エピローグ Ⅰ あるヴェルジェ兵士の報告
―伯爵様、真に畏れ多きことですが、私の話を聞いて頂けますか。
―実は昨日、とんでもない光景を目にしてしまったのです………。
その夜、私はいつものように舘の警備をしていました。
まず二階を廻り、次は一階。同じく巡回中の同僚とすれ違ったこと以外、特に異常のない静かな夜で、柔らかな月明かりが二階の大窓から指していました。
その窓の横を通りがかった時、ふと中庭にある木陰で何かが動いた気がしたのです。
私はそれが何なのか目を凝らしたのですが、丁度木の影になってしまっていたのでよく見えませんでした。
しかしそこに何かがいるということは確かでしたので、慌てて私は中庭に続く回廊へ急ぎました。
そして……
―はじめはきっとイタチか何かの動物が入り込んだか、もしくは盗賊の類いかと思っていました。しかしそこにいたのは………。
―嗚呼、今でも信じられない………。
回廊に着いた私はその『何か』がまたもぞもぞと動いたのを察知し、石柱に身体を隠しながら近づきました。
距離が縮まるにつれ、その不審な物体は男性であることが分かりました。
しかし、もし盗みを目的に侵入したのであれば周囲を気にするような素振りをしていそうなものなのに、そいつはじっと俯き、その場に佇んでいるだけ。
不思議に感じた私は、とにかくその侵入者へ声をかけようとした……その時です。
「……どうしたんですか?急に立ち止まったりして」
一瞬、私に向かって云われたのかと思い怯みましたが、それは違うということはすぐわかりました。
その男の視線の先―つまり足元に、もう一人誰かが潜んでいたのです。植え込みが邪魔をしていたので、頭部がかろうじて認識出来るくらいでしたが。
そして聞こえてきた声がなにより、私のよく知る―ナロン殿のものであることに気づいたのです。
何だ、そう言えばよく知る背格好だと、私はとりあえず安堵しました。
―そこで引き返せば良かったのです。そうすれば……けれど。
―こんなところで、こんな夜更けに、ナロン殿は一体何をしているのか。そして一緒にいるもう一人は何者であるのかを、確かめたいと思ってしまったのです。
―引き返せば……あんな光景を目にすることは無かったというのに。
私は二人に気づかれないよう、こっそりと距離を詰めていきました。
そのうち、影になっていた茂みに月明かりが指し……。
ナロン殿の足元にいる人物の全体像が私の目に入ってきました。
そこには伯爵のご子息である、ラフィン様がいました。
―私はただただ驚きました。
―何故ならラフィン様は……あろうことか裸だったのです。靴も履かず……踞っていました。
―いえ、見間違いであればどんなにいいか……
「黙っていてもわかりませんよ?」
ナロン殿はラフィン様に何かしきりに催促しています。
しかしラフィン様は膝を地に付き、背を丸め……拳を握りしめたまま、じっとしていました。
その様子を見たナロン殿は、仕方ないなという風にため息をつくと、ラフィン様に踵を返し、歩き出しました。
私のいる方向とは逆に進んで行ったので、私はそのまま石柱の影に潜んでいられました。
が、それとは別の、ある事実を知ったことで私はその場に固まってしまいました。
チャリ…と金属が擦れる音と共に、それまで地面に落ちていたらしい銀色に光る鎖が伸びるのが見えました。それはナロン殿と手元とラフィン様の両方に向かって続いています。
更によく見ると、ラフィン様の首にはまるで飼い犬がするような……首輪がはめられており、そこに、鎖が繋がっていたのです。
ナロン殿が移動したことで二人の間の鎖はピンと張られるように伸び、ラフィン様は首を引っ張られる形になりました。
僅かに呻くような声に続き、止めろという声が……。
当然です。
しかしナロン殿はその言葉に耳を貸す気はないらしく、歩み続けました。
ラフィン様は手と足を突っ張って抵抗をしていたようですが、次第にナロン殿の方に引き摺られ、ついに前のめりに倒れてしまいました。
それに気づいたのか、後ろを振り返ったナロン殿の顔は薄い笑みを浮かべていて……。
―正直、ゾッとしました。我々兵士と普段接している時からは考えられないほどの冷たい目を向け……。
―思わず私は、ラフィン様を助けねばとさえ思いました。
と、ナロン殿は地面に倒れ込んだラフィン様の顔を覗き込むようにして……何だ、やっぱり……したいのかと、多
分そういう風に囁きかけました。
するとどうしたのか、ラフィン様の顔にさあっと朱が走り……その場で俯いてしまいました。震える口元が何かを伝えるように動いたかと思うと、ナロン殿は満足げにラフィン様を見つめ、再び立ち上がったのです。
そしてラフィン様は……四つん這いのままゆっくりと前進し、植え込みに近づいていきました。
手も足もガクガクと震えています。
ふと動きを止め、何かを伺うようにラフィン様は顔を上げて視線をさまよわせました。
しかしナロン殿に「早く」と急かされると、観念したかのように唇を噛み締め、目を瞑り……その場で片足を、大きく掲げていきました。
まさか、まさかと私は、叫び出してしまいそうな口を手で覆いつつ、まるで犬が……小便をするような格好になったラフィン様を凝視していました。
背中側から見ていた私にはその影しか見えませんが、正面に相対しているナロン殿には全て丸見えだったいたでしょう。
そう、何もかもが……。
何故そんなことをするのか。私が理解に苦しんでいると、刹那、ラフィン様の体躯が大きく震えたと同時に、横に開いた脚の間から水が滴り落ちました。
あっ、と固まる私をよそに、断続的に散る水はやがて細い水流になり、勢いを増し―見知った黄金色の放物線になっていました。
股の間のそれは飛沫をあげながら瞬く間に水溜まりを広げてゆき……。
それは紛れもなく排尿行為でした。
水流が地を叩きつける激しい音は、静まり返った回廊にまで響き渡り、仄かに香る独特の刺激臭が、私の鼻を掠めます。
何ということだ、まさかあのラフィン様がそんなことをするなんて……。
きっと、ナロン殿がそれを強要したのだと。そうであってほしいと私は思いました。
しかし、その時私はあの方の表情に気づいてしまったのです。
羞恥で顔を赤らめながらも、眉間に寄せた眉を緩め、惚けたように開いた口元からは、一筋の涎が……。
水音が次第に弱まり、月明かりを受けて光る滴を落とすだけになると、ラフィン様は掲げた脚をおずおずと下げていきました。
それを見計らってナロン殿はラフィン様に近づくと、頭を優しく撫で始めました。
その手にすっかり身を委ねるように擦り寄るラフィン様はもう……普段の険しさを微塵も感じない表情を、つまり……快楽に酔い痴れた顔をしていました。
―あれだけの恥ずかしい行為をしておいて……。
気づくと私は走り出していました。
恐ろしい事実を知ってしまったという恐怖から、元来た館の中へ逃げ帰ったのです。
今お話ししたことはもちろん誰にも告げず、任務に戻り……。
その後、お二人がどうしたのか―私には分かりません。
ですが、その日からずっと頭によぎるのです。
何度も何度も、私の想像の中でラフィン様は……あの時見たままの姿で、犬のように小便をしてみせ、そして……蕩けそうな表情を浮かべるのです。
気づけば、私の股座には欲望の塊が吐き出されていました。
―ああ……
―伯爵様、どうか……罪深き私に罰を、お与え下さい……。
「上手に出来たね」
ナロンはにこにこと足元の彼の頭を撫でていた。
こうされると一番嬉しいのを知っている。現に彼の様子はさっきよりどことなく安堵したようだった。
「でもねえ、まだ終わってないでしょう」
手の内の彼がぴくりと震えるのが分かった。
やっぱり、隠そうとしたんだな。
強情な彼の“躾”はまだまだなっていないみたいだ。
でもその方がやりがいはあると、ナロンは舌なめずりをする。
「さっき僕に教えてくれたじゃないですか。……もう限界だって。だから、僕は特別にここまで連れて来てあげたんですよ」
「……っ………それは………」
首輪とリード代わりの鎖を差し出してきたのは確かに彼の方だった。
ナロンの言いつけに根を上げた上、そんなお願いをしてくるとは思いもよらなかった。まあ、五日も我慢させるのは、初めての彼にはちょっと酷だったかもしれない。
「約束したじゃないですか。ここでするって」
「それは……っ……」
涙目で僕を見つめてくるけど、そんな手にはのらない。
「ほら、苦しいんでしょう」
少し膨らんだ下腹をさすってあげた。
しなやかに鍛えられた筋肉で筋が張っている彼の身体に、いささか不似合いなその部分が可愛らしい。
「ハァ……はっ……ぅ……」
やはり苦しいのか、彼はナロンの手を振り払うように身を捩って悶える。が、構わず手を当ててやると確かにそこが蠢いているのを感じた。
「大丈夫ですよ、さっきから覗いていた人はもういませんから」
「!……誰が……」
ナロンの言葉に彼は目を見開いた。
「さあ?兵士の一人でしょうけど、ラフィンさんがおしっこするのを見たら慌てて逃げていきましたよ。……ラフィンさんは、夢中で気づいてなかったんですね」
「……そ………んな……」
ナロンはこういう時に見られる彼の絶望に濡れた目がすごく好きだった。
そして焦点の合わないそこに、自らの姿だけを映し出させるのも。
だから、彼にはもっともっと堕ちてもらわねば。
「でも、もう僕しかいませんから。あ、もしかしたらさっきのノゾキが誰かを連れて戻って来るかもしれませんけどね」
「い……嫌だ……!」
聞きたくないといった風に彼は耳を覆う。
「だから、はやくしないと。また見られちゃいますよ?」
「…っっ、やっぱり無理だ……!こんな…ところで…できな………」
「じゃあ、ガマンします?帰ってもさせてあげませんよ」
「…………っ」
「このままじゃあベッドの中でおもらしか、よくもって明日の公務中にしちゃいますね。公務中…お父上と沢山の兵士が集まるなかで、椅子に座ったあなたは……溜まりに溜まったものをブリブリと垂れ流してしまいますよ。ああ、その拍子におしっこまで漏らしちゃうでしょうね。部屋中ひどい悪臭で、出て行けと野次を飛ばされ、あなたは大量の便塊で膨らませたお尻とびしょびしょにした前を曝しながらトイレに向かうんです。その様子を見た廊下にいる給仕たちにまで後ろ指を指されるかもしれませんね。給仕の噂は瞬く間にヴェルジェ中を駆け巡り……王宮にまで届くのも時間の問題でしょう。それとも、そうやってみんなに知ってほしいのかな?『ヴェルジェの騎士ラフィンはおもらし野郎』だ、って…
…ふふっ」
「っ……あ……………」
ナロンの言葉は呪詛のように彼の脳を犯していく。
ありありとそれらの惨事を思い浮かべた彼は、とうとう決心したようだ。
「ナ……ロ…………」
「なあに、ラフィンさん」
「……する………から…………い…、て……」
消え入るような声だったが、その懇願をナロンはしかと聞き届けた。
「……仕方ないなあ」
そっと彼の背中に腕を回すと、ラフィンは待ちわびたようにナロンの胸にすがり付いた。
顔を埋めたまま、鼻からゆっくり息を吐き、吸い込み、やがて止める。
「…ンッ……ン――ッ、ンンッ……」
両の手でナロンの上着を握りしめ、彼の喉の奥から絞り出すような呻きが聞こえた。
真っ赤にした顔が茹で蛸みたいだと、ナロンは思っていた。
「ン――、くっ……ふぅン……ッ……」
ひどい悪臭がする。
彼はあまりの羞恥から逃れるための拠り所を求めてナロンにすがりついたのだろうが、そうすることで逆に排泄時の息づかいや、ミチ…ミチ……と塊が這い出る際の僅かな音すら曝していることに気づいていない。
ナロンにしてみれば、そこは最高の位置だった。
わざわざ見ようとも聞こうともせずに何もかもを受動できる、このポジションは。
「はぁ……っ……ァ………あ…!……んっ」
弾けるような破裂音がしたと同時に、その醜悪な固まりは体外へにゅるりと姿を表したかと思うと、先ほどの尿で濡れた地面に落下していった。黒いそれを追うようにして、すぐさま柔らかい固まりが顔を出す。
出すのに力が入るのか、新たな固まりが伸びるたび、突き出された蕾より大きくラフィンの全身が戦慄いた。
ナロンはそれを瞬きもせず見つめている。
彼の足元に山を作っていくこれが、彼の身体に存在していたのだと思うと、何ともいえない悦びが駆け巡った―。
胸の中で呻く声は次第に嗚咽に代わっていた。
涙と涎がナロンの服を濡らしている。
「……ッ…………う…っ……うっ」
「……もう、おしまいですか」
ナロンの問いに彼は小さく頷いた。
「それじゃあ、後始末をしますから、ちょっと待って下さいね」
そう言いながら優しくラフィンの手を取り、上体を抱えながら元の四つん這いの体制をとらせた。
ポケットからあらかじめ用意していた袋と手袋、紙製のスコップを取り出す。
「……………」
頼りなげにそれを見ていたラフィンをいいこだね、とあやしつつ、背後へ回り込んだ。
「わあ……本当に沢山したんだ」
「……っ………見な…………………」
「ペットの汚物を片付けるのは、飼い主の義務ですよ」
まだ柔らかいそれを紙スコップで丁寧に掬い取っては袋に収めていく。目立つ固まりを片付けてしまうと、それに接していた地面の砂をも収集してしまう。
最後に紙スコップを袋に捻り込んでしまえば、まだ周囲に漂う汚臭以外、粗相の後は何も見受けられなかった。
「ホントに上手にできましたね、ラフィンさん。足に溢したりもしてませんし」
しげしげと彼を眺めながら感心したようにもらすと、重さを持った袋を左手に下げ、右手で鎖を取った。
「っ……まだ……」
チリリと鎖が後ろに引かれる。
どうしたのかと、僕は彼を見た。
「ん?」
「まだ………拭いて………ない……」
小さくそう言った彼は僕に分かりやすいくらいもじもじと腰を揺らし、不快さをあらわにしている。
「ああ、そうだね。でも、それは部屋に戻ってからにしようね」
「どうし……て……」
「ランプで照らして、隅々まで汚れを拭き取らないといけないもの。第一ここじゃ紙もないよ?」
「…………そう……か………」
僕の答えに、彼は納得したようだった。
「それじゃ……帰ろうか、ラフィンさん」
コクリと頷く彼を引き、僕は部屋に向かって歩いていく。
四つ足でけなげに付いてくる彼を伺うと、下腹部にキラキラと輝く粘液が伝っているのが分かった。
彼の性器は上を向いている。
僕は別に強制していないのに、ハァ……ハァ……と淫靡な喘ぎを続けるさまは、見ていて気分がよかった。
こんなに喜んでくれるなら、僕も散歩のしがいがあるというものだ。
次はどういうコースがいい?……ねえ、ラフィンさん。
エピローグ Ⅱ ナロンの手紙
前略。母上、お元気ですか。
僕がヴェルジェでマーロン伯の館仕えをするようになってから、早いもので一年が経ちました。
ほんの一年と少し前までは、戦争で大陸を駆け回っていたことが嘘みたいに平和な日々が続きます。仕事といえば時々、山賊たちが暴れるのを鎮圧するくらいで。
休みになると僕は、すぐさま母上もよくご存知の、あの人のところへ飛んでいってしまいます。
最近ではあの人も僕に夢中みたいで、前よりずっとずっと僕に甘えてくれるのが嬉しくて仕方ありません。言い方はぶっきらぼうなんですけど……。でも、本当は僕に構ってもらいたくて仕方ないみたいです。
昨日の夜なんて、館からこっそり僕のいる兵舎まで抜け出してきてしまったんですよ。僕はびっくりしましたが、ちょうど手が空いていたので、そのまま一緒に過ごしました。
他愛のない話をしたり、ご飯を食べたり……。
そうそう、あの人はいいところ育ちのせいか料理や家事はてんで出来ないので、いつも僕がご飯を作ってあげるんです。まあ母上も知ってのとおりお粗末な腕ですが…(それでも少しは上達したんですよ。)
それを、「いつも給仕が持ってくるのよりおいしい」と言って食べてくれるので、嬉しいです。あんまり急いで食べるからちょっとこぼしちゃったりして。可愛いんですよ。
それと、今日は母上に大ニュースがあります。
実は、僕はついにあの人との交際に関してお義父上に承諾を得たみたいなんです。まあ、まだ面と向かって「僕に下さい」とは言ってないんですが……。でも、そうやって僕があの人と過ごしていても何も言ってこないのは、かなり見所があるんじゃないかなって、思うんです。
母上はどう思われますか?
……いや、こういうことは僕の父上に聞くべきですね、すみません。一応あの人にも聞いてみたら、案の定「分からない」って言われました。
ここまで書くと、ナロンはフウ、と息をついた。
あと知らせるべき事柄は……と思いを巡らせていると、後ろの扉がコンコンと音を立てた。
「えっ?」
驚いてナロンは扉を見やった。すると確かにノックの音がする。まさかとは思いながらそれを開けると、案の定。
「ラフィンさん………………」
あの人が立っていた。
「入れてくれ……。」
「……ダメですよ、こんなに毎日じゃ、流石に義父上に心配される」
ナロンは周囲を伺いつつそう諭すが、ラフィンは頑として動かなかった。あまつさえ縋るような目でナロンを見上げている。
「……頼む……入れてくれ………」
「……………。仕方ないなあ。」
そのままにしておくわけにもいかない。ため息をつきながらも、ナロンは彼を迎え入れた。
夜風を通していた窓とカーテンを閉じて彼に向き直るころには、ラフィンはいつものように部屋の隅のベッドに腰掛けていた。
「門番には何と?」
「ナロンに……用事があると言った」
その正直さに苦笑しながら、ナロンはベッドの前の椅子に座って彼と向かい合った。
「で……今日はどうしたんですか?僕にどんな用事が?」
「……………」
茶化すように尋ねても、ラフィンは何も答えない。俯きがちに、じっと自分の手を見ていた。
肝心なことをなかなか言わないのは、彼の悪い癖だ。
「……どうしたんです、黙って」
「………その…………」
少し問い詰めただけで、顔を赤らめてしまっている。
これは、言いにくいこと―つまりナロンに対して何かを求める時にする仕草だ。
「……トイレ?また散歩したいの?」
「ち、違うっ」
「じゃあ、何ですか」
「…………あ……………」
確かに排泄のおねだりではないだろう。
それは昨日、ご飯の後に始末してあげたのだから。
「ラフィンさん……早く何とか言わないと、僕寝ちゃいますよ。明日も早いんですから」
「え……?」
沈黙を続けるラフィンに付き合っていられないとばかりに、ナロンは立ち上がった。そのままツイと踵を返して、部屋の入り口へと歩を進める。
「僕お風呂に入ってないので、今から行ってきますね。」
「あっ……ナロンっ……」
扉に手をかけ、まさに出て行かんとするナロンの背にラフィンは追いすがった。
「、離して下さい」
「嫌だ……待って、待ってくれ」
「離してって」
「……っ……う………ぅうっ……」
服の端をんで離そうとしないラフィンに向き直ると、今にも泣き出しそうな顔があった。
「……頼みが…………あるんだ………」
蚊の鳴くような小さな声で、彼はそう告げた。
「そうならそうと早く言って下さいよ……。僕に何をして欲しいんですか」
「…………………。」
「何?」
ラフィンの手はナロンの手をむと、それをおずおずと自らの下腹部に押し当てた。
「!」
ラフィンのあからさまな行為に目を丸くするが、導かれた手の下にはよく知る固い感触があった。
「ここ、僕に弄って欲しいからって、それだけのためにここまで来たの」
「…………っ……」
「子供でもあるまいし、自分でちゃんと慰められるでしょう?」
「………できな…………」
「困りましたね、ラフィンさんともあろう方が」
言いながら、ナロンは熱く息づくそこをゆっくり刺激していた。
それを感じたのか、袖口をんだままのラフィンの手にいっそう力が入る。もっと、ということだ。
「ほら、簡単でしょう?こうして……服の上から擦るだけでいいんですから」
「ぁ……ち……ちが…………」
「何が違うんですか?」
意地悪くナロンは笑みを浮かべると、ラフィンの着ていたナイトガウンの腰紐を空いた手でするすると解いてみせた。
そのまま前あわせをわずかに肌蹴ると、布の隙間から欲望の塊が勢いよく飛び出した。
「あっ………!」
「ほら……はしたないくらいに勃起してるでしょう?」
肉棒を露出させても、ナロンはあえてガウンごしに愛撫を続けた。
ザラザラとしたパイル地が敏感な箇所に擦られ、先端から溢れる恥ずかしい粘液が裏地に染みを作っていく。
「はぁっ………ハァ……ぁ……違う、……ンっ……」
ラフィンは喘ぎながら、右手をナロンの前に差し出した。
「……?」
その手に、何か握られている。
「………こ、れっ………」
ラフィンは震える拳をそっと、開いた。
鈍い銀色の光を放つものが現れる。
それが何なのかを認識したナロンは驚愕し、そして。
「何だ……ハハっ………そうですか……」
こみ上げる笑いが止まらない。
ラフィンからその棒状のものを受け取ると、しげしげと眺めた。
「でも、ご自分でなさったら良かったのに」
「……っ……そんな……の…………できな……………」
「また入れてみたかったんだ?」
受け取った棒をまたラフィンの手に戻すと、ナロンは開けかけたままだった扉を再び施錠し、先ほどの椅子に腰をおろした。
「分かりました。それ、入れてあげますよ」
ナロンを後ろからよたよたと追ってきていたラフィンは、その言葉を聞くやいなやベッドに仰向けに転がり、ガウンの前を完全に肌蹴て向き直った。
そして、銀色の棒を自らの口に持っていくとちゅぱちゅぱと舐めはじめ、空いた手は屹立した自身を扱きだした。
「いい子ですね、そこまで出来るなら途中までやって見せてくださいよ」
「んっ………んんっ……」
フルフルとかぶりを振るラフィンに、いいからとナロンは唾液の絡んだ棒をラフィンの手ごとみ、しかるべき箇所へと誘導した。その先端に棒があてがわれると、彼はナロンを不安そうに見つめる。
「ほら、このまま……入るでしょう?」
「ん……んくっ…………ぃ、ぁあ」
つぷ、と鈴口に細い棒が入り込むと、弾かれたように彼は悲鳴を上げた。手がぶるぶると震えている。
「ぁあああ…!痛い、痛いっ……」
「大丈夫、簡単だよ」
「嫌…………や、だ……………痛っ……ぁあ……!こわ……、怖い………ヒッ……………」
「怖いの?……こうすると、入るよ?」
入り口に埋まっている方とは逆の先端を、優しくとんとんと押してやった。
「ぁ…っ……や………!!」
刺激と恐怖に耐えられず、ついにラフィンは手の中の棒を取り落としてしまった。シーツの上に転がったそれを、あーあと嘆きながらナロンはつまみ上げた。
「もう少しなのに……出来ないんですね。」
「って……痛い…痛いからっ………でも……」
「でも?」
「……えに……ナロンがっ……れた…ときの……が……っ………」
そこから先はなんと言ったのか、嗚咽が酷くなったためナロンには分からなかったが、言わんとする意図は感じられた。
「つまり、またあんな風に気持ちよくなりたいんでしょう、ラフィンさんは」
泣きながらもラフィンは微かに頷いた。
顔と全身を真っ赤にして、ひっくひっくとしゃくり上げる姿が可愛すぎて、おかしくなりそうだった。
「じゃあね……そんな淫乱なラフィンさんにはいいものをあげますよ」
ナロンはゴソゴソと机の引き出しをまさぐると、袋を取り出した。
厳重に密閉されたそれを開封し、中身を引きずり出す。
「これ、何か知ってますか?」
「知らん……」
ナロンの手には三十センチ余りの長さをもった透明なチューブが握られていた。直径は細く、片方の先端には黒い留め金が付いている。
「カテーテルっていうんですよ。これはさっきの棒とは違って、ちゃんとこういうことをするために作られたものですから。」
「ほん……当に……?」
「ええ。こうやって、全体にゼリーを付けて……と。ほら」
「っ!」
突然ナロンがペニスの先端にそれをあてがったため、ラフィンはびくりと体をすくませたが、確かにそれはぬめりを帯びているようだった。
「……ね、分かります?……」
「あ………ああ……」
「じゃあ、早速入れてみましょうね」
チラとナロンがラフィンの様子を伺うと、泣きはらした顔はその箇所をしげしげと見つめていた。それを「どうぞやってくれ」の合図と受け取り、遠慮なくカテーテルを挿入しにかかる。
細いそれは、難なく尿道に滑り込んでいった。
「っ……ぁっ…ぁあ…っ…痛……」
再び感じた刺すような痛みに逃げ腰になるラフィンを案じて、ナロンは囁きかけた。
「最初の入り口は辛いんです。……後ろの口と同じですね。でも、ここを我慢して、奥へ入れてあげると……」
「あっ………」
「……ほら、大丈夫でしょう?」
事実、カテーテルは赤い肉にするすると飲み込まれていった。
ナロンは抵抗が止んだことに気をよくし、さらに挿入を続ける。
途中先端が引っかかる部分があったが、チューブの角度を変えてやるとそれも回避できた。
「ふぁっ………!?」
そしてある一点までチューブの先が到達すると、ビクンとラフィンの体が反り返った。
「あ、ここですね……前立腺」
「!…あ、ンッ……ぁああ……!」
ラフィンの善いところを探しあてたナロンは、その位置でカテーテルを止めると、チューブをほんの少し抜いてやり、またその位置まで差し込むことで刺激を与えていく。
カテーテルの通るそこからチクチクと痛みとにも似た何とも言えない快感がわきあがり、全身が甘く痺れはじめる。
ラフィンは溜まらず、喘ぎ声を上げた。
「ハンッ……ハァっ……そこっ…そこぉ……」
「これが味わいたかったんでしょう?これはね、ペニスの中から前立腺を直接刺激することで生まれる快感なんですよ」
「ぁあっ、ア……もっ……もっと……グリグリって……」
「こう?」
言われるまま、少し動きを大げさにして、彼の剥き出しの快感の塊をチューブの先端で擦ってやる。
すると、雷に打たれたかのようにラフィンの四肢が痙攣した。
「ヒッ……ひきっ、ひぃん……」
「あは、可愛い声ですね……でも、この部屋の壁は薄いんですから、ちょっとは我慢して」
「ぁあ……!あっ……ア――……!!」
(聞いてないですね……)
快感に酔うラフィンの口からはひっきりなしに嬌声が上がっていた。
舌を突き出し、もっともっとと強請る彼にはもう何を言っても無駄だった。
「善いですか?」
「ひぁっ…!アッ―ア、イイっ……!イっ……」
「そう……でもここをこうすると、もっと善くなりますよ」
カテーテルをつまんでいないほうの手で、大きく張り出した傘の下のくびれ部分を擦ってやる。
「ぁあああ――!!あ―ーっ!あ―ー!」
内側と外側の性感帯を同時に弄られ、ラフィンは気がふれたように叫んだ。透明な涎が顎の下まで幾筋も滴っている。
「ア――!イっ、ヒィっ、イクっ……!いく、ぅ、っ!!」
「イく?もう何度もイっちゃってるでしょう、あなたは」
時折ビクビクと体をしならせる動きを見せ、そう叫ぶラフィンだが、カテーテルのせいで射精は行われなかった。
永遠に終わらない射精感を味わいながら、悶絶する。
「ひぃっ……ぅあ…も…出したいっ!出した…!!」
「……そうですか。それじゃあ」
ナロンは動かしていた手を止めると、さらに奥へとカテーテルを押し込んでいった。
「ひああ……!ひぎっ――!!、ぁあ、ぁああああ!!」
少し窄まった入り口にその先端が入り込む手ごたえを感じると、チューブがあっという間に黄色い液体で満たされた。
「ふう。分かります?あなたの膀胱にまで入りましたよ」
ラフィンはもう、ああ……ああ……と白痴のように呻くだけである。
「留め金を外してあげますから……おしっこ、出してくださいね」
パチンと黒い留め金を外すと、細いチューブの先から次々と膀胱に溜まっていた小便が溢れた。ラフィンの脇腹にポタポタと落下すると、腿を濡らしながら白いシーツに染み込んでいく。
腹の中のもの全てが流れ出していくような感覚に、ラフィンは完全に惚けた顔をしていた。
「ふ…………ふぁ……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているその顔をラフィンの着ていたガウンで拭いてやり、くしゃくしゃと丸めてから、いまだに飛沫を上げているカテーテルの先端に覆い被せた。
これ以上ベッドを汚されては僕が困りますから……と、ナロンは一応断りを入れる。
「気持ちいい?」
仰向けのままベッドに沈むラフィンに沿うようにしてナロンは横たわった。
コク…と頷き返すラフィンの頭をいとおしげに撫で、そっと腕で抱きしめる。
「そう……じゃあ、もう寝ようか。僕が抱いててあげるよ」
「ぅ……ナロ………」
ラフィンの唇が何か言いたげに動いた。
「なあに?ラフィンさん」
「…………好き……………………………。」
小さく、ラフィンはそう呟くとナロンの胸に顔を埋めた。よほど恥ずかしいのか、頬は真っ赤だ。
「………僕もだよ。」
いつものように唇を重ねるだけのキスを落とす。
すると、ラフィンは安心したように眠りについていった。
―こんなにかわいいあの人に、母上もぜひ会って頂きたいです。
ただあの人は顔に似合わず恥ずかしがりやさんなので、それをなかなか承諾してくれません。
でも、きっと母上は驚きますよ。僕には勿体ないほどの美人ですし、それに………ふふっ、この先は会ってのお楽しみにしておいて下さいね。
春になったら暇を貰って、一度里帰りしますので、その時できれば連れて帰ろうと思います。
それでは、体調にくれぐれもお気をつけて―。
親愛なる母上へ。愛をこめて。
終