REVENGE3
六月九日(土) 午前 6時20分
二人が保護されたのが深夜だったせいか、朝になればすっかりビルの周りは静かになっていて、元々住居が少ない地であったのも幸いしてか、当事者や樹たちをよく知る身内以外に事件が明るみに出る事は無かった。
被害を受けたのが芸能人であることに配慮して、舞子が普段から信頼を寄せる公的な立場の高い人間に緘口令を敷いて捜査に入って貰っていたのも大きい。
舞子はマスコミへのリークを排するため、一般の警察官にすら、芸能人が絡む事件があった事を浸透させなかった。
おもに弥代が受けた暴行の証拠としてスタジオから押収されたカメラやスマホ内のデータは、不思議なことにすべて破損していたため、確認する事が出来なかった。
復旧を試みても、何か不思議な力が働いたかのように、記録の断片すら残さず、幻となっていた。
そのせいで弥代の元付き人をはじめとした三人の男達は、辛うじて残っていた現場スタジオ近くのコンビニに設置された防犯カメラに映るレンタカーの記録により、未成年者略取法違反で書類送検されることとなった。 それ以外の恐喝・暴行等の容疑については嫌疑不十分で釈放となったが、弥代はあえてそれ以上の罪の追求を求めず、事務所もその意向を尊重した。
男達のリアクションも、弥代が数日間仕事を休んだ事に対して興味本位で囃すマスコミの追求も、舞子の努力あってか表に出る事は無かった。
「今回の件は――すべて、俺の弱さが原因だ……。あんな屑共に付け入る隙を与えた弱さと、おまえを信じられなかった弱さ……のせいだ」
事務所へと戻り、ことが過ぎるまで樹と弥代はブルームパレスがあった部屋の中に匿われていた。
休憩のため据えられている簡易ベッドに寝かされた弥代は目を覚ますと、すぐ横のパイプ椅子に座る樹にそう告げた。
「ヤシロは弱くなんてない。もし俺が同じ目に遭っていたとしたら……ヤシロみたいに、自分を保っていられる自信はないよ。それに、悪いのは人の弱みに付け込む奴らだ」
弥代の羽織るブラウスから伸びる白い手首に、くっきりと残る紫色がその非道さを物語っている。
「アザになってる……痛そうだ。ごめん、クロムの力があれば……治癒魔法で治せたんだけど」
「……ふ、この程度の身体の痛みや辛さならば、ずっと昔に味わった熊との対峙や滝行の方が上だ。問題ない」
「ヤシロ……」
「だが……心は……」
弥代の手が樹の方へ伸ばされる。そっと手を取り握った弥代の指先は、小刻みに震えていた。
「正直に言う……。お前があの映像に映る俺を観て……どう思ったのかと……。それを想像するだけで……お前の顔を真っ直ぐに見ることが出来なくなる」
ふと、あの映像を見せられた直後らしき樹の悲しい顔が頭をよぎり、押し寄せてきた感情に堪らなくなった弥代は目を伏せた。
「俺の痴態を、穢れたこの身体を……イツキに知られているのだと思うと……怖い」
「そんなこと」
哀れなほどに怯えて俯いたままの弥代の姿に、樹の目が見開く。
「穢れてるだなんて、思うわけないだろ? ヤシロは、俺の大事な……!」
しかしその大事な存在であった弥代を男達に良いようにされた悔しさに、樹は歯噛みし、握っている弥代の骨張った手にグ、と強い力を込めた。
こんな想いはもう二度としたくなかった。
だからこそ――。
樹は意を決し、俯く弥代に向き直った。
「ヤシロ、俺とずっと……これからも、何があっても、一緒にいて欲しい。仕事でも、プライベートでも……俺のパートナーになって欲しい」
「………」
「一流芸能人と駆け出しのタレントじゃ、釣り合わないかもしれないけど、でも」
「……お前の好きにすればいいと、言っただろう」
「……ヤシロの気持ちを聞かせてくれ」
しばらくの沈黙の後、フ、と弥代が柔らかく息をついた。
「……では俺は……。この身のすべてを、パートナーであるイツキに捧げる……。お前は、俺が守る」
「そ、それは俺も同じだ! ヤシロは俺が守る……だから……! 何かあった時は俺を頼ってくれ。ヤシロはもう、独りじゃないんだ」
「承知した」
「ヤシロ」
樹の真っ直ぐな瞳が弥代の双眼を見つめる。
弥代はもう、目を逸らさなかった。
「俺たちの想いがひとつなら……どんな事があっても乗り越えられるんだ」
「……ああ」
樹と弥代は硬く手を結んだまま、口付けを交わした。
そのまま共にベッドに横たわると、二人は抱き合い、互いの胸の鼓動を感じながら瞼を閉じる。
ようやく訪れた安息に、心からの安らぎを感じながら――二人はしばらくそうしていた。
全てが元通り落ち着けば、再び、煌く表舞台に立つ二人を迎えるファンと、共に芸を磨く仲間との目まぐるしい日々に包まれる。
そして――弥代と過ごす、暖かい時間が待っている。
終
後書
これまで芸能以外の生活の全てを任せてたのに、樹の元へ行く(フォルトナ移籍)って理由だけで呆気なく解雇された付き人氏。
♯界に於いてこれ以上ないモブポジ男に弥代がメチャメチャにされるリベンジポルノものが書きたい! と思って今回したためたのですが、つまるところイツヤシの愛が深まっただけという結末に至り……。
樹の前でNTRセックスにも至れなかった哀れな付き人です……。
もう一人のモブプロデューサー兼D氏は完全に私の性癖趣味が反映された気持ち悪い汚ッサンで、一流芸能人の尊厳の数々を奪ってしまいごめんなさい。
(私的に下品にならない最大限にきれいめの表現にしたつもりです……)
当初は樹と一緒にスタジオでW監禁される設定を考えてましたが、諸々めんどくさくなって弥代だけに被害にあってもらいました。
書きたいシーンが先行して浮かんでたので(白米がけ食ザーレポや公園でストリーキングのちぶち撒けとか)それらを繋ぎ合わせて辻褄合わせるのに苦労しました。
尚、書きたかったものは全部詰め込めたと思うので満足です。
おまけ



おまけのさらにおまけ
露天風呂での行為後、脱衣所にて柔らかな白いバスタオルに身を包んでいると、ふと、横に居る樹の裸の背中に、紅い筋が幾つも走っているのに弥代の目が止まる。
細くミミズのように腫れているのはまだしも、筋の中心にそれこそ紅い血が滲んでいるものもある。
それらは先程――樹と交わった時に自らが付けたものだという事は、明白だった。
「っ……。すまない……」
「ん? ああ、これ?」
背後で謝罪を呟く弥代に気づき、これぐらい大丈夫だからと樹は軽く応えていたが、弥代はまじまじと自らの両の手の先に視線を移していた。
長く伸びた爪……そういえば、あの男――元付き人が居なくなって以降、切った記憶がない。
普段は黒革のグローブを着けているせいもあり気にもとめていなかったが、細い指先から爪の白い部分はかなり飛び出していて、これで引っ掻いたのならばさぞ痛んだだろうと思い至る。
無意識のうちに、弥代は親指の爪を噛んでいた。
「ヤシロ? 爪……切りたいなら噛まなくても、爪切り借りてくるから」
ギザギザになるぞ、と樹が慌ててそれを制する。
そうか、と指から口を離した弥代は素直に浴衣に袖を通した。
「着替えたら先に部屋に戻ってて、俺はフロントに寄っていくから」
和室の客室に戻りしばらくすると、フロントから帰ってきた樹が、はい、と弥代に銀色に光る爪切りを手渡した。
「……?」
しかしそれを手にしたまま弥代は首を傾げる。
あれ、まさか……と思った瞬間、「どうやって使うんだ?」と予想通りの質問が飛んできた。
「手、出して。俺が切ってやるよ」
パチン、パチンと小気味よい音が静かな部屋に響く。
鋭く伸びていたそれを切っている間、弥代は左右の色の違う瞳でじっと爪切りの動く様子を見つめていて、まるで猫の爪を切っている様だと樹は感じた。
「すまない――これも父亡き後は……あの男に、任せていた」
「いいよ。思い出さなくて」
これからは自分でも切れるようにと、樹は爪切りの使い方を弥代に教えながら切った。樹も人の爪を切るのはこれが初めてだったが、全ての爪先が綺麗な弧を描くように、樹なりに気を遣ったつもりだ。
「スッキリした?」
「ああ」
指端に丁寧に切り揃えられたそれを、弥代はじいと見つめていた。
じゃあ、返してくると爪切りを手に樹が再び部屋を出て行く。
障子が閉まると広い和室に再び一人になった弥代は、部屋の奥間に並べて敷いてあった布団の上に身体を横たえた。
「………」
さらりとシーツに滑らせた指先には、まだ爪を切る際に添えられていた樹の暖かい手の感触が残っている。その感覚を追うように、弥代は目を瞑った。
「……イツキ………」
優しい感触を追えば追うほど、自分の中の熱が燻るように身体にこもり、それを逃すようハァと息を吐いてみるものの、欲望に忠実に、熱は身体の中心へ集まっていく。
もっと、触れて欲しい――
「眠いのか?」
――目の前に、いつの間にか戻ってきた樹が居た。
かぶりを振って、その背中に腕を回す。
「痛くない――か?」
「うん、大丈夫」
樹も弥代を抱擁する形で布団に横たわると、自然と唇を重ねた。触れるだけでは物足りないと言わんばかりに、弥代は軽く開けた口腔から樹の唇に赤い舌を這わせた。
「んっ……ヤシロ……」
ハァ、と樹が口を離そうとするのを、弥代は許さなかった。首の後ろに両手を回してしがみつく。
「……またするのか? したい?」
「言わせるな……」
――とは言うものの、まだ夕食前だし――仕方ない、ちょっとだけな、と樹が同意のキスを落とす。
弥代の浴衣の前をはだけると、いきり勃つそれが飛び出してきた。
「すごいな……ヤシロ……」
樹も自らのモノを軽く扱き前合わせから出すと、弥代の陰茎に沿わせる。
「熱い……」
「ン……ァ………」
熱いそれに樹の熱を直に感じ、腰から下にじんわりと痺れるような感覚が宿る。その接点をさらに密着させるよう、樹の手が添えられる。
「……アッ……ン………ッ、……ンッ❤ ……イツ、キ……」
待ちわびていた樹の手の温もりを感じた弥代のものの先端から、とろりと透明なカウパーが新たに吐き出される。ぬめる亀頭を擦り合わせ、筋に沿って撫でるように手を動かされ、たまらず弥代は声を上げた。
「ッ、……ア、アッ……! ……ハアッ……❤」
瞳を薄く開けて甘く喘ぐ弥代の唇を、今度は樹が吸った。ちゅる、チュッと角度を変えて何度も深いキスを交わす。口を離すと、弥代の形の良い唇は透明な唾液にまみれ、真赤な舌が覗いていた。
「は、ぅ………❤ ……ッ、……ン………」
「ヤシロ、……すごく、良い顔してるよ……」
「イツ、キ……っ……、ッ❤ アッ……❤ も……!」
ぞくりと腰を震わせる弥代を追い立てるように、樹が手の動きを早める。弥代の腰が浮き、樹にしがみつく腕に力がこもる。
「アアッ……! アッ❤ アッ❤ ハァッ、ンッ―――――❤❤❤」
熱い滾りが波打つように樹の手の中で跳ねながら、白い欲を垂らす。
押し寄せる快楽に身震いしつつ、弥代は短くなった爪を反射的に樹の背に立てていた。
その様子に目を細めた樹もまた、弥代の砲身にぶつけるように熱を放った。
「……どうしようか、これ」
また下半身を汚してしまった残滓の事を指して、樹が呟く。
「温泉へ行ってくる……今度は内湯だ」
「ヤシロ、また入るのか❤ ……それに、わざわざ内湯まで行かなくてもこの部屋にもシャワー付いてるよ」
「そうなのか?」
この宿には何度も泊まっている筈の弥代の、まるで初耳であると言わんばかりの様子に樹は苦笑し――狭いと思うけど行こうか、と手を引いた。
「……だが、やはり内湯も捨てがたい……」
「分かったから、とりあえず身体洗って、夕食を食べに行ってからにしよう」
本当に温泉が好きなんだな、と樹が感心する中、弥代が熱のこもった視線を投げかけてくる。
「期待しているぞ、イツキ……」
僅かに頬を染めながらも弥代から伝えられた言葉は、つまりまた――そういうことなのかと樹は思い当たる。
弥代にこうもストレートに求められて嬉しくも気恥ずかしくなりつつ、ああ、と応えると弥代の手を引き、ぎゅっと握った。
終