それは偵察から戻った時のことだった。

ラフィンが騎馬から愛竜に鞍替えし、再び大空を駆けるようになってからはまだ幾日もしていなかった。
奇しくもその出来事とほぼ同時期に、打倒帝国を掲げるユトナ同盟が発足したため、リュナン軍には大陸各地から賛同を希望する兵士たちが続々と集っており、その中には飛竜に跨る兵も少数ではあるが存在していた。
軍にはペガサスに乗る者はいても、竜を扱える兵は現状ではラフィン以外にいない。そのため彼は有無を言わさず飛行部隊の一員として再編され、一隊長として部下を従えることになった。
これまで馴染みのウエルトの若兵たちを率いてきたのとは違い、そのほとんどが帝国によって滅亡した国々の竜騎士で構成された部隊。同じ飛竜を操るとはいえ、力量も経験も異なる者たちをを統率するのは戦続きの軍隊において一筋繩ではいかない。しかしそれは同盟の盟主であるリュナン公子も同じことで、年若い君主に負けてはいられないと、ラフィンはこれまで以上に奮起していた。
彼は戦争が終結するまで私を殺し、その責務を全うすることを心に決めていたのだ。

森林という天然の要塞に守られ、難攻不落と謳われる砦、バルト要塞に攻め入る際、ラフィン率いる竜騎士隊は大きな活躍を見せた。
生い茂る木々も堅牢な外壁も、飛竜ならば易々と飛び越えて奇襲をかけることが出来る。そうラフィンは提案し、見事要塞の外壁周りを守る帝国軍を一掃することに成功した。
だが、要塞内には帝国カナン第二王子バルカの腹心であり『カナンの盾』と呼ばれる老将軍バルバロッサが控えていた。
精鋭をなだれ込ませ一気にそれを討ち取ろうとする同盟軍であったが、そこで予想外の自体が起こる。
バルバロッサはひそかに要塞に残る帝国軍の兵士を全て撤退させており、さらに、自らは要塞もろとも自爆を図ったのである。あちこちに火柱と爆音が上がり、同盟軍の幾人かは巻き添えを食った。
総員撤退後、同盟軍に残されたのは要塞としての機能を失ったぼろぼろの砦のみ。これには同盟軍も落胆せずにはいられなかった。結果、同盟発足時より軍の士気は下がってしまい、「骨折り損だ」という部下の言葉にラフィンも心を痛めた。

そんな折、盟主リュナンは火の神殿の神官長クラリスの招きを受け、護衛の兵数名を率いてサリアの森へと訪れていた。
道中、神殿と隣接するサリア村が帝国軍の襲撃を受けていたため救援に回ったリュナン達が、偶然にもバルト戦役の折から長らく消息不明であったウエルト王ロファールを発見したとの報が入り、ことにウエルト出身の兵たちは歓喜した。待機命令も無視してサリア村へ押しかける者が出る始末である。
その中には、同盟に天馬騎士として同行していたウエルト王女のサーシャも含まれていたので、リュナンが後々それを咎めるようなことはなかったのだが。
大陸五賢帝の一人と名高いロファール王の健在、そして王の同盟に加わるという申し出に、軍はにわかに活気を取り戻した。
当然ロファール王が新たな同盟の盟主となるはずだとラフィンは思っていたが、王のたっての希望により、これまでと同じくリュナンを盟主に据えることとなった。
(これに反発する兵もわずかに存在していたが、それはラフィンのあずかり知らぬことである。)

サリアは長らく内戦状態であったが、それを鎮めたのはリュナンの親友でもあり盟友のホームズの手腕による。彼らと古サリア城で合流した同盟軍は、これから始まる戦に備え、しばしの休息をとることとなった。
しかしサリア村の事例から帝国の奇襲を懸念したラフィンは、リュナンに飛竜隊による城周囲の偵察任務を申し出た。
ほぼ独断であったせいか部下達の顔は渋かったが、偵察こそ飛兵の義務だろうと一喝する。するとペガサスを操ることで有名なサリアの天馬騎士たちも協力を申し出たため、彼らは昼夜交代でその任務に当たることとなった。
早朝から訓練、そして日が落ちるまで隊列を組んで偵察……と実質休みがないため、乗り気でない部下は隙を見て逃亡を図ったり、サボリ半分で参加する者も多く、ラフィンはそれらにも厳しく目を光らせる日々を送っていた。
根が真面目なラフィンは、自然とこれまで以上に軍務に励むようになっていた。それは元恋人シャロンや相棒ガルダとの再会で、五年前から心に秘めていた本来の目的を思い出したために他ならない。
ガーゼル帝国と、その軍門に下ったカナンを一日でも早く打倒し、自らの祖国を復興する。
達成するまでの果てしない道のりを考えると、これしきのことで根を上げてはいられなかった。
 しかしその激務ともいえる日々は、確実にラフィンの身体に変調をもたらしていた。なまじ体力に自信があったせいで、それが更に仇となった。

(……………うっ)
 その日の朝、ラフィンは腹部が重く張っているのに気付いた。何とも気持ちの悪い圧迫感が腹の底でくすぶっている。
このところの多忙続きで、すっかり便秘になってしまったようだった。まるで女のようじゃないかと、項垂れる。
(……便所へ寄って行くか………?)
 鎧を身に着けつつ、ラフィンは壁の時計を確認するが、そんな時間はないということが見て取れた。
仕方ないと一息つくと、今朝書類と共に投げ込まれていた栄養剤を流し飲んだ。おそらく軍部からの差し入れだろう。
薬代わりのそれを空にしてしまうと、なに、夜までなら十分耐えられるはずだと思い直す。
(……たまには任務終了後、すぐに解散を伝えてやってもいいか……)
 詰まりに詰まった予定表をペラペラと捲りながら、ラフィンは自室を後にした。

早朝訓練の後、半日にも及ぶ偵察をこなした偵察部隊は、ようやく自軍の兵舎の外形が一望できる場所まで戻って末ていた。
山の上で夕日が光っている。
先導するのはもちろん隊長であるラフィンである。その横に広がる形で、数十騎の飛竜が列を連ねている。
しかし、彼の身体には明らかな異変が起こっていた。
(っ………まさか、こんなに早く……)
苦痛に眉をしかめる。朝に感じた数倍の腹の痛みが襲っていた。
あろうことか偵察中にわきあがってきてしまったそれに、ラフィンは歯噛みした。
(……まあ、もうすぐ舎に到着することだし、大丈夫だろう………)
思惑通り、その後数刻もしないうちにラフィンたちは兵舎の正面へ降り立った。
緊張を解いた様子の部下と共に、愛竜を専用の檻に入れ、鞍から降りようと足を地に下ろす。
「……………うっ………」
体勢を変えたせいか、腹の中のものが激しい圧迫感と共に動いた。鋭いさしこみを感じ、ラフィンはとっさに腹に手をやると、冷たくなっているそこをさすった。もちろんガルダの身体の影で、部下に隠れるようにしてである。
(く……冷やしたか…………。……これでは、あまり悠長に構えてもいられないな……)
眉を歪めて制止したまま動かないラフィンを不審に思ってか、部下の一人が声をかけてきた。
「隊長?どうかしましたか?」
「っ、いや…………なんでもない」
否定はしたが、後孔には相当な量のものが押し寄せている。それを感じたラフィンは括約筋にいっそう力を入れると、部下を集め、早々に解散の旨を伝えた。
いつもと違う隊長の言葉に部下たちは珍しがったが、いそいそと踵を返して立ち去るラフィンの姿を目にすると、大多数の部下が仕事が速く終わったと口々に喜びながら出口へ向かっていった。
ラフィンはその出口とは逆の方向の扉へ向かって、一目散に歩いていく。その姿を見て、怪訝に思っていた数人も、よほど大切な用事があるのだと悟り、それ以上ラフィンに声をかけることはなかった。
おそらく、恋人の誕生日か何かだろうかと彼らは予想して、色めき立つ。
「隊長も、少しは人間らしいところがあるんじゃないか」……と、誰かが呟いた。

ラフィンは長い廊下を歩いていた。
本来なら、先ほどの舎を出たすぐのところに便所はあるのだ。しかし、解散を告げた部下がざわめく中、早足でその便所へ入り、さらに個室へ入ったところを見られでもしたら……と懸念したせいで、わざわざ少し離れた場所にある便所ヘと向かっているのだ。
(噂にでもされたら、笑い話だからな)
 仮にも一部隊の隊長である。そんなプライドのない行為は軽はずみに出来なかった。
痛む腹を抱えつつ、それでもまさか漏らしてしまうことはないと高をくくっていたのも事実だ。

額に脂汗を滲ませつつ、ラフィンはようやく目的地に辿り着いた。
だが運の悪いことに、その入り口前である人物と鉢合わせてしまった。
「!」
「あ、ラフィンさん。戻ってらしたんですね!お疲れ様です。」
明るくそう言うのは薄い金色の髪をした小柄な青年、ナロンだった。
「ああ…………」
突然の人影にラフィンは驚き、言葉を失った。
しかしナロンとは特に親しいわけでもなく、ごく軽い挨拶を交わして離れれば済むはずだった。
「ところで、明日の配置のことなんですが……」
目の前の彼はこともあろうに、ラフィンに相談を持ちかけてきたのである。
(勘弁してくれ………)
だが仮にも軍内における先輩騎士の手前、放っておくわけにもいかない。
「ああ、明日は……」
二、三問答を繰り返す。
「……ということだ。分かったか」
「あ、あと……」
ナロンはさらにしつこく食い下がってくる。
悪意はないのだろうが、余裕の類い身体へはその時間が十分な責め苦となって襲いかかった。
「っ……、そのことについては後で話すから、どいてくれ」
「え?あ、はい」
ついに耐え切れなくなったラフィンがそう伝えると、ナロンは目を丸くし、身体を横にずらした。
ようやく、目的地への道が空いた。
「……っ」
やっと用を足せる。そう思い気が緩んだせいか、便意の波はいっそう大きく押し寄せてくる。
(まずい…………早く……)
顔を引き攣らせつつ、ラフィンはナロンの身体を押しのけるようにして便所の扉の前に立った。だが次の瞬間、その場で固まってしまった。
予想外のものが目に飛ぴ込んできたからである。
「整備、中……?」
白い張り紙とそこに大きく記された文宇に、背筋が凍りつく。
「あ、そのトイレ今日の昼間から調子悪いみたいで、使えないんですよ。……ラフィンさん?」
「…………………。」
ならば何故もっと早く告げてくれなかったのかとラフィンは心底憤慨した。しかしナロンを怒鳴リつけているよりも先に他の便所ヘ向かわなければならない。そんな余裕はほとんど残されていないにもかかわらず。
目前にある便所の入り口は、よく見ると下部に立ち入り禁止を示すための表示板が立てかけられていた。もしナロンがこの場にいなければ、膝丈ほどのそれを除けさえすればとりあえず中には入れただろうに。
(くそっ………)
よろよろとふらつきながらも、ラフィンは他の便所ヘ向かうことにした。その道のりを考えただけで焦リがつのる。もと来た廊下をまた、歩いて戻らねばならない。
「ラフィンさん、どうしたんです?……先ほどから顔色が良くないみたいですが………?」
「………っ、ついてくるな………っ」
脂汗を滲ませ、端からはどう見ても異常な姿のラフィンに、ナロンは困惑していた。その身体を心配そうに見つめている。
「で、ですが苦しそうですし………」
「うるさい………っ!……う…………」
ラフィンは必死で後ろから追って来るナロンを追い払おうとするが、声を張ることすらままならない。
 追い討ちをかけるように腹が雷のような音を立てはじめた。咄嗟に手をやっても、それは収まらなかった。
「ううっ………!」
 ラフィンの顔が青ざめて震える。まさか、そんな……と思う間もなく、腹に渦巻く汚濁は出口へ向かって下っていった。
(……………駄目だ……………出…………ッ!)
その便所から距離にして一、二歩も歩かない内だった。
突然周囲に悪臭がしたかと思うと、続けて高い破裂音が廊下に響く。
「っあ…………!」
我慢に我慢を重ねたそこは、液状のものを噴き出していた。べっとりと尻たぶに広がり、下着にも染みを作っていく。その気持ち悪さといったら、ラフィンがこれまで感じたことがなかった。人生において初めて、それも後ろから……漏らしてしまったのだ。
「……?……え……………?」
背後でナロンの狼狽した声が聞こえた。
一瞬放心していたラフィンは、その声でナロンにもその事態を知られてしまったことに気付き、全身の血を沸騰させた。
(そんな、よりによって、あいつの前で…………!)
しかしラフィンの意思とは裏腹に腹の痛みは引かず、二回、三回と耳を覆いたくなるような音が続くと、今度は大量の塊が後孔を押し上げ、吐き出されようとする。
「つ……あああっ………嫌だ……………!」
ラフィンはその場から消えてしまいたいほどの屈辱と羞恥に襲わせていた。だが無情にも排泄は止まらず、溜め込まれた固形のそれはにちにちと音がしそうな位の勢いで下着を埋め尽くしていく。
「ッ…………!」
生ぬるい便が下着を膨らませ、肌に密着する感覚に鳥肌が立った。
下着の許容量を超えた分は隙聞から溢れ、ズボンとブーツの境目にまで零れ落ちていく。
その何ともいえない不快感に、ラフィンは今にも気を失いそうだった。
「…う……っ……………………」
荒れ狂っていた腹がやっと収まると、目の端に浮かんでいた涙が勝手に頬を滑り置ちていった。
呻きとも嗚咽ともつかないような声が廊下に響く。
その姿が後ろにいるナロンにどう映っているのかなど、考えたくもなかった。
「あ、あの……。ラフィンさん、もしかして……おもらし、しちやったんですか?…………」
「っ!」
ナロンの『お漏らし』という言葉を耳にした途端、ラフィンは打ちのめされた。今したことは紛れもなく現実なのだと思い知らされ、情けなさとショックから、ただその場に立ち尽くすことしか出来ない。
羞恥により全身が火照り熱いのに対し、頬を伝う涙と肌にへばり付いた便はやけに冷たく感じられた。
「……あの、ラフィンさん……。そのままだとまずいですし、とりあえずきれいにしましょうか………?」
ナロンがおずおずとそう提案すると、ラフィンは小さく頷いた。






ナロンによりかかるようにしてラフィンは眼前の便所に連れ込まれた。
立ち入り禁止の掲示板が易々と横にずらされていたが、そのことに気を回せるほどラフィンは正気を保っていなかった。
無論、ナロンと一緒に同じ個室に入ったことも。
「じゃあズボン下げますから」
ナロンのその言葉でようやくラフィンは自分の置かれている状況を悟った。そこは一人用の個室にしては広く、脇にバケツやモップの類が置かれていることから、掃除用具を入れるための個室に入ったことが分かった。ラフィンは壁に向かって、手をつかされる格好になっていた。
だが、何らかの抵抗をするより前に、穿いていたズボンはかなリ下の方まで下ろされてしまった。
途端に個室に漂う悪臭が濃くなり、二人は共に顔をしかめた。
「っ………うわ……すごい…………」
そこには下着の中で大量の便が広範囲に盛り上がっているのと、その隙間から両内腿を汚しつつ、柔らかめのものが丁度膝の裏辺りに溜まっている様子があった。
「これはちょっと……下を全部脱いだ方がいいですね…………」
やけに冷静にそう呟いたナロンは、ラフィンの履いている乗馬用ブーツのファスナーを慎重に下げ始めた。
「や………止めろ……………」
「あまり動かないで下さい、ラフィンさん」
ようやく抵抗らしい言葉を呟くラフィンを、ナロンはまるで小さな子供のようにあしらった。すっかり覇気をなくしているラフィンはもはや、ナロンにされるがままである。
「足上げて……右からですよ………次は左……」
そうしてブーツとズボンを脱がされ、下半身に糞まみれの下着だけを身に着けた格好で、冷たいタイルの上に立たされた。普段の生活からは考えられないような醜態を、ナロンの前に曝している。
しかしそのことが如何に重大なことであるかすら、ほぼ放心状態のラフィンは認識出来ていなかった。
「これは捨てた方がいいですよ、白いから結構目立つと思いますし」
「止めてくれっ………」
まじまじと汚物にまみれた衣服をナロンが観察しているのに気付いたラフィンは、金切り声のような悲鳴を上げた。歯の根があっていない。
そんな動揺した声で叫ぶラフィンをナロンは見たことがなかった。当たり前だ。こんなに情けない姿を、ナロンはもとより他の誰にも見せたことがなかったのだから。
「……僕は、事実を述べただけですよ。では、そっちの溜まってるものも処理しましょうか。」
ナロンは至って冷静にそう言うと、ついにその汚物に濡れた下着へと手を伸ばした。
「なっ、止めろっ………嫌だ…………!!」
「何なら自分でしますか?……でも、その震えてる手じゃちゃんと出来そうにないですが」
「うっ…………」
「これくらいで動揺してたら情けないですよ、ラフィンさん。……僕に任せて下さい。」
「………………。」
ナロンの言葉が胸にこたえたらしいラフィンは、それきり静かに肩を震わせ、じっと羞恥に耐えるしかなくなった。
それを確認したナロンは、下着の端の汚れていない部分をつまむと、慎重に下ろしていく。
「………っ!駄目だ!やっぱり駄目だっ………!」
 ラフィンはしきりに首を横に振り、静止を求めた。なぜそんなにも必死でいるのか、ナロンの頭に疑問符が浮かぶのと、その原因に気づくのはほぼ同時であった。
「……あ………!」
下着に押しつぶされ、一つの大きな塊となっていると思われた便塊は、まだ後孔に繋がって出し切れていない状態だったのだ。
構わず下着を落ろそうとすると、それはニチャリと音を立てて動くものの、離れる気配は無い。
「やっ……あ……!嫌だ…………!」
秘部に感じた感触で、ラフィンはその恥ずかしい状態がナロンに知られてしまったことを知る。しかし出かかっているものをナロンの見ている手前、どうすることも出来ない。
「ラフィンさん……僕が下着を支えていてあげますから、ここで全部出しちゃって下さい」
「!!」
「早く」
ナロンは「見てませんから」と付け加えた。だがどうしてこの状況で信用出来るだろうと内心ラフィンは思っていた。気休めにすらならなかったが、確かにずっとこのままいる訳にもいかない。
「イヤ………嫌だっ……嫌っ……………」
 しゃくりあげながらも、ラフィンは再び排泄をはじめていた。
柔らかいそれがゆっくりと伸びて、ナロンの支える下着の上に積もっていく。
その様をナロンはもちろんつぶさに鑑賞していた。
「嫌だっ………や…………あ……ッ………あ……」
 数秒後、汚らしい破裂音と共に残骸が離れ、落ちた。
「…………これで、全部ですね?」
「う……ううっ…………ひっ……う………」
ついにラフィンは壁についた腕に顔を埋めると、嗚咽を上げはじめた。ナロンは中身を零さないように慎重に下着を下ろしつつ、そんなラフィンを宥めるため穏やかな声をかけた。
「大丈夫ですよ……僕、気にしてませんから。そんなに泣かなくても…………」
 ナロンは備え付けの紙を手に持つと、糞に汚れた尻全体、それから内腿を優しく拭っていった。足元のバケツに、汚れた紙が山を作る。
その間、ラフィンはずっと両腕に顔を押しつけて涙を流していた。
「さあ、大分きれいになりましたよ。」
「………っ………ぅ………」
「では、替えの下着とズボンと靴持ってきますね」
そう言うと、ナロンはラフィンの汚したもの一式を抱え、そそくさと個室から出て行ってしまった。

 ナロンがいなくなりしばらくすると、ラフィンは一人、鴫咽末じりの溜め息を吐いた。
「ふ………ぅ…………。」
タイルの貼られた白い壁に寄りかかって深呼吸を繰り返し、少し落ち着きを取り戻したラフィンは、下半身だけすっかりはぎ取られた自分の姿を改めて確認する。
秘部の何もかもが丸出しの、何とも情けない眺めだった。
(俺は……なんてことを………)
 頭を抱えつつ、このままナロンによってそれが露呈するかもしれないという恐怖が頭を過った。
(もし、そんなことになれば…………)
とりあえずナロンに対して以前のように威厳のある接し方は出来なくなったことは確かである。仮にも大の大人が失禁……それも大の方を目の前でしでかしてしまったのだ。
ラフィンはひたすら後悔と、自己嫌悪に陥っていた。



(それにしても遅いな………)
既にナロンがいなくなって半刻は経っている。
下半身を露出したままのラフィンにとって、その個室はひどく肌寒く感じられた。
(っ……)
そのせいか、不意に尿意が襲ってくる。
だがナロンが帰ってこない以上、下半身を丸出しのまま外の小便器に足を運ぶのは抵抗があった。
(まさか、戻って来ないつもりではないだろうが……)
それでも不安はつのり、それが否応なしに尿意を加速させた。堪らずもじもじと膝頭を擦り寄せるが、タイルに映ったまるで子供のような姿にラフィンは赤面した。
(早く戻ってきてくれ…………!)
 しかし便所の中はしんと静まり返り、足音ひとつ聞こえて来ない。ついに内腿を手で押さえながら、ラフィンは個室で一人思案していた。
このままではまた漏らしてしまうかもしれない。そんなことになるくらいなら、さっさとこの個室から出て向かいの小便器に用を足してしまおうかと視線を上げたラフィンの目に、あるものが留まる。
 それはホースを蛇口に繋げたり、汚れたモップを洗浄するために備え付けられた洗い台だった。白い陶器製で程よい大きさのあるそれは、ラフィンの丁度腰の高さほどの位置にあり、大きめの小便器と言っても差し支えない。
(仕方……ないか………)
あとできちんと流せば大丈夫だろうと、ラフィンはその台の正面に立った。
剥き出しのモノを掴み、ふ、と力を抜く。
するとすぐに黄色い小水がその先端から迸った。
「ハァ…………ッ」
ようやく訪れた開放感に身を委ね、ジョボジョボと水の跳ねる音が聞こえ出す。本来はそこを使ってはいけないという背徳感が、ラフィンの心臓を高鳴らせた。
(早く……終わらせねば………)
正にその時だ。ギィ……と扉の開く音が聞こえた。
「あれ?ラフィンさん、何してるんですか」
「!!」
突如背後に現れたナロンに、ラフィンは固まった。
咄嵯に放尿を止めようとするも、一度出たものはそう簡単に勢いを無くすことはない。焦るラフィンに、ナロンは遠慮なく接近した。
「えっ………!」
ラフィンの身体の脇から覗くナロンの目が驚きで見開く。
「……うわぁ……。……これ、便器じゃないですよ、ラフィンさん」
「ち、違う、これはっ、仕方が………」
「いけないんだぁ……ふふっ、ラフィンさんのおしっこの臭いが付いちゃいますよ」
「っ………………」
 いかにも面白いものを見るように声を弾ませるナロンに、ラフィンはまた泣きたくなった。それでも、限界まで我慢していた尿は細い水流のまま、中々途切れてくれない。
尿が台の底に溜まり、個室には独特の臭気が充満していた。
「……さっきと同じように、随分気持ち良さそうですね………」
「っ……!煩い、見るなっ!出て行……」
しかし背後のナロンはさらに体を密着させると、あろうことかそれに手まで伸ばして来たのだ。ラフィンの握るそれに、細い指が添えられる。
「っ!?」
「すごい、ジョロジョロいってますよ……ずっと我慢してたんですよね?値察中ずっと。だって、真っ黄色ですよ」
「くうっ…………」
身を焦がすような羞恥で、ラフィンはぎゅっと目を瞑り、ロを噤んだ。
個室の壁に反射してか、やけに大きく聞こえる水音だけが耳に鳴り響いている。
「ほら、遠慮なくして下さい。僕が支えてあげますよ」
「つ……あ」
耳元でそう囁かれ、ラフィンは全身を戦慄かせた。
放尿による開放感と羞恥がない交ぜになり、身体の芯が痺れていくような感覚に包まれる。
「ハア……っ……あ………………あ」
気づいたときには尿は止まっていた。全身を朱に染め、時折喘ぐように大きく息をつく。
「ふふ、ラフィンさんおしっこ出して感じちゃったんですね……ここ、こんなにしちゃってますよ」
「……なっ……………?」
うっとりと囁くナロンの手に握られていたのは、びくびくと脈打ちながら立ち上がっているペニスだった。
先端は先程の尿だけではないもので濡れ、光っている。
「そ、そんな……っ……これは、お前が……」
ラフィンはその身体の変化に信じられず、うろたえた。
「僕が握っていたから?違いますよ、僕が手を離そうとしたら大きくなっていましたから。」
「違っ、違う…………俺はっ…………!」
こんな醜態を曝して感じる筈がない。
ましてやナロンのせいであるとも……………。
そんなことで勃起させるなどまるで変態ではないかと、ラフィンは必死でナロンの言葉を否定した。
「強情ですね」
「ひっ!!」
突然ナロンの口調が変わったかと思うと、握りこまれていたペニスの先端を親指で強く抑えつけられた。
「分からせてあげますよ、僕が………」
そう言って先端に当てた親指を動かし始めた。粘液の助けもあり、指の動きは次第に大きくなっていく。
「はあっ……!…………っ!!……っふ、……ああっ!」
 口をついた嬌声に驚いたラフィンは、再び壁に両手をついて俯いた。顔を赤面させ、必死で首を横に振っている。
「ほら、ラフィンさんのおしっこの出る穴弄ってあげますよ……」
ナロンの指が柔らかい鈴口を滑るたび、びりびりと電流のような快感が下肢を駆け上がり、全身の力が抜けていく。
逃げるように壁にしなだれかかってもナロンの責めは止まず、先端からはついにグシュグシュと水音が上がった。
強い刺激で先走りがとめどなく分泌され、さらにそれが指の滑りを良くしたため、指の動きが加速する。
「ふうっ……!……っああああ………アァっ、あああああっ」
性欲の処理もここ数日ろくに行っておらず、敏感になっているそこを弄られてはラフィンはひとたまりもなかった。ついにあられもない声を上げて、濃厚な白濁をナロンの手に吐き出してしまう。
そのあまりの衝撃に、目の前が真っ白になったラフィンはそのまま意識さえ手放してしまった。

がくんと重みを増したラフィンの肢体を支えながら、ナロンは邪悪な笑みをこぼす。
「気絶するほど善かったみたいですね、ラフィンさん」
精液を吐き出した後のそこは、先程流し終わったはずの小便まで噴きあげていた。じんわりとナロンの手に暖かいものが広がり、排水溝に落ちていく。
ラフィンは半開きの口から銀色に光る涎を垂らしてさえいる。身体は引き攣ったように痙攣していた。
ナロンはそんなラフィンを愛おしそうに抱き寄せると、頬に一つ口付けを落とした。

 一旦ラフィンを床に座らせ、ナロンは個室の前に置きっぱなしだった替えの下着とズボンを手に取った。
壁に上体を預けさせながら重くて長い足を抱え、何とかそれを両足に通そうとする。体格の違いに、四苦八苦だ。
「よし、これでいいや」
 ふうと息をつくナロンの額には汗が浮かんでいた。だが、表情はそれと対照的にとても晴れやかである。
「じゃあね、ラフィンさん。本当は部屋まで運んであげたいけど……今の時間じゃ、絶対見つかっちゃいそうだから」
 便所の小さな窓は夜の闇に黒く塗りつぶされていたが、夕飯時を迎えた兵舎はにわかに活気付いている。
「ここなら、寝てても大丈夫ですよ」
 ナロンは便所から出ると、横に倒れたままの表示板を再び扉に立てかけておいた。
明日には回収しなければならないそれ。
きっとその頃にはあの人は姿を消しているだろう。

「……やっぱり…………もっと見たいな……」

密かに呟かれたナロンの言葉の意味を、彼が知る術はなかった。


next