地下一階

 いつもの光の洪水ではなく、絡み付くような闇の霧を振り払いながら抜けた三人は、気付けば舞台裏に似た薄暗い部屋の中にいた。イドラスフィアの入り口近くに必ず存在するはずのワープポータルも見当たらない。ただ鉄製の大きな扉だけが正面に聳え立っている。
「何だ? ここは……」
 辺りを見回すも冷たいコンクリート壁で四隅を囲まれた部屋には、ここへ来た三人以外何もない。
「扉を開けて進むしかなさそうだな……」
 目の前に位置する観音開きの扉には、素っ気ない棒状の取っ手以外に目立った装飾もなく、樹がそれを引く直前で弥代が口を開く。
「警戒しろ、扉の向こうに何が潜んでいるか分からん……恐らく、敵だ」
「あ、ああ」
 弥代の言葉に気を引き締め、樹はゆっくりとその扉を開いていく。
 だが、続く正方形の部屋には敵ミラージュの姿はなく、代わりに灰色のリノリウムが敷かれた部屋の中央に一段だけ上がったコンクリート製の四角い箱状の台座があった。
「いかにも何かのスイッチみたいだな? 踏んでくれってことか」
 と、斗馬が槍に変化したカインを肩に担ぎながら、台座の上に乗る。その瞬間、ガコン、と台座が下がり、同時にバン!と先程樹が開いた背後の入り口の扉が閉まった。
「よし、かかって来い!」
 ミラージュの来襲に身構える三人。だが、敵が現れる気配はなく、代わりに天井から、雨のように何かが降ってきた。咄嗟に伸ばした斗馬の腕に、ドロッとした白い液体が垂れる。
「な、何だよ、一体!?」
「く……状態異常攻撃か……?」
 弥代が周囲を振り払うように剣を凪ぐが、やはり敵の影はなく、赤い刃身にだらりと白濁した液体が垂れるのみであった。
「き、気持ち悪い……」
「うへぇ、口に入っちまった」
「汚らしい……」
 ボタボタと粘性の液体は糸を引いて三人の髪や身体に降り注ぎ、衣服をじわりと濡らす。だが、特に体力を削ったり体調に異常を引き起こすような毒性があるものでは無さそうであった。 やがて、通り雨のようにその白い液体は止む。
「な、何だったんだよ、一体……」
「分からない……でも、何か光ってる」
 気付けば先ほどの台座の中央から緑の光が放たれている。
 樹が近づくと、『ミッションクリア!』という電光表示の下に、『次の階へ進む↓』という文字が浮かんでいる。
「とりあえず……進んでみよう」
 樹がそのパネルに光る文字をタップすると、入り口と反対側の鉄壁が中央から左右に開き、下層へ続く薄暗い階段が現れた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、とにかく進んでみよう」
「その前にこのネバネバ、気持ち悪りぃ……着替えたいぜ、くそっ」
「フン……とんだ洗礼を浴びたな」


地下二階

「着替えたいとは言ったけどな、水着かあ……」
 三人が奥の階段を降り、B2Fと表示された扉を開いた先にあったのは先程と同じスイッチのような台座と、折り畳みテーブルに置かれた見慣れた衣装。
「何でこの水着がここに……?」
「それより、何か貼り紙してあるぜ えーと……『撮影会が五分後に始まるので着替えておいてください――スタッフより』」
「スタッフだと? このイドラスフィアに居るのか?」
「そういえば、入り口も舞台裏みたいだったし……ここはどこかの撮影所にできたイドラスフィアなのかも知れないな」
 樹たちがふと台座に埋め込まれている電子パネルに目をやると、『ミッション:水着で撮影会を成功させよ!』との文字が流れている。
「ふん、下らん仕掛けだ」
「ここのイドラスフィアは、イツキたちのパフォーマ……則ち芸能の力そのものを試しているのかも知れないな……」
「そうかもな、クロム……じゃあ、とりあえず着替えようか」
「しゃーないなあ」
 三人は慣れた調子でパッと衣服を脱ぐと、置かれていた水着に足を通す……途中で、ある異変に気づいた。
「これ、サイズ小さくね?」
「誰か他の人のサイズと間違って用意されたんじゃ……」
「スタイリストは何をしている、不手際だぞ」
 布地の大きさから考えて、いつも身につける水着より二サイズは小さいだろうか。しかし撮影開始時間が迫る中、渋々三人はそれらの水着を身に着けた。
「うへぇ、パッツパツ……」
 斗馬が着た本来ゆとりあるデザインのはずのスパッツ型水着は、斗馬の太腿の鍛えられた筋肉の隆起に沿ってピッタリと張り付き、後ろ側は尻のライン、さらに前側は性器の形状が見て分かる程度に股座が食い込んでいた。樹も同じ有様である。
「ヤシロ、それ、際どすぎるんじゃないか?」
「……フン、こういうデザインと思わせれば良い」
 弥代の水着に至っては、元がスタイリッシュなタイトシルエットの水着だったせいか、サイドの紐で辛うじて前と後ろが小さな生地で隠れているといった具合だった。編み上げの紐の隙間からも、白い肌色が見えている。
「ハーイ、それでは撮影を開始します! 皆さんリラックスして、カメラ前で自由にポーズお願いします!」
 部屋の上部に据え付けられたスピーカーからの無機質な電子音声が流れた後、周囲のコンクリート壁が一瞬にして全面ミラーに変化する。
「げっ」
 鏡に写し出されたちんちくりんの水着を着た自分の姿を目の当たりにした斗馬は、思わず前を隠した。
「斗馬く~ん! もっと男らしいポーズで! 堂々と!」
「オーダーだぞ、従え」
「うへぇ……キツい……色んな意味で……」
 苦しい顔をしつつ、斗馬はおずおずと片腕を突き上げてヒーローを意識したポーズをとる。パシャッ、と、どこからかカメラのファインダーが下りる音と光が三人に降り注ぐ。
「樹くんもモデルポーズ、お願いします!」
「えっ、あ、はい……」
 樹も慌てて、あの例のポーズをとる。腰を落とすと、尻の形が水着越しにくっきりとハート型に浮き出ていた。
「弥代くん! 流石です! もう一枚!」
 際どい水着でのポーズに青息吐息の二人を尻目に、弥代はいつもの調子で完璧なポージングをこなしていた。長い手足を活かし、指先まで流れるような動作によって描き出される肢体は、水着の面積が小さいことなど忘れるほどに芸術的に魅せていた。
 やがて、撮影終了の合図と共に、ミッションクリアの表示が点灯する。
「ヤシロ……やっぱりすげえな」
「俺はお前達とはキャリアが違う 話にならんな」
「ああ、尊敬するよ」
 やっぱり弥代が一緒に来てくれていて良かったとの樹の言葉に、ああ、と弥代も満足気に頷いた。
「では、次のスタジオだな……面倒だ、このまま行くぞ」
「ええっ! ……ま、まあ元の服もドロドロだし……仕方ない……っていやでも、かなり恥ずかしいことになってんだけど!」
「このイドラスフィアには今のところ俺たちとミラージュのスタッフしか居ないみたいだし、いざとなったらカルネージフォームで戦おう、トウマ」
 そうだなと言いつつ、こんな姿ぜってー誰にも見せらんねえ……とぼやく斗馬は、前を行く二人の丸い尻を見ながら、とぼとぼと階段を下った。


地下三階

「今度は何だ? やけにこれまでと毛色の異なる様子だが」
 扉を開けると、飛び込んできたのは色取り取りに絵の具で装飾されたカラフルな卵と、三角旗のガーランドが壁に施されたグリーンバックスタジオだった。
「この卵……確か……スプリングハズカム?」
「春の生誕祭か そう言えば見覚えがあるな」
 ってことは……と、斗馬が台座の横に置かれた衣装を見ると、案の定……。
「兎の耳?」
「やっぱりか……」
 がっくりと項垂れる斗馬の横で、弥代は白い毛玉の付いた衣装を手に、不思議そうな顔をしている。
「蒼井樹。これは何だ」
「それは尻尾じゃないかな、ウサギの」
 ここで三人はミッションを確認すると、『スプリングハズカム! ウサギたちの撮影会』と表示されていた。
「またここにある衣装に着替えればいいのか?」
 それぞれ手に取ってよく見れば、ラバー素材のボディースーツに、ウサギの耳と尻尾の装飾。今度は水着とは異なり三人同じデザインの、色ちがいだった。
「男のウサギ衣装なんて誰が喜ぶんだよ……」
 頭を抱える斗馬に、まあまあと樹が肩を叩きながら、内心は同じ気持ちだった。
「時間がない、さっさと着替えるぞ」
「うっす……」

 先ほどの小さな水着よりは布の面積は多かったが、女児用スクール水着のようなバニースーツに、頭にウサミミが付いたカチューシャと尻にふわふわの尻尾をつけ、足には白タイツとハイヒールという、どの層に需要があるのか理解に至らない格好を強いられた三人は、再びカメラの前にいた。
『それでは、ポーズお願いします! ぴょーん!』
「ぴ、ぴょーん……」
『蒼井さん、もう少し躍動感を出して、お願いします』
「くそっ、こうなったらヤケクソだぜ! ぴょーん!!」
「赤城斗馬、動きが大きすぎる 俺が見切れるだろうが」
「こ、これでいいのかな……ぴょ、ぴょん………」
「ぴょんぴょんじゃない、ぴょーん! だ! 蒼井樹!!」
 何でこんな無茶ぶりにまで一流対応を崩さないのだろうかと思いつつも、弥代の檄に応えて樹も懸命にウサギになりきる。
 こうして、大の男三人のウサギ姿はしっかりとファインダーに収まった。
『ありがとうございました! これにて撮影終了です!』
 無事にミッションクリアが認められ、奥の壁に階段が現われる。
「芸能人って大変だよなあ……我ながら……うおっと」
「歩きにくい……これもう脱いでいいかな」
「バランスを取るいい修練だ 耐えろ」
 履きなれないハイヒールによろめきながらも、三人は次の階層へ向かった。


地下四階

「待てイツキ……! ミラージュの気配だ……!」
 突如樹の手にするファルシオンのクロムが叫び、危険を知らせる。
「いよいよか! こんな散々な罠を仕掛けた奴ら、粉々に蹴散らしてやるぜ!」
 扉の先は霧が立ち込め、コウモリが飛来し、部屋の角にはクモの巣が下がり……記憶のどこかで見た覚えのある風景であった。
「あれは……カボチャのお化け?」
「イースターに続いて今度はハロウィーン仕立てってやつか 墓石もあるし、気味悪いムード満点だな」
「ここのイドラスフィアの美術スタッフは……敵ながら称賛に値する。……やるな」
「感心するところそこかよ?!」
 その時、黒いミラージュの影が不協和音を伴って地面から出現した。
「来たぞ! カルネージ……フォーム!」
「カルネージフォーム……敵襲か」
「カイン! カルネージフォーム! 行くぞ!! ……って!?」
 各々、カルネージフォームにチェンジして戦闘体勢に入った筈だった。しかし、肝心のカルネージフォームの様子がおかしい。
「なんだこれ、包帯!?」
 三人の手足を覆ったのは、いつもの御仕着せの衣装ではなく……なぜかミイラ男のようなぼろぼろの包帯だった。
「な、何でなんだよ……!? カイン!!」
「俺にも分からん!」
「……敵の能力か」
「……その様だ……ヤシロ、動けるか」
「機動力が著しく落ちている……これならば先程の水着の方がマシだな」
 手足に緩く巻き付いた包帯をはためかせながら、弥代がキルソードを構える。出現したミラージュは、さながらゾンビのような風体で、三人よりもスローな動きで呻いている。
「これなら……まだ俺たちの方が疾い! クロム!」
「ああ! 任せろ!」
 樹はファルシオンを構えてゾンビに斬りかかる。頭にまで巻きついた包帯が鬱陶しいが、刃は確実にゾンビに命中した。
「よし! セッションだ!」
「行くぜ!!……っと!?」
 振りかぶった槍の先に天井から下がった白い糸が絡み付いてしまっているのに気を取られた斗馬が、誤って脚から垂れる包帯を自分で踏んでしまい、バランスを崩す。
「うわあっ」
 その場に転倒した斗馬に、これは好機とばかりにゾンビ達の手が伸びる。
「トウマ! 大丈夫か!?」
「クソッ!! どこ触ってんだよ気持ち悪りぃ!!」
「チッ…ナバール!力を貸せ!!」
 セッションは途切れてしまったが、弥代がヒートウェイブを放ち斗馬に群がるゾンビを一掃する。
「サンキュー!」
「よし、俺も!」
 イツキも同じくヒートウェイブで加勢するが、今度は叫び声と共に黒髪の女のミラージュが援軍としてステージに現れる。SADAKOだ。
「次から次へ……群れてきたな」
「今度こそまとめて倒すぜ!!」
 やがて奮闘するミイラ男三人は、増援のミラージュも全て打ち倒し、無事にステージクリアしたのだった。
 しかし戦闘終了後もカルネージフォームが解除される気配はない。動きの多いパフォーマンスによって少し緩んだ包帯からは、所々肌が露出している。
「これ……何でこのままなんだ?」
「分からん」
「とにかく進むしかないか……さっきの斗馬みたいに踏んで転けないようにしないと」
 ズルズルと身体の端々から垂れる襤褸の包帯を引きずりつつ、三人は地下への階段を下りていった。


地下五階

 階段を下りて辿り着いた先にあったのは、古い和風建築の建物の入り口だった。
「これはまた風情のあるスタジオだな」
「ここって…もしかして」
 樹がガラガラとその入り口の扉を横に引くと、部屋の奥から湿気と共に独特の香りが立ち込める。
「温泉?」
「そのようだ」
「温泉ロケか~ 久しぶりだな」
 以前事務所総出でレポートを行った大己貴温泉を思い出しつつ、三人は敷居を跨いで家屋の中へ入り次のミッションを確認する。番頭が位置する受付にあった張り紙曰く、次の撮影に備えて身体を休めろとの指示だった。
「お、よっしゃ! リフレッシュゾーンもあるんだな!」
「そうみたいだ ここで一息つこう」
「ふむ……」
 休憩時間は一時間。早速斗馬は身体に巻き付いていた包帯をむしり取って脱衣籠に放り込むと大浴場へ向かった。カラカラとガラスの引き戸を開ければ、そこには慎ましやかな大きさながらも、よい香りを放つ檜風呂がたっぷりの湯をたたえて鎮座していて、おおっ!と斗馬のテンションが上がる。
「へへ、いっちばーん」
「待て、かけ湯をしろかけ湯を」
「うわっ、ヤシロ、いつの間に……分かってるよ」
 突如、真横に現れた全裸の弥代にぎょっとしつつ、後から入ってきた樹も身体を流してから湯船に浸かる。
「はー生き返る~~」
「ふむ……良い湯加減だ……」
「ちょっと熱めだけど、それがまた良いね」
 男三人、肩を並べてギリギリ足を伸ばせる程度の大きさの風呂だったが、三人はひとときの入浴を楽しんでいた。しかし、その無防備な姿を狙うビデオカメラのレンズが温泉内にいくつも設置されていることは、さすがに気付いていなかった。天井から裸の三人を見下ろす角度のもの、浴槽の周りに繁る竹藪に紛れて表情を撮るもの……。それぞれが黒く光りながら、健康的な男子たちの裸でリラックスしている姿を撮影している。詰まるところ隠し撮りだった。そうとは知らず、心ゆくまで湯浴みを終えた三人は脱衣所へ戻ると、そこにはご丁寧に新しい着替え――このイドラスフィアへやってきた時に着ていた衣服――が、綺麗に折り畳まれて置かれていた。
「おっ、スタッフ やるじゃん」
「ちゃんと洗濯してくれたんだ」
 さっそくその衣服に袖を通そうととした時、『ストップ!』と頭上のスピーカーから機械音が響く。
「何だ?」
 さっと三人の間に緊張が走る。
『皆さんのために最新のリラックスマシンを用意しました! まだ休憩時間がありますので、ぜひ体験してレポートお願いします!』
「は、はあ……」
 奥の部屋へどうぞ、と誘う音声。脱衣所をよく見渡すと、確かにリラックスゾーンと磨りガラス窓に印字された扉がある。
「これも仕事の一環ということか」
「あーハイハイ、そんな事だろうと思ったよ」
 音声に指定されたその磨りガラスの先へ腰にタオルを巻いただけの三人が進むと、長いカーテンで仕切られた簡易個室が三つ認められた。個室内は薄暗く、整体の施術を行うような雰囲気である。
「ここに分かれて入れって事か じゃあ、時間まで、また後でな」
「うん」
「ああ」
 特に疑問も持たず、三人はそれぞれカーテンを潜る。中には黒革張りの大きなリクライニングチェアがどんと置かれ、ヘッドフォンとアイマスクが座面においてあった。これを装着して座れという事だろう。暗黙の指示に従い、それらを手に腰を沈める。座り心地はよくある漫画喫茶にあるチェアを想起させ、あ、これは良い感じだと安心して身を預けられた。ヘッドフォンとアイマスクをつければ、心地良い川のせせらぎが聞こえてきて、それが芸能人にとって貴重な仮眠タイムの始まりを告げた。
 ……だが、現実から夢の世界に誘うその音声こそに、次なる罠が仕掛けられていた。

ぐうぐう……すぅ……と寝息が個室に響く。完全に眠りに落ちた三人は、同じ夢を見ていた。ふわふわと気持ちの良い桃色の雲の上で、生まれたままの姿で横たわる。やがてずぶずぶと身体が綿飴のような雲の中に沈んでいくが、それがまた多幸感を高めると同時に、三人の下腹部に変化を引き起こす。ピンクの雲は性感を高める存在だった。
「ふ……何だここ……気持ちいい……」
 身体の芯をくすぐられるような快楽に、思わず腰をよじる。だがもう桃色の靄はすっぽりと下半身を覆って、振り払うことが不可能なぐらい身体と同化していた。
「何故……だ……力が……っふ……」
 流石の弥代も、淫夢に身を任せる他なく、ただ雲の中を揺蕩いながら自身を昂ぶらせていた。最初は戸惑い、このような事態は本意ではなかった樹も、今や完全に四肢を投げ出し、思春期男子特有の感情を抑えきれなくなっていた。別に具体的な刺激――コンビニで好むグラビアアイドルの肢体や、もっと直接的な性器への刺激――がなくとも、若い肉体はあっけなく淫夢の虜となり、やがてそれぞれの理想通りの幻影を見せ始めた。どのような内容であるかは推して知るべし、ただ眠る三人の呼吸は次第に激しくなり、個室は異様な空気を醸し出している。アイマスクをしているにも関わらずその下の表情が弛緩しているせいか、薄く開いた唇の端からは、たらりと唾液が垂れていた。
「……ん……ぁ……」
「っ……たまんね………ハァ……」
「……っ、……ぅっ…………」
 ギシ、ギシと三人が身を捩ったり腰を揺らすせいか、チェアが軋む。その上で勃起し、大きくテントのように突き上がった腰布の中で、三人はついに吐精していた。
 山の先にじわりと濡れた染みがぽつりと滲んでいく。勿論その一部始終の様子もしっかりとカメラに収まっているとは知らず、三人の健康優良男子達はハァハァと荒い息をつきながら、しばしの休息をとる――。撮れ高は貴重なアイドルの夢精シーン。
 やがて目を覚ました三人は、眠る前にはなかった下腹部の違和感に気づくと、慌ててアイマスクとヘッドフォンを外した。
「こんな所で……しまった……!」
「うわっ やっちまった……」
「………。」
 それぞれの個室で、汚してしまった腰のタオルを慌てて取り去り下肢にこびりついた精液を拭う。粘ついた痕跡が綺麗に取れると、休憩時間終了のチャイムが個室に鳴り響いた。
 偶に良くあることだ、と己を納得させ平静を取り戻した男達は、何事もなかったような素振りで個室を出ると、用意されていた新しい服をやっと身に付けると再び下層を目指した。

☆運命の分岐点

「あれ、階段、三つに分岐してる……?」
 樹たちの目の前に現れたのは、三手に別れた階段。先は暗く、下の階がどんな様相なのか、実際に降りてみないと見通せなさそうだ。
 どの階段を下りる?

  右の階段へ

  中央の階段へ
 
  左の階段へ
 


 

地下六階▼樹の場合

「……迷った時は、右手を壁につけて進めばいいってどこかで読んだな……」
「ならば右の階段を下りるか」
「ああ」
「ま、とりあえず下りてみて、ヤバそうだったら引き返そうぜ」
 何かめぼしいアイテムがあったりしないかと、いつものイドラスフィア探索と同じ心持ちで三人は右の階段を下りていった。
 しかし、期待も空しく現れたのはまた新たなスタジオの入り口と思われる扉だった。
「やっぱりか……ん? 開かねーぞ?」
 斗馬が扉のノブを回すが、ガチャガチャと音を立てるだけであった。
「……上で青いランプが点灯しているな ITSUKI only……?」
「え、俺?」
「どうやらそうみたいだぜ。ほら」
 斗馬が指し示したのは、扉に貼られていた白い紙。『突撃!食レポ最先端~新たなる味覚を求めて~』という題字が大きく印刷されている。
「食レポといえば、蒼井樹、お前の出番だな」
「ああ……やってみるよ」
「よし! じゃあ俺たちはここで待ってるから、ミッションクリア目指して頑張れよ、イツキ!」
 斗馬の声援を背に、意を決して樹はひとりスタジオの扉を開いた。

 扉を入ったそこは、手前にビデオカメラなどの撮影機材、奥にはブルーバックの舞台が広がる、なんの変哲もない撮影所のようだった。
 VTRハメコミで撮影していくスタイルの番組だな……と察したイツキに、中央へお進みくださいとどこからかスタッフの声がかかる。はい、と素直に樹は従って、自らの立ち位置が示された印の上に立った。
 台本などは何も渡されていなかったが、目の前にあるカンペに、ここに書いた台詞を言ってくださいとあり、アドリブで何とかなるかと腹を括る。
『それでは~本番五秒前! 四、三、……』
 合図と同時に始まる華やかな音楽と拍手の音。少し間をおいて、カンペに台詞が示される。
「皆さんこんにちは、フォルトナエンタテインメントの蒼井樹です。今日は話題の最新スイーツを紹介していきたいと思います。まずはこちら、紹介の映像をどうぞ」
 画面が切り替わる合間に、樹の元へテーブルに乗った最新らしきスイーツが運ばれてくる。
「こちらは、見たところお馴染みのタピオカドリンクですが……なんと、タピオカのサイズが通常の二倍になっているそうです。飲めるんでしょうか……」
 樹がストローでドリンクを吸い上げるが、底に溜まったタピオカの粒が大きすぎてストローの穴を塞いでしまい、一向に飲み込める気配がない。どうしようかと戸惑う樹はカンペに目をやると、新しい台詞が示されていた。
「ええと……どうやらこれは普通とは違う飲み方をするらしいです。ストローは使わずに……?」
 ふと、樹の言葉が止まる。カンペに書かれた『尻から飲む』という文字を目にしたからだ。
「尻? 尻から?? タピオカを???」
 思わず目を疑って何度もカンペの文字を凝視するが、黒いマジックで大きくそう書かれていることに間違いないようだ。
「えっ、ええと……し、尻で……??」
『そうです! 尻で!!』
 突如スタッフの大声が上部のスピーカーから響き、観客のええ~というどよめき声がスタジオに木霊する。
「待ってください、ほ……本当に……?」
『それでは、樹さん、尻を出してください!』
『!?――えっ!?」
 とんでもないスタッフの指示に、樹は驚愕する。だがいち芸能人としてステージに立ったからには、ここでカメラを止めるわけにはいかないと己を奮い立たせた。
「そ……それでは……失礼します……」
 自分へ向けられたカメラにくるりと背を向け、ジーンズのホックを外し、ファスナーを下げる。だが、さすがに羞恥心により半ケツ状態になったところでズボンを下ろす手が止まってしまった。
『アシスタントさん、よろしくお願いします~!』
 そんな状態で固まった樹を見かねたのかそういう段取りだったのか、左右から二人のスタッフが樹にすいと近づいてきた。
「なっ! ミラ……」
 スタッフの周囲に漂う黒いオーラに気付いた樹は咄嗟に二人を振り払おうとしたが、一足先にミラージュ達の手が樹のジーンズと下着を一緒くたにずり下げてしまっていた。
「う、うわあっ!?」
 突然下半身をカメラの前にさらけ出すことになった樹は、慌てて衣服を元に戻そうと手を伸ばした。だが、すとんとあっけなく地に落ちた服はサッと別スタッフに回収されてしまい、さらにもう一人のスタッフがタピオカドリンクを手に樹の背後に陣取っていた。
『それでは、いざ食べていただきましょう!』
「うわ、あっ!」
 ぬるりと、尻の穴に感じたぶよぶよとした塊が当たる感触に、樹は驚きのあまり思わず前のめりに倒れ込んだ。それが不本意にも尻穴を背後のスタッフに見せるような姿勢になり、これ幸いと、スタッフは直径三センチはありそうなタピオカの黒茶の粒を樹のアナルへ完全に埋めた。
「ヒィッ!!」
 おののく樹を他所に、つぷ、つぷとジュースに濡れた丸い粒を次々に挿入していく。
『さすが樹さん、いい食べっぷりですね~』
「んぁあ……!! 止め……!! そんな、は、入らなっ……」
 冷たくぬめった感触の粒々がぐぶぐぶと腸壁を圧迫し、思わず排出してしまいたくなるのを慌てて堪えるが、そのせいでより奥深くへとタピオカが樹の下の口へ飲み込まれていく。
「あ……そんなっ……!! うぐっ……!」
ついに粒が全て尻の中に収まったのだろうか、会場からおお、と感嘆と拍手が起こり、今のこの光景がありありと撮影されているのだと実感せざるを得ない。
「か、カメラ、止めてください!! こんな姿……見せられな……!!」
『それでは、本日のもう一品、チーズホットグを召し上がっていただこうと思います!』
次に聞こえたスタッフの指示に、まさかと顔を上げた樹の口に、前に立っていたスタッフがホットグの棒を頭を押さえて捩じ込んできた。
「ふぐっ!! ……ゥ、グゥッ……!!!!」
 口一杯に広がるチーズ臭。それを払拭すべくすべく新しい酸素を求めて口を開けるも、空いた隙間に口腔内ににホットグの乾いた脂っこい生地が纏わりつき、樹はくぐもった悲鳴を上げた。目の端には、苦しさによる生理的な涙が浮かぶ。
『お味はどうてしょうか……? ん? 返事がないですね……どうやら、下の口でも食べていただかないといけないようですね』
「!??」
 鬼のようなスタッフの指示。何とか口の中のホットグの生地を吐き戻さず咀嚼しようと格闘していた樹が、目を白黒させながら背後を見やると、時すでに――
「う、ングッ……!! ンン――ッ!!」
 新たなチーズホットグの巻き付いた棒が、樹の後孔に押し込まれる。が、さすがにごつごつとした芋の隆起する表面は思うように尻に入らず、先端のポテトの皮が裂ける。と、中からブビュ、と音を立てるように熱々の濃厚なチーズが飛び出し、樹のアナルの周りから内腿まで糸を引いて垂れ落ちていく。白黄のそれが滑りを助けたためか、徐々にホットグの棒の表園が樹の直腸内へ侵入を開始していた。
「ヒグッ!! あっ、も、ゴッ……!!」
 先程挿入されたタピオカの粒が、ホットグの棒で圧迫されてもっと奥へと入り込み、樹の前立腺を押し上げる。その物理的刺激のせいで、不本意にも樹は勃起していた。それどころか、えもいわれぬビリビリとした甘い刺激が腰から上がってくる。だが同時に腸壁に隙間無く詰められたタピオカの圧迫による苦しさもあり、誰か、助けてくれ!――と叫びたい口には喉までホットグが詰まり、最早万事休す、樹はスタジオの中心で、スタッフのなすがままであった。
『それでは、樹さん、食レポをお願いします!』
「ンン……!! ッ……!! んぐおぉおっ……❤」
 錯乱状態の樹の意識は、理性から遠いところにいた。出したい、とにかく早く異物を排除せねばという動物的な判断を脳は下し、雄叫びと共に腹圧を加えた結果、ついに尻に詰め込まれていたホットグの棒を押し退けるようにタピオカが排出された。一粒出る度にぶびゅる、と酷い音を立てながら、タピオカの黒い粒がスタジオのリノリウムの床に散乱していく。その粒が直腸を下り肛門を擦っていく刺激を、樹は気持ち良いと思ってしまっていた。つまり、勿論、ひくひくと頭をもたげたままのペニスの様子もカメラにしっかりと映し出されている。
『すごい! タピオカシャワーだ!!』
 おお、とスタジオに感嘆の声が上がる。
 え?と、樹の意識ははまだ混乱していた。きっと周りが大騒ぎになる事態をしでかしてしまった筈なのに、なぜこの期に及んでスタッフ達は呑気に撮影を続けているのだろう――と。
『お味はどうでしたか、樹さん! コメントを!』
 口に入りきらないホットグの棒の横に、ハンディマイクが伸びてきた。何か言わねばと、樹は慌ててバランスを取るために地に付いていた手を動かし、口から棒を取り去った。涎とホットグのチーズが遠慮無く顔を汚し、揚げ油まみれの唇がてらてらと光る。
「ぅぐ……は、はい………ゲホッ、え、と……お、おいひ……かった、です」
 なんという月並みなコメント、しかも噛んでしまったが、今の樹にはこれが限界だった。
『ありがとうございまーす それでは、撮影終了です! スタジオの皆さんお疲れ様でした!]
 バタバタ……と足早にスタッフの姿をしたミラージュ達が引き上げていく。
 青息吐息の樹が辺りを見回した時には、正面のモニターには、ミッションクリアの表示が浮かんでいた。
「え……?」
「おーい、イツキ!」
 クリアと同時に開いたと思われる扉の方から、斗馬が駆けてくる。
「……あ、ま、待ってくれ!!」
「どうした……?」
 慌てて樹は側に落ちたままだった下着とデニムを手繰り寄せ、足を突っ込む。粘液と油で汚れた顔はパーカーの袖で急ぎ拭った。ドクドクと動機を感じる中、怪訝な顔をした弥代と斗馬が樹の前に現れた。
「い、いや……っ……色々トラブルが……あって……その……」
「何の事だ? ミッションは無事にクリアしたのだろう」
「んー? まあ、なんか色々あったかも知れねぇけど、とにかく先へ進もうぜ」
 斗馬の指し示す方向には、更に下層へと続く階段があった。しかし、またさっきのような目茶苦茶なミッションが用意されていたらと思うと――
 樹はごくりと唾を飲み込んだ。階下に見える暗闇に底知れない恐怖を感じる。
 
 先へと……  

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地下六階▼斗馬の場合

「ここは中央突破がヒーローのセオリーってやつだろ!」
「………。根拠のない単純な発想のように思えるが」
 何だと!?と弥代に吠える斗馬を、まあまあと樹が宥める。弥代は腕を組み、やれやれと肩を竦めた。
「とにかく……斗馬が言う真ん中の階段を降りてみようか」
「おう!」
 しかし、斗馬たちの前に現れたのはヒーローが目指す悪の本拠地ではなく、また新たなスタジオへの入り口と思われる扉だった。
「……十中八九、中にはミラージュが待ち構えているだろう」
 そう言って弥代が扉のノブを回すが、ガチャガチャと無機質な音を立てるのみで一向に開く気配がない。
「上の方で赤いランプが点灯しているけど……TOUMA only……?」
「お、俺をご指名か?」
「どうやらその様だ 見ろ」
 弥代が指し示したのは、扉に貼られている白い紙。『荒ぶる猛牛現る!~雷牙VS牛ゲノム星人~』という題字が大きく印刷されている。
「猛牛……やはりこれは、お前の出番だな」
「よっしゃあ! 望み通りやってやるぜ!」
「うむ……ならば俺たちはここで待つことにしよう。抜かるなよ、赤城斗馬」
 弥代の激を背に、斗馬は勢い良くスタジオの扉を開いた。

「はよ――っす!」
 扉を潜ったそこは、手前にビデオカメラなどの撮影機材、奥にはステージ状の舞台が広がる、斗馬も見慣れた屋内型アクションスタジオのようだった。
 東武デパートの屋上みたいだと感じた斗馬に、アクターの方は裏に衣装があるので着替えてくださいとどこからかスタッフの声がかかる。うっす、と斗馬は指示通り舞台裏の部屋へ回ると、ハンガーラックにライガの敵役のアクタースーツ一式がセットされていた。
 斗馬は手早くそれに着替えながら、ところで、今日の台本は? と、スーツ装着を手伝ってくれているアシスタントに尋ねたが、特に台詞らしい台詞はなくアドリブでやられ役をして欲しいとのことだった。
「はあ……分かりました」
 まあ、以前から演じている役だし筋書きも同じなんだろう……と、監督の意向を察する。
『はい、これでメイクも完成です』
「おう、バッチリ決まってます! あざっす!」
 左目を囲むように黒で引かれたアイラインと頬の紋様の特殊メイクが終わった斗馬は、早速ステージの舞台袖に移動した。
『それでは~、本番開始五秒前! 四、三、……』
 合図を送るスタッフの手が振り下ろされた後、弾けるようなマスカレイダーライガのテーマ音楽と観客達の拍手がステージを包む。少し間をおいて、ライガのスーツを身にまとった俳優が舞台中央に登場すると、観客席は黄色の歓声に沸いた。
(ああ~やっぱり良いよなぁヒーローは……カッコいいぜ……)
 ビシッとライガーポーズを決める姿に、いずれは自分もヒーロー役を――と、斗馬は胸の前で拳を握った。
 その後、順調に正統派ヒーローもの勧善懲悪ストーリーが展開し、いよいよ斗馬の出番が近づいてくる。突如現れた牛ゲノム星人が人質をとるシーンだ。
「ハハハ! ライガ! これを見ろ!!」
 ドドドと舞台へ突進しながら姿を現した斗馬が、人質となる子供達の周りにガシャンと鉄柵を上げて捕らえる。
「牛ゲノム星人!」
「へッヘッヘッ……コイツらがどうなってもいいのかァ? 食われゆく家畜の怨み、思い知れェ!!」
 キャーッ、助けて~! と悲鳴を上げる囚われの子役達。我ながら嫌な悪人役だと感じるが、悪役は憎まれれば憎まれるほど、正義のヒーローを引き立たせるのだ。
『ライガ~! 負けるな~!!』
『牛ゲノム星人なんて、ライガーキックでやっつけろ~!!』
 観客席の子供たちが揃ってライガへ向けて声援を送る。人質を前に、卑怯だぞ!とライガ役の俳優が怒りに震える中、悪役の斗馬は仁王立ちで高笑いをする。その隙に、密かに発動させた雷牙の新しい必殺技が炸裂し、形勢逆転後に直接対決――続くストーリーの筋書きはそうなっていた。
「うおっ!!」
 バチバチと後方で鳴るライガースパークの電光。斗馬は驚いたように大げさに吹き飛び、床に伏せる。
「グワァッ! な、何だァ!?」
 さぁ、ここからがやられ役の本領発揮だ……と斗馬が立ち上がろうとしたとき、違和感に気付く。足首に何かが嵌まっている。何だと思い確認すると、まるで野生動物を捕らえるときに使うような足枷の罠がスーツごしに食らいついている。
(え、何だこれ、こんな演出あったか!?)
 慌ててそれを外そうとするが、しっかりとバネが閉じて左右が閉まった金具はびくともせず、斗馬は罠にかかった獣のようにその場でジタバタともがいた。
『よし! かかったな、怪人め!! 今のうちに……』
 倒れたままの斗馬を余所にライガが子供たちを救出する。それは良い。その横から、一般人と思わしきモブ役者が、罠に捕獲された牛ゲノム星人である斗馬を囲む。
「キサマら、何をする気だ!!」
 こんな展開だっただろうかと思いながら、とりあえずアドリブで斗馬はモブ役者達の行いに沿った。モブ達は捕らえた斗馬の足と手を荒縄で縛り上げていく。そして……
『よし、アレを使おう』
 アレ? アレってなんだ?とキョロキョロと当りを見回す斗馬の目の前に上から長いゴム製のチューブが二本、垂れ下がってきた。その先端には両方とも、ガラスのビーカーのようなカップが付いている。訝しげに見ていると、いつの間にか下方に伸びてきた他のモブ役者の手が、斗馬のアクタースーツの腰に下がっている大きな金の牛の鼻輪を、グイッと引っ張った。バリィッ!と牛の顔をした胸アーマーが大きな音を立てて外れると同時に、その下のスーツの生地までもが破れてしまった。ぼろんと、斗馬の性器が破れたアンダーウェアの隙間からまろび出る。
「うわッ!! え、ええっ!?」
 元からそういう仕掛けだったのかと疑いたくなる程度に、あまりに簡単に乳首と股間部分だけがぽっかりと露出してしまった状態に陥った斗馬は、慌ててスタッフにトラブル発生だと助けの視線を送る。が、自分以外誰も慌てる素振りが見えない。むしろ、淡々と周囲のモブ役者達は先程下りてきたチューブを手に、先端のカップを露出した両乳首にあてがった。――あ、隠してくれるのか――?と一瞬安堵した斗馬の期待は、次の台詞で打ち砕かれる。
『さあ、牛ゲノム星人の搾乳開始だ!』
 (さ、搾乳?? 乳搾り?? え?? 牛って……俺!?)
 途端に、ウィーンとエアーコンプレッサーが動き出したかのような機械音が舞台に響き、ガラスのカップが空気圧に満たされたことでピタリと斗馬の乳首に密着する。まさかこの装置はと斗馬が胸部に目を落とすと同時に、黒いチューブがグインと揺れ、リズム良く掃除機で吸い込まれるような具合で乳首が吸われ始める。
「なぁッ!? お、オレは本物の牛じゃ……め、メスでもねぇし! 乳なんて出ねえよっっ!!」
 叫ぶ斗馬に、嘘をつけ! 牛ゲノム星人だろう! と役者達が囃す。乳を出すためにもっと吸引のパワーを上げろとの声がする。
「マ、マジかよ……オイッ、止めろって……!」
 ギュゥン、ギュゥンと緩急をつけて引かれ続ける斗馬の乳首は真っ赤に充血し、ツンと先をひきつらせていた。最初は乳首を捻られるような痛みに苦悶していた斗馬だったが、敏感な部分を引っ張られることで、だんだんと妙な刺激が表面に蟠ってくる。むずがゆいような、このまま刺激されていれば本当に母乳のような何かが乳首から出てしまうのでは、と斗馬の心臓は早鐘を打っていた。いや、そんなハズが無い。無いのだが……。
「あ、アアッ! 乳首、引っ張っ……も、止め……!!」
 と斗馬が乳首と同じく無防備に空気に触れたまま垂れ下がっていた自らのムスコが首をもたげ、存在を誇示し始めているのに気付く。
『なかなか出ないな……まさか、こっちが乳首か?』
『よし、そっちも搾っていこう!』
  目聡くその肉色の突起を見つけたモブ役者が、とんでもない事を言い出した。いや、それはチンポだって見れば分かるだろ!?と斗馬は叫びたくなったが、放送禁止用語をステージで叫ぶのを躊躇った隙にろくに抵抗出来ないまま、カポッと三つ目のガラスカップが勃起した斗馬のペニスに被せられてしまった。
「うわあぁ!! 冗談、やめ……!!」
 ギュゥン、と黒いゴムチューブがしなる。カップに満たされた空気がそのチューブへ向かって一気に収縮すると――青筋を浮かべた肉棒が、吸引され始めた。
「アッ❤ アッ❤ だめだって……!! ゃめ、止めて、ひゃぁっ!!」
 急所へのダイレクトな刺激に情けなく声を上げる牛ゲノム星人の様子に、役者達は効いているぞ!と喜びに湧く。
『さあ、観念しろ! 牛ゲノム星人!』
「んおおぉっ!! おおぉっ!!❤❤❤」
 乳首と性器に付いたポンプの吸引力が増し、吸い上げる動きも加速を続け、斗馬は堪らず牛のような雄叫びを上げながら射精した。ガラスのシリンダーの中にびゅるびゅると音を立てながらねっとりとした精液の白が跳ね、瓶から伸びるチューブポンプを伝ってアルミ製の牛乳瓶に溜まっていく。自分の精液がマシンによって搾り取られていく強烈な刺激に、斗馬は顎を仰け反らせて叫び続けた。勿論、一滴残らず搾精されるペニスの様子もカメラにしっかりと撮影されてしまっている。射精を終えてもなお太い血管が浮かんだ肉の幹は、シリンダーの中で吸い取る動きに合わせて膨らみ、皮は小刻みに上下に引き伸ばされていた。
『すごい! 牛ゲノム星人を倒したぞ!!』
 やったー!とステージに無邪気な感嘆の声が上がる。
 え? 何でオレここまで滅茶滅茶にされてんだ……? と、斗馬は白濁した意識の中で困惑していた。こんな痴態が堂々と行われているショーなんて、どう考えてもトラブルによる撮影中止で炎上騒ぎになる筈なのに、なぜ他の出演者やショーを見守る観客達は、まだ呑気に歓声を送っているのだろう――と。
『さあ、あと一息だ! トドメの……パワーマックス、ブースト、アーップ!!』
『ぅぐあぁあっ!! ……ひ、ぎっ!! ………うぎゃぁあ!! もぉぉっ!! 出ねぇ、出ねぇからぁッ!! ……と、止めてくれえぇぇ!!!!』
斗馬の悲痛な叫びの後、怪人へのトドメを示す爆発音がステージに響き渡った。

 遠くで、ライガの完全勝利を祝う声が聞こえる――。搾乳と搾精器具、そして手足の拘束を仲間の怪人ショッカー達によって外され、やっと解放されたた斗馬は、大事な部分をスーツから露出させたまま大の字に舞台に倒れ、天井に燦々と輝くスポットライトの光を朦朧とした意識で見つめていた。
『それでは、本日のショーはこれにて終了です。マスカレイダーライガ、平和を守ってくれてありがとう!』
 拍手と共に、ライガとゲノム星人の姿をしたミラージュ達が引き上げていく。
 一人舞台上に残され、ちっとも平和じゃねぇよ……とツッコミつつ、ぜいはあと息を上げた斗馬がやっと起き上がり辺りを見回した時、正面のモニターには、ミッションクリアの表示が浮かんでいた。
(え……?)
「赤城斗馬! 何処にいる!」
 クリアと同時に開いたと思われる入り口の扉の方から、弥代達の靴音が近づいてくる。
「……ま、待てお前ら! まだ来るなよ!!」
「トウマ!? 何かあったのか……?」
 慌てて斗馬は舞台袖に捌けると、置いてあった自身の衣服をロッカーから引っ張り出し、破れたゲノム星人スーツを脱ぎ捨てた。着衣を身に着け、あ、危ねぇ……と額に流れる冷や汗を手の甲で拭う中、怪訝な顔をした樹と弥代が斗馬の前にやって来て、お疲れと声をかけた。
「いやぁ……俺的に、だいぶイマイチな舞台だったし…… ちょっとこの先に進んでもいいのか不安になってきたぜ……」
「トウマ、どうしたんだ? 扉にはちゃんとミッションクリアの表示が出てたけど」
「お前がここで自らの役をこなした結果だろう? 俺はこのまま先へ進むべきと思うが……それとも、気掛かりがあれば一度戻るか?」
 弥代の指し示す方向には、更に下層へと続く階段があった。
 しかし、その奥へ進めばまたさっきのような過激なパフォーマンスを強いられるのでは……と、斗馬は明らかに次の一歩を踏み出すのを躊躇していた。

 

 先へと……  

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地下六階▼弥代の場合

「……左の階段だな」
 冷静に呟く弥代に、樹と斗馬も異存はないようだった。
「それじゃあ、左の階段を降りますかっ、と……」
「そうだな、俺もこっちが怪しいと思う」
 弥代の読み通り、現れたのはまた新たなスタジオへの入り口と思われる扉だった。
「うーん……この先にまたミラージュが待ち構えているのかな……」
 そう言って樹が扉のノブを回すが、ガチャガチャと音を立てるだけで一向に開く気配がない。
「上の方で、紫とシルバーにランプが点滅してるぜ……何々、YASHIRO only……?」
「ミラージュ風情が……この俺を指名するとはな」
「見てくれ、ヤシロ」
 樹が指し示したのは、扉に貼られていた白い紙。『メッサー=シュラウベ~知られざる悪の研究内容~』という題字が大きく印刷されている。
「シュラウベって、この前ヤシロが演じてた役名だよな」
「フ……その通りだ、蒼井樹」
「俺と共演してたやつな! いや、むしろ俺のが主役の筈だったような……ま、わざわざヤシロを指名なら、俺たちはここで待つしかねーな」
 頑張れよ、との斗馬の言葉を背に、言われるまでも無いという素振りで、弥代はゆっくりとスタジオの扉を開いた。

 扉の中へ入ると、手前にビデオカメラなどの撮影機材、奥には古びた不気味な洋館風の大道具が広がる屋内型のセットスタジオが待ち受けていた。
 ここで演技をしろということか……と察した弥代に、『奥の研究室にあるデスクへどうぞ』とスタッフの声がかかる。
 分かりました、とニッコリと営業スマイルを浮かべた弥代は素直にセットへ進み、ギギ、と耳障りな音を立てる油のきれたデスクチェアに腰掛けようとした。と、セットの端からスタイリストが弥代の独特なロングコートとアクタースーツを手に駆け寄って来て、失礼しますとの声をかけると手際よく弥代のスーツを脱がしていく。シュラウベの衣装か……と認めた弥代はされるがまま、支度に応じる。
 襟の長い黒いコートを羽織り、肩には三つの丸ノコギリ。頭に大きなネジの付いたヘッドギアを被る。次はメイクを、と手際よく顔にシュラウベの象徴的な一本傷が書き込まれれば、そこには冷酷な闇医者メッサー=シュラウベが姿を現した。
 弥代はふと、台本は何処にあるのかと尋ねる。しかし、台本はとくに……との返答に、では今から行うのは演技ではなく番宣用のスナップ撮影かと理解する。
『それでは、まずはデスクに座って悪事を企むシュラウベの姿を撮りますね』
 正面のカメラマンkら声がかかる。はい、お願いしますと弥代は短く対応し、指定のポーズをとった。

 順調に撮影は進み、このまま何事も無くミッションクリアとなる――筈だったが、撮影を指示するスタッフのある要求によって事態は急変する。
『それでは、次は調合した試薬を、更なる研究成果のためにまずは自分に投与し、狂気の表情を浮かべているシュラウベの姿を撮ります』
 銀の盆に乗った注射器が差し出される。注射器の中には、いかにも毒々しいどぎついショッキングピンクの液体が入っていた。これを自らに投与する姿か……と、弥代は注射器を手に取ると、この全身を覆ったスーツのどこに針を指せば良いのだろうかと指示を仰いだ。
『あ、それでは私が注射器を固定しますよ』
 と、スタッフの一人が弥代に近づいてくる。ああ、お願いしますと疑いなく手の注射器を渡した――次の瞬間、弥代はその針を首筋に突き立てられていた。
「ッな……!?」
 スタッフをハッと凝視すれば、そいつの身体は黒い靄に包まれており、ミラージュであることを示していた。が、アクタースーツの首回りを覆う薄い布地を貫通して首の血管にチクリと刺さった針の痛みが、なんともいえない痺れに変わっていく。薬液が弥代の体内に注入されたのだ。
「貴様!! 何をす、りゅ――!?」
 ぐらりと世界が揺れる。いや、揺れたのは弥代だけだった。血液に乗って妖しい薬液は一瞬で体内に拡散し、立っていられないほどの痺れを感じた弥代はなすすべ無くその場に倒れた。ゲホッと咽せ、掻き毟るように首元の衣装を指でたぐるが、ドクリ、ドクリと脈打つ血管の収縮に合わせて今度は耐えがたい熱さが襲ってくる。弥代は先程の油断を悔いたが、それよりこの薬は一体――とスタッフを睨み上げた。
『効いてきたみたいですね、なに、少しの間気持ちが良くなる増強剤らしいですよ』
 依存性等も一切心配ないモノですから、と呑気に言っているが、当の弥代はあまりの熱の昂ぶりに、滝のように汗を流し、どんどん呼吸を荒くしていた。その姿が、逐一カメラで撮影されていく。
「ぐっ……ぅ、うう……!!」
マグマが吹き上がるような熱が全身に回り、長い手足を床の上にのたうたせる。それは散漫で僅かな動きであったが、皮膚にスーツが擦れる刺激すらじんとした甘い痺れとして身体を震わせる。
「ア……!ぅ、ンッ」
何とか立ち上がろうとするも、内股がもぞもぞと性器がアクタースーツの固い裏地に摺れる刺激だけで、弥代は場にそぐわない甘い声を出してしまうほどの気持ち良さを感じていた。不覚にも、撮影現場でそのような気分を催してしまった弥代は何とか気を鎮めようと唇を噛むも、その柔い肉を噛んだ痛みまでも薬の効果のせいで快楽にすり替わる。
「ヒ、ァ……❤アッ……❤ぁ、つ……」
『熱いですか? ああ、弥代さんすごい汗! ちょっと衣装、脱がします』
 違う、そうでは無い、触れるな!と叫ぶつもりが、喉の奥から弱々しい囈言しか出せず、再びやって来たミラージュスタッフに弥代はスーツのコルセットの下部分を脱がしにかかる。何故ロングコートではなく下から――とスタイリストの手際の悪さに不満を抱く。しかし股の間の装甲が外れたことで、アンダーウェアの中に屹立していたペニスが解放されたようにその布地の中心を押し上げる。
「ンッ……!! ア……❤」
『ん? こちらすごくキツそうですね……サイズを調整しますので一度脱いでください』
 スタイリストはそう告げると、弥代のピッタリとした黒いスパッツのようなアンダーウェアを遠慮無く剥ぎ取っていく。こうして下半身の全てを露出したまま横たわる弥代が、性的な興奮状態にあることもスタジオ内に晒してしまう事態になった。
「ッ……く……んッ……❤……ううっ……❤」
 さらに具合の悪いことに、投与された薬液――強力な精力剤の効果によって、射精欲が弥代の意思に反してどんどんと高まっていく。気を抜けば腰を激しく揺さぶりながら吐き出してしまいそうなマグマのような熱。陰嚢にぱんぱんに張り詰めたそれが持ち上がり、弥代のペニスはいつの間にか先端から透明な雫を垂らし始める。その水滴がぷくりと尿道から溢れ、ペニスに流れ落ちる微かな刺激すら、今の弥代には十分な刺激となって襲い、ひぅっ……と喉を鳴らした。
『弥代さん、その……チンポからの汗、すごいですね』
『でも、とても良い表情ですので撮っておきましょう』
 スタッフの指摘や無遠慮にシャッターを切るカメラマンの行為は、弥代の頬をかあっと熱くさせた。
(……ああ、そんな……視られている――!)
ふと前方に視線をやると、てらてらと自らの尿道球腺液にまみれて濡れ光る勃起した性器、白い皮膚を赤く上気させ、苦し気に舌を付き出したファインダーに反射する涎を垂らした情けない自らの顔……それらの全てが瞳に映り、その事実は、弥代の意識を快楽のピークに至らせるに相応しいほどの効果をもたらした。
「ウッ……ァアッ……ァ、ア――――ッ!!」
 快感の制御がきかなくなった弥代は、ついに股の間で隆起したペニスから押し出すように白濁を吐き出した。トロトロと流れ落ちるように漏れた精液がセット上の毛足の長い赤いカーペットが敷かれた床に垂れ落ちていく。その何ともいえない脱力感を、弥代は享受するしかなかった。勿論、勝手に射精した後もくたりと力を持たないペニスの様子もカメラにしっかりと撮影されてしまっている。
『弥代さん白目剥いてますね、ちょっと薬の量が多かったかもしれませんが……』
 ははは、とカメラマンが軽く笑いを浮かべている。
 何故こんな事に? と、弥代は自らの身に襲った快楽の渦に恐怖すら感じていた。このような横暴は許される事態ではない。このままでは身体がどうにかなってしまう――と。
『良いですよ弥代さん! その調子でキメの顔を!』
「……………、ぁ、……が、………ひゅ………」
 しかし今の弥代にまともなコメントを発したり、意識的に表情を作ることは出来なかった。何とか、口をぱくぱくと開けて酸素を吸うのが精一杯だった。

『はい、ありがとうございます!!それでは、このカットをもって撮影終了です! お疲れ様でした!』
 カツカツ……とカメラマンとスタッフの姿をしたミラージュ達がカメラのメモリを手に、満足げに引き上げていく。
 薬のせいで朦朧とする頭で弥代が辺りを見回した時には、正面のモニターには、ミッションクリアの表示が浮かんでいた。
(何……?)
「おーい、ヤシロ!」
 クリアと同時に開いたと思われる扉を抜けて、樹たちがこちらへ近づく姿を認める。
「……っ、待て!! 来るな!!」
「どうしたヤシロ、まだ敵が居るのか!?」
 弥代は乱れた息をしつつシュラウベの衣装の残りを剥ぎ取ると、机の側に畳まれてあった自分のスーツに何とか袖を通す。まだ手足に甘い痺れを感じる中、怪訝な顔をした樹と斗馬が樹の前に駆け付けた。
「いや…………問題ない……筈、だ……」
「何か顔色が悪いぜ? ミッションは無事にクリアしたんだろ?」
「気分が悪いなら、とりあえずさっきの分岐へ戻って他のルートを調べに行ってもいいと思うけど、どうしよう? ヤシロ、先へ進むか?」
 樹の指し示す方向には、更に下層へと続く階段が禍々しく口を開けていた。進めば、また今のような事態に陥るかもしれない。弥代はこのイドラスフィアへ来て初めて、先へ進むべきかを思案した。

 

 先へと……  

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