夕食と湯浴みを終えてこの狭い貸し部屋に入って早々、あいつは熱っぽくおれの名を呼びながら壁際に半ば押し付けるように迫った。肩の後ろで、そう厚くはないと思われる木板がみしりと鳴る。おい、と隣を気にしてあいつに声をかけたが、最早耳に入らないらしい。構わず、熱い唇が触れた。
 山育ちのこの男……クリスに抱かれるときは何故かいつも草いきれの中にいるような野性的な匂いが鼻を擽る。真っ昼間の、どこまでも続く晴れた空のような色の青髪からこの匂いはするのかと、硬い髪質の後頭部をまさぐると、あいつはそれを肯定と捉えたのか遠慮なく舌を口内に侵入させてきた。ぬるつくそれが動き回って己の舌を吸うのは、嫌いではない。むしろ温かくて心地が良かった。
「……ん……、は………ぁ」
 あいつもおれの頭の後ろに手を伸ばし、まだ着けたままだった無骨な革の手袋越しに精一杯優しく髪を撫でていた。顔の角度を変える度、吐息が漏れる。毎度毎度、興奮し過ぎだろうと思いながらも暫く好きなようにさせてやる。おれの微かな猫なで声のおまけ付きで。
 
 こんな若僧とこんなおかしな関係になった原因は――紛れもなく自分にあるのだ、と思い返す。
 行軍中、アンリの道とかいう過酷すぎる火山と氷山をやっとのことで下りて、あれは久しぶりの町宿での事だった。
 運良く個室を与えられたおれは、夢に出てきた女房を思い出しながら情けなくズリセンをこいているのを、部屋の前を通りかかったあいつに見られた。見苦しいものを見せちまったと慌てるおれに、クリスは、息を荒くしながら部屋に押し入っておれの白く汚れた手を握った。まさか、と思考を巡らせる隙もなくおれはあいつによって再びイかされていた。それどころか、いとも簡単に組み敷かれてレイプまがいの性交をされて、その後で好きだと言われ――正直、訳が分からなかった。
 だが……その行為自体が嫌ではなかったのは確かだ。
 現に今も、クリスとの関係は細々とではあるが続いている。アリティアを解放し、パレスへと向かう道中……ふと気付けばあいつは常におれの目につくところで戦い、天幕を共にし、そして、こうやってたまに町宿に泊まる時は必ず部屋に現れた。当たり前だ、図ったようにクリスとおれは同室になっている。
 ……呆れるほど、この軍にいる奴らは気を遣いすぎるきらいがある。
 
 ふぅ……と溜息を吐いたおれに気付いて、ようやっとクリスはおれの身体をまさぐるのを止めたようだ。いつになったら寝台へ移動するのか、と白い清潔なシーツの方に目線をやるが、無遠慮にずり下ろされた下履きの中に手を入れて下着の中の性器を握られ、ああこのまま立ったままするつもりなんだなと察して諦めた。
 まだ半勃ちの肉棒を、いつの間にか手袋を外した手がやわやわと刺激し始める。後ろの壁に身を預けて、おれはまた「ぁぁ……」と可愛らしく鳴いてみせた。それの何が良いのか、気持ち悪がる素振りもなくクリスはじい、とおれを見つめ、硬くなりつつあるおれのペニスを規則的に扱き続けていた。
「ン……ッ……、クリス……」
 あいつの真っ直ぐな視線から逃れたいおれは瞳を伏せて、早く昂りを出すことに集中していた。が、イイところまで高まったのを見計らって、あいつの手が透明な涎を垂らすおれのだらしない肉茎からそっと離れた。
「っ………」
 薄目を開ける。
 クリスは驚くほど顔をおれに近付けたまま、おれの様子を伺っていた。……分かっている。焦らされているのだ。
 クリスは――普段の朴訥とした出で立ちからは想像も出来ないが――そっちの方は上手かった。勿論戦いも上手いが、まさかそういう類い稀な性技の持ち主だとは思ってもみなかった。ただ単に相性が良いだけかもしれないが、自分より一回りぐらいは年下の男に翻弄されているという状況に、おれはただただ流され続けていた。
「…ぁ………」
 あと少し刺激が欲しいと本能的に腰を揺らしてあいつの手の平にチンポを擦り付ける、そうすると「腰、揺れてますね」とさもあらん事実を呟いて、おれの渇望を脇目に先端だけを指の腹でこしょこしょと擽ってくる。
 皮の薄いところにやや強い刺激が与えられて、はう、と息を漏らしガクガクと膝を震わせるしかないおれが転ばないように、あいつの片腕はしっかりと腰に巻かれていた。その腕を頼りに、おれは身体の力をどんどんクリスに預けながらピリピリとした亀頭責めを味わう。
「ハァ、ぅ、……ゃ、め……」
 クリスは、やめない。おれが本心では善がっているのを知っているから。
「ッ……ァ……、……アッ…アッ……」
 もうこの頃合いになると可愛く喘ぐ事など出来ずに、涎を口の端に滲ませながら、ただあいつの手から与えられる刺激――快感に身を任せ、息継ぎに合わせて地声を喉から出るに任せて喘いでいた。そうでもしないと耐えきれないその巧みな手の動きに若干の意地の悪さを覚えて、おれは涙目であいつを睨む。まぁそれもあいつの興奮の炎を燃やす薪にしかならないことは百も承知だ。案の定、「イきそうですか?」「でも、もう少し……」と呟いて、しれっと責めの手を弛める。甘イキのような状態で焦らされる肉の先からぽたりと床に雫が垂れて、床板に濃い染みが出来た。
「ふぁ……、クリスぅ………イき、たい………。も……、イかせ……」
 ひくひくと情けなくチンポを揺らしながら懇願するおれを見て、満足気にあいつの表情が明るくなる。かわいい、かわいいと上擦った声混じりにまたキスをされて、おれは今度こそベッドに行けるかと期待したがやはりこの場所でイかされるようだった。
 シコシコとさっきとは明らかに違う動きで筋の浮いた肉をリズミカルに扱きあげるクリスに、おれは「ぉ、オッ」やら「ほぉッ…!」やら間抜けな声を出しながら無我夢中でしがみついた。腰が宙に浮くような感覚のあと、あいつの手の中に呆気なく粘っこい精液をぶちまけていく瞬間……頭が真っ白になる。わりかし長めに焦らされた後の絶頂は波のように押し寄せ、ぎゅうっと引き上がった玉の内側を駆け上がる熱い白濁が〝出る〟感覚が何度も何度も脳髄に伝わって、薄い壁の向こうにいる隣の誰に聞かれようが構ってられないくらい悲鳴じみた嬌声をおれは上げた。
 呼吸すらままならない強引なイかせ方をされて、おれは半べそをかきながら、それでもまだ根元から汁を絞り出すように茎を擦り上げるあいつの手の、為すがままだった。それが憎たらしいくらい――上手いのだ。
「まだ……欲しいのか?」
 ふぅ、ふぅ、と左手の人差し指の側面を食みながら絶頂の余韻に浸っているおれを見て、クリスは返答を待たずして震える肉の先に垂れる精液をぐちゅりと押し潰して、雁首のところまで指で滑らせた。ひう、と喉から女のような声が出て、流石に恥ずかしくて頬に血が上ってくるのを感じる。
「顔真っ赤……。耳まで赤くなってますよ……」
「ぅ、ア……! ヒィッ! ……」
 クリスがそんなおれの耳元で囁いたかと思えば、くちゅくちゅと耳の穴に舌を突っ込み、銀のピアスの周りをねちっこく舐めてくる。それだけでまた目の前に白い閃光が散るような、或いは背筋に耐え難いこそばゆさを覚えてびくんと身体が跳ねた。――これが脳イキってやつだろうか?
「いゃぁ……クリス、クリスッ! ……も、ゃらッ……! 、アァ゛ッ」
 震える指で必死でクリスの肩口にしがみつくも、ひくひくと断続的に快感の波が押し寄せるせいで上手く言葉にならない。もちろん下半身はクリスの鍛え上げられた筋ばった腕でがちりと固定されて逃げ場がない。さっきと同じように優しく鈴口の先端を撫で摩られて、おれは為す術もなく獣のように鳴いた。
「ぃ゛、っ、ぐ、……!! ぁああ゛あ゛ッ!! ――ァァ゛ァ゛……ッ!!」
 オ゛ッ、オ゛ッ、と我ながら信じられないくらい汚い声を上げ、仰け反りながら幾度目の射精を行う――行っている、つもりが、実際はクリスの手の中に間欠泉のように透明に近い飛沫を漏らしていた。ピュウピュウとクリスの手を熱く濡らしたそれが、床にバチャバチャと垂れ落ちる。
 ヒッ……ヒッ……と過呼吸寸前でその反射的に粗相をしている感覚は、射精とはまた違う趣のものだったが――言うなればある種の屈伏感だろうか。目の前の年下の男に全体重を預けて、みっともなく体液を漏らしている己の姿を嘲笑うでもなく、まるで一途に、きらきらとした瞳で見詰めている。その視線と置かれている状況の情けなさに堪えかねておれがぼろぼろと涙を溢れさせれば、クリスはごめんなさいと素直に謝りながら、おれのモノクルを外し、瞳の端に溜まった涙を唇で拭った。
 何なんだろう――この男は。
 
 ぼんやりとした思考を漂わせながら、やっとベッドへ横たえられたおれの身体をぐるりと裏返して、クリスはおれの身体を穿った。
 その頃にはすっかり力の抜けた腰から下、尻の表面からすぼまりにも舌を這わせ、穴の中までじっくりと味わってからびしょ濡れのそこを指でほぐし、「いいですか」と訊く。おれが首を縦に揺らすのを確認して、あいつはずっと猛りっぱなしだった抜き身のそれをゆっくりと中に挿れる。
 初めての時こそ経験不足のせいか急きすぎて流血したが、今ではすっかりあいつの形に馴染みきったそこを、また的確に突くものだからおれは気絶することも出来ず、再び気持ちの良い刺激に支配されていく。今度は内側から性感帯を擦られて、アッ、ア゛ッやオッ、ほぉッ゛……やら、とにかくそこらの森で稀に見かける盛りのついた猿と同じように喘ぐ獣と化す。そんな汚い声を出そうが、あいつといったらガチガチに勃起させて腰を振り続けているんだから、本気でおれが好きなんだろうととにかく行為によって理解させられる。クリスという雄の下で雌になる瞬間、またおれは前から熱い液体を垂れ流していた。
 ゥ、ウッ……とおれに覆い被さるように動いていたクリスが唸り、それと同時に腹の中に熱いものが流れ込むのを感じる。一呼吸置いて、またクリスはぬこぬことおれの尻にペニスを埋めては引き、段々と動きを大きくしていった。バチンと尻の肉と腰がぶつかる音に、ぐちゅッと濡れた音が混じる。反応がさっきより弱々しくなったおれに気付いたのか、クリスはぐいとおれの左足を肩に担ぎ上げ、より深いところに挿入できる体勢をとる。この臨機応変な対応、野性的な勘……が為せるのだろうか? とかくおれはまた腹の奥を強かに穿たれて、う゛ああ…とシーツに赤い髪を散らしながら喘いでいた。
 そこからは記憶が曖昧だが、あられもなくわめき散らすおれを落ち着かせるためにクリスは口付けを雨のように落とし、乳首を弄られ……あいつにグズグズになるまで甘やかされて、最後は結腸まで穿られ、意識の糸がぷつりと切れた。
 起きたら案の定精液どころか小便を漏らしていたし、後ろから垂れたあいつの精液も流れ落ちたシーツはグチャグチャで、そんな様を見たあいつはすぐに湯桶を持ってきて後処理に徹していた。
 
「……なあ、もういい加減あんな抱き方……」
「すみません」
「最後まで聞けよ、このエロガキが」
 とんでもない男に見初められたものだと、エッツェルはモノクルについた汚れを布で丁寧に拭いながら溜息を吐く。
「アカネイアの城下に娼館ぐらいまだ残っているだろう、次からそこへ行って、二、三発ヤってからおれのところに来いよな」
「し、娼館……とは」
「バカ、そんなところで童貞ぶるなよ! おれにあんな滅茶苦茶しやがるくせに……!」
「………。」
 押し黙ってしまったクリスの様子に、どうやら本気で娼館の何たるかをこの片田舎出身の山男……は知らないらしい。
「あんたな、仮にもマルスの片腕が何やってんだよ……女知らねえでこんなやもめ男に入れ込みやがって……」
「その、マルス様と娼館? は関係あるのか?」
「ねぇよ! バカ!! そうじゃなくておまえの性欲、どうにかする方法ぐらいは知っとけって!」
「性欲、は……。貴方にしかこうはならないので」
「は?」
 思わず拭き上げたばかりのモノクルを滑り落としそうになりながら、真顔のクリスをエッツェルは渋い顔で見据えた。
「………すみません……昨夜は久しぶりだったので……おれの行為は、その……未熟でしたか?」
「……未熟な訳ねえだろ、むしろ、」
 そこまで言って、はっとエッツェルは口を抑えた。
「………察しろよ、バカ」
「? ………ああ……?」
 まだ腑に落ちていない顔を見せるクリスの寝癖のついた青髪が目に入り、エッツェルは堪らずそれをくしゃくしゃにかき混ぜた。
「次にやる時はもう少ししっかり洗ってこい、髪」
 だが、あの時嗅いだ噎せ返るような草いきれの匂いは、さっぱりしなくなっていた。
 
 
 
 終
 
 
 


 後書
 素人童貞丸出し田舎っぺボーイな外見のクリスが、実は加?鷹ばりに床上手テクニシャンだったのでビックリなエッツェルさんがメロメロになってるのが書きたかった。
(あとハート喘ぎを封じてみた
 エッツェルは年のせいで色々緩いので、潮吹きと言いつつ失禁しているだけ。これマメ知識な←見てきたように言う