露呈
サリア古城の中庭奥には、森の地形を生かした兵士たちの訓練場がある。
曇りがちな早朝、その場所には約二十数の騎兵と、十に満たぬ数の竜騎士が集っていた。各々、ナロンとラフィン配下の兵である。
昨日の会議に於いて決定したラフィンの案を実行に移すため、彼らは早速合同訓練を行うことになったのだ。
リーヴェランド侵攻まであまり時間があるわけではなく、実質、兵士たちはこの訓練を最後に戦場へ赴くことになる。
つまりこの訓練では、作戦を達成させるため―ひいては自らの命運を託すため、各部隊の動きを綿密にうち合わせることが必要だった。
対岸の投石器の懐へ飛び込み、操縦者もろとも破壊するという只でさえ危険な任務。
竜騎士たちのサポートに回るナロン隊はともかく、竜の弱点である矢面に曝されるラフィン配下の者たちは自らの生と死がかかっていると言っても過言ではない。
突然このような難事を受け入れることになった為か、周囲はピリピリとした空気で張り詰めていた。
だが、そんな竜騎士隊において肝心の人物が見あたらなかった。既に集合の時間は過ぎている。
それが一層兵士たちの気分を煽っていた。
「おい……隊長はどうしていないんだ」
「知らねぇよ。お前は?」
「いや。また何かあったのかもしれないが……」
作戦を打ち出した張本人―ラフィンの不在をいいことに、兵士たちはぼそぼそと言葉を交わしていた。
ナロンはその様子を見ると、呟くように兵士たちに呼びかける。
「おかしいなあ……ラフィン隊長が遅れるなんて………」
その言葉に、竜騎士全員がナロンヘと視線を向けた。首を僅かに傾げて、困ったような様子を見せるナロンであったが、彼の心中はもちろん裏腹である。
(―それでいいんですよ、ラフィンさん)
ナロンはにこりと微笑んだ。
「うーん……。仕方ない。みんな悪いけど、しばらく各自で訓練を行ってくれ。ラフィン隊長が現れたら、合同訓練を開始することにしよう。」
その言葉に対する竜騎士たちの反応は明らかに不満げであった。
「くそっ、隊長が言い出した癖に……」
「……おい、聞こえたらどうするんだよ」
「かまうものか、俺達は明後日には全滅しているかもししないんだぞ?」
「………。まあ俺も不安だけど……。」
兵達の中に、ラフィンを気遣うような素振りを見せる者はいない。
(ほら、これで…ラフィンさんへの不満はどんどんつのってくみたいですよ?)
渋々竜の元へ向かう竜騎士たちの背中を見送りながら、ナロンは口角を上げた。
―一方。
ラフィンは覚束ない足取りで中庭へと向かっていた。
表情は焦りと、朝であるにもかかわらず濃い疲労が見られる。
(もう集合の時間は過ぎている…急がないと…)
大きく足を踏み出した時、背中から腰にかけて鋭い痛みが走る。
「痛っ………」
ともすればその場で倒れそうになるのを、必死で壁に縋りつき、こらえる。
全身がだるい。
いつも身に付ける鎧をこんなにも重いと感じたことは無かった。
(あいつ……知ってて、あんな時間まで……)
何故ラフィンがここまで消耗しているのかには理由があった。
昨日のことだ。
例の中庭での失態後、ナロンの部屋へと連れて行かれた先では、壮絶な『後始末』が待ち受けていた。
あまりのショックで茫然自失状態のラフィンを部屋の入り口で立たせたまま、ナロンは衣服を全て脱がせ、用意した熱い湯を張った桶とタオルを使い、汚水で汚れた部分を拭いていった。
中心から足の先、そして手のひら。
完全に綺麗になるまでにはかなりの時間がかかったようにラフィンは記憶している。
そして上着以外を剥ぎ取られた無様な姿のまま立ちすくむラフィンに対し、ナロンはず始終酷い言葉をぶつけていた。
「こんなに大きいのにトイレも我慢できないなんて」
「本当、恥ずかしいですね」
「まあ……自業自得ですけど」
嫌が上にも込み上げてくる情けなさで、ラフィンはじっと俯いたまま、目に涙を滲ませていた。
「こんな悪い子にはおしおきが必要ですね」
その言葉を皮切りに、ベッドに向かって腕を引っ張られた。
「っ!!」
うつ伏せに倒れこむラフィンの背後に、ナロンはぴったりと身体を押し付けていた。
「暴れないで下さい」
耳元で囁かれたと思うと、瞬く間に両腕を後ろ手に拘束される。
そして、空を切り裂くような音と共に、パァンと何かが叩きつけられる音が部屋に響いた。同時に走る痛み。
「いっ……!」
涙目でラフィンが振り返ると、その音と痛みをもたらした正体が視界に映る。
ナロンの手にはルームスリッパが握られていた。
「これでお尻叩き。悪い子には僕がおしおきしてあげますから」
「何っ……!っ、………!」
再び鋭い音が、今度は立て続けに三回響く。
冗談だろう、と息を呑むラフィンを尻目に、その後もスリッパは規則的に打ち下ろされるばかり。
眉を顰め肩越しにナロンを伺うも、その表情は依然として笑みを浮かべたままだった。
「ぐっ…あ、……っ!……っ」
回数を増すごとに痛みが大きくなり、熱さを持ち始めたその箇所に容赦なくスリッパが振り下ろされ続ける。
「うっ!……っ!……も、止め……」
「ラフィンさんが謝るまで続けますよ」
「何だとっ……!っあ!」
もちろんラフィンは頑としてナロンの要求を拒んだ。
屈辱以外の何でもない仕打ちに、どうしようもなく怒りに包まれる。
こうなったらナロンの気が済むまで叩かれても耐え抜いてやる気でいたが、時聞か経つにつれ、蓄積していく痛みと惨めさがラフィンの精神を苛んでいった。
「くっ………………う………………」
ナロンの手が疲労を見せて緩まる気配すらない。
その音は、段々と鈍いものになっていた。
「っ、も……止……っ!……いっ……」
尻が燃えるように熱く、痛い。おそらく真っ赤に腫れ上がっているだろう。
「う………う………」
「ほら、もう観念したらどうです?」
「っ!嫌だ……」
「悪い子ですね」
「!!」
バシン、とこれまでより重い一撃に、ラフィンは歯を食い縛る。痛みで握りしめられた手の中のシーツは、皺くちゃになっていた。
「……謝るまで止めませんから」
「っ!……ううっ!…………」
どうしてここまで酷い仕打ちを受けねばならないのか。
だが相手がナロンでは、もうどうすることも出来ないことはラフィンにも薄々感じ取っていた。
情けなさと悔しさの混じった涙がついに目じりから流れ落ち、きつく噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。
「うっ……っく………………」
頭をベッドに押さえつけてすすり泣くラフィンの様子は、しかし逆にナロンの加虐心を煽る結果にしかならなかった。
「泣いても許してあげませんよ?」
また少々強めに打ち据えられたため、ラフィンはついに悲鳴を上げる。
「っ!………も…う………」
嗚咽で喉を震わせながら、ラフィンは言葉を紡ぎ出す。
唯この痛みから解放されたかった。
「もう……、…・ゆ……る…………」
「聞こえないです」
「ひっ!」
スリッパではなく、ついに素手で尻を叩かれ、その鋭い感触にラフィンは辣み上がる。
「もう一回」
「っ、……許して……許してくれ……ッ!」
ラフィンが大きく息を吸い込んで吐き出した言葉の後、しばしナロンは動きを見せなかった。
部屋には荒い息に混じるラフィンの嗚咽だけが響く。
不意に、散々打ち据えられた尻に生ぬるい感覚が伝わった。
「っ!」
また打たれるのではと思ったラフィンが身を竦ませ、ぎゅっと目をつぶるのをナロンは確認すると、尻に置いた手で赤くなったそこを優しく撫でまわし始めた。
「ぁ……あ……」
「ふふ、もう叩きませんよ。許してあげますから」
次の瞬間、ぽいっとスリッパがラフィンの眼前に投げられた。ナロンの手に握られていたそれは、真ん中からぐしゃりと折れて形を変えている。
そんな風になるまで打ち据えられていたことを悟り、ラフィンは動揺を隠せない。ナロンの行為に対する恐怖と、それが漸く終わったことへの安堵が同時にわき上がった。
強張っていた身体から力が吸い取られるように抜けていき、そして……
「…………っ!?」
ラフィンが気づいたときは遅かった。
弛緩しきった脚の間から、シュッと水の滴りが落ちた。
ぽたぽたと断続的な水音が響く。
「あ……、あ、あ……あっ、あ……!」
徐々に小さな奔流となるそれは、すぐにナロンにも見つかった。
「あれ?ラフィンさん?」
「っ」
折角謝ってまで止めて貰った折檻が、また始まる。
そう感じたラフィンは言い知れぬ恐怖に襲われていた。
「……っ、やっ……うあ…ああっ、……あっ」
ぼろぼろと涙を流し、真っ赤にした顔をシーツに押し付けて泣きながら失禁するラフィンの姿は、まるで小さな子どもがするような素振りで。まさか、ラフィンがそんな姿を見せると思っていなかったナロンの背筋がゾクゾクと震える。
ほんの数秒ではあったが、その粗相の後はシーツの上にくっきりと残っていた。
「可愛い……。あはっ、ラフィンさんまたおもらししちやうくらい怖かったんだ……。それとも、痛かった……?」
ナロンは思わず、ぽたぽたと雫を垂らすラフィンの性器に手を伸ばし、み取った。。
「っあ、ああっ!」
「またこんなにびちゃびちゃにして、僕のベッドにこんな染みまで作って。おしおきだね」
お仕置きという言葉にラフィンはぶんぶんと首を振りながら、狂ったように喚く。
「嫌だっ、嫌だ…嫌だ………!もう嫌だ……!」
それに呼応するかのように、手に握りしめた亀頭の先からまた暖かいものが流れ出すのを感じて、ナロンはついに声に出して笑いを漏らす。
「くく……ははっ、さっきから随分緩いここをお仕置きするのが先だったのかな?ねえ」
柔らかい先端が変形するほど手に力を込めると、ラフィンはますますナロンから逃れようと暴れた。
「ひっ、い、嫌っ、嫌だっ!いやだっ!いやだ…っ、い」
「まずはその五月蝿い口、閉じましょうか」
「っっ!!」
唇に白い布を押し付けられ、さらにそれを指で口内に押し込まれたためラフィンの言葉が詰まる。同時に苦いような、辛いような味が舌を剌した。
それが先ほどまで身体を拭くのに使われていた布であるのに気づいて愕然とする。口を動かせば動かすほど、その味は濡れた布から染み出てきた。
「うう―っ!!ふうっ、うう」
錯乱して喉の奥で悲鳴を上げるラフィンを、ナロンはゆっくり仰向けにして転がした。自らもベッドに上がり、両脚を開かせてその間に身体を入れると、まじまじとラフィンを見つめる。
汗や涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。
けれど大きく見開かれた赤褐色の瞳は、紛れもなくナロンの姿だけを映し出していた。
ナロンは笑みを浮かべ、そしてズボンの前を寛げると猛ったモノを取り出し、ラフィンに見せ付けるように示す。
「悪い子にはこれで注射してあげます」
「……!!」
「おもらししたおかげて後ろもびっしょり濡れてるから、あんまり痛くないと思いますよ」
ずぶ……と嫌な音がしそうな勢いで、その凶器の先端がラフィンの後孔にめり込む。
「――っ!!う、ふっぐ…………!」
きつく目を閉じ、身体が二つに裂かれるようなその痛みに耐える。
力任せに押し込まていくそれを受け入れる為には、自らの力を抜くしかない。それがこの数日で身体に散々教え込まされた反応だった。
「ふっ、ぅぐっ、、ふ、ぅっ……!」
「………はぁっ……。すごい……全部入った………。」
内臓を圧迫する質量を持った肉は、ただ進入れただけで満足するわけがなかった。
「ほら……かき混ぜてあげる……ラフィンさんの中……」
「ううっ!うう―つ!!」
体内で蠢くその気配に吐き気を催したが、幸か不幸か、口内の布で塞き止められる。
しばらく内壁を突かれ、やがてナロンが一瞬動きを止めたかと思うと、中のモノとともに大きく身震いをした。
それが射精の合図であることを、ごぼごぼと注入されるナロンの精液の熱さで思い知る。
「はあっ…、イっ、ちゃった……。案外早いかも……っ」
「っ、……ふ……う……、っ………………」
二、三度続けて精を吐き出すナロンに対し、ラフィンの方はまったく反応していない。痛みで快感どころでは無かった。
「大分、静かになったね」
ナロンは片手を伸ばすと、ラフィンの口内の布を取り出した。
布に含まれたラフィンの唾液の糸が何本も引くそれを、ぬたりとシーツの上に落とす。
「は………ハァ………………ハァ……」
大きく胸をを上下させ、息を吸い込むラフィンの頬にナロンは軽く口付ける。それに抵抗する気力も失せたラフィンは、ナロンの顔が離れるまでされるがままだ。
耐え難い精神的な疲労を重ねたため、まともな思考が出来る状態では無い。
「……ゅ………し…………」
「え?」
不意に蚊の鳴くような小さな声をもらしたラフィンに、ナロンは再び顔を寄せた。
「……ゆ……る、し……」
ラフィンの口から紡ぎ出されるそれが謝罪の言葉であることを知り、ナロンはますます高揚しながら問い返した。
「許してあげてもいいけど?そしたら、ラフィンさんはどうしたいの?」
「……か、……える……帰り…たい…………。部屋、に……帰……」
自分の部屋に戻り、全てを忘れて眠りにつきたい。
それが今のラフィンにとって何よりの欲求だった。
「駄目だよ」
「…………っ、ひ……」
ぴしゃりとナロンに断言され、ラフィンは辣み上がる。ナロンの声のトーンが一際下がっていたこともある。
「まだ、終わってない」
「、ああっ……!」
中に埋められたままのそれを扶る様に動かされ、ラフィンは悲鳴を上げた。
「もっと、イイ声聞かせてよ……?」
「あ、あ、ああっ!……あ!」
ゆさゆさとのしかかるようにしてナロンがラフィンヘの挿送を再び開始する。
「あ、ああー………っ!あ、アアっ!……っあ…………」
ラフィンの声は、薄暗くなり始めた部屋に幾度も木霊していた。
(そして……あいつは結局明け方まで俺を解放しなかった)
下半身を精液濡れにしてシーツに沈む俺を尻目に、あいつは俺のいたベッドに横になって。そして平然と告げたのだ。
「ああ、そういえば明日は早朝からの訓練が決まったんですよ」と…。
意識が朦朧としていたラフィンには、最初ナロンの言葉は嘘であるかのように薄っぺらく聞こえた。
けれどよたよたと、ほぼ這うようにしながらナロンの部屋から抜け出す時。
「……明日といっても、もう今日と言った方がいいのかな」
「ラフィンさんも絶対遅刻しないようにね。作戦の発案者である貴方が来ないとどうなるかくらい……分かりますよね?」
その意味を理解し、目の前が真っ黒になった。
だがナロンにそれ以上反論しようという体力などあるはずもなく、逃げるように自室に戻ったラフィンは身体をシャワーで清めることもせずにベッドヘ倒れこみ、泥のように眠った。
結果がこれだ。
もちろん定刻に起きることなどできず、それでも何とか頭から水を被って部屋から出てきた。
痛みに疼く体を懸命に動かしていると、悔しさで涙がこぼれそうになる。
(……結局、俺はあいつの玩具だ)
このままヴェルジェ……いや、生まれ故郷であるバージェヘと帰ることが出来れば、どんなに楽だっただろう。
そう、この後も。
ナロンに自主訓練を告げられた竜騎士たちは、各々の竜と共にサリアの森の上空で旋回していた。
彼らは暇を持て余すかのように、雑談を続けている。
「しかし遅いな、ラフィン隊長。もう半刻以上になるぞ」
「あの人も所詮お尋ね者だし、ヤキが回ったんじやねえの?」
「あーあ……。あのシャロンとかいう貴族に騙されたのかもな……やっぱり……。」
実は、ここにいるほとんどの竜騎士達は滅亡したバージエ国の騎士であった。
ガーゼルと同盟を結んだカナン国王バハヌークによる侵略戦争で国を失い、はぐれ竜騎士としている時、遺臣の中でも有力貴族の跡取りであったシャロンに声をかけられたことで彼らはここに集ったのだ。
さらに彼らは、ラフィンと同じく竜騎士であったラフィンの亡き父の活躍ぶりを間近で目にしていた。
ラフィンも竜騎士としての能力に相当長けているが、彼の父はそれこそバージェ国随一の竜の扱い手として、圧倒的な力で侵攻してきたガーゼル軍に対しても互角で競り合える程の力を持っていた。
そんな父が破壊神ガーゼルの魔力に屈し、命を奪われてしまうと、有力な指導者を欠いたバージェ国は瞬く間に崩壊の一途を辿ってしまったのだ。
バージェ市民にとって亡国の英雄とまで言われた男に息子がいることは、既に帝国に知られている。故に、ラフィンの首には今でも莫大な額の賞金がかかっているのだ。
それを察知した生前のラフィンの実父が、丁度バルト戦役で長男を亡くしたというウエルトの友人―マーロン伯に、ラフィンを養子に差し出す形でいち早く国から亡命させたのだ。
そのいきさつを知る唯一の人物であるシャロンは、ラフィンの残していった飛竜ガルダと共に、ラフィンがいつでも竜騎士として復帰し、失われた国を取り戻せるよう、バージェに残っていた兵士を募ったのだ。
「あの竜騎士の息子だっていうから、期待してたんだがなあ、俺は……。」
部下の一人が溜息を吐きながらそう漏らす。
「ちょっと待てよ。俺はあの隊長の腕は確かだと思うし、そんなに落胆しなくともいいじゃないか」
「いや、それは俺も認めるが……。実は俺、見ちまったんだよ。あの人が昨日、中庭でさ……」
「え?」
言いにくそうにしながらも、その部下は昨日中庭で目にしたラフィンの失態を、その場に居合わせなかった者達にぼそぼそと話していく。
その話に唖然とする者が驚きの声を上げると、それまであまり関心の無かった者までが何事かと集まり始めた。
話は瞬く間に全員が知るところとなる。
「うっ、嘘だろ!?そんな……」
「だから本当だって。隊長、顔真っ赤にして、股間押さえたまま泣いてたんだよ」
「信じられん……」
それもその筈、普段のラフィンの姿からしてみれば正にありえない話であった。
だが、その話に便乗するかのように別の兵が口を開く。
「つーかさ……あの人最近おかしいと思ってたんだけど……前もなんか、」
「前!?」
まさか、といった具合に、ますますその場は盛り上がっていく。
「お前は何を見たんだよ~?」
「い、いや、それはナロン殿からきつく口止めされてるから、詳細は言えん……」
「あ、……そういえば俺もナロン殿に口外するなって言われてたっけ……」
ここで、ふと部下達の間にある疑問が持ち上がる。
「ナロン殿と隊長……。あの二人、何か関係あるのか………?」
誰かがそう呟いた頃、集合を告げる鐘の音が響いた。
「……すま、ない……。俺としたことが……」
再び整列した騎士たちの前には、いかにも具合が悪そうなラフィンが息も絶え絶えに立っていた。その様子が尋常ではないと悟った配下の兵達は、慌てて先程までの不信感を忘れてラフィンを気遣い始める。
「た、隊長……!随分とご気分が悪いのでは……」
「俺達は別に良いですから、少し休まれた方が……」
それらの言葉に救われる思いのラフィンであったが、ナロンの表情を目にして一転、凍りつく。
顔は笑っていないのに、紫色をした目だけが笑っている。
それはラフィンの良く知る、獲物を追い詰めるときに見せるナロンの顔だった。
「どうして、遅れたんですか」
事務的なはずのその言葉は、今のラフィンにとって冷たく突き刺さる。
「っ………………!」
『理由?そんなもの、お前の胸に手を当てて考えてみろ!』
そう叫びたいほどの衝動が湧き上がるが、今の状況でそんな態度をとることは不可能であった。
「……すま……ない…………」
ぼそりと、心にも無い謝罪を告げる
「僕は理由を訊いているんですよ、ラフィン隊長。貴方ほどの人がこんな大事な訓練に遅れてくるなんて、何かよっぽどの事情があると思いましたので」
しつこく食い下がってくるナロンに、ラフィンは何も言えないまま俯いたままだ。
まさか、『今自らを問い詰めている男に昨夜激しく蹂躙されたため』、などと言える筈も無い。
だがそれでもナロンは答えを求めることを止めなかった。
「……体調が……すぐれなかったから、だ」
苦し紛れにラフィンはそう告げた。
事実、身体の不調は今も続いている。
「体調が悪いという理由だけで済む自体では無いんですよ?だって貴方は例の作戦の発案者だ。その立場からして、どんなに苦しくてもちゃんと定刻通り来るべきだった。違いますか?」
「…………。」
有無を言わさず責めたてるナロンの様子がいつもとかなり異なることに、兵たちも動揺を隠せないでいた。
それでもナロンは続ける。
「貴方のせいで危険な任務を行うことになった部下の気持ちも、少しは考えたら如何ですか?彼らは今も、あなたに対して相当な不満を感じているようですが」
ナロンの言葉に竜騎士たちは面食らい、一瞬目を見合わせるが、しかしそれは紛れも無い事実であったことを思い起こす。
しどろもどろになりつつ、寧ろ自分達の言葉を代弁してくれたナロンに少しだけありがたさを感じていた。
否定をしない部下を前に、ラフィンは一層追い詰められていく。
「だから……。すまなかったと……」
「そうやって謝っても、許してあげませんよ」
「!」
ナロンの台詞に悪寒が走る。
このやりとりが、昨日行ったものと全く同じだということに気づいてしまったからだ。
再びナロンの顔を見やると、口角が不気味に歪んでいることに気が付く。
(何を……企んでいるんだ?…………何を……)
背筋を冷や汗が伝っていく。
すると突然、胃がきりりと締め付けられるような痛みに襲われた。
「ッ………!」
苦痛に顔を顰めるも、ナロンは微動だにしない。
そんな時、ナロンの配下の一人が声を上げた。
「あ、あの……ナロン隊長、ラフィン殿は見たところ本当に体調が悪い様に見受けられますし……そんなに目の敵のように言わなくとも…………」
その声ははラフィンにとって神が差し伸べた救いの声であるかのように聞こえた。
だがそれは容易くナロンに遮られてしまった。
「へえ……なら、君にだけ本当の理由を教えてあげてもいいよ。僕が」
「なっ……!」
ナロンの言葉に絶句する。
「は……?」と不思議そうな顔をする配下に、ナロンは実に楽しそうに「実はね、」と切り出してさえいる。
「や、止めろっ!!」
堪らず大声を上げるラフィンであったが、気づけばそこにいる全員の視線が自らに向けられていた。
ざわめき始める兵士たちを、収拾することは不可能だった。
兵達は口々に、何故ラフィンがああまで慌てているのか、何故ナロンがラフィンの遅れた理由を知っていて、その上で何故ああも責め立てていたのか……を、口々に発している。
「ち……違う……俺は………っ」
その状況に歯止めをかけたのはナロンだ。
「ああ……仕方ない。この有様じゃあ、貴方が責任を持ってここにいる者たち全員に理由を示さない限り、収拾がつきませんよね………?」
一歩、また一歩とナロンはラフィンヘと近づいていく。
「みんな、同じ気持ちでしょう」
ふり返ることも無くナロンが発した言葉に、小さく「そうだ」という声がいくつか重る。
「……あ……ぁ…………」
ラフィンは蛇に睨まれた蛙のように、近づいてくるナロンに対し怯えを見せていた。
ナロンはラフィンの耳元まで顔を迫らせると、低く落とした声で囁き始める。
「分かります?みんなあなたの行動に納得いかないんですよ。だって命がかかっているんですから………」
「…………っ」
ナロンの肩越しに見える部下遠の顔は、皆疑心暗鬼の塊であった。
〝このままじゃ済まさない″そう無言で突きつけてくる視線。
こんな筈じゃなかった。少なくとも昨日の軍議の席では。
いや、ナロンが自らに、こんなにも関わってくる前までは。
「……俺は……。……俺は………どう……すれば………」
顔面を蒼白にしたラフィンはいかにも心細そうに、そう呟いた。
そんなラフィンを、ナロンは満面の笑みで優しく絆す。
「大丈夫。貴方は僕の言うとおりにすればいいだけですよ」
けれどその笑みが黒いものに変貌するのに、そう時間はかからなかった。
結局今日の訓練はその場で打ち切られ、そのまま明日に移行することになった。
だが、彼らの多くはその場に残り、ナロンの言うラフィンが本当に遅れて来た理由を知ろうとしていた。
その数、約十余名。
ことにラフィン配下の竜騎士は全員がその場に残っていた。
彼らに囲まれる形で、ナロンとラフィンは土がむき出しの平地に相対している。
ナロンは俯いたままのラフィンの手を軽く握り、意味深な笑みを浮かべたままだ。
ラフィンはというと、先程感じた腹痛が止まないことに焦りを覚えていた。むしろ激しくなってくるそれに、嫌な汗が噴出すのを感じずにはいられない。
「じゃあ、ここに残っている皆には全て見せてあげることにするよ」
「見せる……?」
「そう、理由をね。話すんじゃなくて、見せてあげるんだよ」
その言葉の意味をラフィンが受け止めるだけの余裕は無かった。
苦しげに、痛む腹に左手を添えると、ゴロゴロと嫌な動きが伝わる。明らかに下している様だった。
原因は昨日の性交で直腸に注ぎ込まれ続けたナロンの大量の精液。それしか考えられない。
(っ!!ま、さか……!?)
ハッとしてラフィンはナロンを凝視する。
それを「ようやく気づいたんですか」とても言わんばかりの笑顔で受け流された。
(…! このままでは……!駄目だ、そんな……!!)
ナロンが何をさせようとしていたのか、気づいたときにはもう遅すぎた。
「うっ……」
痛みに耐え切れず、ラフィンは片膝を地面に付けて屈み込んでしまった。
「どうしたんだ?」
「何か、すごく具合悪そうだけど……隊長………」
部下の視線は一心にラフィンへと注がれたままだ。
(い………嫌だ……嫌だ……!……それだけは……!!)
無意識にかぶりを降るラフィンの頭を、ナロンはゆっくり撫でていく。
「随分苦しそうですね……。お腹、壊しちやってるんでしょう?」
「っ……分かって、る、なら……!もう、っ………ク……っ!」
痛みで上手く言葉を続けられないラフィンに、ナロンは続ける。
「どうしてお腹が痛いのか、正直に言えたらトイレまで連れて行ってあげてもいいですよ」
「…………っ……。」
そのやり取りを耳にした竜騎士達は、まさか……とどよめき始める。
「マジで………?腹壊してるって………」
「では、このままの状態でいれば…………」
部下達は顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込む。先程交わされていた噂だったはずの言葉が、真実味を帯びてくるのを感じていた。
しかし立ち去ろうとする者は一人としておらず、反対にその場は熱気を帯びてきているかのようですらある。
「ハア………っ、く…………う………」
苦痛―それも腹を下して引き起こされた痛みに、汗を流しながら耐えるラフィンの姿は、普段の雄雄しく指揮をとる隊長の姿からして想像もできない。
だが自分達が目にしているのは紛れも無く、あの竜騎士ラフィンである。
「ほら、いいんですか?ご自分の部下の前で、これ以上失態を見せても」
ナロンの言葉は周囲の兵士達を嫌でも駆り立てていき、ついに部下の一人が恐る恐る声を上げた。
「そ、そうだ、……何とか言ったらどうですか?……隊長」
「……っ!」
ナロンだけならまだしも、自らの部下にまでついに責め句を吐かれ、ラフィンは悔しさに唇を噛締めた。
「理由を聞かせてもらえない限り、俺達はアンタの作戦になんて参加しない」
「ああ。隊長の独断に、理由も無しに賛同できるか」
段々と増す不満の声に、耐え切れずラフィンは口を開く。
「止めろっ……お前達に…………まで、何故……こんな、っ……」
その声は信じられないほど弱々しい。
対する部下の声は、多人数であるからか徐々に勢いを増し、最早罵声に近い。
「納得がいかないって言ってるだろ!」
「今朝も俺達そっちのけで遅れてきた癖に、偉そうな口利くなよ!」
「……うっ……っつ」
部下の言う言葉は正論だ。
だが、やりきれない思いがつのる。
「……部下の皆さんに答えなくていいんですか?ラフィン隊長」
「……………………!」
キッとラフィンは目の前の男を睨みつけ、ついに怒嗚った。
「お前の……お前のせいだ!お前が……っ!……!?」
だが怒鳴り声は再び襲い掛かった腹痛の波によって途絶えた。
「うぅっ……!ぐ…………!」
「ええ。僕が貴方に何をしたから、貴方は今そんなに苦しんでいるんですか?その先を教えて下さいよ」
ナロンは容赦なくラフィンを追い詰めていく。
苦渋に満ちた表情を渉ませるラフィン。身体には刻々と限界が追っている。
だが、その先はロが避けても言うつもりは無い。
「っ………………い、えるっ……かッ……!・―言える……ものかっ!」
そう吐き捨てた後、ツ……とラフィンの瞳から一筋、涙が零れ落ちた。
それを見た周囲の兵士は焦りを見せる。
「仕方ないなあ……じやあやっぱり見てもらうしか無いでしょう」
「いっ……嫌だ……ッあ、あ、ああああッ……!!」
突然汚らしい破裂音が響いた。
まさか、と兵士達がラフィンの尻の部分を凝視すると、そこには明らかに茶色く湿った染みが浮かんでいる。
「も、漏らした……?隊長が…………?」
「マジで……?」
次第に漂ってくる臭気に、それが事実であることを認識せざるをえなくなる。
「っあ……!見っ……な……あ、あ……」
再び篭った破裂音が響く。
より広範囲に広がっていく染みを、部下達は鮮明に捕らえていた。
「ふ……!ぅうっ…………!」
そこにいる全員の前での大便失禁という耐え難い羞恥に、もはやラフィンは歯を食い縛って流出を塞き止めることに全力を注ぐしか無かった。
しかしほぼ液状の濁流をそう容易く止められるものではない。
「あ。我慢の限界だったみたいですね。……でも、そんなんじゃよく見えないですよね。理由。」
ナロンは脆いたままの姿で失禁を続けるラフィンを一瞥し、次に周囲で絶句している部下に声をかけた。
「そこの二人、協力してラフィンさんのズボンを下ろしてあげてよ」
「えっ……!?」
「わ、私が……!?」
「そう。だってこのままじゃ服が汚れるばっかりで、ラフィンさんも気持ち悪いと思うから」
即座に出来ません!と反論をする一人に対し、もう一人の反応は異なった。
「……わ、分かりました…………」
「! お、おい、お前、正気か!?」
「でも……命令だし、それに…………」
『お前も見たいだろう』という暗黙の言葉を伺った相手の兵士は、もう何も言おうとしなかった。
図星だったからだ。
長身痩躯、そして顔立ちの整ったラフィンは、同性から見ても美しいと感じられるほどの容姿をしており、時にはそれが妬みの対象となることも多かった。
そんなラフィンのありえない失態を、もっと見たい、もっと貶めてやりたいという暗黒の気持ちが、兵士達に芽生え始めていた。
指名された兵士たちはそそくさとラフィンの背後に回ると、ラフィンのズボンヘ手を伸ばしていく。
「ほらっ……!脱がせてやるからおとなしくしとけよっ……!!」
「!?……止っ、め」
排泄を我慢することに気を遣ったままのラフィンに、成す術は無かった。
ベルトのバックルを一瞬で外され、腰から尻にかけてズボンが下着ごとずり下ろされた。
「止めっ!触っ……」
「お前らも手伝えよ!」
「お、おう」
「動くなよ!」
さらに二名が加わり、身じろいで抵抗するラフィンの上体と頭を地面に向かって押さえつけた。
「っ……あ、あ、!…………っ!」
片膝を立てていた不安定な姿勢が一気に崩れ、ラフィンは尻だけを掲げた四つん這いの体勢をせざるを得なくなる。ズボンが下げられているため、糞で汚した箇所が丸見えになっていた。
「ひ…………つ」
あまりのことに、ラフィンは息を飲んでガクガクと震えていた。
「わっ、マジで漏らしてるよ………」
「ドロドロだな……」
「っあ!あぁ――!!」
ひときわ大きくラフィンが呻いたかと思うと、再び破裂音と共にペースト状の便が流れ落ちる。露出した股の間から溶けたチョコレートの様な塊がいくつか落下して、脚の間にたまっていた。
悪臭を放つそれに、わずかに白くねばついた液体が絡んでいるのに兵士達が気づく。
「……あれ、まさか……?」
男なら誰でも見覚えのあるそれに、居合わせたものは目を合わせて絶句する。
「あ……ああ……っ……嫌…………だ……見……」
両腕で頭を抱え、ラフィンはうわ言の様に呟いていた。
自らの現状に、視界が真っ暗になる。
兵士たちが今どんな気持ちで自分を見ているのか、考えただけで恐ろしかった
「ああ……っ…………あ……」
汚らしい音を立てて排出されるそれがようやく収まった頃、露出した股の間から太股にかけて水流が伝う。
それは明らかにラフィンが前の方からも失禁していることを表していた。膝のところでわだかまるズボンを濡らす温もりを、ラフィンはただ甘受し続ける。
「……そんな…」
見ていられない、といった様子で、配下の何人かは後退り、走り去る者もいた。
「逃げるのかい?」
「っ!」
突如響いたナロンの声にハッとしたその者が振り返る。
「こ、これ以上見ていられません……!ラフィン隊長が…………こんな……」
「君は見たかったから、残ったんだろう?」
顔をラフィンから背け、苦しそうな様子で告げる兵士に対するナロンの声は機械的で、何の感情も篭もってはいない様だった。
そのあまりの態度に、兵士はついに声を荒立てて叫ぶ。
「!……あ、あんたは狂っているっ……!こんなことに、俺を巻き込まないでくれっ」
しかしナロンはハァハァと息を巻く兵士に少しも動揺した素振りを見せない。
「……なら、帰っていいよ。」
あっさりとそう告げられた。
「…………………し、失礼します!」
くるりと腫を返して去る兵士。それに続いて四、五名が連れ立って立ち去っていった。
「なんだ、意外と口ばっかりの人が多かったみたいだなあ………。ねえラフィンさん」
ナロンは足元に蹲るラフィンに視線を戻す。
全て出し切ってしまった後、ラフィンは慟哭に近い呻き声を上げながらその場に静止していた。
考えられないくらいの恥辱を曝して、自分はこれから一体どうなってしまうのか、その場にいる者全てから遮断されてしまうような恐怖に、ただただ怯えている。
ラフィンの視界には、ナロンの足しか見えなかった。
「……っ………………」
縋るように、その足へとラフィンは手を伸ばした。
「うん?どうしたの、ラフィンさん」
「……ナ……ロ………………」
ラフィンはほぼ無意識的にナロンの名を呼んでいた。
最早どうして良いのか判らないラフィンにとって、目の前にいるナロンに鎚るしか方法は無い。
「ふふ、これでよく判ったでしょう」
ラフィンの姿をまるで誇らしげに見せつけながら、周囲の兵士へと言葉をかける。
唖然としたまま動けない者が大半であったが、兵士たちの心にはある思いが生まれていた。
(羨ましい………。)
そんな、ナロンに対しての羨望の思いが。
「さて、と。じやあ汚れを落としてあげましょうか」
辺りがしんと静まったところで、ナロンが動きを開始した。
「誰かあっちの蛇口からホースを繋げて、持ってきてくれない?」
誰ともなく兵士達がホースを伸ばして持って来ると、水を出すようナロンが指示する。
そしてその水流をラフィンの下腹部に浴びせかけた。
「っ……!つ……めた……」
冷水を感じてラフィンが身じろぐ。
「もう少しの辛抱ですから、ラフィンさん」
そのやり取りを見た何名かの兵士が思わず前に出る。
「あっ、俺が……」
「俺にもやらせて…………」
興奮した様子の配下を見て、ナロンはふっと笑みを溢す。
「いいよ。はい、ホース」
ホースを奪うようにして受け取った兵士は、「やった…!」と声に出して喜ぶと、ラフィンの尻めがけて水流を飛ばす。
「良かったですね、部下の方がキレイにしてくれるらしいですよ、ラフィンさん」
「っう………………」
ナロンの言葉に、ラフィンは小さく頭を横に振るのみ。
「ヘヘ……あのスカした隊長にこんなこと出来るなんて……最高………」
「おい、俺にも早く代われよっ」
口々に発せられる見知った配下の言葉を遠くに感じながら、ラフィンはされるがままであった。
一通り汚れが落ちると、今度はズボンから下をすっかり脱がせてしまうようにナロンは指示する。
「ねぇ、ラフィンさんに巻いてあげるマントを借りたいんだけど、誰か貸してくれない?」
「は、はい!俺ので良ければ」
「ありがとう」
ナロンは受け取ったマントを、ラフィンの剥き出しになった下半身に巻きつけた。
「………………」
その様子を、まるで他人事のようにラフィンは眺めていた。力の抜け切った人形のように地面に崩れ落ちている身体は、立ち上がる気配すらない。
「じゃあ、手分けしてラフィンさんを自室まで送り届けてあげて欲しい」
了承を示す言葉が上がる。
「あと、分かっていると思うけど、今日のことは僕達だけの秘密だ。言う必要もないと思うしね」
「また、僕とラフィンさんの関係を見たかったら僕に言えばいいさ」
ざわめきが起こるが、直に「分かりました」という声が重なる。
「でも……ラフィンさんに手出しするのは僕だけだ。誰にも邪魔はさせないよ。…………いいね?」
最後にゾッとするような口調で釘を刺され、兵士達は肩を辣ませた。さすがの彼らも、ナロンに逆らえばどうなるかを推して悟ったようである。
「それじゃ………また明日。ラフィンさん」
既に目を瞑ったまま気を失っているラフィンに軽く口付けを落としたナロンは、一人その場を後にした。
ラフィンは配下の者達に部屋へと担がれていく。
彼らは再び雑談を始めていた。
「しかし壮絶だったなあ……。」
「あのナロン隊長とラフィン隊長がまさか……な。こんなこともあるんだな………。」
「でも俺ちょっと興奮しちまった……ヤバいかな?」
「……まあ、戦時中だしいいんじゃないか。女は色々と面倒だし……」
「それもそうだな」
と妙に納得した様子でそこにいた面々が頷く。
「でもさあ、俺、隊長が漏らすところもう一回見てえな…。何だか、スッキリした」
「お、俺も!ヒィヒィ泣かせてから失禁させてー!」
「………ナロン隊長に進言してみるか?」
それは良い考えだと、笑いながら兵士達はラフィンの部屋のある棟に入っていった。
翌日、ラフィンが訓練へ向かう姿は普段の彼と全く変わらないものであった。
ラフィン自身、昨日の記憶を押し殺した態度をとるようにしていたからだ。
しかし、配下の竜騎士達がラフィンを見る目は、明らかに変化していることにラフィンは気づいていた。
侮蔑の目を向ける者、哀しむ者は少数であった。
殆どの視線は熱がこもった、あまり目を合わせてはいられないようなものに変わっている。
けれどラフィンは己を殺し、それに気づかないように振舞うことに専念していた。
そのかいあってかラフィンの発案した作戦は滞りなく展開され、無事リュナン軍はリーヴェ大河横断を果たし、同盟軍はゼムセリアを制圧したことで、祖国奪回への大きな足掛かりを築くことに成功した。
鬼神の如く敵を葬り去るラフィンの姿に、再び兵士遠の信頼が篤くなったのは事実である。
だが、ナロンによって蒔かれた黒い心の芽は、彼等の内に着々と育っていたのである。
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