樹くんおたおめ2021
※特別END後の世界、ドネタバレです
樹くんおたおめ2021
「イツキしゃ・ちょ・う❤お疲れ~ん❤」
「舞子さん」
終令時間に合わせて事務所へ姿を現した舞子の猫なで声が社長室に響く。後ろには彩羽と、つばさの姿もある。そういえば今日はフォルトナが誇る花のアイドルたちが揃ってファッション誌の撮影に出ていたんだった。
「みんな、お疲れ様です」
「ちょっとちょっと!まず一番に気付くことあるでしょう?」
ほぅら、と舞子がその名の通り舞うようなステップでくるりと樹の前で回る。そこで、彼女のまとう衣服が普段のスーツではなく、華やかな和装であることに気付いた。空を流れる少し長めの袖や袂には色鮮やかな南国の赤い花が描かれていて、帯は少し透け感のあるふんわりとした素材の、トロピカルグリーンのリボンが靡く。
「どうかしら?撮影で着せて貰ってそのまま借りてきちゃった」
「すごいです、似合ってますね」
浴衣なんてこのご時世、あまり着る機会ないものね~とまるで幼い子どものようにウキウキした感情を振りまく舞子の後ろで、織部姉妹も同じ様相でにこにこと笑みを浮かべている。
「えへへ……どうかな、私も、こんなにきちんと着せて貰ったのはじめてだよ」
樹にそう言って照れたような顔をしているつばさの浴衣は、夏の青空のように爽やかな色の生地にピンクや薄紫が滲んだきれいな水彩画タッチの朝顔が咲き、それらは腰の部分で太陽の日射しのような黄色の絞り地の帯で柔らかく結われていた。
横の彩羽もデザインが同じ、いわゆる色違いの浴衣だったが、朝日のような白黄の地色に夕顔が綻んでいる、つばさとは対照的に何とも大人っぽい出で立ちであった。
うん、みんないつもよりおしとやかな雰囲気ですごく似合ってるよ、と樹が告げれば、まことか!とつばさは褒められた子どものように破顔してその場で飛び跳ねた。つばさ、せっかくセットしてもらった髪が乱れちゃうわよと早速彩羽に宥められていて、やっぱり中身はいつも通りだと、樹はその姿を微笑ましく見守った。
「そ、れ、で!じゃーん!!」
「うわっ、な、何ですか」
いきなり舞子が黒っぽい巨大な布を目の前に広げたものだから、驚いて樹はガタンと緋色の社長椅子の上でのけ反った。
「樹社長にも、これを着てもらおうと思います!!」
舞子が差し出したのは、紛れもない男性用の浴衣だった。
「衣装さんにお願いして、借りてきたの」
「で、でも俺、浴衣なんて着たこと……」
戸惑う樹に、大丈夫よと舞子が背後に合図を送る。自販機の陰から現れたのはーー
「ようやく出番か、待ちくたびれたぞ」
「オーッス!イツキ」
「ヤシロ、トウマも……」
背の高い男たちもいつもの洋装ではなく、やはり一様に浴衣を纏っていた。俺も弥代に着付けてもらったから、樹もあっちで着てこいよ、と夕日の橙から夜空に変わる闇色のグラデーションに格好良く染まった浴衣の斗馬が樹の方へやって来て、社長椅子に沈んだままだった樹を引き起こした。
「本当にいいのか?」
「無論だ、さあ、着替えるぞ」
斗馬に背中を押されて進めば、舞子から受け取った濃紺の着物と帯、草履に至るまでの一式を手に待ち構えていた弥代が不敵な笑みを浮かべていた。事務所横の会議室を更衣室にしてそこで着替えようと誘う弥代も、もちろん全身を黒に纏めた浴衣に、腰にはカチッとした掠りの帯が巻かれていた。俺も手伝うぜ、と斗馬も後に続く。
バタバタと移動する男たち三人を、賑やかに舞子たちは見送った。
「終わったぞ」
「お待たせしました……って、えっ!?」
ウィーン…と左右に開いた事務所の自動ドアをくぐれば、応接室であるそこにカラフルな風船が飛び、目の前にパン、とクラッカーが弾ける。
『イツキさん、おめでとうございます!!』
『ハッピーバースデー…イツキ』
『ハリウッド的にお祝いのメッセージよ!』
ライブツアー中のキリアと、ハリウッドにいるエリー、そしてまもりは自宅の画面モニタの向こうから、事務所の大きなTVモニタ類を通して映像とメッセージが聴こえてくる。
「俺のためにわざわざ……!?みんな、ありがとう」
このメンバーから祝福を受けるのはもう何度目だろうか。毎年、手の込んだ趣向に驚かされてしまう。さすが芸能に携わる面々$2014$2014人を喜ばせるエンタテインメントに抜かりはない。
「さあ、みんな今から樹社長のお誕生日をサプライズで祝う、プレミア配信の時間よ!同時にショート動画も撮りまーす❤ さあ、みんな踊って踊って❤」
「お、踊…!?」
『源まもり、新曲のふぉるとな音頭を唄います!聴いてください』
『すごいわ、まもり!アタシもこっちで踊っちゃうから!』
『ええ、あなたたちは私の振り付け通りに踊れば良いわ、よく見てなさい』
まもりの可愛らしい声にモダンな和風歌謡の音頭のメロディーが乗り、その節に合わせてキリアがライブの楽屋裏で伸びやかに踊る。いつものダンスとは異なるゆったりとした動きを、つばさも早速真似して踊っていた。
「さあ、イツキくんも踊ろう!」
「えっ、あ、ああ……振り付け、分かるかな」
「何を弱気になっている蒼井樹。ここには俺も居るのだ、来い、手ほどきしてやろう、赤城斗馬、お前もだ」
「あれ?これもしかして俺も踊る流れ……?」
当・た・り・前・よ❤とハンディカムを手にした舞子が、メンバーたちを順繰りにファインダーに収める。
最初はぎこちなく動いていた彼らも、繰り返される音頭の主な振り付けをすぐに覚えると徐々に輪になり踊り始める。
「やっぱり若いコたちは覚えが良いわ~~!バリィもさすがね、日本文化を熟知してる」
「本当に、もうみんな動きがまもりちゃんの唄のリズムとぴったり合ってるわ」
「そういうアヤハも若いんだから、ツバサと一緒に踊ったらいいじゃない」
「私はライブ中継の実況解説を入れないと」
「あらん、じゃあ一緒に飲みましょ、ほらほら」
「もう、マイコったらすぐ日本酒開けちゃうんだから……イツキくんの誕生日に酔い潰れないでね」
「ハイハーイ❤あら、今のターン良かったわよ、トウマくん」
「うっす」
「ヤシロくんもキレキレ……音頭なのにすごいわ」
「イツキくん、次はこっち、上げて、下げて」
「ああ、右、左……」
「ふむ、大分形になってきたな……」
『良い感じ、ね、エリーは?』
『アタシもハリウッド……じゃなかった、フォルトナ音頭、バッチリ覚えたわよ!』
『お粗末様でした』
まもりが6番まである長い音頭を歌い上げると、お次はどこに隠していたのか、樹を祝うべく用意された大きな誕生日ケーキが登場した。それだけではなく、縁日にありそうなカラフルなチョコスプレッドがかけられたバナナや、フルーツ飴、かき氷もあるわよ、と舞子がキャスター付きのオシャレなキッチンテーブルに乗せたそれらをカラカラと運んでくる。
やったー!!と喜ぶつばさに、食物の登場にテンションを上げる斗馬と弥代。踊りに汗した樹もペットボトル飲料水を傾けつつ、嬉しさに満ちた笑顔を向けた。
「あー、楽しかった!」
宴を終えて帰路に着く事務所の面々を、細い月が照らしていた。
ビル街を抜けて駅へ来たところで、気を付けて帰りなさいね~と保護者然とした舞子が赤ら顔でひらひらと手を振った。見送られつつ、舞子さんこそ帰り大丈夫なのかよと斗馬が呟いたのは聞かなかったことにしておこう。
帰る方向が違う弥代とホームで別れて、つばさと彩羽、樹、斗馬が帰宅ラッシュをやや過ぎた電車に乗り込む。
「イツキくんも楽しめたかしら?」
「はい。浴衣と、まさか音頭まで用意されてるなんて」
「ウフフ、プレミアライブ配信も好評だったみたい。アーカイブの準備をしなきゃ…」
「もう、お姉ちゃんも一緒に踊れば良かったのに」
「そうですよアヤハさん!そうだ、また振り付けの動画撮りましょう!ツバサちゃんと一緒に!」
「それいい!お姉ちゃんとなら喜んで踊るよ!」
話を弾ませていたその時、パッと電車外の空が光る。
それに気付いた周囲に乗り合わせた人々も、わあっ、と歓声を上げた。
「花火!花火だよ!」
ドン、とまた大きな光の花が夜空に咲く。まさかのシークレット花火大会だった。
「すごい、サプライズプレゼントだね!イツキくん」
「ああ……まさかこんな近い所から見れるなんて」
「うおっ、デカいぜ!また上がる!」
ヒュゥ……と空を切りながら音を鳴らす花火玉が、また特大の花をバンと咲かせ、電車内から拍手が上がった。
「すっげー…七色だ」
「ほんと、珍しいわ……キレイ……」
赤、青、黄、緑、ピンク、紫、白……それらがまるでグラデーションの虹になったかのような花火が打ち上がり、窓を見つめる樹の瞳に七色の光彩となって映る。
それらの綺麗な輝きは、まるでいつかのパフォーマとそっくりだなと、樹はふと懐かしい相棒たちのことを思い出した。
彼らもーー遠い世界で、このような美しい光景を目にすることは出来ただろうか。
「きっと……」
「どうしたの?イツキくん」
「いや、綺麗だなって」
光に照らされた真っ直ぐな樹の蒼い目に射抜かれたつばさは、え、ええっ!?と真っ赤な顔をしてあたふたと落ち付きを無くしたところで、また大きな花火が連続で上がり出す。ドン、ドン、と眩しい程の光の洪水が空一面を照らす中、電車はまだしばらくレールを走っていく。
我ながら、最高の誕生日だと言える程のプレゼントを受け取った樹は、この幸せな世界の下ーーたとえ見上げる空は違えど、かつての相棒にもこの輝きが映ればと願いながらーー今日の景色をしかと胸に刻んだ。
END