一つ、まるでホテルのような佇まいのロビーに入ると弥代は何食わぬ顔でコンシェルジュの見守る中オートロックを解錠し、奥にある高階層専用エレベーターで当然のように最上階へ上がる。
ここ、家賃は一体幾らなんだろう、そもそも一人で住んでいるんだよな……。いや、弥代ってまだ未成年だけど……こんなところに住めるものなのか――?と、次から次へ疑問が湧いてくるが、着いた先のフロア全てが俺の家だと告げ、鉄柵のついた玄関扉が開かれた先、玄関を抜けて現れただだっ広いリビングに通されたところで、樹は考えるのを止めた。
「ラーメンは先に食べておくか?」
「う、うん、麺伸びるしな……」
そう言いつつも正直、最上階の窓から眼下に東京湾までを見渡せる夕焼けの景色だけでお腹いっぱいだった。

「食べたな……」
「そうか では腹ごなしに下のジムで運動するか?」
「いやいや、さすがに疲れたよ……」
「ならば湯を沸かしてくる」
「あ、ありがとう」
そう言ってリビングから姿を消した弥代のバイタリティの高さを感じつつ、樹は目の前の机に散らかっている空の容器をビニール袋に詰めて片付けた。しばらくして戻ってきた弥代に案内されるままついていくと、これまた高級ホテルのような大きな洗面台を備えた広い脱衣室と、続きにガラス張りの風呂――スタイリッシュな黒い大理石が敷かれた――があった。棚にはリネン類と、この間弥代に貸した樹のルームウェアがきっちりと畳まれた状態で藤製の脱衣籠と共に置かれている。
本当に、住む世界が違うなと思いながらも、樹はおずおずと服を脱ぐとガラス戸をくぐった。
シャワーを浴びていると、ふと、すぐ隣の脱衣場に弥代の姿が見える。一瞬ぎょっとするが、まあ男同士だし、そもそもここは弥代の家だし……と思ったところで、その場で普通に服を脱いで全裸で風呂内へ入ってきた弥代に樹は面食らった。
「えっ、ヤシロ……!」
「どうした? ここを捻れば止まるぞ」
「いやそうじゃなくて……!!」
慌てる樹に眼前の弥代は疑問の表情を浮かべている。
「俺が入ってはまずかったか?」
「……う、あ、いや……びっくりしただけ」
そうか、と元の何食わぬ顔に戻った弥代は樹の手にあるシャワーヘッドへ手を伸ばす。促されるまま手渡すと、壁の固定具にセットして頭から湯を浴び始める。
シャンプー、リンス、コンディショナー、そしてボディソープとフェイシャル類…カウンターの上にきちんと並んでいて、そういうところはさすが芸能人、しっかりしてるんだな……と少し感心しつつ――正直パッと見ただけでは違いがよく分からなかったが、弥代が使っている様子を見ながら同じように使わせてもらう。手に出したそれらはびっくりするほど上質で繊細な花の良い香りがして、こうやって一流芸能人は作られてるんだなと洗髪を終えて長い前髪を後ろに流した弥代を背後から見る。
細身の身体にしっかりと筋肉の隆起があって、まさに男の理想みたいな身体に、やけに白い肌色と細っこい腰が女性的というか……あと脚が長い。背も高いから必然的にそうなるんだろうか、いやそれにしても長い……と至って標準体験の枠にいる自分の体型と見比べてしまう。あとは……。
脚を眺めていたところでくるりと弥代が樹の方に身体を向けたので、まともに前側を見てしまう。一瞬、え、と驚いて凝視してしまったが――そこにあるはずの毛……陰毛が見当たらない。この前ベッドの上で弥代のモノを握って慰めた時に存在感がないなと思っていたが、まさか全く生えてないとは思ってもいなかった。
「何だ」
「あ、ごめん……ヤシロってそういう体質?なのか……?」
「体質?」
「その……下の毛、生えてないからびっくりして」
「ああ……必要ないからな 処理している」
「そうなのか……すごいな」
すごいと言えば……やっぱりすごく、自分のモノと比べて……大きい。性器が。
地の肌色が白いから余計にそう思うのかもしれないが、とりあえず羨ましいと思ってしまう。
「そんなに俺の身体に興味があるのか?や
「えっ、あっ、ごめん、つい見ちゃって」
「見たければいくらでも魅せてやろう」
「そういう事じゃなくて……!」
怒っているのかからかっているのか何なのか、よく分からないがとにかく弥代が自信たっぷりに樹の正面に仁王立ちするので、いよいよ目のやり場に困ってしまう。
「ちょ、ちょっとトイレ行きたくなってきたから一旦出ていいか?」
「ああ、すぐ向かいにあるぞ」
これ以上弥代の裸を見ていると変な気分になりそうだったので、樹は慌ててトイレへ逃げた。

再びシャワーブースに戻ると既に弥代の姿はなく、後を追うべくザッと身体を洗い終えた樹がリビングへ戻ると、白いバスローブ姿でゆったりと長いソファに腰掛ける弥代が居た。
「お待たせ」
ああ、と振り向いた弥代の手にはカフェでテイクアウトしてきたドリンクが握られている。
「それ、味……どう?」
「………紫蘇の爽やかな風味の中に唐辛子のエキスがまるで火花を散らすような刺激的なアクセントをきかせている――これは、口の中で繰り広げられる決闘……!」
「さすがだな……よし俺も――」
と意気込んだところで、机に残っているのがあのわさびケーキだというのを思い出して樹はやや後悔した。

熱の入った食レポ大会の後、弥代が次に出演するというマスカレイダー雷牙のシリーズBlu-rayを鑑賞しているうちに、すっかり時刻はあと一時間で日が変わる位になっていた。
流石に目がショボショボするなと擦っていると、そろそろ寝るかと弥代から声がかかる。
「うん……」
洗面所へ立った弥代と並んで歯磨きをする。口を濯いで、白いバスローブから濃紺の寝間着に着替えた弥代についていくと、寝室に通された。
中央に大きなベッドが置かれ、天井の間接照明が上質なムードを醸しつつ、奥に引かれた長い黒のカーテンがシックな部屋。
「ここは……弥代がいつも寝てる部屋なのか?」
「ああ」
「じゃあ俺はさっきのソファでいいよ」
「何故だ」
遠慮がちにそう告げる樹の手首を弥代が引く。
「俺は――また樹と同衾したい」
「え」
「最近――また良く眠れない――だが、お前となら……上手く眠れる気がするのだ」
樹を見据えてそう告白する弥代の思いを無碍には出来ないと察知した樹は、分かったとベッドへ上がった。
とにかく広いそのベッドは、樹と弥代が並んで横になってもまだ左右にゆとりがある。
……にも関わらず、弥代は樹の肩口にすり寄るように身を横たえてきた。
絹糸のように細い弥代の髪から、良い匂いがする。
それを言うと樹も心地良い香りがすると言ってますます頭を寄せ、すう、と頬に弥代の吐息がかかる。
「ヤシロ、ちょっと……近くないか」
慌てて顔を離した樹に、俺に触れられるのは嫌なのかと眉を下げた弥代の悲しそうな声が返ってくる。
「そんなことないよ……でも……!」
同じベッドで、肩を寄せあって、このままだとまた以前のように友達の一線を超えてしまうのでは、と樹は危惧していた。
「俺は構わない」
「ヤシロ………」
「イツキと……ずっとこうしていたい」
弥代の白い頬が仄かに赤く上気しているのはさっき飲んだ紊敏ソトウのせいだろうか、それとも……と思案する樹をよそに、伸ばされた弥代の手が樹の肩を引き寄せ、薄い寝間着越しに二人は肌を触れ合わせる。
血の通わないようにクールな表情の弥代がこんなにも熱く火照った身体をしているのに気付いて、樹も段々と鼓動が早くなるのを感じていた。
「お前が以前、俺の……性器に触れてから、時折――俺の中に制御できない熱が燻るようになった」
どうすればいい、と訊く弥代の下半身は既に絹の寝間着を押し上げて、樹の腿に押し付けられていた。その昂りを、あやすように撫でる。
「分かった……責任は、取るよ」
改めて弥代に向き直ると、樹は弥代のパジャマのズボンと下着とを下げる。布地の中から勢い良く飛び出てきた熱い肉棒を優しく握ると、弥代も軽く脚を開いて樹に身を預けた。
ややしっとりとした感触のそれを、括れに指を巻いて上下に扱く。
「……ぅ、ア………」
しゅるしゅると滑らかな手の動きに、弥代は低く呻きながら樹へ身を預けるように寄せてしなだれかかっていた。熱い吐息がかかる距離で、樹はじっと弥代を見つめる。
「気持ちいい……?」
問いに、首を縦に振って応える弥代もまた、眉根を潜めつつ樹が手にした己の肉棒を規則的に握り扱く様を見ていた。
ハァ、ハァと息を上げる弥代に、無機質だったはずのベッドルームは徐々に空気を変えて、暖色の光に照らされた灰色のシーツの上で濃密な空間を演出していた。
弥代がガクガクと腰を揺らし始めたのを認めて、イきそうなんだなと察する。
「出して良いよ……」
「――ーッ!……ァ、――ーッッ!」
その声を合図に、樹の手の中で弥代が達した。前と同じように呆気ないくらいに素直に、白く濁った快楽を吐き出した弥代がひとつ、大きく息を吐く。
「俺ばかりでは……対等ではない……」
「えっ?」
「お前にも俺と同じように――気持ち良くなって欲しい」
「い、良いのか? じゃあ……」
提案を受けて弥代に愛撫してもらうべく、樹もルームウェアの前を寛げてペニスを取り出す。
「っ……あんまり見ないでくれ……」
樹はそう言うが、弥代は興味を抑えきれずどんどんペニスへ顔を近づけていく。
「あ、もう……出そう、だからっ……ヤシロ……!」
「……構わん」
「ウッ、ァ、――ーッ!」
やがて射精した樹の精液が勢いよく弥代の顔に散らばっていく。やってしまったと、平常心を取り戻した樹が慌てて弥代を伺うが、口の端に垂れた一筋のそれを舐めた弥代は、エクセレント……と呟いて恍惚の表情をしている。
「いや、不味いだろ……!」
食レポし始める弥代にツッコミつつ、慌ててティッシュを探す。
「……綺麗にしてやろう」
と、弥代は今まで握っていた樹のペニスをついに口に入れてしまった。
「うわっ!だ、駄目だっ!!」
ぬめる熱い舌の感触に驚愕して、樹は腰を引いて弥代から逃れた。
「………何故だ?」
面と向かって樹に駄目だと止められたせいか、弥代は眉を下げている。
「そういうのは……ちゃんとしてからにしよう」
「ちゃんと?何だ?」
「こ、恋人同士……じゃないと……」
「ならば俺を樹の恋人にしてくれ」
「!??」
言った弥代もその言葉の意味が分かっているのか分かっていないのか、判断できない
「――弥代を、俺の恋人に……?」
「今すぐにとは言わない、考える時間が必要ならば待つ」
「分かった……」
 突然の弥代の告白に胸がざわめく。と同時に、感じたことの無い高らかな心地がした。それは例えるなら、微かな期待に近い。弥代が本当に、自分を求めてくれているのだということ。本来なら手の届かないような、出会うことすら無かった彼がいま、もうこんなにも樹に近いところまで心を寄せているという、事実に。
 乱れた寝間着を直して消灯した後も、樹はそんなことを考えていた。愚直なほど純粋に自らを律し、常に芸能のことだけに目を向けていた弥代が、唯一心を開いて歩み寄ろうとした切っ掛けが自分であることは明白である。
 だが、それは本当にこんな短期間で恋人になりたいと思うほどの好意となり得るのだろうか? 友人としての親愛を、性欲処理をし合うという友人の枠を越えた行為によって、弥代が恋愛とはき違えている可能性はないのだろうか?
 悶々とした思いを巡らせる樹を余所に、すぐに寝てしまった弥代の綺麗な横顔を見ながら、樹もやがて目を閉じる。
 樹自身、このまま弥代を恋人という特別な存在にしたい気持ちと、それが本当に自分で良いのかという戸惑いがあった。

(あれ……? もう朝なのか……?)
 気付けばふかふかのベッドの心地良さに負けたのか、すっかり寝入っていた樹は横にいたはずの弥代の姿が無いことに気付く。
 微かに聞こえる鳥の声、やっと完全に覚醒した樹がそろそろとリビングへ向かうと、パンの焼ける良い香りが鼻腔をくすぐった。
 リビングの続きにあるダイニングキッチンにあるカンターを挟んだところに、パリッと糊のきいた白シャツにカフェエプロンを巻いた姿の弥代が立って調理をしている。
「起きたか」
「あ、ああ……ヤシロは? 眠れたか?」
「うむ」
 短く応える弥代の手に握るフライパンから、黄金色の卵の塊が跳ねる。朝食だ、座れと促す弥代に言われるままダイニングへ腰掛けると、焼きたてのオムレツにサラダボウル、一口大に切ったバケットが並ぶ。それら全てを弥代が作ったことに、樹は驚いてぽかんと口を開けた。
「すごいな、ヤシロ……」
 誉める樹に、卵一つとっても火加減が難しい、まだまだだと弥代は言って、黙々と調理器具を洗っていた。洗い終えると、樹の向かいに腰掛け、ブラックコーヒーを傾ける。
「味はどうだ?」
「ふわっふわな卵に溶けたバターの風味が香しい、なんてリッチなオムレツ……皆が憧れる高嶺の花を俺は今、食している……そんな幸せを噛み締めてるよ」
「ふむ、まずまずといったところか」
 柔らかく微笑むと、テーブル横に置いていた台本と思われる本をパラパラとめくり、いつもの無表情な顔をしている弥代を横目に、樹は出された朝食を平らげた。
「……今日も仕事?」
「無論だ。お前のおかげで昨夜は睡眠がよく取れて調子が良い。この機会を逃すはずがないだろう」
「はは、それは何より」
 これ以上この家に居ても弥代の邪魔にしかならないと感じた樹は、支度を済ませたら帰宅する旨を伝えた。
「……今度、ダンスのステップを見てやろう。お前もエンタキングダムのフェスへ可能な限り出演し、研鑽を積むべきだ」
「ああ、その時は頼むよ」
 エントランスに降り、樹を見送る弥代が不適に微笑む。昨夜とは打って変わってすっかり元の調子を取り戻し、さらに樹に微笑みかける弥代の姿を見られたことが樹も嬉しかった。今夜はまた、大東テレビでミュージカルフェスの演目に出演するという……。
 こんなに芸能にひたむきな弥代が、昨夜の言葉を冗談で言ったとは思えない――。
 そう確信した樹もまた、弥代と恋人として付き合うかどうかを真剣に考えることにした。

 眩しく照り注ぐ朝の光が目にしみる。
 青い空に残る薄雲の中には、まだ白い月が浮かんでいた。



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#イツヤシ  #sleepover

sleepover 第一話 樹の家にお泊まり編

イツヤシお泊まりシリーズその1
まだ友達以上恋人未満なイツヤシ


 ガタン――ゴトン――

 規則正しい車体の揺れを感じながら、弥代は電車の乗降口近くの壁際に身を寄せて佇んでいた。スタイリッシュな銀のアタッシュケースを携え、いつもの紫スーツに黒の革靴の出で立ち。縦長の窓からは薄雲に被る夕日がじんわりと差し、伏せた長い睫毛の影を白い頬に落としている。それはこんな帰宅ラッシュを控えた電車の中ですら傍から見れば絵になる姿であったが、そのオーラを黙して消している彼が今話題の連ドラ『季節外れのUFO』の主役であることに、結果として周囲の誰も気付いていないのであった。
 キキ……と車輪が擦れる音と共に電車がホームに入ったのか、速度を落としたのを感じた弥代は薄く目を開けた。
 程なくしてすぐ横の観音扉が開く。
 と、そこにはよく知った顔があった。
 「あれ、ヤシロ!?」
 「蒼井樹」
 弥代に気づいた学生服姿の樹が、珍しいものを見たとばかりに黒目を開いて驚きの声を発する。
 そこそこに車内へ進み入る人並みに押されながらも、樹は、すいと弥代の隣へ身を寄せた。
 「びっくりした……まさかヤシロと会うなんて思わなかったよ。というか……ー人で電車乗れたんだな。」
 「付き人が居なくなったからな。普段の移動はほとんどタクシーだが、役の探索のため乗ることもある」
 「そ、そうなのか」
 「ああ」
 腕を組みいつもの一流論を説く弥代に、制服で肩を並べる樹は素直に感心していた。
 弥代の言う探索が只の迷子ではないのかという客観的視点はともかく。
 「蒼井樹は、これから帰宅するのか」
 「うん。……ヤシロは?」
 「俺はこれから夕食の材料を買って帰る」
 「そっか、自分で作るのか……」
 以前の食レポ体験を経て、最近は料理に凝り出したと事務所メンバーが取材を受けた雑誌に記してあったのを覚えていた樹は、しかし腕のデジタル時計が午後六時を過ぎているのが目に入り、再び弥代に問いかけた。
 「なあヤシロ、良かったらうちで食べて行かないか?」
 「蒼井樹の、家でか?」
 「明日もこの近くで撮影あるなら、良かったら泊まっていってくれてもいいし……俺の家、次の駅下りてすぐだから」
 そう言ってから、夕飯の誘いだけならまだしも弥代相手にいきなり泊まっていけというのは気安すぎたかと思ったが、弥代は真顔のまま、特に動揺した素振りはない。
 黒い革手袋を顎下に当て暫し考えた後、弥代は再び口を開いた。
 「……分かった。お前の言葉に甘えよう」





 夕閣に薄暗さを増す住宅街の一角で、二人は歩みを止めた。何の変哲もない二階建ての家は、樹にここだよ、と言われなければ通り過ぎてしまうようなありふれた集合住宅の出で立ちだったが、弥代は特に気にする様子もなくインターフォンを鳴らして門柱を潜った樹に続く。
 すぐに光の灯った玄関の扉が解錠されると、樹の母親が二人を出迎えた。
 「ただいま母さん、あの……」
 あらかじめ弥代が訪れることはtopicで知らせてあったが、改めて紹介しようと樹が後ろを振り返った時。
 「初めまして、同じ事務所の剣弥代です。蒼井樹くんとは、いつも仲良くさせて貰っています」
 弥代の顔に貼り付いたとびきりの営業スマイルと明るい声色に樹は面食らい、対する母親はあらあらこちらこそと頼を押さえて礼を返す。――ウチで良ければゆっくりしていって頂戴。樹、失礼のないようにね――と、足早に合所へ去る母親の態度は、完全に友人で はなく先輩俳優『剣弥代』を迎え入れるそれになっていた。

 (びっくりした……)
 二階の自室へ辿り着いた樹が学習机に荷物を下ろす。後ろの弥代の表情をちらと伺うと、もうすっかりいつもの無表情に戻っていたので少しホッとした。
 「ここがお前の部屋か、蒼井樹」
 「うん。狭いけどガマンしてくれ」
 「………。」
 荷物片手に佇む弥代は色の違う両の瞳で、物珍しそうに部屋の中を眺めている。小さな窓の横には爽やかな水色の寝具を纏ったシングルベッド。濃青っぼい色のラグの上に小さなテーブルがひとつ。壁際には学習机とスチール製の物置棚が並んでいるが、母親が入って少し片付けたのだろうか。ゴミ箱はさちんと空になっているし、机に置きっ放しだったパズル雑誌は棚に戻されていて、部屋はいつもよりこざっぱりしていた。
 「先に風呂入る?」
 「……ああ」
 樹がそう促すと、弥代はようやく手持ちのアタツシュケースを部屋の隅に置いた。

 一階に戻りシステムバスユニットの使い方を弥代にひと通り伝えると、樹はリビングで夕飯の支度を軽く手伝いつつ、そういえば弥代が何も持たずに風呂場へ入っていったのに気付いた。クローゼットから適当なリネン類と自分のルームウェアを見繕い、脱衣所にそれを置きに行こうと扉を開けたとごろで、カラリと音がする。
 は、と前を向けばシャワーを浴び終わって湯けむりと共に浴室から顔を出した弥代とバッチリ目が合った。
 「ヤ、ヤシロ! これ、夕オル」
 「すまない」
 濡れそぼった黒い毛先からがポタポタと白い肌に滑り落ちていき、その伝う先にあるほんのりと色づいた突起を目にしてしまった樹は慌てて目を逸らした。いや 男同士だから別に見てもいいはずなのだが、何散か照れてしまった。
 「あと着替え……俺ので良かったら」
 そう言いながら持ってきた自分の服とタオルー式を出口近くの洗躍機の上に急ぎ置くと、樹は脱衣所を後にした。
 「上がったぞ」
 程なくしてリビングに現れたのは濃紺のスウエットを身に纏った弥代だった……が。
 (手足の丈、足りてないな……)
 自分の着丈の服を弥代が着ればどうなるか、少し想像すれば分かることではあったが、悲しくもそれが現実だった。最も、腹周りのサイズに問題はないため着ている弥代があまり気にしていなさそうなのが救いか。
 「あ……えっと、母さんがごはん作ってくれたから食ベよう」
 「ああ。有り難く頂載する」
 寸足らずな袖から伸びる手首と足首。いつも黒の皮手袋で覆われていて滅多に見ることのない手の、著を持つ長い指の白さに時折目を奪われながら樹は味噌汁を流し込んだ。





 「もうこんな時間か」
 夕食を終え自室に戻ってから、今度は自分の風呂と 明日の予習復習をこなし――気付けば時計は十を指している。その間部屋で共に居る弥代はずっとドラマの台本を読んでいたようだった。
 「ベッド、ヤシロー人で使っていいよ。俺床で寝るから」
 「俺は床で構わない」
 「ヤシロ、明日も仕事だろ?俺は学校だけだし、身体休めないと」
 事務所――フォルトナ=エンタテイメントの在籍期間でいえば樹の方が長いが、かたや芸能の世界では一流、そして自分より年上の弥代を床で雑魚寝させたとあらば、さすがに舞子社長にドヤされるに違いない。
 いいからと学習机から立ち上がった樹は床に腰を落とした。
 「……ならば、一緒に寝るか?」
 「えっ?」
 ローデスク越しに座る弥代から出た思いもよらない発言に、本気で言ってるのか?と前を向けば、鋭く真っ直くな瞳が大真面目にこちらを見つめている。
 「いや、別にいいよ!」
 「お前も学業に支障をきたしては良くないだろう」
 「それは……そうだけど」
 弥代の言うことは正論だ。しかし、男二人でお世辞にも広いとはいえないベッドで共寝するのは常識的にどうなのか。否、無いな……と思案して再び顔を上げた樹に、変わらぬ弥代の視線が刺さる。
 「ならば、問題ない」
 「う、うん……」
 自信満々に言い放つその態度に、ここは俺の部屋なんだぞと思いながらも、樹はついつい生返事をしてしまった。

 
 (案外狭苦しくはない、な……?ヤシロ、細いからか……)
 寝支度を整え、ついさっき二人してベッドに横たわったばかり。自分の頭のすく横に落ちる弥代の髪の毛から、うちの家のシャンプーの香りがする。ベッドに備わった小さなランプで照らされている艶のある紫がかった黒に、一筋の白い毛束がきらきらと流れているのが不思議で自然と目が吸い寄せられた。
 と、視線に気づいた弥代がちらと樹の方を同う。
 目が合って改めてその存在の近さに狼狙える。弥代にこんなにも物理的に近付くこと自体、初めてだった。
 「……あ、お、おやすみ」
 「ああ」
 僅かに弥代の薄い唇が動き、にこりと笑った……ような気がした。無理に作られたようでないので、弥代もこの状態は不快ではないのだろうか。
 ともあれ、どくりと打った鼓動を隠すように樹は弥代に背を向けると、ランプのスイッチを手探りでOFFにし、目を閉じた。

 「………う……ぅ……」
 暗閣の中、ふと、背後から聞こえる呻くような荒い息遣いに、眠ったばかりの樹はうとうとと目を覚ました。
 「どうしたんだ……?」
 パチ、と再びベッドランプを灯してみれば、横で寝る弥代が壁際に向かって身体を丸く縮こめている。
 「ヤシロ?大文夫か……?」
 そっと背中に手を添えてみると、綿のスウェットシャツがしっとりとして、その上に覗く白い首筋には汗が消り落ちていた。
 熱があるのかと思って手を伸ばし触れた弥代の額は、逆に驚くほどつめたく冷えきっていた。
 「ッ……父さん……J
 はあはあと上下する呼吸に、苦しげにそう弥代が眩いたのでハッとした。弥代の父親は、確か……。
 (悪い夢を見てるんだな……)
 悪夢に魘される弥代を放っておけず、そっと背中をさするうち、だんだんと苦しげな呼吸が収まってくる。
 優しい手の感触に気づいた弥代が、それを確かめるように樹の方へ顔を向けた。
 「ヤシロ……」
 「……あ、お……イツ……キ……?」
 うっすら涙の惨んだ深藍と碧の瞳が薄く開き、樹を映す。
 「大丈夫、俺が側にいるから、安心して」
 シーツを握ったまま固く結ばれていた弥代の手に、樹の手が重なる。まだ冷たい閣の中を彷徨う弥代は、しかしその温もりに気付くとぎゅっと樹の手を握り返した。
 「……ッ……」
 指先から伝わる暖かさにいくらか安堵したように 弥代の呼吸が整っていく。初めは継るようにして繋がれていた指も、だんだんと力が抜けてきた。
 事件から五年――未だ、父親の夢を見て魘されるほどなのかと、樹は弥代のいる境遇をまざまざと突き付けられた気分だった。
 ガーネフの悪夢に囚われて以来、この氷のように冷たい手を握る者は果たして居たのだろうか。否、弥代は言っていた。他者と合わせる必要などない、時間の無駄だ、と……。
 唯一側にいたであろうミラージュのナバールは、この世界で彼に触れることは出来ない。
 (五年間ずっと、独りで苦しんでたんだな……ヤシロ……)





 薄青のカーテンから朝日が差し込むと、目覚ましのアラームも鳴らない内に樹は覚醒した。
 横を向けば、寝る前と変わらず弥代が規則正しい寝息を立てている。良かった、あの後ちやんと眠れたのかと胸を撫で下ろしつつ、樹は改めて弥代をまじまじと眺めた。
 (俺と一歳しか変わらないのに……ほんと、手足長い……)
 すぐ隣で比べるから余計にそう感じるのかもしれないが、薄い毛布が被さっている上からでもスラリと伸びた手足、恵まれた体駆。俺もまだ伸びるかなと腕を伸ばしつつ見比べていると、ある部分に目が止まる。
(あれ、弥代……)
 毛布の中心が不自然に押し上げられている。つまり それは……。同じ男として、覚えがある状態だった。
 「……蒼井、樹……?」
 無遠慮に下腹部を注視しているところで不意に弥代が目を覚ましたため、樹は慌てて身を背けた。
 「あ……!いや、それ」
 「……?」
  指で指し示された方を向いて、弥代も自身の身体の変化に気づいたようだった。
 「硬くなっているな……生理現象だ」
 そうは言うものの、流石の弥代も差恥を感じたのか所在無げに樹から顔を背けている。弥代が上体を起こしたことで露わになった寸足らずの上衣から、肢しいほどに白い脇腹が覗いている。下着はまさか、身につけていないのだろうか。
 このまま自分がこれ以上構わずにいたら弥代はどうするのだろうか。トイレへ……或いはこの場で……自らの手で、その白く長い指でもって、処理をするのだろうか?
 「……お前なら、どうする」
 「え?」
 気が動転し、ぐるぐると頭を巡り出した勝手な想像が弥代の声に遮られる。
 「この様な状態になった時……ー人でどう鎮めているのかと聞いたのだ」
 弥代は純粋な興味で聞いているのだろう。だが、樹はもうそれが弥代からの誘い文句の他に聞こえなかった。
 「……えと……じゃあ、任せて」
 「?」
 するりとズボンの中に手を滑り込ませれば、弥代の 硬くなったそれが想像通り、直に指先に触れた。熱い。
 「んぁっ……!?」
 思わぬ刺激に弥代が声を荒げたため、慌てて樹は反対の手で弥代の口を塞いだ。
 「しーっ……部屋、壁薄いから」
 「ッ………」
 樹の意図を察したのか、押し黙る弥代はそれ以上抵抗する素振りを見せなかった。
 しばらく息を潜めていきり立つ弥代の熱を手のひらにじんわりと感じながら、指を筋に沿ってやわやわと動かしてやる。弥代は声さえ上げないが、フウフウと口を押さえている長い指の隙間から漏れ出る息遣いが 増していく。
 樹は手をゆるく動かしながら弥代の顔を伺った。嫌悪しているようならすぐにやめるつもりだった。が、ただ……気持ち良さからなのか困ったような、苦しげにひそめた眉、ズボンの中を訴る樹の手の動きを布越しに見据えていた切れ長の瞳が、細まり、ついに 閉じられる。
 熱い吐息が吐き出されるとともに、震える長い下睫毛。
 その色香にあてられた樹はもう、後には引けなかった。手のひらの中の熱を解放する――それが、自分の心臓 と同じリズムでドクドクと脈打っているような錯覚さえ引き起こす。当たり前だ、弥代の熱い昂ぶりを握りしめているのだから。
 何となく指先に触れる湿り気が強くなった気がして それがついにズボンの中で捕らえた小動物の鼻先のようにひくひくと震え出したのを機に、勢いに任せて責めめ立てる。
 「ッ……!ふ……」 
 苦しげに眉根を寄せる弥代に、このまま、出していいよと耳打ちする。
 「ンッ……!」
 その瞬間、弥代はぶるりと震えると、樹の手の中に出精した。
 もたれかかった身体が重くなると、樹はそっとシーツの上に弥代の上体を預けた。そして手のひらに出されたそれを零さないようにズボンの中から取り出し、ティッシュで拭う。
 「イツ……キ……」
 「……ごめん、窓開けるから」
 慌ててベッド脇の窓を開け放てば、さっきまでの籠った熱気に漂う草いきれのような香りが、朝の冷たく爽やかな風に吹き飛ばされていく。

 ――今、名前で呼んだ?

 「ふん……スッキリしたぞ」
 「そ、そっか」
 さっきまでしていた己の行為を思うとまともに弥代の顔が見れずに言い澱む樹を尻目に、弥代はすっくと立ち上がると、手持ちのアタッシュケースを開け、着てきた紫のスーツではなくきちんと仕舞われていた制服の衣装に着替え始める。
 「あ、俺のTシャツあるけど……」
 「遠慮しておく、返す都合が無い」
 (そ、それもそうか)
 素肌の背中にブラウスを羽織る弥代を見ながら、樹は先程から気になっていた事を思い切って聞いてみた。
 「あのさ、パンツは……」
 「シルエットが悪くなるからな。それも要らん」
 (じゃあ、ヤシロ、ノーパンで行くのか……!?)
 固まる樹に、フ、と弥代は悪戯ぼく笑ってみせた。
 「道すがら調達するから問題ない。それより化粧水を貸せ。洗顔してくる」
 「え、ちょ、ちょっと待って……確か洗面所に置いてあったはず……」
 あたふたと先に部屋を出た弥代を追いかける。弥代は今、ノーパンなんだぞ、などという訳の分からない理由で。
 しかしその事実を他の誰にも知られたくないと、樹は思っていた。

 樹に借りた化粧水をコットンにたっぷりと浸しながら弥代が洗面台の前に立つと、それを手慣れた様子で顔に満遍なく貼り付けていく。
 「お前もタレントを志すなら、肌の手入れに気を付けろ。カメラがどれだけ寄っても対応できるようにな」
 「うん……分かった。気をつけるよ」
 隣で興味深そうに見ていた樹に弥代が指南する。確かに弥代の肌は近づけば近づくほど、きめ細やかで美しい。そして、あの吸い付くような感触。
 「うわっ」
 また火照りだした頼にひやりとした弥代の指が触れて、驚いた樹が顔を上げる。
 「お前も元は悪くないのだからな。やってみろ」
 「あ、わ……分かった」
 そうしているうち、リビングから朝食の声がかかった。





 (まさか弥代と一緒に登校する日が来るなんてな……)
 隣を歩く弥代を、樹はまぶしそうに見つめた。
 「そう言えば、ヤシロって学校は?高校……は、行ってないのか」
「ああ。芸の道を極めるには、必要ではなかったからな。……だが」
 「?」
 「イツキとこうやって肩を並べて歩くのは、悪い気がしない」
 そう言うと満足げに微笑む弥代の笑顔の屈託の無さを目にして、樹ははっとした。これまでずっと離れた存在のように感じていた弥代が、自分と同じ年相応に見える。
 ……いや、一応、弥代は自分よりーつ年上で、身長も十センチは高いのだが……それでも。
 「……ふふ、俺もヤシロとこうやって通学してみたかったかも。ちよっと目立つかもしれないけどな」
 「何故だ?」
 「いや、背が……」
 「赤城斗馬も同じくらいあるだろう」
 「うーん……いや、何ていうか、オーラの違いかな」
 「?」
 またいつもの真顔に戻った弥代が首を傾げている。
 「おーい!イツキー!」
 「あ、噂をすれば」
 振り返れば、斗馬が手を振りながら駆け寄ってくるのが見える。
 「って!何で横にヤシロが居るんだよ!?しかも制服??」
 「イツキの家に一泊したからな」
 「!!」
 さらりとそう言ってのけた弥代に斗馬は唖然とする。
 「え、泊まっ……?お前ら……いつの間にそんな関係に……!?」
 「いや、ヤシロと昨日の帰りに偶然電車で会ってさ……」
  苦笑しながら樹がフォローを入れ、この話は他愛も無く終わるはずだったのだが。
 「別に夕食後にタクシーで帰っても良かったんだが」
 「! ヤシロ……?」
 「イツキがどうしてもと言うから」
 はっとする樹に、顔を見合わせた弥代が悪戯っぼい笑みをたたえていて、一瞬時が止まる。
 「……そうか……。昨晩は二人共、お楽しみだったようで_」
 「いや!何もしてな……」
 「いやいやいや、前とヤシロが昨晩?!何かあったらダメだろ!」
 「トウマ!!」
 大怒裂に驚いてみせる斗馬になぜか腹が立ち、声を荒げたところで、横を歩いていた弥代が立ち止まった。
 「俺はこっちだ……イツキ」
 「!」
 気づけばもう駅まで来てしまっていたらしい。
 「感謝する。お前のおかげで、久しぶりによく眠れた」
 「……あ、ああ……。俺も、ヤシロが家に来てくれて……楽しかった。えっと、良かったらまた遊びに来てくれ」
 「……フ、時間があればまた、考えておく」
 イツキの両親にも世話になった、と伝えながら樹に向けられた笑顔は、とても自然で、柔らかい。
 「ではな」
 そう言って弥代は軽く右手を上げると、隣のホームへと立ち去っていった。 樹も、その後ろ姿を笑顔で見送る。

 「あのー……、やっばり何かあっただろ、お前ら」
 「気のせいだろ」
 「ヤシロのあんな顔初めて見たぞ」
 「……そうか?」

 ホームに出て電車を待つ間見上げた青空には、白く長い飛行機雲が一筋。
 珍しくそれは、樹の目を長く引きとめていた。

 next

イツキくんの家にお泊まりするヤシロが書きたかった。
手足長くて芳しい一個上のお兄さんが自分のベッドで一夜を明かしていたら、そりゃあイツキくんも理性を失いますよね、と信じて

畳む

#イツヤシ #sleepover -友達以上恋人未満シリーズ-

ヤシロへの愛が暴走しがちなパパヤシSS

※親臣が子ども弥代に暴力を振るいます
※弥代と母親は当然のように死別の設定です


「……どうした?親臣」
「………。」
弥代が樹と肩を並べてイドラスフィアを去っていく姿を虚空から認めた後、微動だにしないマスターの姿に黒髪のミラージュが声をかける。
「っ……いかんな……歳を経てこうも涙腺が緩むとは」
「五年ぶりの息子との再会だったのだから、感極まるのも無理はないと思うが」
「ヤシロ……」
ず、と鼻を啜る初老の紳士ーー稀代の名俳優、剣親臣も弥代が去った後はひとりの親の顔をしていた。肉体を失った彼はもう現世に戻ることは叶わない。いずれこうなることを承知の上、ロンクーは親臣の魂をイドラスフィアに繋ぎ止めていた。
「……心残りがないと言えば嘘になる。私は……あの公演で初めて、ヤシロと同じ銀幕の舞台に立つ筈だった。その為に、……厳しい稽古をつけた」
親臣は知っていた。弥代がこの世に生を受けたときからーーこの子は自分を超える才能を秘めている存在だ、と。
産声を上げる愛しき我が子にまず誰よりも魅了されたのは、他の誰でもない、親臣自身だった。

「ヤシロ!ヤシロ……!!聞いているのか!!さっきの台詞だ……もう一度、感情を乗せて言い直せ!!」
「父さん……」
ある時、珍しく日が落ちる前に帰宅した親臣は弥代に稽古をつけてやろうと誘い、弥代も最初は喜んで台本を手にレッスンに臨んだ。弥代が物心つく前から親臣は弥代を自らと同じ芸能事務所に所属させ、既にスーパースターの地位を確率していた剣親臣の息子ーーという箔もあり、弥代は子役として着々と芸能活動を生活の基盤として成長していた。
親臣の思惑通り我が子の才覚は凄まじく、今年で十歳になろうとする弥代は赤ちゃんモデルやドラマの端役から始まり矢継ぎ早に芸歴を重ね、既に有名放送局の朝ドラマで名前のある子役として毎日のようにスタジオへ出入りする日々を送っていた。撮影のない日は歌唱、ピアノ、ダンスのレッスンーー義務教育もそこそこに、(尤も、弥代の通う学校は芸能人御用達の名門エスカレーター式小中一貫校で、周囲から理解は十分得ていた)芸能活動中心の暮らし、それが弥代の普通であり、親臣もそうだった。今や国内外を問わず活動をする親臣が家にまともに帰ること事態、一週間に一度あるかないか……。ドラマの撮影とあれば地方へ何ヵ月もロケ隊と共に赴き、かと思えば海外へ撮影のために出張撮影、帰国すれば所属事務所によって舞台公演のスケジュールがぎっちりと組まれている……それがこの親子の普通の生活だった。
だから幼い頃の弥代は、親臣が高級タワーマンションのワンフロアを占めるこの自宅に帰宅したとあればとみに喜んだ。明くる朝、父がまた仕事に出ようとすれば離れたくないと足に泣き縋る弥代を、親臣は一層愛しんだ。可能な限り、親臣は自分の撮影所へ弥代を連れて行き、現場で生の演技を見せ、楽屋で台本を読み聞かせながら弥代に文字を教えた。

「……嫌だ」
「何だって」
いつも親臣の熱のこもった演技指導を泣きそうになりながらも歯をくいしばってこなしていた弥代が、そんな弥代が、今日は父にそっぽを向いてそう言った。
バン!と親臣は手にしていた台本を書斎机に叩き付ける。びくりと身をすくませた弥代はーーだが……親臣の方を向こうとしなかった。
「もう嫌だ……今日は……せっかく父さんが早く帰ってきたのに……もう、寝る時間になってる」
「ヤシロ」
「ずうっと……同じ台詞ばかり、読んでる」
「それはお前の感情が台詞に乗っていないからだ、読むのではない、いつも言って……」
親臣の言葉は弥代の中を滑り落ちていくようにまるで伝わっていない様子だった。
「……分からないのか?ここはな、お前の役の少年が母親のために自分の小遣いで買ってきた花を贈る、この回で一番の見せ所なんだ、いつもありがとう、は母への感謝の感情と、気恥ずかしさを含めて……」
「そんなの、分からない!!俺には父さんしかいないのに!!」
「ッ……!ヤシロ……」
「父さんだって……いつも、俺が起きたら居ないじゃないか、最近、一緒に現場へ連れてってもくれないじゃないか」
「それは、お前も撮影があるからだろう……ヤシロ、公私混同するんじゃない、お前が思っているより芸能の道は厳しい、生半可な覚悟で役に臨めば、次は無いんだぞ」
「なら……もうやめる!」
「ヤシロ!!」
パン、と親臣は弥代の頬を張った。同じ芸能の道を歩ませるにあたり、いくら息子といえどもその言い草に怒りを抑えることは出来なかった。
ぶたれた頬を朱に染めた弥代の青い目が潤み、ぽろぽろと涙が溢れ落ちる。弥代の啜り泣く嗚咽が、書斎に悲しく響く。
「すまん……すまない、ヤシロ……。おい、冷やすもの、持って来い、早く」
部屋の外で控える小間使いにそう指示した親臣は、跳ねた白黒の頭をぐしゃりとかき上げ、ああ、子供相手に思わず手を上げてしまったと己の行為を恥じた。だが、弥代の言葉が聞き捨てならなかったのは事実ーー
親の目から見ても整っている顔をくしゃくしゃに歪めて、弥代は涙を流していた。
「泣き止め、ヤシロ……情けない」
「ひぅ、ぅ、……と、父さ、なんか……きら、……嫌いだ……」
真に情けないのは手を上げた自分だが、それでも父親としての沽券か、親臣は弥代をそれ以上宥めすかしたりはしなかった。弥代が本気でこの役をやりたくないと言うのならば……
「父さんの、馬鹿……芸能馬鹿……バカ!!バカ!!」
ぅう、と嗚咽混じりに父親を思い付く限りの罵詈雑言で威嚇する弥代を、親臣はただ見詰めていた。

やがて小間使いが扉を開け、冷やしタオルを銀の盆に置いたものを気まずそうに差し出してくる。親臣はそれを書斎机に置かせると、短く礼を言って退席させた。
「……これで冷やせ、自分でやれるな?」
ブラウスの袖で涙を拭いながら、弥代はぶんぶんと頭を降る。
「甘えるな」
語気を強めた父の言葉に、再びショックを受けた弥代が
わっと泣き始める。その哀れな息子の背の一つでも撫でさすってやりたくなる気持ちを、拳を握りぐっと堪える。
「おまえがさっき言った言葉を撤回しない限り…許さんぞ、泣こうが喚こうが、だ」
「えぅ……グスッ、ぅう……い、やだ、やだ……」
「ヤシロ!!」
「っ……あ……」
ぺたん、と怯えた弥代がその場に膝をつく。そのまま頭を下げた弥代は、ウッ、ウッ、と嗚咽に喉を震わせながら固まってしまった。
「……早く冷やせ、顔の腫れが引かなければ役に支障が出る」
「………………。」
無言の弥代。親臣はふう、と息を吐いた。
「……………拗ねるのはよせ、もうそんな歳でもないだろう」
言いながら、少し前まで無邪気な顔をして台本を懸命に読んでいた弥代を思い、親臣の胸がチクリと痛む。分からない…分からない……弥代は本当に、あの台詞……「お母さん、いつもありがとう」の気持ちが分からないのかも知れない。
こんな時、母親ならどうするだろうか……親臣は考えた。弥代の母はーーここには居ない。弥代はかつての最愛の人の忘れ形見でもあった。弥代は母の乳を吸うことなく育ち、かといって愛情に飢えている様子もなく、父一人子一人ーー素直で聡明な少年として、家にいる幾人かのハウスキーパー達からも常に愛されし存在だった。それが、今ーー。
これは弥代の人生二度目となる反逆なのだろうか、と親臣は思い当たった。よちよちと歩いたかと思えば広い家をまるで怪獣のように荒らし、泣き、言葉も覚束ない頃に弥代は一度目の反逆をした。ハウスキーパーやシッター達が悲鳴を上げる中、だがそうそう家を空けていた親臣の記憶としては、食事をイヤ!と何も食べずに走り回ったかと思えば、やがてスイッチがきれたかのように床で眠る、いかにも可愛らしい姿だった。
さて、どうするかと親臣は腕組みをしてヘソを曲げた可愛い我が子の丸い頭を見下ろしていた。貴重な修練の時間が浪費される一方だと呆れつつ、ついには、親臣の方が折れた。
「……ヤシロ………。風呂にでも入るか……一緒に……」
「………。」
父の提案に、下を向いてべそをかいていた弥代は素直にこく、と首を縦に振り、従った。
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#パパヤシ

HEROたるもの

トウマアンソロに寄稿したSSです。

 鳥頭目芸能塾でのレッスンを終え繰り出した昼下がりの渋谷は、いつも通りの喧騒に満ちていた。
 この街に足しげく通うようになってからはその人波にも慣れたものだったが、今日はまた一段とうるさいのが横にいる。エリーだ。
「俺はラーメン」
「あたしはグリーンスムージーよ!」
 それ腹に溜まるのかよ?と聞き返すも、いいのよ!の一点張りで話し合いにすらならないため、とりあえずどちらも頼めそうな駅前のカフェへ向かうことにしたのだが。
「おまえの横で俺だけガツガツ食ってるのもなあ…」
「台本読んでるからいいわよ、気にしないで」
「いやいや、そうじゃなくて俺が気にするんだって…ん?」
 交差点へ差し掛かったところに人溜まりが出来ていたせいか、自然と二人の足が止まる。
 何かイベントでもやっているのかと思った矢先。
「っ痛ててて…。オイ!何しやがる!」
 突如人混みに響いた怒号に、人より頭一つ高い視線をやる。ざわめく周囲の中にぽっかりとアスファルトの見えるその一画に、ベルトから伸びる鎖をジャラジャラと垂らしながら尻をついた金髪の男と、その両脇には似たような出で立ちの茶髪の男、やたら派手なスカジャンを着たスキンヘッドのいかつい男…いわゆるチンピラの類の男達が目に入る。
 そしてその正面に立っているのは、あろうことか見覚えがある紫のスーツ姿。
「俺はここに立っていただけだが」
 周囲の人々が顔を背ける中、彼は連れの男達に腕を引かれ立ち上がった金髪男に何やら悪態をつかれているようだったが、スラリとしたその両脚は微動だにしない。
「テメェ、さっきからスカした顔で俺の前に立ちやがって、気に入らねえんだよ!」
「信号が変わるのを待っていたからな」
「おいニイちゃん、つべこべ言ってねえでこっち、ついて来いや」
 野次りつつ口端をニヤつかせて進行方向に立ちはだかる男達に、腕組みをして何やら考えるような素振りを見せた後。
「ついていけばいいのか?」
 あっ、と声をかける間も無く、弥代はその”いかにも”な男達と共にビルの隙間へと消えてしまった。

「……ねえ、今の」
「ああ」
 その現場を見てしまったのだから仕方ない。頭で理解するより先に身体が動いていた。
「マイコさんに連絡しといてくれ!」
「ちょっとトウマ!?あたしも行くわよ!」
 駆け出した赤い髪の背を、甲高い声と共に緑のスカートを翻したエリーが続く。


     ◇◇◇


 表通りの喧騒から一転、じめじめして昼なお暗いビル壁に囲まれた袋小路の一角に、果たして弥代はいた。
「見つけた!ヤシ…」
「おい、待てよ」
 なんで!?と不服そうなエリーに対し、こういうのは出ていくタイミングがあるんだよと目配せすると、ひとまず壁の窪みに身を潜める。
 芸能事務所に身を置く立場上、変に騒ぎを起こすより何事も穏便に済む方が良い。しかし当の弥代を取り巻く状況は、思惑とはすっかり真逆を行ってしまっているようだった。
「突っ立ってないで何とか言えよ、オラァ!テメェ…俺にビビって何も言えねえのか?アァ?」
 どこからか吹き付ける換気扇の生暖かい風が漂う嫌な空気の中、人気が無くなったことで気が大きくなったのだろうか。弥代の眼前で凄む金髪男の罵声がコンクリート壁に響く。
「俺はスケジュールが詰まっている。用件なら手短に済ませろ」
「ナニ上から目線で物言ってんだァ?ここまで来て何もしねぇで帰すとでも思ってんのかよ」
「今日はオレ達にたっぷり付き合ってもらわねえとなあ?」
 まるでテンプレートのようなチンピラの言い分に、心の中で頭を抱える。この流れだと、金をたかられるか、最悪リンチか。
 しかし弥代の泰然とした表情は変わらなかった。
「ならば貴様らに用はない。そこをどけ」
 まあ…弥代ならそう返すだろうなと斗馬は軽く溜息をついたが、案の定その言葉で火に油を注いだようにチンピラ達はヒートアップする。
「ハァ?オレ様にぶつかっといて何だよその態度は!さっきからオレ達をナメてんのか!?」
「さっさと詫び入れろや!」
 弥代を取り囲み、コンクリート壁を叩きながら恫喝する男達。いくら弥代といえど相手は見るからに危ない男三人…多勢に無勢だろう。
「オラァ、泣け!泣いて許しを請えば許してやってもいいぜ!」
 嫌な記憶が頭をよぎる。同じだ。
 弥代に昔の自分を見ているようで、胸の奥からふつふつと怒りが噴出してくる。

 しばらくの沈黙の後、弥代はクールな表情を変えないままに口を開いた。
「…泣けばいいのか?」

――やーいやーい!弱虫泣き虫貧乏虫、トウマ!
――悔しかったらじいちゃん連れて来いよー!

 少年時代に受けた自分の境遇に対する嘲り、いわれのない暴力…。
 悲しみの淵から自分を救ってくれたもの、それは…。

「…エリー、いくぜ!」
「はいよ!そうこなくっちゃね」
 再び駆け出した斗馬が、弥代と男達に向かって叫んだ。
「ヤシロ!助けに来たぜ!」
「あたしもいるわよ!ヤシロ!」
「赤城斗馬と…。フッ、丁度いい」
 突如物陰から現れた二人の姿に、何だテメェらと騒ぐチンピラ男達。
「この俺が来たからには……ってオイ、ヤシロ?」
 チンピラヤクザに仁王立ちで大見得を切る斗馬の口上などどこ吹く風、弥代は、つかつかとその横のエリーに近づく。
「弓弦エレオノーラ、今週の季節外れのUFO、シーン8だ。付き合え」
「え?ちょっと、なによいきなり!」
 突然の弥代の申し出にエリーが目を白黒させる。
「月島カグヤが月を見てお前の役のエリコを想うシーンだ。台詞は…」
「わ、分かってるわよ!…『じゃあね、カグヤくん。また明日、学校で!』」

『うん。またね…』

 そう呟いた弥代は、既に別人だった。
『月が、綺麗だ……』
 黒と青の目を細めて見上げる空に、勿論月などない。だが確かにそこにある満月に、ヤシロ――カグヤは照らされていた。
 空気が違う。先程までの路地裏で燻っていた風は、爽やかな夜風となって頬を撫でた。
 実際、斗馬が弥代の演技を生で見るのはこれが初めてだった。

『君を想うよ、エリコ……』
 呟いた弥代の頬にはら、と伝う涙。
 魅入られるとはこの事だろうか。その場に居た全ての者が息を呑む。

「……これで良いか」
「っっ!」
 演技を終え、もとの氷のような表情を貼り付かせた弥代の問い掛けに、あれだけクダを巻いていたチンピラ達が後ずさる。
「ッ、ち、チクショウ!」
「危ない!」
 急に弥代へ伸びた拳に気づいた斗馬が弥代を背後に庇うと、バランスを失った男の身体が派手に転がった。
「グワッ!!……て、テメェ…!」
 金髪のチンピラ男が再び地に手をつける羽目になったせいか、怒り狂った他の男達も続いて振り上げた拳を受けるべく構える。
「やめろ!これ以上手出しはさせねーぜ!」
「そうよ!それにもう警察には通報したわよ!」
 動かぬ証拠もあるんだからと、エリーが動画撮影中のスマホを掲げる。
「チッ……畜生!覚えてやがれ…!」
 したたかに打ち付けた腰を押さえながら、捨て台詞を残してチンピラ達は走り去っていった。

「ああいうヤツらって、逃げ足だけは早いのよね…」
 チンピラ達の逃げた方向を見つめながら、エリーがふくれる。
「ヤシロ、大丈夫か?」
「問題ない。ところでなぜお前たちはここにいる」
 それを聞いたエリーが、なんですって!?と言わんばかりに目を見開くと、今度は弥代に向かって大口を開いた。
「あなたが明らかに危ないヤツに絡まれてるのを見たからでしょ!心配したんだから!」
「…心配?」
「ほんっっと、お礼くらい言ってもらっても良いんじゃない!」
「礼か、今お前に稽古に付き合ってもらったことに対してか?」
「違うわよ!!」
 じゃじゃ馬よろしく騒ぐエリーと、腕組をして首を傾げる弥代の様子に、斗馬はポリポリと頭を掻きながら盛大な溜息をつくしかなかった。


     ◇◇◇


「…と、まあ、そういった感じで。大事にならなくて良かったぜ」
「そうか。大変だったな、トウマ」
この後始まる雷牙ヒーローショーの控え室で待つ間、斗馬は件の事の顛末をカインに話していた。
「いや本当…。あの後ヤシロはすぐジムに行っちまって、おかげでエリーの機嫌はずっと悪いし、マイコさんからは鬼電されるし……。ま、でも」
「うん?」
「あいつ…ヤシロが、あの時まさか演技で悪を圧倒するなんて、思いもよらなかったぜ」
「ヤシロ殿の優れたパフォーマをもってして悪を成敗したという事か」
「それに…見てて正直、カッコ良かった」
「ふむ……」
 パイプ椅子に座る斗馬が、膝の上で組んだ手に視線を落とす。
「カインには言ったよな?俺がヒーローを目指すきっかけ…。あんまり良い話じゃねえけど、子どもの頃に両親が蒸発してから、俺は周りのやつらに泣かされっぱなしで……。それで俺は、テレビで見た憧れのヒーローになるって決めた訳だけど」
「そうだったな」
「でさ、高校でイツキと会ってすぐぐらいに…街で偶然、俺を虐めてた奴等と出会ったんだ。その時、俺は不安だった。また何か言われたりするかと思って…。案の定そいつらは俺とイツキに絡んできた。どうしてこんな貧乏な奴なんかと一緒に居るんだって」
「……………」
 言いにくそうに話す斗馬をカインの真一文字に結んだ口が見つめる中、一呼吸置いて、再び斗馬が口を開く。
「でもさ、イツキは今まで俺を虐めてきた奴等にきっぱり、友だちだから、って言ったんだ」
「ほう…。なるほど、イツキ殿らしいな」
「まだ高校始まったばっかで、友だちらしいことなんて一つもしてねえのにだぜ?でも俺はその一言にすげー救われて…あの時のイツキは、俺のヒーローだった」
 カインが頷く。
「そんな風に…こう、自分の信じるやり方で周りを納得させる力があるってのは凄いって思ったんだよ、ヤシロの演技も、イツキの言葉も」
「そうだな、人は様々な力を持っている…。英雄たるもの、仲間の持つ力を認め、共に歩むのは大切な事だ」
「だよな。だからこそ大事な仲間を悪の手から守りたいし…俺も、ミラージュマスターとして負けてらんねー!って」
「その意気だ、トウマ。お前のその仲間を思う熱き心の強さは、他の誰よりもパフォーマの輝きを放っているぞ」
「ハハッ、カインにそう面と向かって言われると嬉しいぜ」
いつもは厳しいカインの激励を受けた斗馬は、照れ臭そうに鼻の頭を人差し指で撫でた。

 その時、控え室にノックの音が響く。
「すいません、挨拶に来ました!」
「おいっす、どうぞ!」
「失礼しま……えっ!?」
「んなっ…お前は…!?」
 控え室に入って来た金髪の男の姿を見るなり、斗馬は目を疑った。その男が今しがた話していたチンピラ連中の主犯格だったからだ。
「なんでここに…」
 件の恨みを晴らしに来たのかと警戒する斗馬だったが、その意に反し、金髪男は照れ臭そうに頭の後ろに手をやるとぺこりとお辞儀をした。
「あっ、あの、実は…あの時の演技見て…俺もガキの頃から役者になりたかった夢を思い出しちまって…。それで手当たり次第演者の応募してたらここのショーのエキストラに受かって…」
「!?」
男から出た思いもよらない言葉に、斗馬は開いた口が塞がらなかった。
「あんた、フォルトナエンタテイメントの赤城斗馬だろ?牙豹真役の…。俺より年下なのにすげえ。大抜擢だ」
「え、いや、まあ…。下積み長いし、演技も、まだまだだけどな」
「そんなことねえ!…あ、いや、ないですよ!今日のショー、よろしくお願いしまっス!」
 あと、良かったら俺を弟子にして下さい!と手を差し出してくる男に、斗馬はさらに面食らう。
「フッ…トウマ、お前も英雄たる者、応えてやる必要があるんじゃないか?」
「…ああ」
 カインの声に、斗馬は吹っ切れたようにいつもの笑顔を見せた。
「もちろんだぜ!ヒーローたるもの昨日の敵は今日の友!これからよろしくな!」
 感激で破顔する金髪男の手を取ると、二人はひしと熱い握手を交わした。



後書
参加させていただきありがとうございました!
カインと兄弟みたいに語り合う関係が熱くてめっちゃ好き…
(そして当然のように出張るエリーとヤシロ)

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フォルトナバースデーパーティー(for樹)

フォルトナ事務所メンバーみんなで樹くんの誕生日をお祝いする、はずが…!?
樹愛されほんわか(?)SSです。
※セミネタ注意

20××年7月30日。

「お誕生日おめでとう!イツキ君!」
「イツキ!おめっとさーん!!」
「イツキさん、おめでとうございます!」
樹が事務所の自動ドアを潜るなり、パン、パンと小気味好い音と共に弾けたクラッカーから紙吹雪が舞った。
驚いて前を向き直ると、そこには見知ったフォルトナのメンバーが一同に会していた。
「ツバサ、トウマ、マモリ…それにキリアさんまで…わざわざ集まってくれたのか?」
「もちろんです!」
「おう。まあこれでも被って座れよ、主役らしくなっ」
斗馬に手渡されたキラキラの青いホイルが巻かれた三角の帽子を樹は照れくさそうに被ると、促されるまま入り口横の応接ソファへ腰掛ける。
「私からも…おめでとう。イツキ」
先に座っていたキリアが樹にそっと声をかけた。
「ありがとうございます。スケジュール忙しいのに、俺の為に時間作ってくれたんですね」
「気にしないで、前々から調整していたから。マイコにも融通してもらって」
「そうよぉん!みんなでイツキくんのお誕生日のお祝いするために、マイコさん頑張っちゃったんだから!」
と、奥から舞子がいつもの調子で姿を見せる。
「私も、頑張って今日のお仕事終わらせちゃったわ、ウフフ」
ふんわりと悪戯っぽい笑顔を浮かべる彩羽がそれに続く。
「マイコさん、アヤハさんもありがとうございます。あれ、でも、エリーとヤシロは…」
「待たせたわねっ!」
自動ドアの方から聞き覚えのある高らかな声が聞こえ、一同がそちらへ目をやると、銀のトレイに乗った大きなホールケーキを携えたエリーが仁王立ちしていた。
「見なさい、これがイツキの誕生日のお祝いのために作ったケーキよ!」
どん、とソファ前のローテーブルに置かれたケーキは、色とりどりのフルーツと白いホイップ、金銀のアラザンでデコレートされ、土台にはピンクと黄緑のリボンが巻かれている。
「すごいな…これ、本当に手づくりなのか…?」
「ほんとだ、スゲー!!」
「すごいです!!」
「ハリウッド的に手づくりよ。ねぇ、ツバサ」
「うん!エリーちゃんと二人で頑張って作ったんだ!…えへへ、土台はほとんどエリーちゃんだけど…」
「すごいわねぇ、さすが、若さ…情熱のなせる業だわっ…!」
舞子が感極まったように眼鏡の奥を押さえている中、つばさがポケットから何かを取り出した。
「あとこれも、エリーちゃんと一緒に選んで作ったんだ!はい、イツキ君」
手渡されたそれは、細い革紐にA・Iという銀のアルファベットキューブと、輝く青いビーズや星型のパーツがつけられたものだった。
「これは、ストラップ?」
「そうよ!」「そうだよ!」
返事が被ったつばさとエレオノーラが顔を見合わせるのを、他のメンバーは微笑ましく見守っている。
「ハ、ハリウッド的にオシャレに仕上げたんだから、ちゃんとつけてよね、イツキ!」
「うん、早速つけるよ。ありがとう、ツバサ、エリー」
にっこりと笑顔で応える樹に、目線をそらして照れた表情をするエレオノーラと嬉しそうに手を胸の前で合わせるつばさに、あらあら、と背後の舞子と彩羽は顔を緩ませていた。
「イツキ、俺もこれ、プレゼントな!」
ガシャガシャとわざとらしく音を立てて、斗馬が紙袋からビニールの袋に入った物を差し出してくる。樹が手に取り中身を取り出すと、黒に蛍光グリーンのラインが入ったメッシュ帽が出てきた。
「スポーツ用のキャップか?ありがとう」
「ただのキャップじゃないぜ…何と!ライガモデルの新作、劇場限定版だ!ちなみに俺はこの、オウガモデルを愛用してるからな!」
ちゃっかり腰のベルト紐に付けたカラビナに下げていた黒に赤のラインが入ったオウガモデルキャップを被ると、ビシッとヒーローポーズを決める斗馬。
「はは、トウマらしいな。ありがとう。ジョギングする時にでも被るよ。」
「私からも、イツキさん。はい、どうぞ」
まもりが差し出したのは可愛らしいうさぎ柄の小さな袋。開けると、3種類の銀に光るくねくねした棒が出てきた。
「これ、知恵の輪…?懐かしいな」
「イツキさん、パズルを解くのがお好きだって聞いたので…。私もむかしおばあちゃんに貰ったんですけど解けなかったので、ぜひチャレンジしてみてください!」
「ありがとう、やってみるよ」
「私からはこれ…。イツキの好みに合うかはわからないけど」
まもりの隣に座る霧亜が取り出した箱を開けると、流線状の細工が施されたシルバーのブレスレットが出てきた。
「おお、カッコいいじゃん!」
「ほんとだ、俺、似合うかな…」
「ねえねえ、着けてみて、イツキ君!」
つばさに促され、洗練されたデザインのそれを手首にはめる。樹の手首にぴったりのサイズだった。
「すごい、オトナって感じね…」
「イツキさん、かっこいいです!」
「ありがとう。キリアさんも、わざわざ選んでくれてありがとうございます。」
「どういたしまして。」
フフ、と可愛らしく微笑む霧亜の背後で、可愛いわ…と呟くサーリャが一瞬浮かんで消えた。
さらに彩羽からはハンカチ、舞子からはノンアルコールのシャンパンを出され、さあ乾杯しようというところで樹がはたと気づいた。
「……ヤシロは?」
そういえば、とメンバーが事務所を見回しても弥代の姿がない。
「ヤシロさん、朝から事務所に居るのを見ましたけど、どこへ行っちゃったんでしょう?」
「あ、あたしも食堂の冷蔵庫にケーキ取りに行く時見たわよ。給湯室のコンロで何か作ってるみたいだったけど…」
「作る?……料理とか?」
一同がまさか、と目を見合わせると、計ったかのように入り口の自動ドアが開く音がした。

果たして、スーツに例のレンチンエプロンを巻いた弥代が満面の笑みを浮かべて仁王立ちしている。
その手に持つ皿の上には…。
「きゃああああああーーーーーー!!!!!む、虫!!虫ーーーーー!!!!!」
白い皿の上にこんもりと盛られたそれを見てしまったつばさが悲鳴を上げる。
「お、お、落ち着きなさいよツバサ!む、むむ虫くらいで…!!」
「イヤーーーー!!!!!来ないで!!早く!キン○ョールしないと…!!!!!」
前にもこんな事態になったのを思い出しながらも、樹はつばさとエレオノーラをなだめる。その横の霧亜はというと、引き攣って固まっていた。
「ヤシロ、そ、それ…生きてるのか…?」
「いや。調理済だ」
「調理って、それ……」
「セミ、ですか…?」
斗馬とまもりの質問に、そうだ。と弥代が深く頷く。
「蒼井樹のために用意した、蝉の素揚げだ。」
「セミ……素揚げ……って、食えるのかそれ…?」
「俺がこの世界で最も好む食事だ」
弥代の衝撃の発言に、ザザッと周りの面々が引いていくのを感じる。
しかし至って真剣な眼差しでその皿の上のものを一つ摘んで顔の前に差し出してくる弥代に、樹はそのブツを苦笑しながら受け取るしかなかった。
「食べてみろ。見た目はこうだが…味はそんなに悪くないはずだ」
「う、うん…」
「イ、イツキ君、止めておいた方が…」
「いや、男を見せる時だぞ、ここは…!」
「ううぅ、イツキ君がセミを食べるところなんて見たくないよぉ…」
弥代から受け取ったそのゲテモノ…とどのつまりセミは、素揚げ故に生きている時の形ほぼそっくりそのままの姿だった。
今朝まで外で元気に鳴いていて、まさか素揚げにされるとは思っていなかっただろうそのセミの、つぶらな丸い二つの目が樹を向いている。
「うっ……。」
堪らず視線を上げれば、こちらを見据える弥代の色の違う二つの瞳と目が合う。正に前門の虎、後門の狼。さらに周りは四面楚歌。
さっきまでの和気藹々としたムードからは一転、事務所の中はただならぬ緊張感に満たされていた…。
「い、いただきます」
「頑張って、イツキ君…!」
「食レポしてください…!!」
樹がそれを口に入れようとしたまさにその瞬間、ドサッと何かが倒れる音がした。
「キ、キリアさん!!」
「ちょっとキリア!!大丈夫!??」
慌てて舞子がソファから床に滑り落ちた霧亜を助け起こす。
「ぜんぜん大丈夫じゃ…ないわ……」
「わ、私も倒れそう……」
「ツバサ!」
「ああもう、ちょっとヤシロお前それ下げろ!視覚の暴力すぎる!!」
「そうね、今すぐ中身が見えない箱か何かに厳重に封印した方がいいわね…」
「何故だ?」
「ヤシロさん、そうしましょう!私も手伝います!」
顎に手を当てて首を傾げている弥代を、半ば強引に引っ張りながらまもりが事務所の外へ連れて行った。
嵐が去った空気の中、すまなさそうに舞子が口を開いた。
「ごめんなさいねイツキ君。ヤシロ君たら、イツキ君のために一流のオードブルを用意するって言ってたから期待して任せたんだけど…」
「いえ、ヤシロも悪気があったわけじゃないですし…。それにこれ、本当に美味いのかもしれないと思うと俺の中の食レポ魂が疼いて…」
「もー、止めときなさいよ!それよりあたしのケーキを!!食べて!!!」

その後、まもりによってきれいに箱詰めされた例のものを弥代から改めて受け取ると、ようやく元の和やかな雰囲気の中、樹の誕生日パーティが始まった。
「みんな、ありがとう。」
「イツキ君!スマイルスマイル、歌って~!!」
「はいは~い、そのままみんな笑顔で写真撮るわよ~ん!」
「うおっ、このケーキ美味っ!」
「ちょっとぉ!アンタが1番に食べてどうすんのよトウマ!」
「これは…うむ。まあまあだな」
「…そこはあの、光線吐くところじゃないんですか、ヤシロさん」
「もう、ふざけてないで撮るわよ…(後でトウマを殺すしかないわね…)」
「ウフフ、キリアも笑って。ほら、タイマー、3、2、1…」

モニターから流れるsmile,smileをBGMにして楽しむフォルトナメンバーの様子を、青い扉の向こうからミラージュたちは暖かく見守っていた。

END
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#青井樹愛され話

樹くんおたおめ2021

※特別END後の世界、ドネタバレです


「イツキしゃ・ちょ・う❤お疲れ~ん❤」
「舞子さん」
終令時間に合わせて事務所へ姿を現した舞子の猫なで声が社長室に響く。後ろには彩羽と、つばさの姿もある。そういえば今日はフォルトナが誇る花のアイドルたちが揃ってファッション誌の撮影に出ていたんだった。
「みんな、お疲れ様です」
「ちょっとちょっと!まず一番に気付くことあるでしょう?」
ほぅら、と舞子がその名の通り舞うようなステップでくるりと樹の前で回る。そこで、彼女のまとう衣服が普段のスーツではなく、華やかな和装であることに気付いた。空を流れる少し長めの袖や袂には色鮮やかな南国の赤い花が描かれていて、帯は少し透け感のあるふんわりとした素材の、トロピカルグリーンのリボンが靡く。
「どうかしら?撮影で着せて貰ってそのまま借りてきちゃった」
「すごいです、似合ってますね」
浴衣なんてこのご時世、あまり着る機会ないものね~とまるで幼い子どものようにウキウキした感情を振りまく舞子の後ろで、織部姉妹も同じ様相でにこにこと笑みを浮かべている。
「えへへ……どうかな、私も、こんなにきちんと着せて貰ったのはじめてだよ」
樹にそう言って照れたような顔をしているつばさの浴衣は、夏の青空のように爽やかな色の生地にピンクや薄紫が滲んだきれいな水彩画タッチの朝顔が咲き、それらは腰の部分で太陽の日射しのような黄色の絞り地の帯で柔らかく結われていた。
横の彩羽もデザインが同じ、いわゆる色違いの浴衣だったが、朝日のような白黄の地色に夕顔が綻んでいる、つばさとは対照的に何とも大人っぽい出で立ちであった。
うん、みんないつもよりおしとやかな雰囲気ですごく似合ってるよ、と樹が告げれば、まことか!とつばさは褒められた子どものように破顔してその場で飛び跳ねた。つばさ、せっかくセットしてもらった髪が乱れちゃうわよと早速彩羽に宥められていて、やっぱり中身はいつも通りだと、樹はその姿を微笑ましく見守った。
「そ、れ、で!じゃーん!!」
「うわっ、な、何ですか」
いきなり舞子が黒っぽい巨大な布を目の前に広げたものだから、驚いて樹はガタンと緋色の社長椅子の上でのけ反った。
「樹社長にも、これを着てもらおうと思います!!」
舞子が差し出したのは、紛れもない男性用の浴衣だった。
「衣装さんにお願いして、借りてきたの」
「で、でも俺、浴衣なんて着たこと……」
戸惑う樹に、大丈夫よと舞子が背後に合図を送る。自販機の陰から現れたのはーー
「ようやく出番か、待ちくたびれたぞ」
「オーッス!イツキ」
「ヤシロ、トウマも……」
背の高い男たちもいつもの洋装ではなく、やはり一様に浴衣を纏っていた。俺も弥代に着付けてもらったから、樹もあっちで着てこいよ、と夕日の橙から夜空に変わる闇色のグラデーションに格好良く染まった浴衣の斗馬が樹の方へやって来て、社長椅子に沈んだままだった樹を引き起こした。
「本当にいいのか?」
「無論だ、さあ、着替えるぞ」
斗馬に背中を押されて進めば、舞子から受け取った濃紺の着物と帯、草履に至るまでの一式を手に待ち構えていた弥代が不敵な笑みを浮かべていた。事務所横の会議室を更衣室にしてそこで着替えようと誘う弥代も、もちろん全身を黒に纏めた浴衣に、腰にはカチッとした掠りの帯が巻かれていた。俺も手伝うぜ、と斗馬も後に続く。
バタバタと移動する男たち三人を、賑やかに舞子たちは見送った。

「終わったぞ」
「お待たせしました……って、えっ!?」
ウィーン…と左右に開いた事務所の自動ドアをくぐれば、応接室であるそこにカラフルな風船が飛び、目の前にパン、とクラッカーが弾ける。
『イツキさん、おめでとうございます!!』
『ハッピーバースデー…イツキ』
『ハリウッド的にお祝いのメッセージよ!』
ライブツアー中のキリアと、ハリウッドにいるエリー、そしてまもりは自宅の画面モニタの向こうから、事務所の大きなTVモニタ類を通して映像とメッセージが聴こえてくる。
「俺のためにわざわざ……!?みんな、ありがとう」
このメンバーから祝福を受けるのはもう何度目だろうか。毎年、手の込んだ趣向に驚かされてしまう。さすが芸能に携わる面々$2014$2014人を喜ばせるエンタテインメントに抜かりはない。
「さあ、みんな今から樹社長のお誕生日をサプライズで祝う、プレミア配信の時間よ!同時にショート動画も撮りまーす❤ さあ、みんな踊って踊って❤」
「お、踊…!?」
『源まもり、新曲のふぉるとな音頭を唄います!聴いてください』
『すごいわ、まもり!アタシもこっちで踊っちゃうから!』
『ええ、あなたたちは私の振り付け通りに踊れば良いわ、よく見てなさい』
まもりの可愛らしい声にモダンな和風歌謡の音頭のメロディーが乗り、その節に合わせてキリアがライブの楽屋裏で伸びやかに踊る。いつものダンスとは異なるゆったりとした動きを、つばさも早速真似して踊っていた。
「さあ、イツキくんも踊ろう!」
「えっ、あ、ああ……振り付け、分かるかな」
「何を弱気になっている蒼井樹。ここには俺も居るのだ、来い、手ほどきしてやろう、赤城斗馬、お前もだ」
「あれ?これもしかして俺も踊る流れ……?」
当・た・り・前・よ❤とハンディカムを手にした舞子が、メンバーたちを順繰りにファインダーに収める。
最初はぎこちなく動いていた彼らも、繰り返される音頭の主な振り付けをすぐに覚えると徐々に輪になり踊り始める。
「やっぱり若いコたちは覚えが良いわ~~!バリィもさすがね、日本文化を熟知してる」
「本当に、もうみんな動きがまもりちゃんの唄のリズムとぴったり合ってるわ」
「そういうアヤハも若いんだから、ツバサと一緒に踊ったらいいじゃない」
「私はライブ中継の実況解説を入れないと」
「あらん、じゃあ一緒に飲みましょ、ほらほら」
「もう、マイコったらすぐ日本酒開けちゃうんだから……イツキくんの誕生日に酔い潰れないでね」
「ハイハーイ❤あら、今のターン良かったわよ、トウマくん」
「うっす」
「ヤシロくんもキレキレ……音頭なのにすごいわ」
「イツキくん、次はこっち、上げて、下げて」
「ああ、右、左……」
「ふむ、大分形になってきたな……」
『良い感じ、ね、エリーは?』
『アタシもハリウッド……じゃなかった、フォルトナ音頭、バッチリ覚えたわよ!』
『お粗末様でした』
まもりが6番まである長い音頭を歌い上げると、お次はどこに隠していたのか、樹を祝うべく用意された大きな誕生日ケーキが登場した。それだけではなく、縁日にありそうなカラフルなチョコスプレッドがかけられたバナナや、フルーツ飴、かき氷もあるわよ、と舞子がキャスター付きのオシャレなキッチンテーブルに乗せたそれらをカラカラと運んでくる。
やったー!!と喜ぶつばさに、食物の登場にテンションを上げる斗馬と弥代。踊りに汗した樹もペットボトル飲料水を傾けつつ、嬉しさに満ちた笑顔を向けた。

「あー、楽しかった!」
宴を終えて帰路に着く事務所の面々を、細い月が照らしていた。
ビル街を抜けて駅へ来たところで、気を付けて帰りなさいね~と保護者然とした舞子が赤ら顔でひらひらと手を振った。見送られつつ、舞子さんこそ帰り大丈夫なのかよと斗馬が呟いたのは聞かなかったことにしておこう。
帰る方向が違う弥代とホームで別れて、つばさと彩羽、樹、斗馬が帰宅ラッシュをやや過ぎた電車に乗り込む。
「イツキくんも楽しめたかしら?」
「はい。浴衣と、まさか音頭まで用意されてるなんて」
「ウフフ、プレミアライブ配信も好評だったみたい。アーカイブの準備をしなきゃ…」
「もう、お姉ちゃんも一緒に踊れば良かったのに」
「そうですよアヤハさん!そうだ、また振り付けの動画撮りましょう!ツバサちゃんと一緒に!」
「それいい!お姉ちゃんとなら喜んで踊るよ!」
話を弾ませていたその時、パッと電車外の空が光る。
それに気付いた周囲に乗り合わせた人々も、わあっ、と歓声を上げた。
「花火!花火だよ!」
ドン、とまた大きな光の花が夜空に咲く。まさかのシークレット花火大会だった。
「すごい、サプライズプレゼントだね!イツキくん」
「ああ……まさかこんな近い所から見れるなんて」
「うおっ、デカいぜ!また上がる!」
ヒュゥ……と空を切りながら音を鳴らす花火玉が、また特大の花をバンと咲かせ、電車内から拍手が上がった。
「すっげー…七色だ」
「ほんと、珍しいわ……キレイ……」
赤、青、黄、緑、ピンク、紫、白……それらがまるでグラデーションの虹になったかのような花火が打ち上がり、窓を見つめる樹の瞳に七色の光彩となって映る。
それらの綺麗な輝きは、まるでいつかのパフォーマとそっくりだなと、樹はふと懐かしい相棒たちのことを思い出した。
彼らもーー遠い世界で、このような美しい光景を目にすることは出来ただろうか。
「きっと……」
「どうしたの?イツキくん」
「いや、綺麗だなって」
光に照らされた真っ直ぐな樹の蒼い目に射抜かれたつばさは、え、ええっ!?と真っ赤な顔をしてあたふたと落ち付きを無くしたところで、また大きな花火が連続で上がり出す。ドン、ドン、と眩しい程の光の洪水が空一面を照らす中、電車はまだしばらくレールを走っていく。
我ながら、最高の誕生日だと言える程のプレゼントを受け取った樹は、この幸せな世界の下ーーたとえ見上げる空は違えど、かつての相棒にもこの輝きが映ればと願いながらーー今日の景色をしかと胸に刻んだ。

END
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#青井樹愛され話

フォルトナバレンタインデー2

樹愛されSSその2。
フォルトナメンバー+仲間ミラージュ総出演でバレンタインのあれこれ妄想。
2/14の気分でお読みください(天気は雨)
※性懲りもなくまた虫ネタ有り


日曜日の朝。
昨夜から降り続く雨の中、蒼井樹はいつものように事務所へやって来た。
珍しく、入り口横のソファにつばさが座っている。
「おはよう、イツキ君!」
「ツバサ。おはよう」
樹の姿を認めるなり勢い良く立ち上がったつばさが、何かを差し出した。
「イツキ君!はい!」
「これは…?」
赤いリボンの付いた可愛らしいハート型の箱が目に入る。
「バレンタインデーのチョコレートだよ!えへへ、エリーちゃんに教えて貰って、今年は手作りしちゃった…」
「ツバサがチョコを手作り!?」
「か、形はちょっとイビツかもしれないけど、味は心配いらないから!…イツキ君、受け取ってくれる?」
「そうなのか…うん、もちろん。ありがとう」
おっちょこちょいで知られる幼馴染の作に一抹の不安を抱えつつも、つばさが嬉しそうにえへへとはにかんでいる姿を見ると微笑ましく感じた。アイドルになっても、こういうところはいつもと変わらない。
「…おはよう。イツキ、ツバサ」
「キリアさん」
ふと後ろを振り返ると、今度は霧亜がやって来たようだ。
髪に滴った雨粒を払いながら、いつものクールな出で立ちで二人の前に立つ。
「あっ、キリアさんにも、…はい、どうぞ!」
「これは…?」
「チョコレートです!あ、あの、手作りしたので、お口に合うか分かりませんが、良かったら…」
「貰ってもいいけど、私は女よ?」
「あ、いえ、友チョコです…って、キリアさんは友だちじゃない!すみません!あの、でも、えっと…食べて欲しくて、あの…」
「あなたの気持ちは分かってるわ、ツバサ。わざわざありがとう。頂くわね」
「わ、わぁ$301C!ありがとうございます!キリアさんに貰ってもらえたよ$301C!嬉しい$301C!」
「良かったな、ツバサ」
「……チョコレート……ね」
手放しに喜ぶつばさの横で微笑む樹の様子に、ため息のような呟きが霧亜の口から漏れる。
後ろ手に持った包み紙が、カサ、と音を立てた。
「キリアさん?」
呟きが耳に届いたのか、見つめているのに気付いたのか。樹が不思議そうに霧亜の方を向く。
「…何でもないわ。じゃあ、私はこれから新曲のレコーディングの打ち合わせに出るから」
「はい。雨で移動が大変だと思いますけど、頑張って下さい」
「新曲、楽しみにしてますっ!!」
見送る二人に踵を返そうとした霧亜の動きが、躊躇いがちに止まった。
「…イツキ。これ…良かったら食べて。あなたにはいつもお世話になってるから」
ぽん、とカラフルな包みが手に乗せられたかと思うと、霧亜はガラス扉をくぐり、振り返る事なく行ってしまった。
「これは…?」
「あ、あああああ!!いいな!いいなああイツキ君!!!わ、私も、キリアさんのチョコ、欲しい$301C$301C!!!貰いたいよーーーー!!!」
樹の声に被り気味に叫んだつばさの声で、手の中のそれがチョコレートの入った箱だという事に気付いた。
今日はバレンタインデー。さすがに霧亜の気持ちであるそれをつばさに分ける事は出来ないと思い、羨ましがるつばさをなだめる。
「悪いな、何か。俺なんかにキリアさんまで気を遣って貰って」
「…ううん、それはイツキ君の頑張りを、キリアさんもしっかり認めてくれてる証拠だよ!良かったね、イツキ君!……わ、私も、いつもすっごくイツキ君に助けられてるから…!ありがとう!」
「ツバサに改めてそう言われると照れるな…うん。こちらこそありがとう、これからも頑張るよ」
「私も、キリアさんに褒めて貰えるぐらい頑張るから!じゃあ、マイコさんに今日のお仕事の内容聞いてくるね!」
笑顔を取り戻したつばさが事務所の奥へと向かうのを見送りながら、自分より先に来ていながらなぜ今日の仕事のスケジュールを把握していないのかと、樹は頭をひねった。
(まあ、ツバサのことだからな…)
いつものドジっぷりを少し不安に思いつつ、自分もスケジュールを確認する。
これから昼過ぎまで烏頭目レッスン場で演技のレッスンがあるらしい。
貰ったチョコをレッスンウェアの入ったスポーツバッグにしまうと、樹は事務所を後にした。

---
「あ!イツキ、おはよう」
「はよーーーっす、イツキ」
烏頭目レッスン場に着くなり、頭の色が派手な二人に迎えられる。エリーと斗馬だ。
「二人とも、早かったんだな」
今日は珍しく、この三人でレッスンを受ける。何故なら、斗馬が主役を務める特撮に樹はエキストラ、エリーはホラーハンターアンジェと凰牙のコラボとしてゲスト出演する事になったので、どうせならトリオで練習を、との事だった。
「同じ事務所仲間だけど、レッスンは本気でビシバシいくわよ!イツキ!トウマ!私のハリウッド魂をしっかり感じなさい!」
「それはこっちのセリフだぜ!特撮は俺の十八番だからな、先輩として技の魅せ方ってモンを披露してやる!覚悟しろよ、イツキ!」
「ちょっとお$301C$301C!私とイツキの方が先に同じシーンで出番があるんだから、トウマは台本合わせが終わるまで引っ込んでなさい!」
レッスン開始前から、エリーも斗馬もやる気は十分らしい。が、十分すぎて少々熱が入りすぎているようだ。
「だから、大事なのはクライマックスに至るまでの技の魅せ方で…!」
「そんなことウダウダ言ってるヤツには、チョコレートあげないから!」
「へ?……あ、そっか、今日はバレンタインだったな…」
話がこじれてフン、とヘソを曲げたエリーと、困惑する斗馬の様子に苦笑する。
「トウマ、残念。」
「イツキには、ちゃーんと用意してあるからねっ!」
「うっ…。す、すいません。でした。」
毎年、貰ったチョコの数は男の沽券に関わるのだろうか。やけに素直に斗馬が頭を下げている。
「もー、仕方ないわねぇ。私のハリウッド的に最高の手作りチョコ、あんたにもあげるわよ」
「エリーは料理上手だもんな。ツバサにも教えてくれたんだろ?」
「…へ!?何でイツキが知ってるの?」
「ここに来る前に事務所で貰ったんだ。ツバサと…あと、キリアさんに」
「…!」
「ツバサちゃんからだけでなく、キリアさんからもチョコを!?」
そうだよ、と肩にかけたままだったバッグの中から、2つの包みをチラリと見せる。
「…さすがイツキ…男としての余裕を感じる……」
「……フ、フン!大事なのは中身なんだから…!」
さっきまで威勢がよかったはずのエリーが、慌てて隅に置いていたバッグから小包を手にすると、樹へ近づく。
「はい、これ!忘れない内に先に渡しておくわ、イツキ……えっと……いつも、ありがと……」
「え、あ。ああ。ありがとう、エリー」
唐突に突き出されたそれを受け取りながらエリーの方を見ると、さっきまでの威勢はどこへやら、頬がポーっと赤くなって目線を逸らしている。
「エリー、顔が赤いけど、風邪?その服、寒いんじゃないか?」
「ハアッ!?…そ、そんなワケないでしょ!このハリウッド的に動きやすいスタイリッシュなレッスンウェアのどこが寒そう…って、もう!この天然ニブチン王子!」
「え、ごめん…」
俺、何か間違ったかな…というイツキの呟きを聞いたエリーは、さらに顔を真っ赤にして、「もう、知らない!」と言ってプイと横を向いてしまった。
そのやりとりを横で見ていた斗馬は、あちゃーと顔を覆い肩を落としていた。
「オイ!オマエラ、真面目にやってンのか!?」
と、バリィが絶妙のタイミングでレッスン場の扉を開き、どたどたと体躯を揺らしながら参上した。
「バリィさん、遅かったですね…今日は一体何に並んでたんですか?」
「Oh、愚問ダナイツキ。今日は何の日ダ?答エテみヤガレ!」
「えと…バレンタインデー…ですか?」
「Yes!イツキ、ソノ通りダ!コレをとくと見ヤガレ!!」
バリィが高く掲げているのは、いつも彼のシャツに描かれたキャラクターがチョコレートを差し出しているイラストがプリントされた紙袋だった。
「フフフ…昨日の夕方から並んで手に入れてキまシタ…大勝利デース!」
「はあ…。」
よく見ると目の下に色濃い隈を作っているバリィが自慢気に語り始めるのを、呆れた様子で見守る三人の元に、今度は天使のような明るい声が届いた。
「おじちゃん$301C。おはようございます」
「Why!?まもりん$301C$301C$301C!?!?」
小柄な陰がレッスン場の扉を開けて入って来る。いつもの和装姿の源まもりだった。
「イツキさん!エリーさんとトウマさんも、おはようございます」
「Oh…まもりん…今日も天使の出で立ちデースね…徹夜明けの目に沁みマース…」
感慨深く呟くバリィをよそに、やって来たまもりを和かに迎え入れる。
「マモリ、おはよう」
「はい、おはようございますイツキさん。収録まで時間があるので、ちょっと抜けてきちゃいました。今日はこちらでレッスン中とマイコさんに伺ったので」
そう言うと、まもりは腕に下げていた紙袋から、小さな箱を取り出した。
「はい、イツキさん。今日はバレンタインなので、まもりん特製チョコレートです。おじちゃんにも、どうぞ」
「あ、ありがと…「オオオーーー!!!!!Great!!まもりんはやっぱり2次元から3次元に降り立った天使デース!!!天使のチョコをGetデーーーーース!!!!!」
イツキの感謝の声が、歓喜したバリィによってかき消されてしまう。が、慣れた様子のまもりは構わずニコニコしていた。
「お、俺には……?」
「もちろんありますよ!はい、斗馬さん。いつもありがとうございます」
良かった$301Cと胸を撫で下ろす斗馬の横で、「男冥利に尽きるゼ……」とバリィが感涙している。エリーと言えば、男ってホント厳禁ねと言わんばかりの視線を横目で送りつつ、台本をめくっていた。
「レッスン中にお邪魔してすみませんでした。では、戻りますね」
「ああ。外は雨だけど気をつけて。わざわざありがとう、マモリ。撮影、頑張ってね」
「は、はい!頑張ります。イツキさんも、無理せずに頑張って下さい!」
「ありがとう」
えへへ、と照れ笑いを浮かべたまもりが、レッスン場を後にする。
「イ$301Cツ$301Cキ$301C$301C」
「うわっ、バリィさん…!?」
和やかだったムードがバリィの怨念が篭った一声で一転した。背後にドス黒いオーラが透けて見える。
「キサマ、今日のレッスン……生きて帰レルと思うナよ!!!!!トウマ!オマエもナ!!!」
「うえっ、どうして俺まで……!」
巻き添えを食らった斗馬が不満そうに漏らす。
「さーんせい。こうなったらみっちりレッスンしましょうね、イ、ツ、キ」
「あ、ああ…」
こうして、今日も烏頭目レッスン場名物、地獄のスパルタレッスンが開始した。
昼食時には、つばさのtopicに『さっきはありがとう、また今度チョコレートのお返しをさせてもらうわ』と霧亜からのメッセージが届いたことをつばさが歓喜して伝えてきたが、ヘトヘトにバテた樹は一言、良かったねと返すことしか出来なかった。

---
夕方になり、やっとレッスン場を後にした樹は他の予定のあるエリーたちと別れ、事務所へ戻っていた。
が、何やら事務所のビル前の道路に宅配便のトラックがひしめき合っていてクラクションが騒がしい。人の波を抜けてどうにか中へ入ると、フォルトナの事務所へ続く通路には、ずらりとその宅配業者が列を成していた。
「あ、ちょっと!イツキくん!!ヘルプ!!」
宅配業者に囲まれて受け取りのサインに追われているマイコが、樹を呼ぶ。
「マイコさん?アヤハさんも…!どうしたんですか?」
「いい所に帰って来てくれたわ…!ちょっと、これ、事務所の中のブルームパレスに運んでいってくれないかしら。」
そう言って指し示されたのは、いくつものコンテナに入った大量の荷物。しかも現在進行形で増え続けている。
「こ、この量…!?一体、何が届いたんですか?」
「チョコレートよ!!ヤシロくん宛の!!」
「えっ……」
樹が絶句している間も、ガラガラと台車で荷物が追加され、積み上がっていく。マイコとアヤハに群がっていた業者がやっと居なくなった頃には、荷物の山が事務所の入り口を塞いで見えなくなるほど高く積み上がっていた。
ブルームパレスに運ぶにしろ、台車で何往復すればいいのか検討もつかない。
「…当のヤシロにも、運ぶの手伝って貰いましょうよ」
「ダメよ。今ドラマの収録中。ハァ…でも、それだけ売れっ子なんだから、仕方ないわね$301C」
「凄いわね、ヤシロくん…」
これが嬉しい悲鳴と言うのだろうか。世の女性たちからの弥代の人気をチョコという形で目の当たりにして、まさかここまで凄いとはと、樹は改めて芸能界の凄さを感じた。
「とりあえず連絡はしておきますね……」
樹はtopicでこの現状を弥代に知らせるメッセージを送り、他のメンバーにも手が空いたら手伝いに来てもらうよう働きかけた。
「俺も手伝うぞ、イツキ」
「クロム!ありがとう」
ガラガラと台車でチョコレートの箱をブルームパレスの扉の中に運び込むと、クロムが出迎えてくれた。カインや、シーダもそれに続く。
「それにしてもすごい量…。これみんな、女の子たちからなのかしら」
「全く、羨ましい限りだねぇ…。この貴族的な私も、元の世界ではこのように数多の女性たちから贈り物を受けていたのだろうね」
「あり得ないわね…」
「ちょ、ちょっとサーリャ君!?聞き捨てならないセリフを言うのはよしてくれ!」
「……下らん」
「ナバール、そう言いつつ、ヤシロ宛の贈り物が嬉しいんじゃないのか?クソッ…トウマ宛のものも紛れていないだろうか…」
「皆さん、喋ってないでどんどん運んでいきましょう!それにしても、どの箱も甘い香りがしています。これをヤシロさんは1人で食べるのでしょうか…?少し分けて欲しいものですね」
「えーん、わたしもチョコレート、食べてみたいよ$301C!」
無心で荷物を運び込む樹たちを余所に、何処となく楽しげなミラージュたちであった。

「イツキ君!私も手伝うよ!…ってあれ?荷物は?」
「ツバサ…。今、やっと全部運んだところだよ…」
「そっか、一足遅かったね…お疲れ様、イツキ君」
ソファに沈んでいる樹に、つばさは自販機で買ったアムリタソーダを持ってきてくれる。
「そんなに凄い量だったんだ!?」
「凄いってものじゃないよ、うん…あの量、ヤシロは一体どうするんだ…?」
弥代から未だtopicの返信はない。ふう、と一口爽やかなジュースを味わった時、不意に事務所の入り口が開いた。
「ヤシロさん!」
カツ、と靴音を響かせ、長身の男が平然と入って来る。噂をすれば弥代だ。
「えっと…おかえり、ヤシロ。荷物来てるぞ……」
パレスの中にあるから、と指し示すが、ヤシロは腕組みをして樹に向き直った。
「蒼井樹。お前がわざわざ運んだのか」
「もちろんだよ。他に手が無いし…」
「……下らん。誰とも知れない者からの贈り物など、なぜ受け取る必要がある」
顔色一つ変えずに、弥代がそう言い放つ。
「ヤシロさん!あんまりですよ!女の子の気持ちが詰まってるんですから…!」
「世の風習にかこつけて、自分勝手な想いを対象に押し付けているだけではないのか?」
「で、でも…!」
弥代の言葉に言い返せなくなったつばさがオロオロとしているのを見かねて、樹が助け船を出す。
「ヤシロ。一流芸能人なら…チョコレートを貰って欲しいっていうファンの女の子たちからの純粋な想いを受け止めるのも、立派な仕事じゃないのか?」
「………。」
今度は弥代が考え込んでしまい、3人の間に沈黙が流れる。
「ハイハイ、とにかく今日はバレンタインなんだから、こうなるのは分かってたわ。ちょ~っと想像以上に量が多かったけどねん」
なだめるように奥からマイコが現れた。
「ヤシロ、届いたチョコレート、どうするんだ?」
「……。分からん。これまでそういった雑事は全て付き人に任せてきた。だが、お前の言うことにも一理ある。…ならば……」
思い立ったように弥代がイドラスフィアへ進んでいく。樹たちもその転末を見守るため後を追った。
青い扉をくぐった先の一角には、チョコレートの箱で出来た山が形成されていた。
その前に立つ弥代が、手前にある箱を一つ手に取ると、開け始める。
「ヤシロ、まさか全部、食べるつもりか…?」
「そのつもりだ。」
「っ!!……何日かかるか分からないし…!そんなことしたらまた20キロ、いやもっと体重増えるぞ…?というか、病気に……」
「想いを受け止めるのも仕事だと言ったのはお前だろう。全て食してこそ、一流だ」
「いや、そうかもしれないけど…!限度が…!」
言い合う樹と弥代の耳に、ガサゴソ、と積まれた中の箱の一つから不穏な物音が響いた。
「え?何だ…?何か、生き物、入ってる…?」
「……これか」
弥代がその箱を取る。と、やはり物音がするどころか、少し動いている。
「キャアアッ!何!?何!?不審物!?嫌がらせ!!?」
「ヤシロ君、気をつけて!」
騒ぐつばさと舞子の様子に、辺りのミラージュたちも身構える。
「……開けるぞ」
「ああ。」
箱にかけられたリボンを解き、蓋を開けると、そこに現れたのは、黒光りする、角が立派な…。
「ギラファノコギリクワガタ…?」
「ク、クワガタ……?虫?」
「キャアアアアーー!!虫!!マイコさん!!キン◯ョール!!」
「落ち着きなさい、クワガタは害虫じゃないわ、ツバサ。でも、どうして…」
舞子がうーん、と考え込むと、あっ、と手を叩いた。
「この前のインタビュー記事……」
「えっ?」
混乱する周りを余所に、箱から出てきた立派な角を持つクワガタを手に乗せた弥代の纏う空気が、さっきより柔らかい。よく見ると周りに花も飛んでいるような…。
「クワガタ、好きなのか、弥代…?」
「…好きという程ではない。この黒い光沢、雄々しい角を延々と眺めていても見飽きない程度だ」
「それ、かなり好きってことだよ…」
何時ぞやの温泉レポートのようなやり取りをしながら、樹が珍しく突っ込みを入れる。
「チョコレートに拘らず、相手の好みに合わせた贈り物を考え、誠意を込める…なるほど…。良いものだな、バレンタインという機会も。」
「ヤシロ……」
弥代から出てきたその言葉に、何故か樹がホッとする。
「あ、チョコレートは無理して全部食べなくても大丈夫よ、ヤシロ君。こういうのはちゃんと事務所が管理するから。でも、チョコレート以外のお手紙とかにはちゃんと目を通してあげてね。忙しいと思うけど」
「ああ、分かった」
返事をしつつも、ヤシロは革手袋の上に乗せたクワガタから目を離さない。よほど気に入っている様だ。
「名前付けて飼ったら?事務所で」
「飼う…?」
「飼育ケースに入れて、餌をやって世話をしたら良いんじゃないかな」
「賛成!見た目が恐いから、チョコちゃんって名前はどうかな?」
さっきは悲鳴を上げていたつばさも、雰囲気が丸くなった弥代の手に乗るクワガタに興味津々の様子だった。

一方その頃…。

「えっと、来月のお返しも忘れないようにしないとね…」
大量の伝票に記された送り主の名前を整理しながら、一人事務所で綾羽は作業に追われていた。
私の用意したチョコレートはいつ渡せそうかな…と、ちらりと机の下にある青いリボンのかかった箱を見やる。
いつも妹がお世話になっている、青い髪の少年に思いを馳せながら。

END
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#青井樹愛され話