REVENGE2

六月八日(金) 午後 4時55分

 その日、学業を終えた樹は一度家に帰って着替えると、弥代の住む都内某所の高級マンション街に赴いた。閑静な佇まいと高級感を漂わせるタワーマンションのエントランスにこうして平服の自分が訪れるのはおおよそ似つかわしくないのは承知だが、樹は迷わず合鍵でオートロックを開くと、高層階に位置する弥代の部屋へと歩を進めた。
 ドアの前でチャイムを鳴らすも、着いたよ、と一言Topicを送るも返答はないため、樹はとりあえず扉を開けて中へ入る事にした。
 お邪魔します、と声をかけながら見慣れた玄関の大理石にスニーカーを脱ぎ、広々としたリビングへ進むが弥代の姿はない。それどころか物音ひとつ聞こえてこない。
 しんどくて寝ているのかと思い当たった樹はついに、弥代のベッドルームの前へ移動した。
 トントン、と扉をノックしても返事がない。
「ヤシロ……?」
 物音ひとつ返ってこないことに疑問を感じてすぐ、背後から知らない男の声が響いた。
「蒼井樹くん、かな?」
 驚愕して樹が振り向くとそこには、くたびれたベージュのスーツ姿の中年男が立っていた。
「あなたは……?」
 完全オートロックの部屋内に突如として姿を見せたその男に見覚えはなく、このマンションの管理人だろうかと動揺しながらも樹は尋ね返す。樹の顔を正面に認めた男は顎に手をやると、
「剣弥代に、会わせてやるよ。来い」
 そう言って踵を返すとリビングを一直線に抜け、扉を開けてエレベーターホールへと向かった。
「っ?! ヤシロに……? あなたは、一体誰なんだ?」
 慌てて玄関の扉から顔を出して叫ぶ樹の問いには応えず、男はカツカツと革靴を鳴らして早足で廊下を歩いていく。
 慌てて樹はその背中を追った。

 ホールで停まっていたエレベーターに二人して乗り込んだところで、ようやく白髪混じりの初老の男は樹を振り返ってぼそりと口を開いた。
「……実はねえ、今、剣弥代はオレと契約を結んでスタジオで撮影をしている」
「撮影……じゃあ、体調不良は嘘なのか?」
「すまんね、公開まで極秘に進めたかったもので」
「あなたは監督ですか? その仕事……事務所に嘘までついてヤシロが受けることを承諾したのか?」
 自らを一流と称する弥代が、きちんと組まれた仕事のスケジュールを蹴ってまで別の仕事をしているという男の言に樹は疑問を覚えた。そもそもフォルトナ事務所を通さずに個人で仕事を受けるというのは、事業主である舞子との契約不履行になるのでは……と思惑する樹の顔を見て、男が続ける。
「疑うのも無理はないかもしれないが、オレは剣弥代と昔から個人的なよしみが有ってね……期限付きを条件に受けて貰ったよ。もちろん、後でそちらの事務所にフォローはさせてもらうつもりだ」
「そうなんですか……」
「君にも是非出演して欲しいと弥代から頼まれてね。これから君をスタジオに案内するよ」
「え、俺も?」
 刻同じくして一階に到着したエレベーターがぐらりと揺れ、扉を開く。
「ただしそのスマホ、預からせてもらうよ」
 デニムパンツのポケットにあるそれに樹が手を伸ばしているのを、男が指差す。
「でも……仕事なら、事務所に確認しないと……」
「君は弥代の努力を無に帰すつもりかい? 仮病まで使って演じてくれているというのに」
「っ」
 樹は迷った。確証のもてないこの男――おそらく弥代の昔の事務所関係者なのだろうが――少なくとも弥代の家の合鍵を持っているから、オートロックのかかった部屋に入れたのだろうし、自分がこの時間にここを訪れることも知っていた。それは弥代と交わしたTopic の内容を知っていなければ出来ない所業だ。
 だが…。
 樹は、昨日の弥代との通話を思い出していた。

『来るな 俺に構うな』

『……お前じゃない』

 弥代の言うお前が自分のことであるというならば、つまり……。

「弥代が待っている……会いたくはないのか?」
「……ヤシロに確認の電話、かけてみます」
「これに見覚えは?」
「!」
 そう言って男は胸ポケットから黒いボディのスマホを取り出した。細いシルバーの鎖が繋がったそれ。
「………分かりました」
 男の言う事が虚言であろうがいずれにせよ、この男について行けばおそらく弥代に辿りつけるのだろう。そして、ことの真実を確かめればいい。
 そう決した樹は自分のスマホを男へ手渡した。
(……あとはよろしくな……トウマ)
 樹は親友である斗馬にだけ、今日の放課後に看病のため弥代の元を訪れる事を伝えていた。――弥代の感じ、ちょっと引っかかるから、もし夜になっても俺がTopicで連絡しなかったら、悪いけど舞子さんに知らせて欲しい――と。
 樹とて、不審な男に対して何のカードも用意していない訳ではなかった。
「まあ、出演するかしないかは、弥代と会ってゆっくり考えてくれていいよ、さあ、こっちだ」
 男に誘われるままマンションの駐車場へ出た樹は、灰色のセダンに乗るよう指示される。まるでタクシーみたいだと思いつつ後ろの席に座ってから、運転席に入った男が何かを手渡してくる。
「念のためこれをつけてくれ」
 受け取って手の中で広げたそれは黒いアイマスクだった。撮影場所を明かしたくないということだろうか。
「テレビでこういうの、よく見るだろう? ドッキリものとかで」
「……いえ……テレビはあまり見ないので」
 そう返しつつもおずおずと樹がそれを装着すると、なに二十分足らずの場所だからと言いながら、男は車を発進させた。

午後 5時15分

 身体が嫌な熱を持っている。
「おおい、起きろ」
 ぼうっと火照り鈍くなった思考。ぐずぐずに化膿しているかのように腹の中がずっと疼いている。
 そんな自分の躰を揺り動かす男の手の感触。
 気分が悪い――とても。
「ひでえ顔だ」
 はぁはぁと呼吸を弾ませ、濃い疲労で落ち込んだ眼を開けた弥代にD男が映る。弥代の顔色は蒼白であるにも関わらず、額には滲み出た脂汗が光っていた。
「……………腹が……痛い」
 搾り出すようにやっとそれだけを伝えると、また目を伏せる。男の醜い顔を見ていたくなかった。
「そりゃあ朝から尻に延々とエネマ突っ込まれたまま前も塞いでたら痛ぇわな」
 今朝、目覚めた弥代には栄養ドリンクと残っていた僅かな機能栄養補助食品の塊を食すよう促された後、また玩具を尻に挿入された。
 先端に弓なりの瘤をつけた奇妙な形のそれを嵌めたまま、根元には金属製のコックリングをつけられていたので、勃起はせども身体に燻る熱はまだ一度も解放を許されていなかった。
「出すか? リング外してシコシコしてやるよ。『お願いします、イかせて下さい』ってな、言ってみろ」
「……………」
 臭い息を吐いて近寄る男に、しかし弥代は無言を貫いた。なおも男は何か言っているが、腹の奥の痛みもあり理解に達しなかった。
 そこへ、男のスマホが鳴る電子音が響く。
「残念だな、連絡がきた」
 行くか、とD男が弥代の首から繋がるリードを引いた。

午後 5時21分

 ――着いた、弥代を呼んでくる――と言って男が車から離れてしばらくの後、バタンとドアが開く音がした。 それが前、後ろと続き、複数人の乗車をアイマスクごしに樹に知らせる。
 と、真横の扉が開いたかと思うと硬い何かを脇腹に押し付けられた。
 咄嗟に振り払おうとした瞬間、バチッと全身に鋭い痛みと総毛立つような痺れが伝わった。
「うわぁぁっ!」
 樹の叫び声は再び手早く閉められた車のドアにより遮られる。
 やられた、と思う間もなく、樹は意識を失った。

午後 5時49分

「な………?!」
 その姿を認めた弥代は眼を見開いた。頭から大きな黒い外套を被せられたかと思うと素足のままスタジオを出るように言われ、男らの他は無人のビルの裏口を出たすぐの所に停めてある車の後部座席を開けた、そこに、アイマスクをして意識を失っている樹が居たからだ。
「お友達……いや、彼氏か? 一人だと寂しいと思って来てもらったよ」
「待て! イツキに何をした!」
「少し眠ってもらっただけさ。お前に撮影の準備をする間だけ……な」
「撮影……? 俺たちをどこへ連れて行く気だ」
「それはお楽しみだ」
 乗れ、と男が弥代を樹の居る反対側の扉を開けて誘導する。樹にすぐにでも駆け寄りたい衝動を抑えながら、リードと枷、そして性具をつけられたままの弥代はそっとそちらへ向かった。
 乗り込もうと身体を屈めて車に頭を入れたところで、その前に、と男が弥代の羽織るサテン地の外套の裾を捲り上げた。
 明々と夕陽のそそぐ下に弥代の白い尻と長い脚が露出し、弥代が動きを止める。
「クッ……あ……❤」
 まだ挿入されたままだったエネマグラのリングに指をかけ、一気に引き抜かれた。ぽっかりと開いたそこに、男はポケットから小さな袋に入った独特の形をした容器を取り出し封を切ると、その細長い先端をつぷりと差し込んだ。
「❤」
 突然体内に染み渡る冷たい薬液の感触に、ギュッと食い縛るように孔を収縮させる。やめろという叫びは声にならなかった。
「お浣腸だ。そら、もう一本」
 追加される薬液に、ひ……と弥代の喉が空気を震わせ音を立てる。丸々二本の内容物を全て弥代の腹に注入し終えると、男は空になって潰れた薄ピンク色をした容器
を地面へ放った。
 ギュルル……と異物である薬液――グリセリンが弥代の腹の奥を収縮させる音が低く唸りを上げ出す。
 は、は、と浅く呼吸しながら弥代はその鋭く差し込む苦しさに俯くと後部座席のクッションへ顔を埋めた。
「苦しいな? ここに来てからまだ一回もしてないからな、出しに行こうか」
「ッ、……ぐ……! ……スタジオ、へ……」
「もっと良いところへ連れてってやるよ、早く乗れ。それとも彼氏の前でクソ漏らしたいか?」
「…………ッ…………!」
 背後に群がる男達を肩越しに睨みつける。
「またそのこわい顔か。やめやめ、これ付けとけ」
 そう言って男が反対側のスラックスのポケットから黒いアイマスクを取り出して自由のきかない弥代に装着させる。乗れよと背中を押す男に、弥代はじりじりと上体を座面につけたまま樹の座る方へと進ませ、フロアの中に膝をついて車へ乗り込んだ。
 それを確認した弥代のリードを握る男が続いて乗り、ドアを閉める。
「ああ、流石に萎えたか……そのリングも外してやろう」
 パチリと弥代の雄根にあったそれを回収すると、戯れに男がその力の通わない肉を軽く扱き始めたのに気付いた弥代は無我夢中で叫んだ。
「止めろ❤ 触るな❤ 死ね❤」
「おおう、まだ元気あるじゃないか」
 噛みつきそうな勢いで男の手を拒む弥代のリードをグイと引いた男は、弥代の耳元で囁いた。
「……彼氏に同じ事して舞台に立たせてやっても良いんだよ?」
「……ッ…………❤」
「死ね、か。またペナルティだ、それとも、今からコイツの服脱がして尻穴にぶっといバイブでもねじ込んでやろうか?」
 樹にまで危害を加えようとする男の言葉に、弥代の身体がわなわなと震え出した。身体に加えて心にまで耐え難い痛みが襲う。
 噛み締めて薄い皮を破りぷくりと血を滲ませた赤い唇が、はくはくと息を吐きながら、痛々しく開かれた。
「………イツキに、手を……出すな……頼む…………。お願い、します……」
「ふふ、従順な子は好きだよ、分かった、赦してやろう」
 車出せ、と命じた男の足元で、弥代は身を竦ませて、ただ荒れ狂う腹の痛みに耐える他なかった。

午後 6時1分

 車のエンジン音と共に、暗転していた意識がゆっくりと戻ってくる。
 動かそうとした両の手首にビンと張るものが繋がっている。樹の手には、金属製の手錠がかけられていた。
「これは……❤ どういうつもりだ!」
「おっと、騒ぐなよ蒼井くん。弥代が驚くだろ」
「ヤシロ……?! 乗ってるのか? ヤシロ?」
「そら、ご対面といこうか」
 男が樹のアイマスクを外す。と、運転席と助手席に見知らぬ男の後頭部が見える。一人は痩せ型で、もう一人は小太り……自分をこの車に乗せたあの男は、と横を向こうとした時、足元に青白い指先が見えてぎょっとする。
「ヤシ……❤」
「イツ……キ……」
 頭から大きな黒い布を被っていたが、その下に覗く素肌の具合から何も身につけていないのは明らかだった。
 弥代も弥代でアイマスクを着けられているせいで、樹がどこに居るのかまだしっかりと認識出来ていないらしく、見えない視線を彷徨わせている。
 弥代は、樹の横に座る男の足元に佇んでいた。
「ほうら、左だ」
 お前からしたら右か、と言いながら男が手に持った赤い紐を引く。それは弥代に嵌められた黒革の首輪の中心に繋がっていて、ガチャリと激しい音を立てた。
 そうしてやっと弥代の顔が樹の正面を捉えた。それはやはり、紛れもない弥代の――ひどく憔悴した、顔だった。
「ヤシロ……! どうして、こんな……! 撮影なんて、嘘だったんだな❤」
「いいや、撮影だよ。これから撮る」
「なら俺のこの手錠は何なんだ❤ ヤシロも、どうしてこんな姿で……」
「ガキがつべこべ言ってんじゃねえよ! 弥代はオレの依頼した仕事の通りやってるだけだ!」
 突然激昂した男に、樹の声が遮られる。
「これもなあ、立派な衣装なんだよ。そうだろう? 弥代」
「……………」
 弥代は口を噤んだままだったが、僅かにこうべを垂れた。
「……………」
 しんと静まり返った車内に、車の走る音だけが響く。
 そこへ、もうすぐ着くっすよ、どこ停めます? と痩せ型男の能天気な濁声が響く。
「横のパーキングでいい、なるべく入口近いとこな」
 ハァいと返事する男らのやりとりも蚊帳の外で、樹は弥代とじっと向き合ったまま膝の上で作った握り拳にぎゅっと力を入れた。
 嘘だ、嘘に決まっている。弥代はもうフォルトナの人間で、このような怪しい男達の元で仕事をしなければならない理由などあるはずがない。
 しかし目の前の弥代は薄い唇を噛み締め、無言のまま床についた手を小刻みに震わせているだけだった。
「さあ、着いたぞ」
 間もなく車が停車すると、前に乗っていた男達は車を降りてトランクへと向かった。
「樹君にはここで大人しく待っててもらうよ、分かってると思うけど、逃げたりするなよ。さもないと……」
 男が背広の胸ポケットから四角い機器を取り出して、弥代の頬のすぐ横でバチッと電流を迸らせた。
「!」
「じゃあな」
 男が先に右の扉から下り、弥代の首に下がるリードを引く。
「ヤシロッ」
 その悲痛な叫びに、弥代は樹の方へ顔を向けたまま、僅かに口の端を上げてみせた。
「……心……配、するな……すぐに戻る……」
 おい、と急かす男にリードを強く引かれ、弥代は出口の方を向くと上体をシートに預け、床面に膝を擦りながら車を降りて行く。
「ヤシ……❤」
 樹の声がドアの閉まる音に再びかき消される。
 静寂の中見守る樹が見たものは、撮影機材を抱えた男二人の背中と、前を歩く初老の男の横に見える弥代の素足だけだった。

午後 6時9分

 空を埋め尽くす雨雲。
 まだ陽が落ちる前のせいで電灯も付いておらず、公園内はかなり薄暗かった。
 森林が多いそこは前日からの雨の予報のせいか、人の姿はあまりなかったが、人影が全くないわけではなかった。
 遊歩道を歩む男達の靴音に混じって、ジャラ、ジャリと弥代の足枷を繋ぐ鎖が地面に擦れて鳴っている。
「今にも降り出しそうなロケーションだな」
「濡れたら厄介だしな、まあ、ここらでいいか」
 駐車場から数メートル、歩道の少し脇の藪を見繕った先頭の男が、その方向へ弥代のリードを引く。
 足裏から伝わる感触が舗装された硬いコンクリートのものから土と柔らかな草混じりのものに変わるのを感じる。
 三人の男に囲まれて黒い外套をすっぽり被った弥代が歩く姿を、手前からきたジョギング中の若者が認めると怪訝な顔をして走り去って行った。

「膝をついた方がいいな、カメラ、位置ここでいいか」
 リードを下に引かれその場に膝立ちになるよう促された弥代の周りで、男達が何やら言っているようだったが、既に弥代の耳には入っていなかった。
「う……ぐ…………」
 ギュルギュルと腹がひっきりなしに嫌な音を立てている。臓器が捩れるような痛みに、身体を覆う薄い布地は弥代の肌を滑るじっとりとした脂汗を吸っていた。
「もうスタジオを出て十五分……二十分になるか? よく我慢したな」
「車の中で粗相されるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「そら、もういいぞ」
 正面で弥代のリードを持つ男が排出を促す。
 弥代はギリ、と奥歯を噛み締め、低い呻き声を上げた。それが精一杯の抵抗だった。だが、もう遅い。
 既にカメラはしっかりと弥代の全身を舐めるように捉える位置に固定され、集音マイクが身体のすぐ近くに差し出されてすらいた。
 周囲のベンチや歩道にいた見知らぬ人影も、この異様な男達と弥代の様子に気付いたらしく、遠巻きに眺める者達が、カメラや機材を向けられる対象――有名な動画配信者なのか、あるいは――を確かめるべく徐々に近付いて来る気配は、アイマスク越しにも伝わっていた。
「…………見……、る、な……ッ……」
「それはないぞ、弥代。お前は演者、周りは客だ。オレらもそうだ。オレらを満足させるパフォーマンスを惜しみなく披露してこそ……一流、だろう?」
 男の言葉に、しかし弥代は全く納得していなかった。これから自分が行うのは演技でも何でもない。ただ、腹の中の不用な物質と薬液を排出するだけ――不快極まりない、最低の行為をこのような公衆の場で晒せと要求する男達に、腸(はらわた)が煮え繰り返ると共に、心底情け無い事態に陥る羽目になった自らに対してもやり場のない怒りを抱えていた。
 腹が痛い。痛い。
 どうしようもなく痛い――。
 これが復讐の咎であるというのなら、目の前の男もこれほどの痛みを、絶望を味わったのだろうか。

 その因果を断ち切る力――弥代は今、誰よりもあの紅い刃を持ったミラージュに救いを求めていた――しかし現実は、ただ独り、衆目という名の舞台に晒されている。
 無力感と共にまた激しい痛みが腹の中に襲いかかる。耐えられる限界をとうに超えた弥代はもう、これまでだった。
 被っていた外套が男の手によって引き落とされる。
 はらりとそれが地に落ちると、身を覆うものは、手足の枷と首輪と、顔につけられたアイマスクのみ。そんなボンテージにも満たない憐れな奴隷の姿が、雨の降る間際の湿っぽい臭いを孕んだ風に晒される。
 その場に居合わせた観客はみな息をのんだ。

「うわ、裸……ヤバ……」
「――ちょっと、アレ……見覚えない……? あのメッシュ………」

「剣……弥代……?」

「………ッッ!」

 その声が耳に届いた時にはもう、弥代は腹の中身を地面にぶちまけていた。
 バシャリと土の上に腸内に染み渡っていた浣腸液が打ち付ける音に、続け様にガスが噴出し、無遠慮に弾けては汚泥が噴き出していく。
 泥はやがてみっしりとした固形の岩のような排泄物に遮られたが、盛り上がった襞がそれを一気に押し出すと、それに続いて粘土のように垂れ下がり、落ちていく。
「ウンコ……してる?」
「ゲッ、汚ねッ」
 そのショーに巻き込まれた周囲の一般市民は正にパニックだった。甲高い女の悲鳴すら聞こえる。
 当たり前かと弥代は真っ白に染まった頭の中で考える。が、腹の痛みや張り詰めていた重みがみるみる軽くなっていくことしか今は感じられなかった。
 固形物が出ていく合間に、隙間に溜まっていたガスがだらしなく尻たぶを震わせ、聞きたくもない音が上がる。
 羞恥などとはもう次元の違う、白痴に近い思考に頭が染まっていく。
 ――早く楽になりたい……痛みの根源を……出さねばならない。腹の中身を、ここで、――全て。
 固形からすぐまた泥状に戻り、より水気の多い便が勢いよく垂れ落ちてしまうと、いつしか前の方からも、仄かに色付いた温かい液体が噴き出して地面に黒い飛沫の跡を残していた。

「…随分遠慮なくやったな、これで全部か?」
「犬の落し物じゃ説明つかない量だな、これは。片付けるか」
「そんな暇はなさそうだ、ズラかるぞ」
 降り出した雨の雫に気付いた男達が矢継ぎ早にそう言葉を交わすと、先程地に落とした砂埃で薄汚れた外套を再び弥代の頭から被せ、一人はカメラと小型マイクを、もう二人がかりで弥代の上半身と下半身をそれぞれ抱えると、一目散に停めてある車へ走った。

 どさりと半分に折り曲げた身体を投げ入れるように捨て置かれたと思えば、鈍い音と共に肌に触れる空気の一切が遮断する。
 埃臭い床面と身体のすぐ横に冷たく硬い壁があるのを感じ、トランクに押し込められたのだと弥代が気付いた時には、車体から伝わる振動で肩の骨がゴツゴツと鉄の板に打ち付けられた。
 微かに漂う排気ガスの臭いを吸いながら、弥代はその揺れに身を任せ、深く眼を瞑じた。

 ぽたり、ぽたりと雨粒が車のガラスに垂れ始めたのに気付いて樹が顔を上げた時、男達は駐車場へ戻ってきた。
「あれ、ヤシロは………?」
 車に走り戻ってきた男達が車内の樹に目もくれず乗り込み車を発進させたのと同時に、樹は声を上げた。
「ちゃあんと乗ってるよ、心配するな」
「乗ってるって……」
 しかし弥代は座席に見当たらない。
 戻ってきた男達が真っ先にトランクを開け、きつく閉める音を立てていたのを思い出す。
「まさか、トランクに……❤」
 樹は青ざめて背後を見たが、車のエンジン音と道路を走る振動以外何も音がしない。
「さすがに堪(こた)えたんだろ、ああ、後でお前にも見せてやるよ」
「ッ……。降りて、何をしたんだ、ヤシロに……」
「それは見てのお楽しみだ。それとも今見るか? 小さいけど」
「やめとけ、大きい画面の方がいい。オレも愉しみだ」
 そうだな、と知った顔で笑い出す男達の横で、樹は唇を歯噛みし、怒りに震えることしか出来なかった。

午後 7時00分

 ビル街のスタジオ近くの駐車場へ車が到着すると、樹はまたアイマスクを装着させられた。
 男の一人に手錠を引かれるまま歩き、エレベーターを降りて、ギイと大きな音の鳴る扉をくぐった。
 そこで、手を引いていた男が離れたと思うとしばらく放って置かれる。
 背後で扉が閉まる音と鍵のかかる音がしたあと、バタバタと歩く男達がどさりと何かを落とす音が聞こえた。
「ヤシロ、居るのか? 大丈夫なのか?」
「寝てるよ、黙ってろガキ」
 そう言われて、樹は口を噤んだ。
 アイマスクをしたままだったが、左右に首を動かして自分の連れてこられた場所の様子を伺わずにはいられない。反響する物音の具合からして、ここが広さのある部屋の中であることは分かった。
 夜風による肌寒さもしないため、気密性の高いマンションの一室――といったところだろうか。靴の下の感触から、リノリウムかフローリングのようなつるりとした床が貼られているのも分かる。

「ようし、繋いだぞ」
 数分後、そう知らせる声がした。
「来い、座れ」
 また男が近づくと樹の手枷を引いて数歩歩かせ、そこに座れと言いながら肩を叩かれた。
 おずおずと膝を降り腰を落とすと、ソファの座面につき当たった。

「どこから見る? さっきの公園からでいいか」
 アイマスクを外された樹は、しばし目を刺す光に瞬きをしたあと、顔を上げる。
 目の前にはコンクリートの壁一面に貼られた白いスクリーンと、ダブルベッドの上に横たわって眠る弥代が居た。

「最初から」

午後 9時14分

 それはそれは凄惨な記録だった。
 もう二時間以上、樹は弥代に起こった真実を、目を逸らすことなく視ていた。
 公園での一部始終が流れると、Dの男は歓喜の声を上げ、パンと手を打った。その音に、弥代の長い睫毛がぴくりと震える。
 重たい瞼をゆっくりと開けば、スタジオの壁に垂らされたスクリーンに光る真っ黒な画面が映っていた。
 乱れる髪もそのままに冷たいシーツから上体を起こし、ソファの方を振り向いた弥代の目に映ったものは、哀しそうな顔をした樹だった。
「……………!」
 弥代は驚愕して、樹の瞳を見つめることしか出来なかった。全身から血の気が引いていく。
 黒い画面。ジ――――と微かな電子音を立てて回り続けるカメラ。嘲る男達。手首を手錠で拘束された樹。
 スクリーンの光を反射して青みを帯びた樹の黒い瞳。が、じわりと滲んでよく見えなくなる。
 弥代の灰藍と碧の両方の眼から、涙が伝った。
 ぱたぱたとシーツにそれが落ちる音で、弥代は自分が泣いているのに気付いた。
「ヤシロ!」
「……ッ、………」
 次の瞬間には、立ち上がった樹の肩口に埋まるほど鼻先を押し付けていた。
 樹は手錠で繋がれた腕を大きく開き、その中に弥代の身体をしっかりと入れ込むと、手のひらで弥代の骨張った背中を優しく撫でた。
「もう大丈夫、大丈夫だから……」
 返事をしたいのに、ツンと迫り上がる涙に鼻を啜り上げながら息を吸うだけで精一杯で、喉が震えて声にならない。
「……ッ、ヒッ、……、………ぃ、っ、……イ……ひぅ、ッ………」
「大丈夫」
 樹が再び弥代を抱く腕にぎゅうと力を込めたのを感じ、いつもの優しい声と樹の匂いに安堵した弥代は、ついに嗚咽を上げた。

「……あんだけやっても泣かなかったクセに、連れに会わせた途端それか」
 不満げな男の声に気付いた樹が、振り返って睨みつける。
「ヤシロに何の恨みがあってこんな事をしたんだ!」
「……別に。まあ強いて言えば原因はキサマだ。アオイイツキ」
「何だって❤」
「キサマのせいで、剣弥代は……変わってしまった。ストイックに芸のことだけを考え、芸の為に身を費やし、あとは何一つ人間らしいことは出来ない、オレの弥代」
 男の言葉に、樹がごくりと唾を飲む。
「確かにフォルトナに来る前はそうだったかも知れない。でも、もうヤシロは自分の殻を破ったんだ。俺や……俺たちの、仲間の可能性に賭けて、自分で決めて行動したんだ」
「ハッ! そのせいで弥代はなあ、移籍早々に炎上するわ、ヌルい恋愛ドラマやら、挙句特撮だァ……、オレが! 必死で築き上げてきた、美しくミステリアスな、孤高にして至高の俳優、剣弥代のイメージをなあ! 崩壊させちまったんだよ❤」
 激昂した男の言う事は、確かにその通りであった。
 しかし弥代は、その経験を乗り超える事で演技の幅を広げることができたと満足気に語り、樹に心からの笑顔を見せたのだ。顔を合わせば常に無表情だった、あの弥代が。
 それを目の前の男は知らない。いや、認められないのだろう。
「だから、オレは弥代をこの手に戻して、元のキレイなお人形にしてやりたかった」
「何だって……?」
「オレに言われるがまま、求める通りのシナリオで演じる……あの剣弥代が。なあ、最高だろう? 最高の人形遊びさ」
「違う! ヤシロは人形じゃない!」
「黙れよガキが! 弥代はオレの指示通り、カメラの前でセックスして善がってれば良いんだよ!」
「それがお前の言うキレイなヤシロの姿なのか……❤ ヤシロの心を踏みにじっているだけじゃないか❤」
「キサマも弥代にサカって乳繰りあってた癖に、よく言えたもんだな? ああ?」
 毎回毎回、大したもんだな、と男が懐からスマホを取り出すと、例の盗聴音声を再生する。途端、弥代の甘い嬌声がスタジオ内に響き渡り、固まる樹を尻目に男達はせせら笑った。
「オレもなあ、弥代がこんなにメス声で鳴くのを知ったときは衝撃だったさ。それに加えてお前らがベッドでアンアンやる仲だったとはな……。まあ、おかげで踏ん切りがついた」
 男はスマホをベッド脇に放ると、どけ、と樹を弥代の前から引き剥がす。そして弥代の顎をグイと持ち上げた。
「っ、何をするつもりだ! ヤシロに……」
「ああ? 決まってるだろ? 撮影の続き、クライマックスだ。お前の目の前で犯してやるよ」
「❤ 止めろ❤」
 叫ぶ樹に反し、弥代は男にされるがまま長い脚を広げられていく。
 男の言った通り、蝋人形のように焦点の合わない瞳で空を見つめたままの弥代の態度が気にくわなかったのか、フンを鼻を鳴らすと男は再び樹の方を向いた。
「駄目だな――先にお前らの交尾を撮るか。ガキ同士のぬるいセックスで弥代の身体がほぐれてきたところで、オレが大人のまぐわいを見せつけてやるよ」
 樹にそう告げると、男はさっさとチ●ポ出せと詰め寄ってくる。
「冗談じゃない! やめろ……❤」
「……ッ、いい、イツキ……」
「ヤシロ!❤」
「俺は、お前に…抱かれ、たい……。今すぐに、抱いてくれっ……!」
「何を言ってるんだ、ヤシロ❤ こんな男の言いなりになんてならなくても……」
「俺はッ! お前に……抱いて…欲し……ッ、……イツ……イツキに…っ……」
 ぼろぼろと大粒の涙を流し懇願する弥代の姿に、樹の胸が詰まる。それしか、今の絶望に射抜かれた弥代を救う手立ては無いのだと悟った樹は、腹を決める。
「ヤシロ………」
 背後のベッドに向かって弥代の身体を軽く押せば、糸が切れた操り人形のように弥代の身体がシーツに沈んだ。
 その上体を手繰り寄せるようにして鎖骨にキスを落とし、首輪の革が幾度も食い込んだせいで皮膚が赤く擦り切れたところを優しく舐める。
 弥代の、生々しい血の味がした。
「ッ………ァ……」
「ごめん、痛い?」
 傷に染みたのかと尋ねる樹に、目の縁を赤くした弥代がふるふると被りを振る。それを見てもう一度樹が首輪の跡から耳にかけて舐め上げると、弥代は吐息を震わせてアァ……と鳴いた。
 背後で「なかなかいいぞ、蒼井クン」と男が上機嫌でハンディカメラを回していたが、樹はもう気にも留めなかった。樹はただ、目の前にいる弥代を優しく愛撫することに専念していた。
男達によってばらばらに砕かれたガラスの心をひとかけらずつ拾い集めるように、丁寧に、弥代の痛みを受け止めるように。
「ヒッ……ァ……、ぃ、や、……耳……ァッ……!」
 柔らかな舌が弥代の形の良い耳たぶをなぞり、銀のイヤカフ、そして軟骨の襞をチロチロと舐めると、ひ、と弥代が息を飲む。みるみるうちに薄い柔肉にかあっ、と朱が入り、熱を持った。
「声出していいよ、大丈夫、俺がしてる……だから、我慢しなくて大丈夫」
「は、ぅ………イツキ……っ、ああぁっ、うっ」
「泣いてもいいよ」
「ぅ、イツ……、ひッ…! ンあぁ……あッ❤ あぁ……」
 樹が弥代の耳の中をピチャピチャと音を立てて舐めるうち、掠れた悲鳴のような声を上げ、愛撫から逃げるように腕の中で身体をくねらせていた弥代が、徐々に大きく息を吸い、吐き、樹に身を任せるように身体の力を弛めていく。
「く、……は……あっ……ン………、ひぅ……❤ いつ、きぃ……❤」
 脳内に響く艶めかしい水音と、優しく耳内をねぶる舌の熱さにとろとろに溶かされた心地で弥代がシーツを握りしめていた手を樹の頭に回し、跳ねた黒髪を撫でる。 それに気付いた樹は、今度はその手首に嵌まった枷の内側――静脈の浮いた青い筋に、キスをする。
「んぅう……」
 その緩く甘い刺激に弥代が、樹に見せつけるように長い脚を折り広げる。その中心には、赤く色付いた弥代の砲身がひくりと震えて蜜を垂らしていた。
「もうこんなに感じてるんだ、ヤシロ」
「ッ……ふ……イツキ、だから……あッ」
「まだだよ…先にこっち」
「ッ、ふぅぅッ……❤」
 カリ、と樹が口を寄せたのは、弥代の望む自身への刺激ではなく左胸の小さな赤く色付いた突起だった。
 ちゅっ、ちゅっ、と唾液をその小さなしこりに絡ませて吸いあげれば、まるで小さな子どもが駄々をこねるように、いやだ、と弥代は大声で叫んだ。
「やめ、イツキ、……ひッ、ぃ……! もっ、イく、出るッ……」
「出していいよ、受け止めるから」
「……ああぁ――ッ❤ アッ❤ ぅ、――――くぅ……ッ」
 腰をガクガクと痙攣させながら、ペニスの先端をすっぽりと覆った樹の掌に、弥代の熱い滾りが打ち付けられる。
 ハァハァと白い顎を仰け反らせた弥代の口端から、つ、と飲み込めなかった涎が透明な糸を引いた。

「………乳首で……イきやがった…?」
 ぼそりと背後の男が吐き捨てるように呟いた。あの、電マを最大限に出力して雄根へ充てがって、やっと達した弥代が。ただ耳を舐められ、乳首を吸われただけで、陰茎にはただの一擦りもなく……だ。
「随分と開発されてるって訳かァ……?」
 しかし弥代の乳首に何度も摩擦した跡や、硬く尖る豆粒のようなそれは指でこねくり回したり引き伸ばした様子も見られない。
 それは相手がこの蒼井樹だから、という事実をまざまざと見せつけられた男は、カメラのファインダー越しに舌打ちをした。

「……は、……ふ………ぁ、………んぅ……❤……」
 ようやく高みから下りてきた弥代のぼやけた視界が正面の樹を映したと思えば、また下腹部を包み出した甘ったるい刺激にきつい目尻を下げ、息を荒げざるを得なくなる。樹は弥代の精液を滑潤剤のようにしてまだ硬さを保ったままの雄を優しく扱いていた。
「気持ちいい? キツくないか……?」
「ッ、ッ……❤ ………ンン……❤」
 弥代は返事を返さなかったが、代わりにシーツに付いた両踵に力を入れ、腰を持ち上げてみせた。そうして快楽の芯を優しく解きほぐされていくような心地を味わって、ただ、樹の手の温かさに包まれる幸福だけを眼を閉じて追う。
 やがて、弥代が小刻みに腹筋を震わせるようになると、樹の握る鮮やかなピンク色をした亀頭の先から、透明な雫が噴き上がった。
「――――❤❤❤❤❤ッ❤❤❤」
 この三日間でまるで聴いたことがない、弥代の言葉に成らない甘い声がスタジオに響き渡ると、三人の男達は固唾を呑んだ。

「ハァ……ハァッ……イツキ……何処、だ……」
「ここにいるよ」
「………っぅ、……も、挿れ……欲し……これ以上……焦らすな……」
「焦らしてないよ、ヤシロにいつも通り俺を感じて欲しいだけ」
 樹がそう言いながら弥代の出した粘液やらでしどどに濡れた後孔に、デニムジーンズから取り出した昂りを押し付けたので、弥代は泣き腫らして周りを赤くした瞳で樹を見つめるとにこりと笑った。
「このまま……で……構わない……」
「……分かった」
 手首を拘束されている樹に変わって、自ら長い脚をM字に広げて膝裏を抱えた弥代の曝け出された熱いぬめりの中へ、樹が丸い切っ先をゆっくりと突き入れていく。
「……ン、ひぁ、ア……❤ アッ❤ イツキ、イツ、……ンンッ❤ ……入っ、て……」
「うん、入ってるよ…ヤシロ…」
「ア、アッ❤ おまえ、をッ……かん、じ……るっ…… 熱い……、アッ……イツキの、あつい………❤」
 はぁ、と悶える弥代の開いた口からちらりと覗く赤い舌に、樹は堪らず吸い付いた。ちゅぱ、と水音が弾け、弥代もそれを恍惚と受け入れる。弥代の後頭部に回った樹の手に力が入り、唇がさらに密着する。
「ふ、ぁ……❤ ……いちゅ……動、け……」
「……うん」
「ンッ……❤ ア、……アアッ! アッ、アッ、――ッ❤ ヒッ、アアアッ❤」
 蕩けるような刺激に、びりびりと腰の奥が甘く疼き、弥代は一際大きな声を上げた。
 こぷりと先走りの蜜を垂らす砲身が樹と自身の腹の上で震えている。
「ヤシロ……軽くイッてる? ナカ、ぎゅうぎゅう締めてくるし、すごく、気持ち良いよ」
「アッ、イッ……❤ もっと、欲し……イツキッ❤ イツキの、俺も、きもち、いィッ――❤」
 そう強請る弥代の長い脚が樹の腰に回り、離すまいと組まれると同時に、樹も弥代の狭い粘膜をこじ開けるように突き上げる。パンッと肉と肉がぶつかる音に合わせて弥代の嬌声がスタジオに響いた。
「俺の、ナカを……ッ! イツキで、いっぱいにッ❤ 満たしッ、欲し……――❤」
「分かっ……ッ、ヤシロ……ヤシロ…! ……ッ❤」
 樹が自らの名を呼びながらぶるりと震えたかと思うと、熱い滾りを最奥に感じる。
 その押し寄せる多幸感で、弥代も樹と共に果てていた。

     ◇◇◇

「畜生…畜生、畜生…ッ❤ そんな顔、オレが抱いた時はしなかっただろうが……❤ お前が初めて見せる表情も、声も、何で全部オレの横じゃないんだ……何でだよォ……」
 カメラを回しながらブツブツと繰り返す背後の男の声は、悲痛を極めていたが、それに同情する者はこの場に居なかった。
「これまで……食べるのも着るものも移動も、お前に何もかも……やってきたのに……。風呂上がりの髪を梳いて、爪を切って、マッサージして……。楽しかったよ、なあ、弥代……オレは……」
 言いながら、男は気付いていた。
 弥代の父、親臣の没後五年間、一度たりと弥代の演技でない素の笑顔を見た事がないということに。
「……笑ってくれよ……そんなヤツの名前ばっか言ってないでさァ……オレの名前を呼んで……」
 ガシャン……と、ついにカメラが男の手から滑り落ちた。

 お互いに達した後も、弥代は樹の体躯に腕と足を絡めてしがみつき、胸に顔を埋めて樹の名を呼んでいた。
「イツキ……イツキ……、イツキ…っ……」
「ごめんな、ヤシロ……俺のせいで、あんな……」
「お前の、せいではないッ……! 俺が勝手に……」
「ヤシロに信じてもらえなかったのは、俺の責任だよ。……でも、俺はこんな奴らに付け入られるほど、弱くないってこと、今から証明してみせる」
 だから俺を信じて……と囁く声にハッと弥代が樹の顔を見上げると、自信に満ちた強い瞳がそこにあった。 樹、と呼ぶ弥代の上半身からそっと腕を離すと、服装を軽く正し、背面の男達に向き直る。そして、床に落ちていたカメラを思い切り蹴り飛ばした。
「なっ」
 次いで左右の固定カメラも蹴り倒し、その勢いですっぽ抜けた配線コードからスパークが散る。
 樹は怯むことなく、最後の一台も両手に取ると、床へ投げつけた。
「ガキが! 何てことしやがる❤」
 慌ててガンマイクを持つ男がそれを樹に振り下ろしたが、樹が何なく避けたため床に激突したマイクが支えごと吹っ飛び、何事かとモニターから顔を上げたD男の顔面に直撃する。
 ブベッ、と男は汚い悲鳴と共に鼻血を噴き出した。
「野郎……」
 わなわなと元付き人の男が立ち上がり、怒りに震える拳を樹に向かって振りかざした時、ヤベェ、サツだ! と悲鳴が響いた。
 部屋の明り採り窓からは確かに階下を照らす緊急警報の光が見え、部屋にはサイレンの音が届いていた。
「サツ……?! 何故ここが………っ!」
 男が見たのは、弥代がベッドの傍に置き捨てられていた自らのスマホを使って通報している様子だった。
 ここへ戻ってから手足の拘束具の先をベッドの鎖に固定していなかった。迂闊だった。
「ふ、フン……今更……! コッチには動画がある……! 写真も……! ネットに全部、流してやる❤」
「それは出来ない」
「アア?!」
「俺が映ってるから。俺は、未成年だ。違法動画をネットに上げた瞬間、お前は罪に問われる。管理者が掲載前に気付けば投稿する事すら出来ない」
「ハッ、てめえの歳なんざ、見るヤツが知ったことかよ」
「忘れたのか?」
 毒づく男に、樹は正面きって宣言した。

「俺はフォルトナエンタテイメント所属の新人タレント、蒼井樹だ」

 その揺るぎない事実を男へ突き付けると、時を同じくして、スタジオの鉄扉を叩く音が響き渡った。
 唖然とする男に目もくれず走り出した樹は、中から鍵を開けると開口一番、「助けて下さい❤」と叫んだ。

 部屋の状況を確認した警察官が、助けを求める手錠をかけられた少年、部屋の中央で棒立ちのくたびれた風体の初老の男と鼻血を出して倒れる小太りの中年男、ソファの陰でビデオカメラを抱える男、そしてベッドの隅で手枷と足枷に加え首輪まで付けられた、スマホを手にする窶れた青年――を認めた瞬間、瞬時に誰を確保し、保護すべきかが知れ渡る事となる。
 男らは屈強な警察官が取り囲み、裸の弥代にはすぐに身を隠す毛布がかけられた。

 男のズボンのポケットにあった鍵で急ぎ樹の手錠が外され、自由になった樹はすぐに弥代へ駆け寄ると、そっと肩を抱いた。

 やがて部屋に舞子と斗馬が駆けつけ、樹と弥代はようやく――このスタジオから解放された。


 next