sleepover
sleepover-イツヤシお泊まりシリーズその1
まだ友達以上恋人未満なイツヤシ
ガタン――ゴトン――
規則正しい車体の揺れを感じながら、弥代は電車の乗降口近くの壁際に身を寄せて佇んでいた。スタイリッシュな銀のアタッシュケースを携え、いつもの紫スーツに黒の革靴の出で立ち。縦長の窓からは薄雲に被る夕日がじんわりと差し、伏せた長い睫毛の影を白い頬に落としている。それはこんな帰宅ラッシュを控えた電車の中ですら傍から見れば絵になる姿であったが、そのオーラを黙して消している彼が今話題の連ドラ『季節外れのUFO』の主役であることに、結果として周囲の誰も気付いていないのであった。
キキ……と車輪が擦れる音と共に電車がホームに入ったのか、速度を落としたのを感じた弥代は薄く目を開けた。
程なくしてすぐ横の観音扉が開く。
と、そこにはよく知った顔があった。
「あれ、ヤシロ!?」
「蒼井樹」
弥代に気づいた学生服姿の樹が、珍しいものを見たとばかりに黒目を開いて驚きの声を発する。
そこそこに車内へ進み入る人並みに押されながらも、樹は、すいと弥代の隣へ身を寄せた。
「びっくりした……まさかヤシロと会うなんて思わなかったよ。というか……ー人で電車乗れたんだな。」
「付き人が居なくなったからな。普段の移動はほとんどタクシーだが、役の探索のため乗ることもある」
「そ、そうなのか」
「ああ」
腕を組みいつもの一流論を説く弥代に、制服で肩を並べる樹は素直に感心していた。
弥代の言う探索が只の迷子ではないのかという客観的視点はともかく。
「蒼井樹は、これから帰宅するのか」
「うん。……ヤシロは?」
「俺はこれから夕食の材料を買って帰る」
「そっか、自分で作るのか……」
以前の食レポ体験を経て、最近は料理に凝り出したと事務所メンバーが取材を受けた雑誌に記してあったのを覚えていた樹は、しかし腕のデジタル時計が午後六時を過ぎているのが目に入り、再び弥代に問いかけた。
「なあヤシロ、良かったらうちで食べて行かないか?」
「蒼井樹の、家でか?」
「明日もこの近くで撮影あるなら、良かったら泊まっていってくれてもいいし……俺の家、次の駅下りてすぐだから」
そう言ってから、夕飯の誘いだけならまだしも弥代相手にいきなり泊まっていけというのは気安すぎたかと思ったが、弥代は真顔のまま、特に動揺した素振りはない。
黒い革手袋を顎下に当て暫し考えた後、弥代は再び口を開いた。
「……分かった。お前の言葉に甘えよう」
夕閣に薄暗さを増す住宅街の一角で、二人は歩みを止めた。何の変哲もない二階建ての家は、樹にここだよ、と言われなければ通り過ぎてしまうようなありふれた集合住宅の出で立ちだったが、弥代は特に気にする様子もなくインターフォンを鳴らして門柱を潜った樹に続く。
すぐに光の灯った玄関の扉が解錠されると、樹の母親が二人を出迎えた。
「ただいま母さん、あの……」
あらかじめ弥代が訪れることはtopicで知らせてあったが、改めて紹介しようと樹が後ろを振り返った時。
「初めまして、同じ事務所の剣弥代です。蒼井樹くんとは、いつも仲良くさせて貰っています」
弥代の顔に貼り付いたとびきりの営業スマイルと明るい声色に樹は面食らい、対する母親はあらあらこちらこそと頼を押さえて礼を返す。――ウチで良ければゆっくりしていって頂戴。樹、失礼のないようにね――と、足早に合所へ去る母親の態度は、完全に友人で はなく先輩俳優『剣弥代』を迎え入れるそれになっていた。
(びっくりした……)
二階の自室へ辿り着いた樹が学習机に荷物を下ろす。後ろの弥代の表情をちらと伺うと、もうすっかりいつもの無表情に戻っていたので少しホッとした。
「ここがお前の部屋か、蒼井樹」
「うん。狭いけどガマンしてくれ」
「………。」
荷物片手に佇む弥代は色の違う両の瞳で、物珍しそうに部屋の中を眺めている。小さな窓の横には爽やかな水色の寝具を纏ったシングルベッド。濃青っぼい色のラグの上に小さなテーブルがひとつ。壁際には学習机とスチール製の物置棚が並んでいるが、母親が入って少し片付けたのだろうか。ゴミ箱はさちんと空になっているし、机に置きっ放しだったパズル雑誌は棚に戻されていて、部屋はいつもよりこざっぱりしていた。
「先に風呂入る?」
「……ああ」
樹がそう促すと、弥代はようやく手持ちのアタツシュケースを部屋の隅に置いた。
一階に戻りシステムバスユニットの使い方を弥代にひと通り伝えると、樹はリビングで夕飯の支度を軽く手伝いつつ、そういえば弥代が何も持たずに風呂場へ入っていったのに気付いた。クローゼットから適当なリネン類と自分のルームウェアを見繕い、脱衣所にそれを置きに行こうと扉を開けたとごろで、カラリと音がする。
は、と前を向けばシャワーを浴び終わって湯けむりと共に浴室から顔を出した弥代とバッチリ目が合った。
「ヤ、ヤシロ! これ、夕オル」
「すまない」
濡れそぼった黒い毛先からがポタポタと白い肌に滑り落ちていき、その伝う先にあるほんのりと色づいた突起を目にしてしまった樹は慌てて目を逸らした。いや 男同士だから別に見てもいいはずなのだが、何散か照れてしまった。
「あと着替え……俺ので良かったら」
そう言いながら持ってきた自分の服とタオルー式を出口近くの洗躍機の上に急ぎ置くと、樹は脱衣所を後にした。
「上がったぞ」
程なくしてリビングに現れたのは濃紺のスウエットを身に纏った弥代だった……が。
(手足の丈、足りてないな……)
自分の着丈の服を弥代が着ればどうなるか、少し想像すれば分かることではあったが、悲しくもそれが現実だった。最も、腹周りのサイズに問題はないため着ている弥代があまり気にしていなさそうなのが救いか。
「あ……えっと、母さんがごはん作ってくれたから食ベよう」
「ああ。有り難く頂載する」
寸足らずな袖から伸びる手首と足首。いつも黒の皮手袋で覆われていて滅多に見ることのない手の、著を持つ長い指の白さに時折目を奪われながら樹は味噌汁を流し込んだ。
「もうこんな時間か」
夕食を終え自室に戻ってから、今度は自分の風呂と 明日の予習復習をこなし――気付けば時計は十を指している。その間部屋で共に居る弥代はずっとドラマの台本を読んでいたようだった。
「ベッド、ヤシロー人で使っていいよ。俺床で寝るから」
「俺は床で構わない」
「ヤシロ、明日も仕事だろ?俺は学校だけだし、身体休めないと」
事務所――フォルトナ=エンタテイメントの在籍期間でいえば樹の方が長いが、かたや芸能の世界では一流、そして自分より年上の弥代を床で雑魚寝させたとあらば、さすがに舞子社長にドヤされるに違いない。
いいからと学習机から立ち上がった樹は床に腰を落とした。
「……ならば、一緒に寝るか?」
「えっ?」
ローデスク越しに座る弥代から出た思いもよらない発言に、本気で言ってるのか?と前を向けば、鋭く真っ直くな瞳が大真面目にこちらを見つめている。
「いや、別にいいよ!」
「お前も学業に支障をきたしては良くないだろう」
「それは……そうだけど」
弥代の言うことは正論だ。しかし、男二人でお世辞にも広いとはいえないベッドで共寝するのは常識的にどうなのか。否、無いな……と思案して再び顔を上げた樹に、変わらぬ弥代の視線が刺さる。
「ならば、問題ない」
「う、うん……」
自信満々に言い放つその態度に、ここは俺の部屋なんだぞと思いながらも、樹はついつい生返事をしてしまった。
(案外狭苦しくはない、な……?ヤシロ、細いからか……)
寝支度を整え、ついさっき二人してベッドに横たわったばかり。自分の頭のすく横に落ちる弥代の髪の毛から、うちの家のシャンプーの香りがする。ベッドに備わった小さなランプで照らされている艶のある紫がかった黒に、一筋の白い毛束がきらきらと流れているのが不思議で自然と目が吸い寄せられた。
と、視線に気づいた弥代がちらと樹の方を同う。
目が合って改めてその存在の近さに狼狙える。弥代にこんなにも物理的に近付くこと自体、初めてだった。
「……あ、お、おやすみ」
「ああ」
僅かに弥代の薄い唇が動き、にこりと笑った……ような気がした。無理に作られたようでないので、弥代もこの状態は不快ではないのだろうか。
ともあれ、どくりと打った鼓動を隠すように樹は弥代に背を向けると、ランプのスイッチを手探りでOFFにし、目を閉じた。
「………う……ぅ……」
暗閣の中、ふと、背後から聞こえる呻くような荒い息遣いに、眠ったばかりの樹はうとうとと目を覚ました。
「どうしたんだ……?」
パチ、と再びベッドランプを灯してみれば、横で寝る弥代が壁際に向かって身体を丸く縮こめている。
「ヤシロ?大文夫か……?」
そっと背中に手を添えてみると、綿のスウェットシャツがしっとりとして、その上に覗く白い首筋には汗が消り落ちていた。
熱があるのかと思って手を伸ばし触れた弥代の額は、逆に驚くほどつめたく冷えきっていた。
「ッ……父さん……J
はあはあと上下する呼吸に、苦しげにそう弥代が眩いたのでハッとした。弥代の父親は、確か……。
(悪い夢を見てるんだな……)
悪夢に魘される弥代を放っておけず、そっと背中をさするうち、だんだんと苦しげな呼吸が収まってくる。
優しい手の感触に気づいた弥代が、それを確かめるように樹の方へ顔を向けた。
「ヤシロ……」
「……あ、お……イツ……キ……?」
うっすら涙の惨んだ深藍と碧の瞳が薄く開き、樹を映す。
「大丈夫、俺が側にいるから、安心して」
シーツを握ったまま固く結ばれていた弥代の手に、樹の手が重なる。まだ冷たい閣の中を彷徨う弥代は、しかしその温もりに気付くとぎゅっと樹の手を握り返した。
「……ッ……」
指先から伝わる暖かさにいくらか安堵したように 弥代の呼吸が整っていく。初めは継るようにして繋がれていた指も、だんだんと力が抜けてきた。
事件から五年――未だ、父親の夢を見て魘されるほどなのかと、樹は弥代のいる境遇をまざまざと突き付けられた気分だった。
ガーネフの悪夢に囚われて以来、この氷のように冷たい手を握る者は果たして居たのだろうか。否、弥代は言っていた。他者と合わせる必要などない、時間の無駄だ、と……。
唯一側にいたであろうミラージュのナバールは、この世界で彼に触れることは出来ない。
(五年間ずっと、独りで苦しんでたんだな……ヤシロ……)
薄青のカーテンから朝日が差し込むと、目覚ましのアラームも鳴らない内に樹は覚醒した。
横を向けば、寝る前と変わらず弥代が規則正しい寝息を立てている。良かった、あの後ちやんと眠れたのかと胸を撫で下ろしつつ、樹は改めて弥代をまじまじと眺めた。
(俺と一歳しか変わらないのに……ほんと、手足長い……)
すぐ隣で比べるから余計にそう感じるのかもしれないが、薄い毛布が被さっている上からでもスラリと伸びた手足、恵まれた体駆。俺もまだ伸びるかなと腕を伸ばしつつ見比べていると、ある部分に目が止まる。
(あれ、弥代……)
毛布の中心が不自然に押し上げられている。つまり それは……。同じ男として、覚えがある状態だった。
「……蒼井、樹……?」
無遠慮に下腹部を注視しているところで不意に弥代が目を覚ましたため、樹は慌てて身を背けた。
「あ……!いや、それ」
「……?」
指で指し示された方を向いて、弥代も自身の身体の変化に気づいたようだった。
「硬くなっているな……生理現象だ」
そうは言うものの、流石の弥代も差恥を感じたのか所在無げに樹から顔を背けている。弥代が上体を起こしたことで露わになった寸足らずの上衣から、肢しいほどに白い脇腹が覗いている。下着はまさか、身につけていないのだろうか。
このまま自分がこれ以上構わずにいたら弥代はどうするのだろうか。トイレへ……或いはこの場で……自らの手で、その白く長い指でもって、処理をするのだろうか?
「……お前なら、どうする」
「え?」
気が動転し、ぐるぐると頭を巡り出した勝手な想像が弥代の声に遮られる。
「この様な状態になった時……ー人でどう鎮めているのかと聞いたのだ」
弥代は純粋な興味で聞いているのだろう。だが、樹はもうそれが弥代からの誘い文句の他に聞こえなかった。
「……えと……じゃあ、任せて」
「?」
するりとズボンの中に手を滑り込ませれば、弥代の 硬くなったそれが想像通り、直に指先に触れた。熱い。
「んぁっ……!?」
思わぬ刺激に弥代が声を荒げたため、慌てて樹は反対の手で弥代の口を塞いだ。
「しーっ……部屋、壁薄いから」
「ッ………」
樹の意図を察したのか、押し黙る弥代はそれ以上抵抗する素振りを見せなかった。
しばらく息を潜めていきり立つ弥代の熱を手のひらにじんわりと感じながら、指を筋に沿ってやわやわと動かしてやる。弥代は声さえ上げないが、フウフウと口を押さえている長い指の隙間から漏れ出る息遣いが 増していく。
樹は手をゆるく動かしながら弥代の顔を伺った。嫌悪しているようならすぐにやめるつもりだった。が、ただ……気持ち良さからなのか困ったような、苦しげにひそめた眉、ズボンの中を訴る樹の手の動きを布越しに見据えていた切れ長の瞳が、細まり、ついに 閉じられる。
熱い吐息が吐き出されるとともに、震える長い下睫毛。
その色香にあてられた樹はもう、後には引けなかった。手のひらの中の熱を解放する――それが、自分の心臓 と同じリズムでドクドクと脈打っているような錯覚さえ引き起こす。当たり前だ、弥代の熱い昂ぶりを握りしめているのだから。
何となく指先に触れる湿り気が強くなった気がして それがついにズボンの中で捕らえた小動物の鼻先のようにひくひくと震え出したのを機に、勢いに任せて責めめ立てる。
「ッ……!ふ……」
苦しげに眉根を寄せる弥代に、このまま、出していいよと耳打ちする。
「ンッ……!」
その瞬間、弥代はぶるりと震えると、樹の手の中に出精した。
もたれかかった身体が重くなると、樹はそっとシーツの上に弥代の上体を預けた。そして手のひらに出されたそれを零さないようにズボンの中から取り出し、ティッシュで拭う。
「イツ……キ……」
「……ごめん、窓開けるから」
慌ててベッド脇の窓を開け放てば、さっきまでの籠った熱気に漂う草いきれのような香りが、朝の冷たく爽やかな風に吹き飛ばされていく。
――今、名前で呼んだ?
「ふん……スッキリしたぞ」
「そ、そっか」
さっきまでしていた己の行為を思うとまともに弥代の顔が見れずに言い澱む樹を尻目に、弥代はすっくと立ち上がると、手持ちのアタッシュケースを開け、着てきた紫のスーツではなくきちんと仕舞われていた制服の衣装に着替え始める。
「あ、俺のTシャツあるけど……」
「遠慮しておく、返す都合が無い」
(そ、それもそうか)
素肌の背中にブラウスを羽織る弥代を見ながら、樹は先程から気になっていた事を思い切って聞いてみた。
「あのさ、パンツは……」
「シルエットが悪くなるからな。それも要らん」
(じゃあ、ヤシロ、ノーパンで行くのか……!?)
固まる樹に、フ、と弥代は悪戯ぼく笑ってみせた。
「道すがら調達するから問題ない。それより化粧水を貸せ。洗顔してくる」
「え、ちょ、ちょっと待って……確か洗面所に置いてあったはず……」
あたふたと先に部屋を出た弥代を追いかける。弥代は今、ノーパンなんだぞ、などという訳の分からない理由で。
しかしその事実を他の誰にも知られたくないと、樹は思っていた。
樹に借りた化粧水をコットンにたっぷりと浸しながら弥代が洗面台の前に立つと、それを手慣れた様子で顔に満遍なく貼り付けていく。
「お前もタレントを志すなら、肌の手入れに気を付けろ。カメラがどれだけ寄っても対応できるようにな」
「うん……分かった。気をつけるよ」
隣で興味深そうに見ていた樹に弥代が指南する。確かに弥代の肌は近づけば近づくほど、きめ細やかで美しい。そして、あの吸い付くような感触。
「うわっ」
また火照りだした頼にひやりとした弥代の指が触れて、驚いた樹が顔を上げる。
「お前も元は悪くないのだからな。やってみろ」
「あ、わ……分かった」
そうしているうち、リビングから朝食の声がかかった。
(まさか弥代と一緒に登校する日が来るなんてな……)
隣を歩く弥代を、樹はまぶしそうに見つめた。
「そう言えば、ヤシロって学校は?高校……は、行ってないのか」
「ああ。芸の道を極めるには、必要ではなかったからな。……だが」
「?」
「イツキとこうやって肩を並べて歩くのは、悪い気がしない」
そう言うと満足げに微笑む弥代の笑顔の屈託の無さを目にして、樹ははっとした。これまでずっと離れた存在のように感じていた弥代が、自分と同じ年相応に見える。
……いや、一応、弥代は自分よりーつ年上で、身長も十センチは高いのだが……それでも。
「……ふふ、俺もヤシロとこうやって通学してみたかったかも。ちよっと目立つかもしれないけどな」
「何故だ?」
「いや、背が……」
「赤城斗馬も同じくらいあるだろう」
「うーん……いや、何ていうか、オーラの違いかな」
「?」
またいつもの真顔に戻った弥代が首を傾げている。
「おーい!イツキー!」
「あ、噂をすれば」
振り返れば、斗馬が手を振りながら駆け寄ってくるのが見える。
「って!何で横にヤシロが居るんだよ!?しかも制服??」
「イツキの家に一泊したからな」
「!!」
さらりとそう言ってのけた弥代に斗馬は唖然とする。
「え、泊まっ……?お前ら……いつの間にそんな関係に……!?」
「いや、ヤシロと昨日の帰りに偶然電車で会ってさ……」
苦笑しながら樹がフォローを入れ、この話は他愛も無く終わるはずだったのだが。
「別に夕食後にタクシーで帰っても良かったんだが」
「! ヤシロ……?」
「イツキがどうしてもと言うから」
はっとする樹に、顔を見合わせた弥代が悪戯っぼい笑みをたたえていて、一瞬時が止まる。
「……そうか……。昨晩は二人共、お楽しみだったようで_」
「いや!何もしてな……」
「いやいやいや、前とヤシロが昨晩?!何かあったらダメだろ!」
「トウマ!!」
大怒裂に驚いてみせる斗馬になぜか腹が立ち、声を荒げたところで、横を歩いていた弥代が立ち止まった。
「俺はこっちだ……イツキ」
「!」
気づけばもう駅まで来てしまっていたらしい。
「感謝する。お前のおかげで、久しぶりによく眠れた」
「……あ、ああ……。俺も、ヤシロが家に来てくれて……楽しかった。えっと、良かったらまた遊びに来てくれ」
「……フ、時間があればまた、考えておく」
イツキの両親にも世話になった、と伝えながら樹に向けられた笑顔は、とても自然で、柔らかい。
「ではな」
そう言って弥代は軽く右手を上げると、隣のホームへと立ち去っていった。 樹も、その後ろ姿を笑顔で見送る。
「あのー……、やっばり何かあっただろ、お前ら」
「気のせいだろ」
「ヤシロのあんな顔初めて見たぞ」
「……そうか?」
ホームに出て電車を待つ間見上げた青空には、白く長い飛行機雲が一筋。
珍しくそれは、樹の目を長く引きとめていた。
next
イツキくんの家にお泊まりするヤシロが書きたかった。
手足長くて芳しい一個上のお兄さんが自分のベッドで一夜を明かしていたら、そりゃあイツキくんも理性を失いますよね、と信じて