ステージに響く割れんばかりのファンの歓声ーーー
眩いスポットライト、その中心で、演技を終えた弥代は緞帳が降りるのを見届けると、まだ拍手の音が轟く客席へ深々と頭を下げてから、共演者と共に舞台袖へ去った。

ーーー

午前0時になろうかというところで、シャワーを浴びて自室に戻った弥代はふとサイドテーブルに無造作に置いたままだったスマホ画面に光るTopicを目にした。
樹の顔のアイコン。
ああ、と反射的に画面を覗くと、小さく『誕生日おめでとう』の一言。その言葉が送信された時刻は、ちょうど弥代の舞台ーー夜の部の公演中だった。
それを見て初めて、弥代は今日が自分の誕生日であったことを思い出した。
剣弥代生誕祭だの、弥代くんおめでとう、などと書いた華やかなカードが下がった大量のプレゼント箱や薔薇の花束が、今日は差し入れとして楽屋へ届けられていたことを今になって思い返し、そういう事だったかと弥代は独りごちた。
父の手掛けた最後の公演を、今度は自らが主演として完璧に演じきる。その事に集中しすぎて、他に気を回している余裕など今の弥代には一切なかった。ファンの想いに応えるためには、芸能に対して一途すぎる己の姿はまだまだ未熟だったと内省しながら、弥代は樹に急ぎいつもの赤薔薇のスタンプを返した。
直ぐ様、スマホから聞き慣れた着信音が響く。
「ヤシロ!もう家に帰ってるのか?」
「……ああ。すまない、今気付いた」
「何で謝るんだ? 舞台、忙しかったんだろ」
既に時刻は深夜0時を過ぎていることに、弥代は気付いていた。
「俺に誕生祝いの言葉をくれたイツキの好意を無下にした。その事について詫びている」
「なんだ…そんなことないよ。現に今、ヤシロは慌てて俺に返信してくれたんだろ?」
自らの行動と感情を全て見通したような樹の言葉に、弥代の肩の力がやっと抜ける。樹との会話は、気が置けず心地がよかった。
「ヤシロ、今度の休み、いつ?」
樹の質問に応えるべく、Topicの画面を切り替えて文字の詰まったスケジュール表を確認する。
「………明後日の午前中と、月曜日だ」
「分かった、じゃあその時に改めてお祝いしよう」
「お前の予定は?」
「俺の予定は何とかするさ。本当は今日会いたかったけど……人気芸能人の辛いところだな。マイコさんに、今度はヤシロとオフの日合わせて貰えるようにお願いしておくよ。弥代の好きなクレープ……だった?あれ、食べに行こう」
「フ……そうか、ならば楽しみにしておこう」
「俺も楽しみだよ」
じゃあ、と短い通話を終える。
弥代は画面に残る樹のアイコンを、おめでとうの言葉を、もう一度遡り見る。肝心の言葉を伝えるのを、忘れていた。
『感謝する、イツキ………ありがとう』
その言葉を送信し終えた弥代は柔らかな笑みを浮かべると、やっと床についた。

その日、弥代は夢を見た。
愛おしい人々ーー朧気な記憶の中で、父母の温もりを感じながら、ケーキを囲む自分。父母の顔はいつしかフォルトナのメンバー達の笑顔に変化したかと思えば、自らのステージを囲む大勢のファンへ姿を変える。
沸き起がる声援とサイリウムの光の海の中に、いつの間にか風のように姿を消した相棒の影を見つけたと思えば……最後に、樹が自分に向かって微笑み、手を取り合って抱擁する。
ーーそんな、幸せな夢を。

2021.2.10
HAPPY BIRTHDAY to YT