彼の匂い
(事務所にて)
(まだ付き合ってないイツヤシ)
「俺はお前の匂いを嗅ぐと…不思議と心が休まる」
「っ!?」
気付けばはっとするほど弥代の顔が迫っていた。
ヤシロ??と声をかける間も無く弥代の形の良い頭が肩口に寄せられたかと思うと、すう、と息が吸われる。
弥代の熱を感じる。弥代の、匂いがする。
いつもは自分より背が高いせいで触れる事のない弥代の髪が、さらさらと頬をくすぐっている。先は無造作に跳ねているのに柔らかい細筆のようなそれは、しなやかで、とても上品な匂いをさせた。
これは…薔薇の香りだろうか。
「蒼井樹?」
「え、あ、ああ」
すいと離れたあと怪訝そうな顔で覗き込まれ、現実に戻る。いや、目の前にいる弥代はミラージュなどではない現実の存在なのだが。
「ヤシロは…良い匂いがするな」
「フッ 当然だ」
既にいつもの人を寄せ付けない空気をまとった弥代は、舞子から新しい台本を受け取ると事務所を後にする。
あまり気にしたことはなかったが、そういえば弥代の残り香は自分にはない上質なものだ。香水だろうか。
(大人だな……ヤシロ…)
それに比べて自分の匂いといえば、良くて服に残った柔軟剤の香りと安物のシャンプーの残り香、それに埃と汗が混ざった匂い…なのだろう。
しかしそれを弥代は落ち着くという。
「クロム、俺の匂いって落ち着くか?」
思わず相棒に問いかけてはみたものの、俺はイツキの匂いを感じる事は出来んから分からんと、まあ至極その通りな回答が返ってきた。
『だが、イツキと共に居ると落ち着くのは俺も同じだぞ』
「俺も、イドラスフィアでクロムといると落ち着くよ」
『ヤシロも、そういう意味で言ったのではないのか?』
「うーん、そうなのかな…」
(中途半端だけど了)