耳かきイツヤシSS

※バブちゃん弥代をお世話系イツヤシ
※弥代の耳の中が汚いことになってても許せる方はどうぞ

「イツキ……」
「え!、何、ヤシロ」
事務所に入ってくるなり突然名前で呼ばれ、革のローソファに飲んでいた左右衛門を溢しそうになりつつ、眼前で浮かない顔をしている弥代を見やる。
「……このところ、レコーディングの調子が悪い」
「珍しいな、ヤシロが曲作りで行き詰まってるなんて」
「いや……曲は完成している あとは音を録るだけだが……どうも、想定している仕上がりにならない」
訊けば、歌声に対して伴奏が小さすぎたり、弥代の声自体もいつもより籠って聴こえるらしい。機材の不調かと調べたが、特に不具合は見つからないとレコーディングスタジオのスタッフは言っていて、原因不明のまま今日の収録をストップして事務所へ戻ってきたという。
「うーん……何だろうな……ミラージュの仕業……じゃないか、もうメディウスは倒したんだし」
「……何だって?」
「ん?いや、ミラージュの仕業かと思ったけど違うかなって……」
ふと弥代を見れば、ごそごそとしきりに耳を黒革の手袋の先で触っている。
「痒いの?」
「……………。」
反応がない。……割に、瞳は樹の方をじいと見ている。
「俺の声、聞こえてる?」
ソファから立ち上がり、弥代の顔の近くでもう一度問うと少し驚いたように身動ぎつつも、ああ、と返事が返ってきた。未だ指先で耳の縁をなぞっている弥代に、もしや耳に何か異常があるのではと思いつく。
「ヤシロ、耳、ちょっと見せてくれないか」
「……ん、ああ……」
弥代が素直に手を退けると、その下には普段長い前髪で隠れがちな銀のカフスが光る耳。ぱっと見て特に変わったところは無さそうだが……。と、薄い耳朶と複雑に入り組んだ外耳の襞をそっと掴んで穴の奥を覗く。その中の様子はーー
「ヤシロ、最後に耳掃除したのいつ?」
思わず聞いてしまった。
「耳掃除?………」
「あー……分かったよ、原因」

事務所に耳かきってあったかな、と樹は弥代をソファに座らせてから社長室の棚を探った。こんなときに限って舞子さんも彩羽さんも居ない。目当ての物は散乱する書類や雑誌のせいでなかなか見当たらなかったが、棚上に救急セットの箱があったのでこれはと開けば、小ぶりだがステンレスの匙状のそれが見つかった。
「はい、耳かきあったよ」
「………?」
耳かきを手渡すも固まって首を捻る弥代に、もしかして……と樹が感付く。
「ヤシロ……自分で耳かきしたことないな……」
「どうすればいい、蒼井樹」
とりあえず使い方、といっても先端の匙を耳の中に差し込んで耳垢を掬うだけなんだけどーーをレクチャーしたが、この棒を耳に?とあまり要領を得ないらしい。
「耳かきを誰かにして貰ったことはあるよな?」
「それはある だがもっと長い竹で出来た棒で……」
「大きさとか材質は違うけど、一緒だよ とにかく直ぐにやった方がいい」
「………。」
渋々、といった様子で弥代が耳に銀の棒を差し込んだーーところで、痛ッ!という悲鳴と共に細い耳かきがカシャンと硬質音を立てて床に落ち、転がる。
「大丈夫か、ヤシロ!?」
「ッ……奥を突いた………」
「見せて」
ぱっと見たところ血は出ておらず、樹はほっと胸を撫で下ろす。ーーと同時に、このままではと一縷の不安がよぎる。
「俺がやった方が良いかな……」
「……ああ、任せる」
「いや、俺も人に耳かきやったことないんだけど……まあ今のヤシロよりは上手く出来るんじゃないかと思うよ」
「不甲斐ない……」
心持ち消沈した弥代に、側に居たのがあのお父さんだから仕方ないかと思いつつ、樹は弥代の隣に座り、腿上に頭を乗せるよう促した。
「俺の足硬くないか? クッション敷く?」
そう提案したが聴こえていなかったのか、無言で樹の太股に頭を乗せた弥代の細い毛束がはらりと樹のデニムパンツに流れる。改めて間近にする弥代の頭の小ささに驚きながら、いざ、耳掃除に取りかかる。
「痛かったら言ってくれ」
「承知した」
加減が分からないが、とりあえず小さな穴の入り口からコショコショと擽るように耳垢を掻き出していく。そして徐々に奥へと銀の匙を入れていくと、ゴリ、と早速手応えのある感触がその先端から伝わった。
「動かないでくれよ、傷ついたら大変だから」
「分かっている……」
と言うもののやはり異物感があるのか、時折耳かきの棒の先端が奥に当たると逃げるように頭を背けるので気が気ではない。弥代には悪いが、少し力を入れて上からぐっと側頭部を押さえ付けた。
「っ、………」
「もう少し、我慢して」
「………ぅ……」
四方八方から、絶妙な角度を探しながら匙の先を動かすーーうん、手応えがある。これならーー
「んんっ………」
「………! やっと取れた……」
外から見えていたいわゆる大物、がぽろりと剥がれ落ちるように耳の外に出てきた。薄い膜のようなそれが、文字通り弥代の耳を塞いでいたのだ。
「これはすごい……見るか?」
「いや、………うむ、続けろ」
「はいはい」
まだ耳の中にパラパラと散らばっていた膜の欠片をかき集めるようにして外へ追い出す。先程まで少し怯えていた様子があった弥代も、今は眼を閉じて樹の膝の上でじっとしている。
「気持ちいい?」
「……ん……」
樹の問いに、弥代は喉の奥から溜め息のような声を鳴らした。たまに薄目を開けてうっとりとした表情をするものだから、何というか、やましいことでもしている気分になってくる。
「……はい、終わったよ、今度は反対」
「ああ……」
弥代が身体の向きを変えて再び横になる。顔が樹側で、より密着するような姿勢。
(……これは……まずいな)
つまりほんのり熱を持ちつつある身体の中心の真上に、弥代の白い頬が当たっている訳でーー
「……どうした?早くしろ」
「ん、あ、了解」
耳かきに集中しようと思う心に反して、つい襟足の隙間に見える白いうなじのラインを目が追ってしまう。
「?……これが邪魔か?」
「え?」
しばし動きを止めていた樹に業を煮やした弥代が上体を起こすと、左耳の縁に光っていた銀のカフスを外し、小さなそれをサイドテーブルに置く。これで良いかと耳横の髪をかき上げながら再び樹の腿上に頭を預け、上目遣いで見詰めてくる。その一連の仕草に漂う色気にあてられて、ヒュッ、と喉から変な息が出てしまった。
「……う、……うん」
ごく、と生唾を飲み込む。落ち着け、今は耳掃除するだけだーーと眼下の耳の穴へ焦点を合わせる。穴。……そうか、これも穴、だな……と細いステンレスの棒を差し入れながら、なんとも言えない感慨にふける。少し赤みが差したカフスの跡の付いた縁をやんわりと撫でてから指で挟み、穴の奥まで見えるようにそっと拡げる。……と、やはりこちら側も分かりやすく詰まっている中のものを、出来る限り優しく掻き出していく。ゴリゴリと、その感触は穏やかではなかったが弥代は満足そうに眼を閉じてじっとしていた。
あらかた綺麗になったところで、最後に耳の周りに散らかった細かい破片を飛ばすためにフーッと息を吹きかけてみる。
「ッ、………」
くすぐったそうに身を捩る弥代が、樹の下腹部に頭を摩り寄せてくる。他意は無いのだろうがーーこれ以上は、理性が持ちそうにない。

「……よし、これでいいと思う」
樹のその言葉を合図にソファから立ち上がった弥代は、アー、アー、とマイクのテストをするが如く声を出した。
「……ちゃんと聴こえる」
「良かった」
「礼を言うぞ、イツキ」
スッキリした顔つきで再びレコーディングスタジオに向かうと言う弥代を、どういたしましてと樹が手を振って見送る。
「……あ」
用を終えた耳かきを元の場所に片付けようと机に目をやって、そこに弥代のカフスが置きっぱなしだったのに気付いた。銀色に輝く小さなそれを手に取り、どうしようかと思案する。とりあえずTOPICで忘れていたことを知らせて、あとはーー
(……しばらく持っておこうかな)
事務所に預けておいても良かったが、今はなんとなく、持っておきたい気分だった。

END

弥代の耳の処女を奪う樹が書きたかっただけ
耳掃除って別にやらなくても勝手に鼓膜が振動して綺麗になるみたいですよ、知らんけど