弥代と原宿デート後、弥代の家に泊まってイチャイチャの流れ
告白まで、セックスなし
「……ここは……?」
目を開けると、そこは暗闇に覆われた神殿――舞台装置が何らかのアクシデントにより停電したのかと、弥代は初めそう思った。だが、暗雲立ち込める頭上には細い稲光が走り、禍々しい冷たい空気が肌を舐めていく感覚に、そこは今まで居た舞台ではないと察知する。
ふと、誰かの悲鳴が聞こえた。舞台の中央に聳える黒い祭壇の方からだ。
「父さん!?」
そこに立つ父の姿を認め、弥代は駆け出す。父がすぐ側に居る、これで大丈夫だと感じた期待は、すぐに懸念に変わる。
「父……さん……?」
高らかにオペラを歌い続ける父の周りをどす黒い靄が包み、純白のはずだったタキシードは墨を落としたように黒く染まっている。その顔にも奇怪な紋様が浮かび……まるで異形の姿となって歌う父の姿に気付いた弥代は、祭壇の階段下で思わず踏みとどまった。
また悲鳴。ふと見上げれば、父の正面には先程まで舞台を鑑賞していた沢山の観客たちが、意思を失った土器色の顔をして立ち並んでいた。その周囲を取り囲むように楽士隊――ではなく、赤黒いローブに身を包んだ異形の者が、不協和音のような音を響かせながら揃って黒い祭壇へ祈りを捧げている。傍目に不気味がすぎる光景に、弥代は言葉を失った。
このままではいけない、父を正気に戻さねば――そう願うも、弥代の思考は想いに反して徐々に黒い靄がかかり、握り締めた手も足も気付けば動かせなくなっていた。
本来ならば、この時父の側へ躊躇なく駆け出した弥代を神竜の姿のチキが救ってくれたのだが――
ああ、そうか……と弥代は色の違う瞳を細めた。
やがて、身動きできないままただ立ち竦んでいる己に気付いたのだろう父が、他の観客達へしていたのと同様に弥代の頭上へ手を翳す。その険しい顔の後ろで、邪悪な笑みを浮かべる老人――ガーネフが、血のように赤い舌をつり上げた口角から覗かせ、何やら興奮気味に呟く。
『これは――素晴らしいパフォーマの輝きだ……これさえあればあのお方の復活も容易い――! さあ、全て吸い尽くせ――』
父さん、と叫ぶ声は父に届かない。父の手から放たれた暗黒の波が目の前を覆うと、身体全体が禍々しい魔道の力によって締め上げられるように軋む。苦しい。怖い。
「嫌だ、父さん――父さん!!」
――また、あの夢か……
闇の帳が未だ落ちたままの部屋で、悲鳴と共に目覚めた弥代は重い溜息を吐いた。
以前、蒼井樹の家で宿泊してから――しばらくの間、弥代は安穏な眠りを得ていた。だが、ミラージュ達を現代に招いた黒幕であるガーネフの存在、依り代である畑中ヤツフサとの対峙以来、己の怒りが、父を喪った悲しみの記憶がそうさせるのだろうか、どす黒い闇の儀式に迷い混む悪夢に、弥代はまた苛まれていた。
宿敵を前に何も出来ないと嘆く弥代の想いを受け、父の魂の輝きは樹が導いた弥代のパフォーマの力によってついに元凶の手から離れ、天へ導かれたというのに……。
未だにこのようなまやかしの過去の夢に魘されている様では父に向ける顔もないと、弥代は汗で額に張り付いた長い前髪を忌々しげにかき上げた。
思考を切り替えるため、眠る前より重くなった身体を起こしてシャワールームへ向かう。脱衣所に着くなり黒い寝間着を脱ぎ捨て、バルブをひねれば、冷水がザァと弥代の身体を覆った。
「………。」
染み渡る水はやがて暖かい湯となって冷え固まった弥代の身を緩めていく。
ふぅと一息つき、背後のバスチェアに崩折れるように座して前を見れば、縦長の全身鏡には眼の周りを暗く窪ませた自らの姿が浮かび出されていた。血の気のない白い肌に、虚ろな瞳を幾筋もの目蓋の皺が縁取り、濡れて束になった長い下睫毛からまるで暴?の如く水滴が流れている。あまり見ていたいと思えない己の無様な姿に、弥代は目を瞑った。
――瞑想は、心を整えるための最高の手段だ――と、記憶の中の父がいつか言っていた。
一切の思考を止めて、ただその場の感覚に身を委ねる。
サァ……と浴室に降り続くシャワーが大理石の床に落ち、排水溝へと向かって流れゆく。湿気の多い湯気に包まれたその空間は、弥代の呼気を幾分か楽にした。暖かなぬるま湯が石床に散らばり、足先を濡らしている。
暖かい……。
ふと、弥代は暖かさの中に樹と過ごした日のことを思い出していた。あの時もこんな風に、樹の家でシャワーを浴びて、暖かい夕餉を馳走になって、共に眠り、そして――。
あの日、樹の手のひらが触れた箇所を思い出すように自らの手でなぞっていく。頭、髪、背中、肩口、そして。
身体の中心に燻るようにじわりとした熱が生まれるのを感じる。弥代はそっと、樹が触れたのと同じように固さを持ち始めた性器へ手を伸ばした。
「ッ………」
血の通ったそこは思いのほか硬く、熱を帯びていた。丸い先端を覆うように優しく握って、括れたところに指を回し掛けて、擦る。
「あ………」
心地良い刺激を感じ、不意に濡れた唇から吐息混じりの声を出して、それが硝子に囲まれた空間に微かに反響する。
勿論、ここは弥代が一人で住んでいる高層マンションの一角で、ここには弥代しかいないことが明白であっても――弥代は、あの時と同じように、声が外へ漏れないように口を手で覆った。
薄目を開けて周りを伺えば、正面の鏡には長い脚を左右に割って自慰にふける姿が写っている。浅ましいと思いながらも、沸き上がる欲求に手は止まらなかった。
「ン、……く………」
弥代は、ひたすらにあの暖かい手の感触を思い出し、その記憶に沿って手を動かし、快楽を追った。だが、どうしても同じ具合にはいかない。あの時はもっと、痺れるような……ただ剣呑な摩擦で得られるだけではない、何かがあった。
睫毛を伏せ、もう一度樹の顔を思い浮かべる。
あの青みがかった団栗瞳が、躊躇いがちにこちらを見詰めている。早まる呼吸、紅潮した頬……。
高ぶった自身がずくりと脈打つ。
出していいよ……と樹の声が聞こえた気がした。
「……ァ………、ッ――――」
ビクッと弥代は背を弓なりに反らすと、熱い白濁液を手の中に放った。二、三大きく身を震わせれば、脚の下の黒い大理石にも白い筋が飛んだ。
ハァ……ハァ……と乱れた呼吸がガラスで囲まれた浴室に幾度か響いていたが、その後の熱の引きは早かった。
こんなに呆気ないものだっただろうかと疑問に思う弥代へ次に襲ってきたのは、強烈な睡魔だった。今なら、何も考えずに眠れるかもしれない。
弥代は汚れた手や下肢を洗い流すと、湯を止め、シャワーブースを後にした。
脱衣所で脱け殻のように落ちたままだったシルクのパジャマを一掴みにしてがさりと洗濯籠へ放り込み、その手で棚上にきっちりと畳まれて置かれているバスタオルですっぽりと身を包む。それから本能の赴くまま寝室へ戻ると、チェアに無造作に架けてあったバスローブへ腕を通し、所々皺が寄った紺のシーツの上に落ちていた黒いナイトキャップを湿った髪の上に被ると、どさりと広いベッドに身を横たえた。
転がっていた枕を手繰り頬を擦り寄せながら、抗えない睡魔に押し潰されるように弥代は眠った。
暗転――
再び弥代が瞳を開けたときは、濃色のカーテンの隙間から白い朝日が仄かにチラついていた。
ぼうっとする頭の中で弥代が思ったのは、もう一度樹と触れ合いたいという衝動に似た感情だった。
蒼井樹を家に呼ぶ。以前別れる時に樹にその意思があることを告げたのを思い出す。あとは体の良い切っ掛けを作れば良いだけだ。が――。
(そうだな……)
さて、どうするかと、まるで幼い子供に返ったような無邪気で純粋な期待を覚えながら、弥代は樹を自室へ招くべくベッドの中で策を練った。
◇
「原宿で食レポの腕を磨きたい?」
弥代からのTOPICに呼ばれ事務所へ向かった樹は、ローソファで足組みをして座る弥代からそう告げられた。
「食レポって……この前のレンチンでもう俺より良い感じに出来るようになってたじゃないか」
「原宿で今話題のメニューがあると聞いた」
「うっ、あ、あれか……」
「知っているのか」
「あ、ああ、まあ」
「ならば話は早い 行くぞ」
「分かったよ」
返答を訊くなり週末にスケジュールを取り付けると、弥代は風のように去っていった。
あのゲテモノメニューに心当たりのある樹は心中穏やかではなかったが、弥代に食レポを開眼させた身としては仕方ないかと、変な責任を感じていた。
そして当日――
人でごった返す昼下がりの原宿駅前、一応スイーツが目当てなのでその時間に合わせ、学校から一旦家に帰って私服に着替えてきた樹が弥代を探す。
周りの人々よりも頭ひとつ背の高いすらっとしたモデル体型の男……居た。
「ヤシロ……そのスーツで行くのか?」
いつもの紫のスーツ姿で佇んでいた弥代と、この原宿の浮かれた原色の景色とのギャップがすごい。
「何かおかしいか?」
「ううん、いや、ここ原宿だし堅いかなって……」
「……そうか」
目的のクレープ屋へ二人は肩を並べて歩き出しつつ、樹の言葉を聴いてふむと顎下に手を当てた弥代は、周囲の店を興味深く見回し始めた。
「少し待っていろ」
「え?」
その中の一つに目星をつけたのか、弥代はストリートファッションを扱う衣料品店に入っていった。言われた通りその店にディスプレイされている奇抜な原宿ウェアを眺めながら待っていると、数分後、全く同じ様な服に身を包んだ弥代が現れて面喰らう。
「ヤシロ!?え、その服」
「これでこの場に相応しいか?」
訊けば、ディスプレイに飾られていたマネキンの衣装をそのまんま上から下まで装飾品に至るまで購入してきたらしい。そう言えば弥代が店を出てくるとき、背後で店員が笑顔で見送っていたな……。
カラフルなネオンカラーのラインが入った黒いブルゾンを羽織り、薄紫から濃紫のグラデーションに染められた麻のシャツの下は、黒のひらひらとした布がアシンメトリーに揺れる長いスカート。ちらりと覗く長い脚にはタイダイ柄のスパッツを履き、足首に銀のアンクレットを輝かせ、靴は黒い鼻緒のビーチサンダル……。
至って普通のジャケットにチノパンの出で立ちの樹の横で、結果として別の意味で物凄く違和感が生まれてしまっているが、当の弥代は満足そうにしている。
「うん……似合ってるよ」
それでも様になってしまうのはさすが一流芸能人の成せる技なのだろうか。
気を取り直して、目的のクレープ・ディアへ再び二人は歩き始めた。
「……何だ?あれは……UFOか」
クレープを食べながら口の中に残り続けるスルメとの格闘をやっと終えると、今度はデミナンバーガー屋の新メニューを目当てに歩く途中、きらびやかな電光と電子音に集まる人だかりに目を向けた弥代がふと立ち止まった。
「ああ、クレーンゲームだよ」
「ゲーム?」
「ゲームセンター、行ったことないのか?」
無い、と云う弥代に、じゃあせっかくだしと樹が店の入り口に並んでいるゲームの筐体前へ誘う。
「あのぶら下がってる爪で中の景品を掴んで取るんだ」
「ほう」
弥代は興味深そうに、じい、と他の客がプレイしている様子を眺めていた。丸い円盤から伸びた三本爪ががっしりと目当てのぬいぐるみを掴み、持ち上げ……たところで、ごろんと元の位置に落下した。
「やってみるか?」
「ふむ」
とりあえずワンクレジットを入れて、弥代にクレーンの操作方法を教える。
「そうそう、その調子」
先程の客と同じく爪は上手く景品を捕えたが、持ち上げるタイミングで同じように真下へ落ちた。
「簡単……ではないな、何かコツがあるのか」
「うーん、しっかり挟めるところを見極めるしかないんじゃないかな」
アドバイスを受け、左右のアクリルケースごしに中を見たりしてチャレンジするも結果は同じ。ややムスっとした顔で弥代は樹を見る。
「お前もやってみろ」
「え? わ、分かった」
選手交代で台の前に立った樹がボタンを押す。ピロピロ…と動くUFO。
「……ここだ!」
パッ、とタイミング良く樹がボタンから手を離すと、グイーンと開いた三本爪が下りていく。その様子を横で食い入るように見つめる弥代。閉じゆく爪は上手くぬいぐるみの胴体の隙間に滑り込み、バランス良く空中に持ち上がる。そして……
ガコン、と大きなぬいぐるみがファンファーレ音と共に穴へ落ちた。
すごーい!といつの間にか樹と弥代の周囲に集まっていたらしき数人のギャラリーから歓声が上がる。ファンファーレを聞き付けたのか、おめでとうございまーす!とゲームセンターの店員も景品を入れるための大きな袋を手にやって来た。
「……なるほど、そこで離すのか……良い手本だった」
「いや、まぐれだよ、まぐれ……ところでこれ……」
取り出し口から出てきた青いリボンを首に巻いたかわいらしい熊のぬいぐるみをどうするか、荷物になってしまったと思いつつ――
「ヤシロ、いる?」
「いいのか」
こういうの、趣味じゃないかもしれないけど……と言いかけ、ビニールのナップサックに入った戦利品の熊を肩にかけて満更でもなさそうな弥代を見て、まあ良いかと樹も微笑んだ。
「はあ、もう結構お腹いっぱいだな……」
あれから目当てのメニューその二、からし納豆ヨーグルトバーガーを食した二人は、口直しと休憩を兼ねて渋谷のセイレーンで野菜と豆のバゲットサンドを齧っていた。最も、弥代は納豆味のハンバーガーに対して満足そうにエクセレントと呟いていたが――
「俺の食レポ、参考になった?まあ、ヤシロは自分で十分満足いきそうなレポできてるみたいだったけど……」
「いや――まだだ」
「は?」
「ここのカフェでも新しいメニューが出ているらしいじゃないか、確かワインケーキ……?」
ああ、あれのことか……と謀らずも考案に一役買った樹が項垂れつつ遠い目をする。
「でもそろそろ夕食の時間だし……どうする」
「俺はまだ納得していない、蒼井樹、このまま俺の家に来い」
「え、弥代の家に!?」
「ああ、テイクアウトして腹が落ち着き次第続きをするぞ」
「い……良いのか?」
「無論だ お前こそ、俺を満足させる食レポが出来るまで今日は帰さんからな」
「はは、またそれか…… 分かった、明日休みだし……受けて立つよ」
カフェの目ぼしいメニューと、ついでにラーメンをテイクアウトした二人は、銀座にあるという弥代宅へ向かった。
道中、樹はTOPICで今日は弥代の家に泊まるということを親に連絡したところ、あっさり承諾を得る。
銀座――と聞いて薄々気付いていたが、高級ブランドと思わしき店が立ち並ぶスタイリッシュな街並みを抜ければ、弥代の行く先には高級タワーマンションが聳え立っていた。
その一つ、まるでホテルのような佇まいのロビーに入ると弥代は何食わぬ顔でコンシェルジュの見守る中オートロックを解錠し、奥にある高階層専用エレベーターで当然のように最上階へ上がる。
ここ、家賃は一体幾らなんだろう、そもそも一人で住んでいるんだよな……。いや、弥代ってまだ未成年だけど……こんなところに住めるものなのか――?と、次から次へ疑問が湧いてくるが、着いた先のフロア全てが俺の家だと告げ、鉄柵のついた玄関扉が開かれた先、玄関を抜けて現れただだっ広いリビングに通されたところで、樹は考えるのを止めた。
「ラーメンは先に食べておくか?」
「う、うん、麺伸びるしな……」
そう言いつつも正直、最上階の窓から眼下に東京湾までを見渡せる夕焼けの景色だけでお腹いっぱいだった。
「食べたな……」
「そうか では腹ごなしに下のジムで運動するか?」
「いやいや、さすがに疲れたよ……」
「ならば湯を沸かしてくる」
「あ、ありがとう」
そう言ってリビングから姿を消した弥代のバイタリティの高さを感じつつ、樹は目の前の机に散らかっている空の容器をビニール袋に詰めて片付けた。しばらくして戻ってきた弥代に案内されるままついていくと、これまた高級ホテルのような大きな洗面台を備えた広い脱衣室と、続きにガラス張りの風呂――スタイリッシュな黒い大理石が敷かれた――があった。棚にはリネン類と、この間弥代に貸した樹のルームウェアがきっちりと畳まれた状態で藤製の脱衣籠と共に置かれている。
本当に、住む世界が違うなと思いながらも、樹はおずおずと服を脱ぐとガラス戸をくぐった。
シャワーを浴びていると、ふと、すぐ隣の脱衣場に弥代の姿が見える。一瞬ぎょっとするが、まあ男同士だし、そもそもここは弥代の家だし……と思ったところで、その場で普通に服を脱いで全裸で風呂内へ入ってきた弥代に樹は面食らった。
「えっ、ヤシロ……!」
「どうした? ここを捻れば止まるぞ」
「いやそうじゃなくて……!!」
慌てる樹に眼前の弥代は疑問の表情を浮かべている。
「俺が入ってはまずかったか?」
「……う、あ、いや……びっくりしただけ」
そうか、と元の何食わぬ顔に戻った弥代は樹の手にあるシャワーヘッドへ手を伸ばす。促されるまま手渡すと、壁の固定具にセットして頭から湯を浴び始める。
シャンプー、リンス、コンディショナー、そしてボディソープとフェイシャル類…カウンターの上にきちんと並んでいて、そういうところはさすが芸能人、しっかりしてるんだな……と少し感心しつつ――正直パッと見ただけでは違いがよく分からなかったが、弥代が使っている様子を見ながら同じように使わせてもらう。手に出したそれらはびっくりするほど上質で繊細な花の良い香りがして、こうやって一流芸能人は作られてるんだなと洗髪を終えて長い前髪を後ろに流した弥代を背後から見る。
細身の身体にしっかりと筋肉の隆起があって、まさに男の理想みたいな身体に、やけに白い肌色と細っこい腰が女性的というか……あと脚が長い。背も高いから必然的にそうなるんだろうか、いやそれにしても長い……と至って標準体験の枠にいる自分の体型と見比べてしまう。あとは……。
脚を眺めていたところでくるりと弥代が樹の方に身体を向けたので、まともに前側を見てしまう。一瞬、え、と驚いて凝視してしまったが――そこにあるはずの毛……陰毛が見当たらない。この前ベッドの上で弥代のモノを握って慰めた時に存在感がないなと思っていたが、まさか全く生えてないとは思ってもいなかった。
「何だ」
「あ、ごめん……ヤシロってそういう体質?なのか……?」
「体質?」
「その……下の毛、生えてないからびっくりして」
「ああ……必要ないからな 処理している」
「そうなのか……すごいな」
すごいと言えば……やっぱりすごく、自分のモノと比べて……大きい。性器が。
地の肌色が白いから余計にそう思うのかもしれないが、とりあえず羨ましいと思ってしまう。
「そんなに俺の身体に興味があるのか?や
「えっ、あっ、ごめん、つい見ちゃって」
「見たければいくらでも魅せてやろう」
「そういう事じゃなくて……!」
怒っているのかからかっているのか何なのか、よく分からないがとにかく弥代が自信たっぷりに樹の正面に仁王立ちするので、いよいよ目のやり場に困ってしまう。
「ちょ、ちょっとトイレ行きたくなってきたから一旦出ていいか?」
「ああ、すぐ向かいにあるぞ」
これ以上弥代の裸を見ていると変な気分になりそうだったので、樹は慌ててトイレへ逃げた。
再びシャワーブースに戻ると既に弥代の姿はなく、後を追うべくザッと身体を洗い終えた樹がリビングへ戻ると、白いバスローブ姿でゆったりと長いソファに腰掛ける弥代が居た。
「お待たせ」
ああ、と振り向いた弥代の手にはカフェでテイクアウトしてきたドリンクが握られている。
「それ、味……どう?」
「………紫蘇の爽やかな風味の中に唐辛子のエキスがまるで火花を散らすような刺激的なアクセントをきかせている――これは、口の中で繰り広げられる決闘……!」
「さすがだな……よし俺も――」
と意気込んだところで、机に残っているのがあのわさびケーキだというのを思い出して樹はやや後悔した。
熱の入った食レポ大会の後、弥代が次に出演するというマスカレイダー雷牙のシリーズBlu-rayを鑑賞しているうちに、すっかり時刻はあと一時間で日が変わる位になっていた。
流石に目がショボショボするなと擦っていると、そろそろ寝るかと弥代から声がかかる。
「うん……」
洗面所へ立った弥代と並んで歯磨きをする。口を濯いで、白いバスローブから濃紺の寝間着に着替えた弥代についていくと、寝室に通された。
中央に大きなベッドが置かれ、天井の間接照明が上質なムードを醸しつつ、奥に引かれた長い黒のカーテンがシックな部屋。
「ここは……弥代がいつも寝てる部屋なのか?」
「ああ」
「じゃあ俺はさっきのソファでいいよ」
「何故だ」
遠慮がちにそう告げる樹の手首を弥代が引く。
「俺は――また樹と同衾したい」
「え」
「最近――また良く眠れない――だが、お前となら……上手く眠れる気がするのだ」
樹を見据えてそう告白する弥代の思いを無碍には出来ないと察知した樹は、分かったとベッドへ上がった。
とにかく広いそのベッドは、樹と弥代が並んで横になってもまだ左右にゆとりがある。
……にも関わらず、弥代は樹の肩口にすり寄るように身を横たえてきた。
絹糸のように細い弥代の髪から、良い匂いがする。
それを言うと樹も心地良い香りがすると言ってますます頭を寄せ、すう、と頬に弥代の吐息がかかる。
「ヤシロ、ちょっと……近くないか」
慌てて顔を離した樹に、俺に触れられるのは嫌なのかと眉を下げた弥代の悲しそうな声が返ってくる。
「そんなことないよ……でも……!」
同じベッドで、肩を寄せあって、このままだとまた以前のように友達の一線を超えてしまうのでは、と樹は危惧していた。
「俺は構わない」
「ヤシロ………」
「イツキと……ずっとこうしていたい」
弥代の白い頬が仄かに赤く上気しているのはさっき飲んだ紊敏ソトウのせいだろうか、それとも……と思案する樹をよそに、伸ばされた弥代の手が樹の肩を引き寄せ、薄い寝間着越しに二人は肌を触れ合わせる。
血の通わないようにクールな表情の弥代がこんなにも熱く火照った身体をしているのに気付いて、樹も段々と鼓動が早くなるのを感じていた。
「お前が以前、俺の……性器に触れてから、時折――俺の中に制御できない熱が燻るようになった」
どうすればいい、と訊く弥代の下半身は既に絹の寝間着を押し上げて、樹の腿に押し付けられていた。その昂りを、あやすように撫でる。
「分かった……責任は、取るよ」
改めて弥代に向き直ると、樹は弥代のパジャマのズボンと下着とを下げる。布地の中から勢い良く飛び出てきた熱い肉棒を優しく握ると、弥代も軽く脚を開いて樹に身を預けた。
ややしっとりとした感触のそれを、括れに指を巻いて上下に扱く。
「……ぅ、ア………」
しゅるしゅると滑らかな手の動きに、弥代は低く呻きながら樹へ身を預けるように寄せてしなだれかかっていた。熱い吐息がかかる距離で、樹はじっと弥代を見つめる。
「気持ちいい……?」
問いに、首を縦に振って応える弥代もまた、眉根を潜めつつ樹が手にした己の肉棒を規則的に握り扱く様を見ていた。
ハァ、ハァと息を上げる弥代に、無機質だったはずのベッドルームは徐々に空気を変えて、暖色の光に照らされた灰色のシーツの上で濃密な空間を演出していた。
弥代がガクガクと腰を揺らし始めたのを認めて、イきそうなんだなと察する。
「出して良いよ……」
「――ーッ!……ァ、――ーッッ!」
その声を合図に、樹の手の中で弥代が達した。前と同じように呆気ないくらいに素直に、白く濁った快楽を吐き出した弥代がひとつ、大きく息を吐く。
「俺ばかりでは……対等ではない……」
「えっ?」
「お前にも俺と同じように――気持ち良くなって欲しい」
「い、良いのか? じゃあ……」
提案を受けて弥代に愛撫してもらうべく、樹もルームウェアの前を寛げてペニスを取り出す。
「っ……あんまり見ないでくれ……」
樹はそう言うが、弥代は興味を抑えきれずどんどんペニスへ顔を近づけていく。
「あ、もう……出そう、だからっ……ヤシロ……!」
「……構わん」
「ウッ、ァ、――ーッ!」
やがて射精した樹の精液が勢いよく弥代の顔に散らばっていく。やってしまったと、平常心を取り戻した樹が慌てて弥代を伺うが、口の端に垂れた一筋のそれを舐めた弥代は、エクセレント……と呟いて恍惚の表情をしている。
「いや、不味いだろ……!」
食レポし始める弥代にツッコミつつ、慌ててティッシュを探す。
「……綺麗にしてやろう」
と、弥代は今まで握っていた樹のペニスをついに口に入れてしまった。
「うわっ!だ、駄目だっ!!」
ぬめる熱い舌の感触に驚愕して、樹は腰を引いて弥代から逃れた。
「………何故だ?」
面と向かって樹に駄目だと止められたせいか、弥代は眉を下げている。
「そういうのは……ちゃんとしてからにしよう」
「ちゃんと?何だ?」
「こ、恋人同士……じゃないと……」
「ならば俺を樹の恋人にしてくれ」
「!??」
言った弥代もその言葉の意味が分かっているのか分かっていないのか、判断できない
「――弥代を、俺の恋人に……?」
「今すぐにとは言わない、考える時間が必要ならば待つ」
「分かった……」
突然の弥代の告白に胸がざわめく。と同時に、感じたことの無い高らかな心地がした。それは例えるなら、微かな期待に近い。弥代が本当に、自分を求めてくれているのだということ。本来なら手の届かないような、出会うことすら無かった彼がいま、もうこんなにも樹に近いところまで心を寄せているという、事実に。
乱れた寝間着を直して消灯した後も、樹はそんなことを考えていた。愚直なほど純粋に自らを律し、常に芸能のことだけに目を向けていた弥代が、唯一心を開いて歩み寄ろうとした切っ掛けが自分であることは明白である。
だが、それは本当にこんな短期間で恋人になりたいと思うほどの好意となり得るのだろうか? 友人としての親愛を、性欲処理をし合うという友人の枠を越えた行為によって、弥代が恋愛とはき違えている可能性はないのだろうか?
悶々とした思いを巡らせる樹を余所に、すぐに寝てしまった弥代の綺麗な横顔を見ながら、樹もやがて目を閉じる。
樹自身、このまま弥代を恋人という特別な存在にしたい気持ちと、それが本当に自分で良いのかという戸惑いがあった。
(あれ……? もう朝なのか……?)
気付けばふかふかのベッドの心地良さに負けたのか、すっかり寝入っていた樹は横にいたはずの弥代の姿が無いことに気付く。
微かに聞こえる鳥の声、やっと完全に覚醒した樹がそろそろとリビングへ向かうと、パンの焼ける良い香りが鼻腔をくすぐった。
リビングの続きにあるダイニングキッチンにあるカンターを挟んだところに、パリッと糊のきいた白シャツにカフェエプロンを巻いた姿の弥代が立って調理をしている。
「起きたか」
「あ、ああ……ヤシロは? 眠れたか?」
「うむ」
短く応える弥代の手に握るフライパンから、黄金色の卵の塊が跳ねる。朝食だ、座れと促す弥代に言われるままダイニングへ腰掛けると、焼きたてのオムレツにサラダボウル、一口大に切ったバケットが並ぶ。それら全てを弥代が作ったことに、樹は驚いてぽかんと口を開けた。
「すごいな、ヤシロ……」
誉める樹に、卵一つとっても火加減が難しい、まだまだだと弥代は言って、黙々と調理器具を洗っていた。洗い終えると、樹の向かいに腰掛け、ブラックコーヒーを傾ける。
「味はどうだ?」
「ふわっふわな卵に溶けたバターの風味が香しい、なんてリッチなオムレツ……皆が憧れる高嶺の花を俺は今、食している……そんな幸せを噛み締めてるよ」
「ふむ、まずまずといったところか」
柔らかく微笑むと、テーブル横に置いていた台本と思われる本をパラパラとめくり、いつもの無表情な顔をしている弥代を横目に、樹は出された朝食を平らげた。
「……今日も仕事?」
「無論だ。お前のおかげで昨夜は睡眠がよく取れて調子が良い。この機会を逃すはずがないだろう」
「はは、それは何より」
これ以上この家に居ても弥代の邪魔にしかならないと感じた樹は、支度を済ませたら帰宅する旨を伝えた。
「……今度、ダンスのステップを見てやろう。お前もエンタキングダムのフェスへ可能な限り出演し、研鑽を積むべきだ」
「ああ、その時は頼むよ」
エントランスに降り、樹を見送る弥代が不適に微笑む。昨夜とは打って変わってすっかり元の調子を取り戻し、さらに樹に微笑みかける弥代の姿を見られたことが樹も嬉しかった。今夜はまた、大東テレビでミュージカルフェスの演目に出演するという……。
こんなに芸能にひたむきな弥代が、昨夜の言葉を冗談で言ったとは思えない――。
そう確信した樹もまた、弥代と恋人として付き合うかどうかを真剣に考えることにした。
眩しく照り注ぐ朝の光が目にしみる。
青い空に残る薄雲の中には、まだ白い月が浮かんでいた。
next