REVENGE

2019年6月23日刻印の誇り7にて発行した、イツヤシ前提でモブ=弥代の元付き人♂と前事務所ディレクター、ADの3名が弥代を監禁してAV撮影強要する話。
通常END後の世界線です。
(樹=新人タレント)弥代が色々ひどい目に遭いますが最終的にBADENDではないです。



 ――その日の夕方、フォルトナ事務所は不穏な空気に満ちていた。

 天馬と歯車の社章が大きく施されたガラス壁のブラインドを引き下ろした舞子は、カツカツと事務机の周りを先の尖ったパンプスを鳴らし歩きながら、腕時計に目をやっては腕を組み、ふうとため息をつく。
 今日は営業日であるが、事件発覚後は、天井のLEDライトやTVスピーカーの類は休業時と同じく電源が切られ、コンクリート打ちっ放しの壁に囲まれた事務所はまだ赤々と輝く夕陽が射す時間だというのに、薄暗い影を格子柄のタイルに落としている。
「マイコさん! 連絡は……」
「……残念ながらまだよ、トウマ君」
 入り口の自動ドアが開く音がしたかと思えば、バタバタと社長室に大きな足音と張りのある声が響く。息を切らして舞子の前に現れたのは斗馬だった。
「エリーは家に返して、ツバサちゃんも明日は仕事出ないように言っといたんで。あと、マモリちゃんも」
「ええ、ありがとう。キリアにも一応連絡してあるわ。ツアー中でこれからライブだから動けないと思うけど」
「はい……。えと、アヤハさんは」
「営業先へ取り急ぎFAXを送ってもらってるわ。二人の出る予定だった明日からの撮影や取材のキャンセルと調整。メールもね」
 そうすか、と斗馬が息をつく。
「……ごめんなさいね、本当はトウマ君も巻き込みたくはなかったのだけど……」
「いやっ、親友と仲間の危機に駆けつける事ができて、むしろ感謝してるっす」
「ありがとう。もしもの時は男手が必要になるかもしれないから、頼むわね、トウマ君」
 斗馬は頷きつつ、声のトーンを落として舞子に訊いた。
「もう二人をさらった犯人の目星は付いてるんすか?」
「……ハッキリとは断言出来ないけど、多分……ね。私がもっと手を回しておけば良かったのだけど。彼の移籍の時に」
「マイコさんのせいじゃないですよ、悪いのは、人を攫う悪人だ」
「その通り、ね」
 どこか不安げだった舞子の眼鏡の縁がキラリと光り、顔を見合わせた斗馬も笑みを返す。
「あなたも用心して頂戴。単独行動は控えて。奴らの尻尾を掴みさえすれば、あとは警察が動いてくれるわ」
「ういっす、じゃ、俺、アヤハさん手伝ってきますね」
 駆けゆく斗馬の背中を目で追った後、じいと見遣った壁の巨大なモニターは、険しい視線を向ける舞子を黒灰色に映していた。
 悪しきガーネフやメディウスを打ち倒し、戦いの後、親愛なるミラージュたちとの別れを経て――。
 いつもそこに映し出されているはずのボーカロイドチキの明るい音声を思い出しながら、平和ボケしすぎたかしらね、と舞子は独りごちた。

 その二日前――

六月六日(水)午後 10時 17分

 夜。生放送特番の歌番組出演を終えた弥代は、控え室でひとり衣装から私服スーツに着替えていた。
するりと袖に手を通した時、内ポケットの中のスマホの画面に受信を示す表示が光っているのに気付く。
Topicを開けば、メッセージ欄には黒い画面の中央に再生マークだけを映したものが大きく広がっていた。
 次いで発信者の名を確認して、弥代の動きがピタと止まる。
 嫌な予感を覚えつつも、まだ黒手袋を着けていない方の指先で、黒い画面をタップした。
 数秒で再生が始まった動画は真っ暗なまま、ザ――と一定のノイズを鳴らしていた。
 そこにガサガサ、と衣擦れのような音がして、やがて聞こえ始めた声に、音に――血の気が引く。

 ――……アアッ、……ア、……イツ、キッ、………ッ、イツキ……❤

 パン、と肌と肌がぶつかる音。荒い呼吸音。

 ――ヤシロ……! すごい、ナカ、うねって……!クゥッ……

 ――イツキ、アアッ、ア……❤ す、き……、イツキ、イっ❤ イク……っ❤ もうっ……ア……!
 ――俺も、イク……! イクよ……!! 愛してる、ヤシロッ………❤
 ――アッ…! アアッ! ァア――――ッ❤ ……お、俺も❤ 愛して……イツ……、イツキ………!
   イちゅ、き……❤ ……ッ―――――❤

 そこでブツリと再生は途切れた。

 ドクドクと高まる鼓動に呆然とスマホの黒い画面を凝視していると、ポン、とTopicの受信音が鳴る。

 『秘密をバラされたくなければ▲▲スタジオへ来い』

 送信者の欄には、弥代が以前フォルトナ移籍の際に解雇した付き人の名があった。

午後 10時58分

 ダイバーTVスタジオを出ておよそ二十分。繁華街を少し外れた人気のないビルの前に横付けされたタクシーから、弥代は姿を現した。都心だというのに今は暗い闇の帳を落としたビル街の一角、背後を走り去るタクシーを一瞥する事もなく、弥代はエントランスを潜った。
 青白い照明がぼんやりと照らす中、狭く短い廊下を歩いて突き当たりのエレベーターに乗る。
 四F、ゴン、と箱を動かすワイヤーが引き上がりきる音と僅かな振動のあと廊下へ降り立った弥代は、その先に見える壁との隙間から薄っすらと光を放つ鉄扉へと向かう。
「来たか」
 ガチャ……と古びた銀のノブを回して錆の生えた重い扉をギイと押し開けば、果たしてその人物は居た。
 弥代が芸能の仕事以外、全てを任せてきたその男が。そして弥代の移籍にひどく反対した折に、解雇という形で切り捨てた……初老の男。
「念のため聞いておくが、この件を誰かに話したか?」
 男を睨み据える弥代は、言葉を発する事なく被りを振る。
「こわい顔はやめてくれよ、なあ、……ま、ちゃんと一人で来ると思っていたよ。そもそも、言えるわけないか、はは」
「黙れ」
 へらへらとまるで世間話をするような体の男に、弥代の胸底から放つ空気も凍るような低い声が部屋のコンクリート壁に反響する。怒りによって眉間に深々と皺が寄り、前に立つ者全てを視線だけで射殺すような気迫さえ目の前の男へ向けていた。
「あの音声、そんなにお気に召さなかったようで」
「いつからだ」
「……ずっと、さ」
 男の口から出た事実に、弥代はカッと双眼を見開く。 もし男がイドラスフィアのミラージュであれば今の一瞬で切り捨てていたであろう。だが、自分の前に立つこの男は、人間にとって害を及ぼすミラージュに限りなく近い、人間だった。
「……盗聴は……犯罪だ」
「そうだなぁ。だけど、あんな凄いのが撮れるとは思ってなかったからサ、オレも」
「黙れ」
「あれがネットに出回ったら、剣弥代と、蒼井君?だったか? 同じ事務所の……。そうだ、事務所ごと、お前らの芸能人生はそっくり終わり、ジ・エンドだ」
 男のあんまりな言い草に、弥代は言葉を失った。しかし、この男なら言葉通りにやりかねない。断罪を振りかざすにも、今は多くの個人情報(プライベート)を盗まれている弥代が圧倒的に不利であった。
「……だから、オレの要求を呑んで欲しいんだよ」
「それが貴様の復讐か、解雇に対する」
「オレだけじゃないんだよね、実は」
 男が手を挙げて合図すると、部屋兼スタジオの奥に設置されていた高さのあるパーティションから二人の男がゆらりと現れた。このスタジオに入った時から中に複数人が潜んでいることに弥代は気付いていたが、その顔ぶれにもまた見覚えがあった。
「久しぶりだなあ、弥代君」
「また会えて光栄だよ」
 以前、ミュージック系の生放送で炎上を起こし芸能界を干された事務所のプロデューサー……兼D(ディレクター)と、もう一人もその傘下の男だ。
「残念だったよ、あの時は。最高のショーになる手筈だったのに」
「貴様ら……!」
「恨みつらみはまあまあ、後でゆっくりと……。さあ、移動しようか、セットの準備はもう出来てる」

 男が要求したのは、世界でただ一つの剣弥代のプライベートAVを撮らせるというものだった。
 撮影期間は、五日間。台本は、無い。
 それが完成した暁には、一切の秘密は守るとの言葉だった。
 弥代には到底納得出来ない取引だった……が。
「逆らえば蒼井樹を全力で潰すよ」
「ッ……❤」
 男が弥代の目の前にかざしたスマホには、自室のベッドで就寝する樹の姿が赤外線カメラではっきりと映し出されていた。
 背後の男らが、ニヤニヤと歯を見せて嗤っている。
「死ね、下衆共が」
「今のは聞かなかったことにしてあげるよ……でも、次はない。さあ――どうする?」

午後 11時34分

「こういうのはまず、自己紹介から始めるんだ。剣弥代くん、はじめまして」
「……はじめまして」
「早速だけど、オナニーしてもらえるかな?」
「…………。……はい」
 もう深夜だというのに、この古びたスタジオ内は明かりという明かりが灯され、安っぽい鉄柵のベッドに腰掛けた弥代を煌々と照らしていた。ベッドの前にはこれもまたいかにも安い作りの、黒い合皮張りの一人用ソファが雑に置いてあり、そこに座る男と相対しながら弥代はわざとらしい受け答えを強要されていた。
 カメラは四台回っていて、絶えず表情を撮るものと、正面と左右の三方向とを元D男がモニターで確認しながらカメラ位置の調整やレフ板を動かし、もう一人はその横でガンマイクを掲げている。
「好きな食べ物……いや、好みのタイプは?」
「……無様でなく、見苦しくなく、劣悪でない……」
「ごめん、男のタイプ」
「…………」
「集中出来ないか?」
 うんざりとした心地で弥代が寛げたスーツのズボンから長い脚を抜き取る。
「黒いビキニパンツ、エッチだね」
 まあオレが毎日手洗いして用意してたんだから当然かと続ける男に、Dがそうなのかと食いつく。事実、芸能以外の全てを任せていたのでその通りだった。
「洗濯は、出来るようになった? 料理は上手になったみたいで何よりだけど」
「ランドリーショップに任せている」
「変わってないなあ」
 ふふふと男が機嫌を良くしていく。
「そうやって全部任せてきた男をアッサリ捨てるから、こうなるんだよ」
 男の言葉を全て聞く気もない弥代は、既に黒いビキニを床に脱ぎ捨てていた。
「いいね……足、毛一本無い。真っ白だ。流石だよ、一流芸能人クン」
 ギシ、と弥代の脚を乗せたベッドが軋む。黒い靴下に覆われた爪先から上へ上へ、ゆっくりと正面のカメラが舐めていく。そして白いブラウスに隠された性器周辺を、遠慮なくDの見守るモニターへ映し出す。
「スーツとベストとシャツの前、開けようか」
「……はい」
 あの剣弥代がプツプツと素直にボタンを外してゆく様を見たD男は、ゴクリと生唾を呑み込んだ。黒革の手袋で覆った長い指が、最後、するりと赤いリボンタイを紐解くと、襟元からゆっくりと上半身を肌蹴けては脇腹から立てた膝の先までついと人差し指と中指を滑らせ、最後にそっと下腹部を覆った。並のAV男優も青ざめるほどの仕草に、男たちは感嘆する。
「いいね、良いよ……。じゃあ、手袋も取って……シゴこうか……」
 高ぶる興奮に言葉を詰まらせながらも次の指示を出す男の目をじっと見据えながら、弥代は口元に寄せた右手の革手袋の先を噛み、するりと引き抜いた。口の端に咥えた黒手袋を白いシーツに落とすと、反対も。
 長く白い指が再び下半身へ伸び、まだくたりとして反応のない性器をそっと握り込む。素肌の白さよりかやや赤みのある砲身は、先端にかけて美しい薄珊瑚色をしていた。つるりとした亀頭はまるでみずみずしいフルーツの表面のように滑らかで、括れの皮のベージュに至るまで綺麗なグラデーションを描き、まるで解剖学の図録や美術画に描かれる見本のような弥代のペニスの造形を、モザイクなしにカメラは記録している。
 その表面を指先で軽く撫でさすり、芯が通ってきたところで右手の親指と人差し指で作った輪で幹を挟み、ゆっくりと上下させ始める。
 弥代はそこでようやく、ハァ、と息をついた。
「毛、無いけど、剃ってるの?」
「必要の無い体毛は生えないようにしている」
 弥代の年齢、体格ならばあるはずの黒い下生えが全く生えていない理由を、もちろん元付き人の男は知っていたが、あえて問うた。その脱毛手術を施す手筈も過去の自分がしていたのだから。腋も、腕も、脛も、髭も、陰毛も。演技の邪魔になる全ての箇所の永久脱毛を済ませているのだ、弥代は。
「芸能人は凄いね、徹底してる。それで今、自分のオナニーをカメラに撮られてみて、どう」
「御託はいい」
「……恥ずかしいのかな?」
 弥代の心境を揶揄するように男が口を開くので、弥代は不愉快な心地を込めて大きく息を吐き出した。やり場のない怒りを鎮め冷静さをもたらす為、ハァ、ハァと何度か連続して吐息を吐きながら、手の平の中で膨らむ熱だけに集中する。
「手でゴシゴシするの気持ちいい? 週に何回ぐらいしてるの」
「……決まっていない……昂れば出す、それだけだ」
「君みたいな若い子、それじゃあ堪らなくない? パートナーがいるから不自由してないってことでいい?」
「俺以外のことを話に出すな、余計な詮索をするな」
「ああ、ごめんね」
 今のカットで、とDに声をかけているが、実質カメラのフィルムはノーカットで回り続けている。これが後にまともな編集を施されるのかすら怪しかった。
「じゃあ、そろそろ出そうか……イク時はイクって言ってくれな」
 その言葉を聞いてからは、弥代はじっと目を瞑り、性器を手淫するその感覚だけを追っていた。男の業で、適度な刺激を陰茎に与えていればいずれ精嚢に貯まったカウパーを放出するようにこの身体はできている。小刻みに動かす自らの手指に快楽を受けるこの身体がまるで自分のものではないかのように、弥代の心は遠いところにあった。
 やがてさざ波のように太腿が痙攣し出す。
「…………っ……イ、ク………」
 弥代の言葉に、カメラ寄せて、と男が指示する。と、三方向からズームした性器の先端から粘っこい液体が弾けるのはほぼ同時だった。
 白濁が跳ぶ度に弥代の腰が浮き、彫刻刀で刻んだような筋張った腹筋が波打つ。
 ハ、アッ……と最後に内部に残った分を押し出すように扱いて、大きく息をついた弥代の額には丸い汗の粒が浮いていた。

「上手にイけたね、おめでとう、AV男優剣弥代、ここに誕生だ」
 そう告げた男がソファから立ち上がると、ベッドに背中を預ける弥代ではなくDの方へ去り、何やら視線をぎらつかせて、下卑た笑いを交ぜながら感想を述べている。
 やがて三人の男達が画面を見ながら先程の射精の瞬間をスローモーションで何度も繰り返しているのだと悟り、弥代は心底、羞恥と悔しさではらわたを煮えさせた。
「お待たせ、ふふ、良く撮れていたよ。じゃあ次、シーン2、いこうか」
 その前に記念撮影、はい、と声がかかると同時に眼前のストロボが光る。即ち、乱れた紫のスーツを肌蹴させ、あられもない姿の弥代が胸まで飛び散った精液で腹を汚して四肢を投げ出す様が、ありありと写真データに刻み込まれていくことを意味していた。
 顔を隠す余裕も、最早その気もなかった。

 腕に引っかかっているだけだった上着やリボンタイ、黒靴下もついに剥ぎ取られて一糸纏わぬ姿にさせられた弥代は、休憩だと長いバスタオルを頭からうちかけられると男が座っていた黒いソファへ誘(いざな)われた。
 弥代を座らせた男は踵を返すとベッドメイクを施し直し、脇から小道具と思わしき物が入った箱を取り出すとベッドの上に中身を並べ始める。
 と、Dが見覚えのある小瓶を弥代の眼前に差し出してきた。
「喉乾いただろ、さあ、飲め」
「………」
 へへへと隠しもしない下心丸出しの肥満男から押し付けるように渡されたそれを、弥代はあの時のように、至極何でもない風に口にした。
「今度はちゃあんと撮ってやるからな、ああ、プリンスの衣装も用意してくればよかった……」
 もごもごと欲に塗れた願望を呟く脂ぎった男の禿げた後頭部を今すぐ蹴り上げてしまいたかったが、イツキの顔がふと頭をよぎりこらえる。あの嫌な思い出でしかない感覚をもう一度味わわせるのがこのD男の報復であるなら、望むところだった。
 どんなに歪んだ悪意にも屈しないという弥代の絶対の自信。どれだけ陵辱しようが心までは堕とさないと誓いながら、弥代は腹に散って乾き始めた残滓をタオルの端で拭った。
 と、男が何やら黒い輪っかを手に持って弥代の元へ戻ってきた。
 見上げた弥代の首にそれをあてがうと、後ろでパチンと金具を嵌める音が鳴る。首輪を付けられたのだと気付いて男の手を払いのけようと手を伸ばした時、バツン、と強い閃光が頭の中に弾けた。
 電流だと叫ぶ意識は瞬く間に混濁し、ブラックアウトした。

午前 0時10分

 弥代が目を覚ました時、手足には枷となる金属製のベルトが巻かれ、それから伸びる鎖がベッドの柵に繋がっていて、体躯はまるで磔のように上下に大きく伸ばされていた。顔の上半分はアイマスクのような仮面で覆われているせいで、あれほど白色灯に照らされて明るかった視界はほぼ真っ黒に塗り潰されていた。
 その心地は、皮肉にもカルネージフォームを纏った時と似ていた。ぐるぐると身を縛る革の感触や、視界を赤く遮る兜の感触を思い起こせばそれは慣れたもので、全身に拘束を施されているのにも関わらず心は妙に落ち着いていた。
「さあ、始めるか」
 不意に、黒い視界の向こうに微かに見える影が揺らめくと、胸元にぬるりとした粘性の生暖かい感触がした。
 こちらへ伸ばされる影――男の腕が、指先が、執拗に弥代の剥き出しになっている両乳首を円を描くように擦りながら、粘着質の液体を塗り付けている。身体に無遠慮に触れられるおぞましさに身じろいだ弥代の手首から伸びる鎖が、ジャラ、と音を立てた。
「しっかり繋いであるからな、どんなに暴れようが逃げられないぞ」
 諭すように告げる男を弥代は反抗の目で睨みつけるが、仮面に覆い隠されているせいでその表情が男達に知れることはない。辛うじてムービーに映るのは顰められた眉根と、真一文字に結んだ口元だけであった。
「ほぅら……シコってきた、それに」
「ッ」
 男の言葉を待たず、弥代はびくりと震えた。男に摘まみ上げられている乳首が突如として熱を持ち始めたせいだ。
「……や、…めろ……何を……ッ……」
「これか? ただの痒み止めだよ」
 弥代の反応をいかにも楽しんでいる様子の男は、粘液まみれになっている弥代の胸の突起を親指でグリグリとこね回し、硬さを増したその芯を潰すようにねじり込む。と、弥代の息が上がった。
「気持ちイイか? 乳首を虐められて気持ち良くなってるのか?」
「ッ……ふ……」
 むず痒いような刺激は視界を封じられているせいもあってか、全身に響いてくる。俯いてそれを堪えようとする弥代の態度を不服に思った男は、弥代の首輪から伸びる赤いリードをぐいと引き上げ、詰め寄った。
「撮られてる自覚があるなら色気のある声出せよ、それでも演者か?」
「……ぅ、……ァ、……アッ……!」
 無理矢理に首を引かれ気道を潰された弥代が苦しげに口を開けるのを見計らい、男が熱を持った乳首をピンと跳ね上げる。ふ、と甘い吐息が食いしばった歯の隙間から漏れた。
「それそれ」
「ンッ………く、ふぅッ……、ッ、ン」
 尚もゾクゾクと背筋を駆け上がる刺激に身悶えながら、その指示を受け入れざるを得ない弥代は、しかしこの状況を忠実に演じようとした。
 演じるだけ、演技だと自らを納得させようと働く思考に反抗するように身体は動き、ジャラジャラと鎖が鳴る。
 五月蝿い。
 男の指はまた乳首を弄り始めている。今度はゆっくりと執拗に責められて、また声が出た。
 身動ぐことで胸の熱さはあっという間に身体に回り、白い脇腹はしっとりと汗に濡れ、艶のある肢体がレフ板の下で一層鮮明に動画に収まっている。
「……っあ、アッ!」
 ついに男が緩く立ち上がっていた弥代の砲身にまで指を絡めてきたので、弥代は小さな悲鳴を上げて抗議した。だがそれも、喉の奥から引き出される甘い声にすり替わっていく。
 熱い。
 男の指が触れる箇所全てが不自然な熱で滾っていく。
「ンア……、ァ、……ッ……、アッ」
 男の片手はまだ乳首を人差し指で上下に嬲っていたが、その刺激よりも強い快楽についに腰が引け、足の鎖までが音を立てる。だが足首の固定に加えて太腿には鉄の棒が渡されていて、強制的に足を開かされている弥代に男の手を拒む術はなかった。いくら力を込めても、ガチガチと膝の近くで黒い拘束具が繋いでいる太腿のベルトの金具に棒が当たるだけで、いわゆるM字開脚――の姿勢を男と、それを囲むカメラのレンズの前に晒していた。
「ッ、ンッ、――ッ!」
「さすが、綺麗なモノだ……。色も大きさも本当に撮り甲斐がある」
 手淫を受けてみるみる硬く張り詰める弥代の中心に、男は感嘆の声を上げた。ヌルつく薬液を全体に塗り終えると、幹に浮き出た血管を指先でなぞり上げ、ひくりと震えたところを見計らって先端の括れを指の腹で擽る。 一定でないその動きに焦らされ、こぷ、と透明な我慢汁が男の指に滴り落ちたのを愉快に思った男は、指先を尿道口に押し当てては離し、わざとらしく糸を引く様子を撮りながらストロボを焚き、別途カメラスチールに収めた。
「く、……ッ」
 カシャ、カシャ、と落ちるシャッター音に続いて鈍い光が視界に注ぐため、弥代も自らの痴態を写真に撮られていることに気付いていた。
 砲身全体を包む熱で、そこはまるで別の生き物のように張り詰め、飢えた蛇のように鎌首を持ち上げては存在を誇示し――しかし緩い刺激しか与えられないまま角度が下がると、腹の中で次第に蟠ってきた水分――が不意に溢れそうになるため、下腹部に力を込める。勃起し続けていればそんな不測の事態にはならないため、先端を擦る男の指を無意識に追う。
「どうした、堪らなくなってきたか?」
「…………」
「いいだろう、おい、アレを出せ」
 男がDに命令すると、黒い物陰が男の横でもぞもぞと動いた後、空気を振動させる機械音が耳に届いた。
 ヴィ―――と鳴り続ける先端が丸い棒状のそれがどんどん近付いてきたかと思うと、股座の方へ寄せられて弥代はハッとアイマスクの中の目を見開いた。時には、もう腰から下がびりびりと痺れるような刺激が脳へ伝わっていた。
「――――――ァ❤ グッ……❤」
「電マの味はどうだ? 剣弥代」
 快感というより、剥き出しの肉にダイレクトに伝わる振動がもたらしたのは痛みだったが、萎えさせるわけにいかないと弥代はその強すぎる刺激を受け入れるしかなかった。元より手足の拘束によって逃げられないが、少しでも引き下がろうとする腰から脚の爪先までグッと力を入れ、耐える他ない。
 身体の中心で張り出した柔肉は無情なる振動に打ち震えつつ、針穴のように小さな尿道口は武骨な丸頭ではこじ開けられないようで、やがて電マはカリの裏側にピタリと貼り付いて動かなくなった。其処に集まる襞が刺激をまろやかにカバーして、辛うじて痛みではない感覚を伝えてくれたおかげで、弥代の張り詰めたペニスは腹に付くぐらいグイと上を向いた。
「ン、ン……ッ、………ゥン……ンッ……」
 鼻にかかった声を出し、身悶える余裕が出てきたのを男は見逃さない。
「快くなってきたか、ならこれはどうだ」
「ゥッ、ンンッ! アッ、ぐ❤ ァアッ、アッ!」
 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と蟻の門渡り――前立腺の真上に押し付けられたヘッドが一定の間隔でそこを叩いてくる。
「この振動パターンも堪らんだろ、ふふっ」
 呑気に笑う男に心底殺意を募らせながら、弥代は身悶え、振動と同じ間隔で喘いだ。
「ウ、アッ、アッ、アッ……ぅ……❤」
「おっと、次はこれだ」
 達する直前、凶悪な電マが外されると、尻穴に何かがぬぷりと差し入れられた。十分に滑りを帯びた親指ぐらいの太さのそれは、弥代の直腸内へ簡単に挿入っていく。
 五センチ程度進んだ所で最初の壁に当たったのを機に、ヴィィ…と振動し始めた。
 新たな玩具――細身のシリコンバイブは、今度は弥代の前立腺を直に叩き揺らした。
「ウアアッ……❤ アッ、ア……❤ 抜ッ、け……❤」
「気持ちいいだろ? どこだ? ここか?」
「ンンッ、………! ぅ、ンッ」
「ここか」
 快感の瘤を叩かれて痙攣する太腿と突っ張る足裏の反応を楽しむ男に、いいぞ、とDが囃している。
 ずきずきと触って欲しくない傷口に触れられるような痛み、恐怖、快楽が混ざって腹の中に燻る。
「やめろッ……やめろ………❤」
「中イキしてみろ、ほら」
 あ、と短い叫びが響いた後、思考が甘い泥濁に呑み込まれる。ガチガチと太腿に渡った棒が音を立て、弥代の爪先がぴんと張る。
 声のない悲鳴を上げながら顎を仰け反らせ、頭の上でシーツを握り締めた両手がぴくぴくと不規則に動き、弥代が極まっていることを男達に知らせる。
「……、…ァ、ハアッ、ハアッ、ハッ、………ハアッ……ハアッ」
 やがて弥代は激しく胸を上下しながら大きく息継ぎを始める。首筋には全力疾走した後のように汗がしたっていたが、震える性器は白濁を垂らしてはいなかった。

 大きな波に流れていた身体の感覚に戻ってきたのは、しかし変わらず胎の中で振動を続ける異物の硬い感触に揺らされる苦しみだった。
 先程口にした薬液も効いている。
 絶えぬ責め苦に歯噛みして、しかし無様に吐き出すのを耐えるために、玩具をぎゅうと粘膜に食いしばって唸った。前立腺に振動がいくと、まるで意思を持った別の生き物のようにペニスが腹の上で跳ねた。

「もう慣らしは十分か……いざ、本番だ」
 ズルズルと玩具を抜き取られると、呼吸するようにぱくりと開いた尻穴に、熱さと質量のあるものが触れた。男の怒張だ。
 弥代の薄い尻の肉を両手でがっちりと固定して、硬く張り詰めたそれが真っ赤な粘膜を押し拡げながら入り進む。
「どうだ? どうだ?」
 興奮した元付き人のだらしない息が顔にかかり、弥代が心底不機嫌な顔をしている事にまだ男は気付いていない。
 こんな下らない男と繋がることを許す屈辱に、ギリ、と食い縛った犬歯が口内で鳴っている。
 弥代の濡れた粘膜に触れてさらに質量を増した男のペニスは、弥代にとって腹の中を掻き回す灼熱に熱された棒に過ぎなかった。ただ狭いところをこじ開けて突き進む男に、性技のテクニックなど、何もない。
「フン………」
「何がおかしい」
 男に言われて、どうやら自分は嗤っていたらしいことを弥代は知ったが、構わず続けた。
「お前の肉など……俺に挿入ったところで、ただの木偶の坊だ。……さっきの玩具の方がマシだ」
「なっ……!」
 冷ややかな弥代の言葉を聞いた男は言葉を失って、怒りの形相をしたかと思うと、横でマイクを持つ男にあれを寄越せと檄を飛ばした。
「グッ……❤」
 硬い何かを口蓋に押し込められ、歯を立てようと反射的に開けた隙間に球体の表面が嵌まると、頭の後ろでパチリと留め金の音がした。
「それでつまらんアドリブも出来ないだろう?」
 男は弥代に黒いギャグボールを噛ませた。
 反論しようにもボールに空いた空気穴の奥からはくぐもった呻きしか出せず、舌の上で滑った涎が垂れ落ちる。
 ウウ…、と外れる筈のないそれを嫌悪のあまり振り落とそうと頭を振る弥代の様が、いよいよ獰猛な獣じみてカメラに映る。
「あとは…さっきのコレも気に入りなんだったな?」
「ゥ、❤」
 ヴ―――と羽虫の如き低音にビク、と弥代は身を竦ませたが、それはまた敢えなく性器へ押し付けられた。
 凶暴な刺激がまた襲い、弥代は眉根をギュッと寄せた。 今度はそれを根元から切っ先まで撫で上げるように動かされる。
 ヒュウ、ヒュウ、と口内のボールに空いた空気穴から熱い吐息が漏れる音が鳴っている。
 今度こそ、下腹の中の全てをぶちまけてしまいそうだった。
「ウグッ、……ヴ、……! ……ァグッ……! ゛オ……ッ………」
 歯を食い縛りたいのに、それに反して口をこじ開けるギャグボールが空回って舌に触れる穴という穴から唾を滴らせていく。
 ――どんどんと腹の力が抜けていく。

「感じてるだろ?フィニッシュだ、盛大に鳴け❤」
 びくん、と弥代の腰が跳ねて精が跳ねる。
 後は、押し出されるように白い粘液が先端から垂れては、電マや臍の横へと飛び散り糸を引く。
 弥代が達していることに気付いている男はしかし、意地悪く振動のスイッチを切らなかった。
 ゴツゴツとした灰色の先端に真白い精液が絡み、弾ける。
「゛ア、ッッ――! ふ、グ、――――❤ ゛オッ、ゥ」
 顎を仰け反らせ、ギャグボールの穴から涎混じりの獣のような嬌声が響く。
 びくん、びくんとバネが返るように腰が大きく跳ねると、ビュウと精液ではない液体が噴き上がった。細かく痙攣する腹筋に落下して、サラサラと流れ落ちていく。
「ふ、ふふ、潮まで吹いたか? いや? おしっこか、どっちだ? まあどっちでもいいが」
 男は嗤いながら、汗なのか涎なのか分からない液体で髪の貼り付いた弥代の顎に手を添えると、アイマスクを引き剥がし、ぐいと正面を向かせた。
「いい顔だ」
「……………」
 ヒュウ、ヒュウとギャグボールの穴から苦しそうに上ずった吐息が漏れ、虚ろな瞳には生理的な涙が膜を張っていた。
 下肢はまだ壊れた水道の蛇口のようにだらしなく水を噴き出している。
「こんなに濡れて……ビショビショだ、洗おうか」
 生温いそれを腹や胸に浴び、あまつさえ男の手によって全身に擦り付けられ、弥代の気が遠くなった。

午前 1時7分

 ユニットバスの狭い湯船に浸かった男に跨らせられた弥代の尻に、また男の固いモノが埋め込まれる。
 騎乗位の姿勢となってパシャパシャ水が跳ね飛ぶのは、自分で動けるだけさっきより幾分かマシな刺激を伝えてきた。

 スタジオに併設されているこの浴室へ担ぎ込まれた弥代は、アイマスクとギャグボールこそ外されたものの手足にはまだ黒い枷が嵌まっていた。首輪も。
 それらにより後ろ手に拘束された弥代の身体を男が手慣れた様子で清める間、弥代も特に抵抗しなかった。
「ずいぶんしおらしくなったじゃないか、ああ、そろそろいいぞ」
 D男が手持ちのカメラを回しながら、湯船に湯が張られたことを伝える。
 ――そして、今に至る。
「いい絵だ、さすが一流芸能人だな」
 腰を振る度に生温い湯が粘膜の隙間から胎内に入ってくる。やがて下の男の肉棒が果てると、そこにドロドロとした白濁が追加された。
「……ン、ぁ…………」
 ぬる、と萎えた男のものが抜け落ちると共に泡立った精液が擦られ、紅く充血して色づいた粘膜の隙間にべっとりとまとわり付いている。
「剣弥代くん、上手にゴシゴシ出来たね」
 男が両手を弥代の薄い尻に添えると、後方で構えられているカメラのレンズに向けてぐいと押し開いた。
 無理矢理に括約筋を開かれ、吐き出されたばかりの男の精液と侵入した湯が混ざり合ったものがとぷとぷと溢れては内腿を伝い、湯船に流れ落ちていく。
「メス穴もバッチリ撮れてるぜ、おい、視線こっちに寄越せ」
 興奮してカメラを構えるD男の声に、はぁはぁと息を弾ませ屈辱に頬を上気させた弥代が肩越しに振り返ってレンズを睨みつける。
「良いねぇ、オレもその可愛い口にチンポをねじ込んで綺麗にしてもらおうかな」
「やめとけよ」
「あ?」
「噛み切られてもいいならやればいい。オレはゴメンだ」
「んなこと、歯ァ全部折ってやるって脅してやりゃ……」
「それと自分のチンポが胴体からオサラバするリスクを天秤にかけて考えろよ。こいつは芸能人だが歯の一本や二本ぐらい失おうが、オレらに致命傷を与えてここから逃げる事を優先するだろうよ」
 男の言葉に、ぐ……とD男が言葉に詰まる。
「強制開口具でもハメてやるならいいんじゃないか。……とりあえず、オレはもう上がるぜ」
 弥代の下で踏ん反り返っていた男がザアと音を立て湯船から立ち上がる。
「ッ……」
 お前も上がれと言わんばかりに男が弥代の首輪から下がる赤いリードを引いた。
 再び汚れた残滓をシャワーで綺麗に流される。
 
 脱衣所でひととおり弥代の身体にしたる水気を拭った後、「小便もしておけ、またシーツを変えるのは面倒だからな」と浴室の隣に備え付けてあるトイレの便座を上げて促す男に、まだD男がカメラを向けている事を知っていながらも弥代は素直に従った。

六月七日(木) 午前 11時41分

 顔にかかった長い前髪を払おうと動かした手首からチャリ……と枷に繋がった鎖が擦れる音がする。
 ぼんやりとした黒い視界が灰色になり、やがて白い壁に反射する日光を捉えた。
 そろりと起き上がると、向かいのソファにあの男が変わらず踏ん反り返り、胡座をかいていた。
「……おい」
「ああ、起きたのか」
 立ち上がろうとして両手両足の枷から伸びる鎖が張り、自力で立ち上がれないことを悟る。
 弥代はチッと舌打ちをして男を睨みつけた。
「俺のスマホを寄越せ……事務所に連絡する……」
「それならオレが代わりにしておいたさ。ほら」
 男はスーツの胸元から取り出した弥代のスマホの画面にTopicの画面を映して弥代の前に差し出す。
 志摩崎舞子宛に、体調不良で今日は休むと朝八時にメッセージが送信されていた。
 その続きに舞子からいくつか返信が届いていたようだが、目で追う前に遠ざけられる。
「勝手な事を……」
「まあ無断よりはいいだろう。現にお前は風呂から出た後からずうっとすやすや寝てたんだからな、もう昼前だぞ」
「……………」
 確かに、明かり取り用の窓から差し込む光の加減を見ればそのようだった。
 もう一人の男はパーティションの向こうで寝ているらしく、いびきが聞こえる。もう一人は……。
「メシ買って来ましたー」
「おう、サンキュー」
 ガチャリと鉄扉から姿を現したその男は、コンビニの袋を両手に下げてスタジオに入ってくる。
 物音に気付いたのか、お、メシかと寝ていたD男も起きたようだ。
「お前も腹減っただろ、何が良い?」
 男の持つ白い袋から、ベッドのサイドテーブルに弁当やらおにぎりやらが並べられる。しかし弥代は、そっぽを向いた。
「……貴様らの施しは受けない」
「肉まんもあるぞ」
「要らん」
 そうかよ、と男が手に持った柔らかな白い皮にかぶりつく。
「水は置いとくから飲めよ。オレらが食い終わったらまた撮影だからな。へばっても知らんぞ」
 しかし背中を向けた弥代は無言で薄い掛け布団に包まると、目を閉じた。

 宣言通り、男達はめいめいに食事を終えると、再び弥代の撮影に取りかかった。
 今度の趣向は道具を使ったプレイらしく、小さなピンクローターを使った責めから始まり、最終的にアナルビーズを直腸内に詰め込まれては出す事を繰り返された。
 腸内を擦りながら大きな瘤が連続して抜ける時の弥代の反応を、悲鳴を、男達は充分に愉しんだ後、無遠慮に犯し尽くした。

午後 5時13分

 撮影を終え、ハァハァと息を切らし憔悴した弥代に、飲め、とペットボトルの水を男が口元に寄せてきたのを、弥代は飲み口に口をつけると喉を鳴らして飲み込んでいった。
 ゴクゴクと500mlのそれを飲みほさんばかりの弥代を見て、男が立ち上がる。
「腹も減ってるだろ? 待ってろ」
 男は床に置いたままだったコンビニの袋から即席の白飯を取り出すと、パーティションの向こう側にある簡易キッチンのレンジで温め始める。
 割り箸と共にそれを持つと、弥代の横たわるベッドに腰掛け、封を開けて弥代の顔に寄せる。
「朝から何も食べてないんだからな、さあ、いい加減食え」
 正確には、弥代がこのスタジオにやって来た日の日中から行っていた番組収録のため、弥代は長時間まともな食事をとっていなかった。腹がぎゅうとぎゅうと飢えた悲鳴を上げている。
 目の前に広げられた白飯の甘い香りが湯気にのって鼻腔をくすぐり、弥代はごくり、と湧いた唾を飲み込んだ。
「そう言えば、食レポが得意なんだったな?」
 男が瞳をギラつかせながら突然ズボンの前を寛げると、飛び出してきた硬く張り詰めた雄根を扱き始めた。
「ッ……?」
 まさか、と弥代が思考を巡らせた時には、弥代の前に置かれた白米の上に男が精液をぶち撒けていた。どろりとした汚濁がツヤのある米の隙間に流れていく。
 見たくもない汚物にまみれたそれを、さらに男は割り箸でグチャグチャと音を立ててかき混ぜた。
「ウゲッ……」
 他の二人の男もその気色悪さに目を逸らす中、それの入ったプラスチックの容器をぐいと弥代の口元に寄せ、さあ、一流の食レポとやらを聞かせてくれよという声の後、容赦無く顔面に押し付けた。
「…………!」
 優しい米の香りに混じって饐えた臭いが鼻を突き、思わず開けた口に粘ついた米が進入してくる。
 食え、食えと男は押し付ける手の力を緩めないため、弥代はそれを咀嚼するしかなかった。
 グチャ…グチャ…と小さく咀嚼音が聞こえてきたのを、見守るD男達はマジかよと顔を見合わせる。
 元付き人の男はそれを確認すると満足そうに米のパックを顔弥代から離した。
「お味のほどは? 弥代くん」
「………。お米農家の方々が丹精込めて田植えをし……黄金色の実りを迎えて丁寧に収穫と脱穀をされた、ふっくらと炊き上げられた芳醇な甘みと瑞々しく艶のあるお米――が、貴様の青臭く苦味のある排泄物のソースにより、えぐみの強い最低の味に仕上げられている。これは最早、食物への冒涜にすぎない」
「うえっぷ……! もういいって! 止めろ止めろ!」
 弥代の生々しい表現に元D男が口を押さえて叫ぶ。
「フン……さすが、表現力がずば抜けている。じゃあ、米農家の努力を無下にしないためにも、責任もって全部食べて貰おうか」
「……冗談も程々にしろ……食いたいならば貴様が食え」
 だが男は弥代の言葉を遮るように再び口元へ飯をべちゃりと押し付ける。
 むせ返る生臭さとさっき咀嚼した残滓が咽喉にねとりと絡みついたため一層鼻をついて、ゴホッ、と生理的な反射を起こす。嘔吐さえしなかったが、涎交じりの白い粒が糸を引いて床に散らばっていく。
「マナーがなってないな、一流芸能人、格下げか?」
「………死ね」
 侮蔑する男に、有丈の憎悪を込めた声で弥代が殺意を露わにする。

「ああ、今のはペナルティだな」
 すると男はつかつかとベッドサイドへ赴き、床に置き捨てられていた弥代のスマホを手にすると戻って来る。 ロックの外されたそれを操作すると、弥代の方へ突き付ける。
 画面には、蒼井樹、通信中の表示があった。すぐにそれは着信中に変わる。
「……もしもし、ヤシロ? もしもし?」
 微かに聞こえる耳馴染んだ声に、弥代の血の気が引く。
「出ろよ」
 男が小声で指図し、スマホを弥代の口元へずいと寄せる。
「……っ、イ……ツキ……」
「珍しいな、ヤシロからかけてくれるなんて……。体調不良で今日の仕事キャンセルしたって聞いたけど、どうしたんだ?」
「あ、あ……」
「熱があるのか? 元気ないみたいだけど……何か食べ物持って行こうか?」
「っ、いい……来るな……ッ」
「ヤシロ?」
 弥代の背後に回った男が下肢に手を伸ばしてきたのに気付き、言葉に詰まる。男はそのまま、薄い尻たぶを広げて晒した赤みを帯びた孔に、中指を無遠慮にずぶりと埋め込んだ。
「……ゥ……!」
 ギリ、と睨みつけるも、スマホは顔に押し当てられたままで、通話を続ける事を要求される。後ろ手に組まれた手枷のせいで振り払うことも出来ない。
 散々に男達の欲望を出された後処理もしていないそこは、熱くぬるつきながらまた増やされた男の指で、ぐちゃぐちゃと引っかき回されていた。
「さっきからどうしたんだヤシロ……? 苦しいのか? 薬……いや、病院に行った方がいいんじゃないか」
「それ、以上……俺に構うなッ……」
「構うなって……電話してきたのはヤシロじゃないか」
「違う、お前じゃな……、ッ! ぐッ」
「え……?」
 ぎゅう、と意地悪く男が前立腺を二本の指で押し挟んだため、ままならない悦楽に弥代は声を詰まらせ、しかし嬌声だけは上げまいと唇を噛む。
「ふ……何でも、な……い、ッ……」
「全然そうは思えないけど……とにかく、今日帰りに弥代の家に寄るから」
「駄目だと言って、クッ、ゃ、め――――?!」
 ぐぱ、と内襞を二本の指で拡げられたかと思うと、ずぷん、と一気に男のいきり勃ったペニスに貫かれ、突然のことに弥代は喉の奥で悲鳴を上げた。
「ッ、ひ……!」
 この状況を樹に悟られまいと焦る思考に、脳を揺さぶる痺れるような悦の感覚が付いていかない。それでも顔の横から離れないスマホを少しでも遠ざけようと、めちゃくちゃに頭を振って抵抗するしかなかった。
「やめろ! 離せ? ウッ、――ゃ、ァ」
 弥代がそう叫ぶ寸でのところで男はようやく弥代からスマホを離した。

「ヤシロ、おーい、……もしもし……?」
 急に遠くなった弥代の声や様子を怪訝に思った樹のその言葉を最後に、男によってブツリと終話ボタンが押され、スマホはリノリウムの床に投げられる。
「下手くそな芝居だな」
 スマホからはすぐに樹からの再着信を伝えるバイブ音が響いたが、捨て置かれた。そのすぐ横で、男は弥代を組み敷いて犯し、好き勝手に果てては新たな情欲を注ぎ込む。
 心身ともに疲れ果てた弥代は、やがて気を失っていた。

「……しかし、部外者にオレらの存在を知られたのは安心できないすね」
「それならオレに考えがある。……アンタもきっと満足するシナリオだ。ふふ……」
 計略のあらましを話し終えた男は弥代のスマホから、樹のTopicへメッセージを送った。

『さっきはすまなかった…… 仕事のことで取り込み中だった 良ければ明日、夕方五時に俺の部屋に来てほしい』
 送信後、すぐに樹から『分かった』と返信がくる。
 それを見た男達は、顔を見合わせてほくそ笑んだ。

午後 6時36分

「……………」
 弥代が眼を覚ますと、床に散らばっていた白米やらスマホはさっぱり片付けられていた。
 視線を上げると、変わらずソファに居座る男。
「……水………」
 渇きと口内に残る饐えた味を覚えて、弥代はサイドテーブルに新たに置かれていたペットボトルの水に手を伸ばす。それに気付いた男は近づくと、弥代の代わりにキャップを開けて差し出す。
「ああ、あとこれを食っとけ」
 好きだっただろ、と言いながら男はまたコンビニの袋から正方形の紙箱を取り出すと、封を切った。それは見慣れた機能栄養補助食品――カロリーの詰まった塊だった。仕事の合間によく口にしていた棒状のクッキー。
 小包装を開き、そのまま手渡されたそれに、弥代は無表情のまま噛り付いた。パサついた味のそれを水と交互に含み、咀嚼する。
 男はそれを満足気に見ていた。
「人間、水さえ飲んでいれば一週間はもつらしいが……オレはお前の最高の演技をカメラに収めたいんだ。……ただでさえ細いお前が、骨と皮の浮いた身体で抵抗する体力も気力もなく演じられては困るんだよ。いついかなる時も、一流の演技(パフォーマンス)を魅せる……そうだろう?」
 今は亡き父の口癖を真似て言う男に、しかし弥代は無言を貫きながら手渡されたそれと水を喉奥に流し込んでいた。
「食い終わったらシャワー行こうな、弥代」
 弥代の素っ気ない態度に腹をたてるでもなく、男は甲斐甲斐しく弥代の世話を焼いた。
 付き人であった時から変わらない、芸能以外の雑事を全て任せていたこの男に、弥代はそれ以上の感情を抱く事はなかった。たまに、芸能の営業先へ向けるのと同じ愛想を演じるだけ。
 事務所を移転する際も、この男が反対さえしなければずっとこの関係は続くと思っていた。
 だが男が抱いていた弥代へのどす黒い感情――そういう目で自分を見ていたのだという事実を知った今、あの時切り捨てておいて正解だったのだと弥代は感じていた。

 死体に、興味はない。

 

午後 9時5分

 湯浴みの後、弥代はしばしそのような考えを巡らせていたが、不意に下腹に久しぶりにとった水分が溜まり排出を求めているのを感じる。
 だが、スタジオの灯りは消され、男達はもう寝静まってしまったようだった。
 そろりと起き上がるが、やはり手足から伸びる鎖はベッドの四隅に繋がったままで立ち上がることは出来ない。その枷の忌々しさに、弥代はガチャガチャとわざと鎖が大きな音を立てるように腕を振り回した。
「っ……なんだァ?」
 異音に気付いてパーティションから顔を出したのは、元Dの男だった。のそりと近づいて来る風体にチッと舌打ちをしながら、弥代は口を開いた。
「体内の不要な水分を排出したい」
「は? どういう事だ?」
「体内に不要な水分が溜まっていて不快だ、これを外せ……手洗いへ行ってくる」
 弥代の意図する言に、へぇぇ……と案の定男が口端を吊り上げてニタリと笑う。
「おーい、ションベン漏れそうだから便所連れてけって言ってるが、オレが連れてっていいか?」
「違う、体内の不要な水分を……」
 D男が奥に居る男に大声でそう訊いたのを、弥代は横で訂正したが、それを言い終わる前に元付き人の男がああ、よろしくと返事を寄越した。

「……扉を閉めろ、貴様は外で待っていろ」
「何言ってんだ?ちゃあんと見張ってねえとダメだろ?」
「っ………」
 目の前に居座るD男は、遠慮のかけらもなく便座に座った弥代の脚の間に垂れる性器に視線を注いでいた。不快感に弥代が奥歯を噛みしめ、男を睨みつける。
「ほーら、オシッコ、出ないのか? シー、シー、だぞ、ヤシロくん?」
「黙れ」
 弥代はD男から視線を外した。自分の置かれたこの状況の無様さ、惨めさに腸(はらわた)が煮える。さっきまで燻っていた下腹部の重みの原因をこんな男の前で排出することを全身で拒否していた。
「んん? 出ないのか? 代わりに持ってやろうか?」
「触るな!」
 不意に伸ばされた手に、弥代が怒鳴り声を上げた。その剣幕に男は一瞬ビクッと手を止めたが、次の瞬間その手を弥代の頬に向かってピシャリと打ち付けた。
「ウルセェ口聞くなよ! このオレ様に向かって!」
 男はそう叫び、二度、三度と弥代の頬に平手打ちを浴びせる。
「オレはなぁ、あいつと違ってお前をこの先ずっと利用させて貰うつもりなんだよ、地下AV配信アイドル剣弥代としてな!」
 何だと、と弥代は男に向かってギロリと光る憎悪の視線を浴びせた。口内には、張られた時に切ったのか生々しい鋼の味があった。
「そんな顔で凄んだ所で、お前はもうオレらの上で腰振って、アヘ顔晒しながら小便垂れる運命なんだよ!」
 弥代の顎をグイと引き上げ、もう一発、男は弥代をバチリと打った。
 衝撃で視界にチカチカと火花が飛ぶ。
「オレはお前みたいなクールで顔のキレイなイケメンをヒィヒィ泣かしたり、情けない顔で許しを乞わせるのが大好きなワケ。あいつもなぁ、サッサと手前ェにトべる薬でも使えば良いものの……丁重に扱えだの、ドラッグは打つなだの……一々うっせえんだよな」
 そう言いながらもポケットから取り出した小型の注射器を弥代にチラつかせながら、打たれたくなかったらさっさとションベンしろ、オラと男が毒付く。
 弥代は枷で繋がれた後ろ手を握りしめ、悔しさに歯噛みしつつ括約筋の力を緩めた。
 噴き出した水流が便槽に溜まった水にぶつかる音を、まるで上質な音楽でも聴くように目の前の男は愉しみ、頬を綻ばせた。
「よしよし、なあ、マトモな頭で意地張るの辛いだろ?その点オレはすぐラクにしてやるぜ、ヤクで頭壊して、ナァ? ま、お前の態度次第? おっと、別に壊すのは身体でもいいんだが?」
 そう言うとD男は足で弥代の腹部――膀胱の辺りを踏みつけ、体重を乗せてくる。もう水流の殆どを排出し終えていたが、その圧により残りの全てが激しく音を立てて垂れ落ちていく。それでも尚ぎゅうぎゅうと腹を押す男に、弥代はハアッと大きく息をついた。
「そら、『オシッコさせてくれてありがとうございました、気持ち良かったです』だろ? 笑顔で言えよ、そうすりゃちぃっとは芸能人生命を延命させてやる」
 しかし弥代は、眼前の男への憎しみで刃のように光る灰と碧の眼を向けた。
「貴様らに……魂を売り渡す気はない」
 それを聞いた男は弥代の腹を勢いよく蹴りつけ、押し倒した。
 蹴られた衝撃で背後にある便器のタンクにもたれかかった弥代の白い腹に、男は続け様に拳を入れた。
 何も身につけていない無防備な腹部に、大の男の暴力が下る。
 ドゴッ、と嫌な男と共に鳩尾がめり込み、弥代の喉に胃酸が迫り上がる。そこへ、間髪入れずにもう一発、男が拳を振り下ろした。
「ゴホッ、……ガッ……!」
 平時の弥代ならば耐えられただろうが、エネルギー不足に陥っていた躰には満足に力がこもらず、結果、胃に残っていた僅かな内容物が胃酸を伴って喉を焼きながら弥代の口内に逆流してくる。俯いてそれを口から溢れさせると、生理的な苦痛によってもたらされた酷いえづき声が個室に響く。
「きったね、ゲロりやがった」
 男は弥代の硬い腹筋にぶち当てた拳をさすりながらも、その光景をにやにやと眺め下ろすだけだった。しかしトイレ内の異常な物音と弥代の声に気付き飛んできた男が個室の惨状を開けて見るなり、D男に向かって激昂する。
「バカヤロウ? オレの弥代になんて事しやがる?」
 元付き人の男がD男の襟首をつかむと、そのまま一発拳を入れる。
 ガハ、と弛んだ皮膚を弾ませながら、D男は便所の床にあっけなく倒れ込んだ。
「弥代、大丈夫か、嗚呼……こんなに腫れて……すぐ冷やすからな」
「…………」
 トイレットペーパーで吐瀉物に汚れたところを拭いながら、ぶたれて紅くなった両頬と所々に内出血を浮かべた腹を確認した男は、心底心配そうに呟いている。
「体内の水分は排出できたか? ……そうか、なら良い。今度からはオレが連れて行ってやる、絶対にだ」
 そう言いながら、男は弥代の首から下がるリードをそっと引き、立ち上がるよう促す。

 男に肩を支えられながらもベッドへ戻ってきた弥代は水で冷やしたハンドタオルを頬にあてがわれ、腹にはもう一人の男を叩き起こしてコンビニで買って来させた湿布と、包帯が巻かれた。
「これでしばらくすれば腫れは引くはずだ。ゆっくり寝るんだよ……」
 そう言って横たわる弥代から離れた男は、先程ぶちのめしたD男の元へ行ったらしく、激しく口論する声が壁越しに聞こえていた。
 奇妙な男らの態度にただ翻弄される苛立ちを覚えながらも、じくじくと痛む腹を癒すため、弥代は眠りについた。


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